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【第3話】

 移動には車両を使うらしい。



「これらは全て、ネオ・東京に卸すものを盗んだものだ。ガソリンもね」


「こんなにネオ・東京行きのブツを強奪されているのに、一向にネオ・東京ってのは痩せ細っていかないんだね」


「奴らもしぶといのさ。他のルートからも輸出入を確保しているのだろうよ」



 ユーシアとリヴに案内されたのは、大量に並べられた車両の群れだった。


 トキナリに言わせると、全てネオ・東京にて販売される予定だったらしい車両のようである。様々な車種が用意されており、選択肢の多さにリヴが目深に被ったレインコートのフード下で目を回している様子だった。確かに用意されている車種は高級車から小回りの利く軽自動車まで多岐に渡るので、運転するリヴからすれば目移りしてしまうものかもしれない。

 日本車は海外産の車両と違って優秀で、足場の悪い道でも悪天候の中でも滅多なことでは壊れないと有名だ。そもそも日本が海外の気候と違って色々と酷いらしく、豪雨もあれば地震も酷いし夏も湿気が酷くて熱中症を起こしたりするとか冬は雪もめちゃくちゃ積もるなどの話を聞いたことがある。環境がとんでもないものだから、必然的に車の性能も高くなる。


 遠い目をするユーシアは、



「海外でも日本産の車を乗ってる人とかいたもんなぁ……」


「日本の産業で最も海外に輸出しているものって車両関係ですからね。アフリカなどで軽トラが乗り回されてますし」


「凄いね、本当に」



 リヴは「ところで」とユーシアの顔を覗き込み、



「どの車を選んでもいいんでしょうか?」


「お前さんが運転するんだから好きに選びなよ」


「わあい」



 リヴは嬉々として車を選びに行ってしまった。またこれは優柔不断が発動して悩みに悩むことになるかもしれない。



「おや、君が運転するのではないのか?」


「俺じゃないよ、リヴ君が運転するんだよ。あの子ね、自分で運転するって言って聞かないから」


「免許はお持ちかい?」


「持ってないよ?」



 トキナリの質問に対して、ユーシアはさも当然とばかりに告げる。


 諸事情があって身分証を持っていないリヴは、運転免許証を取得することが出来ない。他の乗り物も当然ながら所持していないにも関わらず、彼は凄まじい運転技術を持っていた。それはもう警察の車とカーチェイスをしたり、軍用ヘリとカーチェイスを繰り広げたりと技術だけなら突出している。

 他にも乗用車だけではなく大型車なども運転できるようで、彼に言わせてみれば「運転できないものはロケットぐらいのものですよ」である。そうすると大型の船舶なども運転できるということになっちゃうのだが、リヴが所属していた諜報官の組織は要求がえらい高いと予測できる。そこまでして何がしたいのか。


 トキナリは眉根を寄せると、



「無免許かぁ……」


「え? 何か問題が?」


「普通に犯罪だからだな」


「この無法地帯でそんなものが必要?」



 ユーシアはキョトンとした表情を見せる。


 だってよく考えてほしい、この【OD】しか存在しない魔都において法律などが果たして何を守ってくれるのか。不思議なお薬で異能力を発動させた【OD】どもを法律で縛ることが出来るならば、世の中の犯罪発生率は爆発的に上昇していないし革命戦争も起きていないのだ。

 法律が意味をなさないからこんな世界になってしまった訳であり、じゃあわざわざ法律を守る義務もない。なので免許を持っていようが持っていまいが、技術さえあれば何の問題もないだろう。少なくともユーシアはそう開き直ることにした。


 すると、



「シア先輩、選びました」


「やけに早いね、リヴ君。今度は何を選んだの?」


「白い車です」



 やたらイキイキとした表情のリヴが示した先にあったのは、確かに白い車だった。

 ただし、何故かその表面には可愛らしい少女の絵が描かれていた。記憶にある少女だと思えば、それはリヴとネアが好んで見ているアニメ『恋して☆えんじぇぅ』の主人公の女の子ではなかっただろうか。何で急にこんな可愛い女の子が描かれた車が出てくるのか。


 リヴは「どうですか!?」と興奮気味に言い、



「この痛車、完璧ではないですか? 主人公も綺麗に車体に収まっていますし絵柄が原作寄りで最高ではないですか。もちろん他の絵でも構わないんですけど、やはり色彩がハッキリした原作寄りのイラストが最高だと思うんですよね」


「却下」


「何ですとぉ!?」



 ユーシアがにべもなく却下を突きつけると、リヴが驚いたような声を上げる。もはやわざとではないかと思うぐらいの勢いだった。



「こ、こんなに完璧なのにダメなんですか? 何がいけないんですか?」


「何でわざわざ可愛い女の子の絵が入った車を選んじゃうの。これから仕事に行くんだよ? 襲われたらこの車体の女の子に傷がついちゃうでしょ」


「傷つけさせないように運転しますからぁ!!」


「それは俺の身が危なくなるからやめてほしいかな。諦めて他の奴を選びなさい」


「嫌です嫌ですこれで行くんです!!」


「無難な奴を選ばないと俺が選ぶからね」



 リヴは納得してなさそうだったが、とりあえず少女のイラスト付き車両は諦めてくれたようだ。何度も何度もチラチラと見てくるので、相当気になっているようだが無視である。


 ユーシアは肩を竦めると、リヴが車を選び直している隙に真っ黒な煙草の箱を懐から取り出す。黒い煙草を咥えて安物のライターで火を灯した。

 煙を燻らせていると、トキナリが「大変だね」と同情してくる。別に、そんな感情を他人に持たれるようなことではない。



「何だか兄弟みたいだ」


「それはどうだろうな。家族みたいだけど家族じゃない、でもこの関係が心地いいもの」



 ふぅ、と空気中に紫煙を吐き出しながらユーシアは言う。



「相棒ってそういうものでしょ」



 ☆



 ようやく選んだ車は黒色の軽自動車である。



「これ普段使い出来ないかなぁ。ネアちゃんとリリィちゃんも乗せて余りあるね」


「チッ」


「舌打ちで返事をしないの」



 リヴのご機嫌は斜めだった。それはもう、舌打ちで返事をするぐらいには。


 理由は分かっている。あの少女のイラストが描かれた車に乗りたかったのだが、残念ながらユーシアが却下をしたことで乗れなくなってしまったのだ。でもあんな可愛い見た目の車に乗って仕事に行きたくないのがユーシアの本音である。

 せめてあの可愛い車は、同じ趣味を持っているネアと一緒に乗るべきである。ユーシアも仕事を抜けば別に何も言うことはなかったのだが、仕事とプライベートを分ける主義なので出勤であんなに目立つ車を選びたくない。元々軍人だった名残もあるだろう。


 ユーシアは後方を流れていく魔都の景色に視線を投げる。ユーシアたち『レジスタンス』のコミュニティに所属する車両しかいない荒れた高速道路をただひたすら突き進み、人類の消えたゴーストタウンが物寂しげな雰囲気を漂わせていた。



「リヴ君、ご機嫌斜めだけど仕事は忘れてないよね?」


「そんな愚か者に見えます?」



 機嫌の悪さを言葉にも滲み出すリヴは、



「今回の貿易船は食料を積んでいるようです。出来る限り食料を車両まで積み、ずらかるのが今回の仕事ですね」


「俺は後方支援をメインに、リヴ君は親指姫の異能力を使って出来る限りの食料を積む輸送部隊だね」


「甚だ不本意ですが、食料は大切ですからね」



 特に、リヴの親指姫の異能力は希少性が高く、所持している人間を見かけたことがないのだと言う。ユーシアも数多くの【OD】を見てきたが、親指姫の異能力を持った【OD】をリヴ以外に見たことがない。

 これだけ多数の【OD】を統括しているコミュニティ『レジスタンス』でも、リヴと同じく親指姫の異能力を獲得した人物が存在しない。なので、リヴは他人を殺すよりも先に親指姫の異能力を駆使して食料を運ぶという大役を任されたのだ。


 ユーシアは「ちゃんと仕事が出来たら」と言い、



「ミスター・ナルセを説得したんだ。これを寄越してほしいってさ」


「何です、これ。車のキーですか?」



 リヴの目の前に車の鍵を掲げたユーシアは、



「乗りたかったんでしょ、あの女の子が描かれた車に。鍵は預かってきたから、ちゃんと仕事をやったらネアちゃんと一緒にドライブでも行ってきたら?」


「最高の相棒ですね、惚れちゃいそうですよ」


「いい夢が見られる銃弾しか出さないよ」



 あからさまに喜びを露わにするリヴにユーシアは適当な言葉を返す。


 あの車に乗りたがっていたのは知っているので、ユーシアは事前にトキナリと交渉して少女のイラストが描かれた白い車を引き取っておいたのだ。重要人物であるリヴに仕事をさせるにはこの方法が1番である。

 分かりやすくほしいものが提示されたから、ユーシアもご褒美が用意しやすくて助かる。これで彼の好きなものが分からなかったらどうしようかと思っていたところだ。


 一気にご機嫌となったリヴの横顔を眺めるユーシアは、小さく欠伸をしながら言った。



「まあ、ちゃんと仕事したらだけどね」


「お任せください。最高の結果をご用意します」


「分かりやすく気合が入ってる」



 気合いの入ったリヴの声に、ユーシアは「そっかぁ」と苦笑するのだった。

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