【第2話】
さて、外出するのに当然ながら問題が発生する。
「いーやーあああああああああああああああ!!」
「ちょ、ネアちゃんコートが破れる破れるから破れるから止めて……!!」
「僕のレインコートもどうにかなりそうですねこれは、本当に破けそうです」
「冷静に分析をしている場合じゃないでしょ!!」
ユーシアのコートとリヴのレインコートの裾を掴むのは、絶賛駄々捏ね中のネアである。「お出かけするなら自分も連れて行け」といういつもの主張だ。
残念ながら、今回も彼女のことは連れて行けない。ユーシアとリヴは仕事で出かけるだけであって、ネアがいると危険な目に遭わせてしまう可能性が考えられるのだ。彼女が怪我をするような場所に連れて行きたくないのでお留守番を言い渡した途端にこれである。
ネアの駄々捏ねも回数を経るごとに力が増していき、今やユーシアとリヴが部屋に引き戻されかねない勢いでコートとレインコートの裾を引っ張られている。このままでは裾が本気で破れる。何なら少しぐらい破れかけているかもしれない。
コートの裾を引っ張るネアへ振り返ったユーシアは、
「ネアちゃん、大人しくお留守番してて。危ないから」
「やーだあああああああああああああああああ!!」
ネアの我儘が爆音で部屋の中に響き渡る。
スノウリリィもユーシアとリヴを解放しようとネアをあれこれ宥めてくれていたりするのだが、ネアは一向にスノウリリィの方を見ようとしない。玩具で釣ろうとしている、という魂胆がバレている様子だった。
こうなってしまうと、ネアは意地でもユーシアとリヴについてくるだろう。危険な場所にふわふわと空中を漂いながらやってきた暁には心臓が止まる。そんな場面に遭遇したくない。
一旦立ち止まったユーシアは、コートの裾を引っ張るネアの頭を撫でてやる。ちょっとばかり不満げな光を宿した翡翠の瞳がユーシアを真っ直ぐに見上げていた。
「ネアちゃん、これから行く場所は危ないからついてきちゃダメ。帰りにお土産買ってくるから、今日は我慢してくれる?」
「おにーちゃんはいつもそう。ねあをごまかそうとするの」
「そんなことないよ」
ユーシアは唇を尖らせて不機嫌を表情に押し出すネアに笑いかけると、
「ね? ネアちゃんがついてきちゃうとリリィちゃんが1人でお留守番しちゃうよ。リリィちゃん、寂しくて泣いちゃうよ。それでもいいの?」
「むー……」
ついに頬も膨らませたネアは、ユーシアの説得の甲斐あってコートから手を離す。ユーシアとリヴについて行きたいのだが、やはり大好きなメイドさんであるスノウリリィを1人ぼっちにする訳にはいかないと考えているのだろう。我儘は困ったものだが、心優しい少女である。
スノウリリィもまた、ダシに使われたにも関わらず「ネアさんがお出かけしてしまうと私も寂しいです〜……」と泣き真似を披露する。意外とノリがよくて助かる。
ネアはユーシアとリヴを解放し、スノウリリィを慰める為に抱きついた。もちろんスノウリリィは嘘泣きなので慰めるもクソもないのだが。
「あまいの」
「ん?」
「おみやげ、あまいのがいい。それいがいは、ねあはおみとめしません」
お土産の品物を指定したネアは、物凄く不満げな表情で「いってらっしゃい」とユーシアとリヴを送り出す。提案を飲んでやる代わりにお土産には甘いものをご所望のようである、それで安全地帯にいてくれるのであれば喜んで甘いものを調達しよう。
「あ、リリィちゃん。お散歩の時は鍵を持って行ってね」
「お散歩はいいんですか?」
「ここら辺は子供もいるし、部屋に引きこもってばかりだと運動不足になっちゃうでしょ。地上に出ないんだったらお散歩にでも連れて行ってあげて」
いくら何でも、部屋に引きこもってばかりだと運動不足になりかねない。アメリカにいた時も買い物などはネアとスノウリリィに頼りきりだったし、この『トーキョー・ステーション』の巨大な地下街にはたくさんの子供たちも匿われている。地上に出なければそれほど危険な目に遭うこともないだろう。
ここには非戦闘系の異能力を持った【OD】がたくさんいる。信用できない中にネアとスノウリリィを放り出すのも考えものだが、見たことのない景色もネアにとっていい勉強になるはずだ。ついでにお友達も出来れば御の字である。
スノウリリィは「分かりました」と頷き、
「気をつけてくださいね。怪我をして帰ってくると、ネアさんが泣きますよ」
「分かったよ、気をつける」
「生きて帰ってきてやりますよ。こちとらまだ死ねませんからね」
スノウリリィに怪我をしないようにと釘を刺され、ユーシアとリヴは慌てて部屋を飛び出したのだった。もうすぐ集合時間が迫っていたのだ。
☆
ヘルエストから教えてもらった集合場所に向かうと、男性陣や女性陣などが入り混じった【OD】の集団が待っていた。
軽機関銃などの装備は確認できるものの、果たして彼らはそれを満足な状態で扱えるのか。中には刺股や棍棒といった原始的な物品を武器として装備しているぐらいなので、早くもユーシアは不安を覚えた。
リヴは集められた戦闘要員たちを一瞥し、
「赤子に毛の生えた程度の戦力かと。頼りになるのはヘルエスト・ラインバーツぐらいでは?」
「そうだね、1番安心できる戦力はラインバーツ少佐ぐらいかな」
ユーシアも納得したように頷く。
赤子に毛の生えた程度の戦力しか見たところいない集団で頼りにできるのは、かつて『革命戦争』にて【OD】を轢き殺して回った戦車乗りのヘルエスト・ラインバーツぐらいではないだろうか。この場には戦車はないが、彼もまた武器の扱いを心得ているから戦力としてカウントしても問題はない。
残りはまあ、肉壁として使えるぐらいだろうか。ユーシアには優秀な前衛担当のリヴがいてくれるので安心して背中を任せられるが、彼にだけ負担を強いるのもアレなのでせいぜい肉壁として使ってやろう。
すると、
「やあ、おはよう。作戦に協力してくれてありがとう」
「どうも、ミスター・ナルセ」
ユーシアとリヴに声をかけてきたのは、コミュニティ『レジスタンス』の首領を務めるトキナリ・ナルセである。相変わらず仕立てのよさそうなスーツに身を包んだ大企業の社長めいた容貌は、この荒れ果てた魔都には似つかわしくない。
「いきなり作戦とか言うから何事かと思ったよ」
「ああ、それについては君たちは今回初めてだったか。簡単にだけど説明しよう」
トキナリは軽く咳払いをし、
「実は月に一度、ネオ・東京に荷物を搬入する為の貿易船が到着するんだ。それが今日な訳だよ」
「なるほど、その貿易船とやらから積荷を強奪するんだ」
「その通り。相手もそれなりの準備をしてくるだろうから、我々もまた武装をしている訳さ」
ユーシアとリヴは納得したように頷いた。
この荒れ果てた魔都でやけに物資が溢れているなと思えば、そういうカラクリがあったのか。それは確かに戦闘要員の存在が重要視されているだろう。ここで勝てなきゃ物資が枯渇し、ネオ・東京という綺麗な街から追い出された【OD】で物資の争奪戦が起きてしまう。
最初から【OD】同士で醜く争うという考えは頭になく、安全圏でぬくぬくと暮らす一般人から強奪してやろうという魂胆は悪党らしくて好ましい。生活の為にユーシアとリヴも自然と気合が入るものである。
トキナリは「ところで」と口を開き、
「ラインバーツさんが何か幻覚が見えている様子なんだけど」
「知らないねぇ」
「知らないですね」
「『パンツが空を飛んでいる』って言いながら何もないところを指差しているんだけれども」
「叩けば直るよ」
「そうですよ。人間も家電も同じですよ」
「ええー……」
数人がかりで取り押さえられながら地上に引きずられてきたヘルエストの哀れな姿から視線を外したユーシアとリヴは、しれっと彼が急に幻覚を見始めた理由を「知らない」と切り捨てるのだった。
そう、ヘルエストが食べたのはただの朝食である。ただの朝食が幻覚を見せるということはあり得ないのだ。絶対そうである。




