【第6話】
鍵付き個室という特別な部屋は、どうやらホテルのことを示していたらしい。
「へえ、いいところだね」
「そうですね。なかなか上等な部屋を用意してくれたようで」
トキナリという男はまあまあ信用ならないが、用意してくれた部屋はある程度の広さがあるので生活するには問題なさそうである。トーキョー・ステーションで生活している他の【OD】と比べて、戦力に換算されるのであれば待遇ぐらいはよくしてもらわないと割に合わない。
鍵は自動的に閉まる形式だし、メゾネットタイプの部屋はホテル内では珍しい部類である。部屋の奥にある階段を駆け上がったネアのはしゃいだ声が吹き抜けの向こうから聞こえてきた。
部屋を見渡すスノウリリィは、
「とても素敵なお部屋ですね。日本にはこのようなお部屋があるなんて驚きです」
「このホテルって意外と高いと有名なんですよ。内装も綺麗に残されていてよかったです」
リヴはそんなことを言って、リビングルームのソファに飛び込む。「わー、ふかふかだぁ」と間抜けなことを言っていた。
「りりぃちゃん、べっどあったよ!!」
「まずは荷物を整理しちゃいましょうね、ネアさん」
「はぁい」
2階からわざわざ【OD】の異能力を使って飛び降りてきたネアは、スノウリリィに手を引かれて再び2階に戻っていく。遅れて女の子たちのはしゃぐような声が聞こえてきたので、荷物を整理するのは少しばかり時間がかかりそうだ。
ユーシアはとりあえず、扉を片っ端から開けて確認してみる。風呂場にトイレ、クローゼットなどホテルの設備としては充実した内容が揃っていた。さすが『オモテナシ』の国として、かつて名を馳せていただけはある。どこもかしこも綺麗で掃除が行き渡っていた。
ちゃんと水は出るのかと風呂場に置かれた洗面所の蛇口を捻れば、じゃばじゃばと水が溢れ出す。お湯も同様に出る様子だ。こんな荒れ果てた魔都でもインフラ設備がまだ整った状態とはいいことである。
部屋の設備の確認を終えたユーシアは、
「まあ、ここでネアちゃんが退屈してくれなきゃいいけど」
「子供なら大勢いましたが、虐められないか心配ですね。まあ虐められていたら闇討ちするだけですが」
「リリィちゃんはどうにでもなるでしょ、愛想がいいからね。ネアちゃんは繊細だしなぁ」
聖職者として真面目だか神経が図太いのだか不明だが、スノウリリィはどんな状況でも他人がいれば交流できるだろう。彼女はいっそ好きにさせてしまおう。
問題はネアである。実の父親から虐待を受け、【DOF】の効果も相まって精神が逆行しているのだ。幼い子供たちの中に紛れ込ませて、果たして受け入れてもらえるだろうか。
ユーシアは少し考え、
「やっぱりしばらくはお留守番かな」
「妥当な判断だと思います」
ソファを独占していたリヴは身体を起こすと、
「あの胡散臭そうな男を信用なさるおつもりですか?」
「まさか。ネオ・東京が軍隊使って攻め込んでくるって噂話がある以上、ちゃんと機能してくれる肉壁がほしいだけだよ」
ユーシアは「ははッ」と笑い飛ばしながら答えた。
最初から腹の中に抱えている怪物の正体が見えない男など、一体誰が信用すると言うのか。トキナリは利用するのに価値のある人間だろうが、信用する価値のない人間はせいぜい肉壁にでも使い倒す所存だ。日本人だから自己犠牲は美徳と考えているかもしれないし、せいぜい骨の髄まで利用してやろう。
軍隊が攻めてくるのであれば、挑む人数は多い方がいい。ユーシアは狙撃手だから後方支援しか出来ないし、前衛をリヴにだけ押し付けるのは考えものである。これほどの集団で生活しているのだから自警団ぐらいは結成されていることだろう。前衛を任せられる人間は多い方がリヴの負担も軽くなる。
リヴもユーシアの言葉に頷き、
「まあ、確かに。僕だけですもんね、現状は」
「俺とお前さんでネオ・東京そのものをどうにか出来るとは思えないし、軍隊を足止めするなんて以ての外でしょ。何人規模か分からないし」
「軍団規模なら5万人は下りませんね。さすがに無謀かと思いますよ、漫画や小説の世界じゃないんですから」
「魔法でも使えりゃねぇ、俺だって集団に属することはなかったけどさ。使えるのは人並み程度の異能力だし」
「シア先輩は狙撃能力があるじゃないですか」
「リヴ君の異能力は便利だよね。どんなものでも親指サイズに縮めて持ち運べるんだから」
結論、どうしてもそこに行き着いてしまう。
無謀なのだ、2人だけでネオ・東京の用意した軍隊に挑むのは。そりゃ背後に潜んでいる黒幕の日本国大統領の首を吹っ飛ばすのは2人でも可能だろうが、軍隊まで出てこられると話が変わってくる。
ユーシアとリヴだけで相手が出来る人数は、せいぜい10名か20名そこそこだろう。爆薬とユーシアの対物狙撃銃の威力を使えばどうにかなるだろうが、それでも戦力に限りはある。
揃ってため息を吐いたユーシアとリヴは、
「皮肉だね、革命戦争の再来なんて」
「しかも革命戦争を終わらせた英雄は、今度は【OD】側になって参戦ですよ。面白くなってきましたね」
「全然面白くないよ」
他人事のように笑うリヴに、ユーシアはバッサリと切り捨てる。
かつて革命戦争を終わらせたユーシアも、今や立派な【OD】である。あの時は【OD】を狩る側の正義の味方だが、今回は狩られる側の敵役として参戦だ。
でもタダでやられる訳にはいかない。抵抗するなら最後まで抵抗してやる所存である。何ならしぶとく生き延びてやり、思う存分に今の生活を満喫してから地獄に堕ちてやる。
ユーシアはコートの下から【DOF】の箱を取り出し、
「煙草吸ってこよ。灰皿ある?」
「部屋は禁煙ですからね、外に行けばあるんじゃないですか?」
「仕方ない、屋外に出てくるかぁ」
喫煙の為に屋外へ出ることを決めたユーシアの耳に、コツコツという控えめなノックが届いた。
閉ざされた扉の向こうに佇む気配が2つある。この気配から判断して、――。
閉ざされた扉に視線を固定させたユーシアとリヴは、音もなく目を眇める。
「片方は武装していないけど、もう片方は武装してるようだね。どう?」
「間違いないですね。武装していない方の護衛でしょうか」
扉の向こうにやってきた来訪客の状況を言い当てたユーシアとリヴは、気配を殺して扉に近寄る。
金属製の重厚な扉からは、なおもコツコツという控えめなノックが響く。人数にも変化はないし、武装している状態も変わらない。
ユーシアはコートの下から自動拳銃を引き抜く。弾倉がきちんと装填されていることを確認してから、背中に自動拳銃を忍ばせた。リヴも黒いレインコートの袖から大振りの軍用ナイフを滑り落とし、柄を密かに握りしめて扉の向こうに控える武装したお客様の襲撃に備える。
扉に張り付くユーシアは、リヴに目配せをした。相棒の真っ黒てるてる坊主は一度だけ頷くと、ユーシアの背中に隠れる。
「はーい、今開けるよ」
警戒している素振りを見せない声音で呼びかけ、ユーシアは扉を開ける。
「何だよ、ユーシア。随分と遅えな」
「あれ、ユーリさんじゃん」
「【DOF】が入り用かと思って、調合にきたんだよ」
扉の前に立っていたのは、台車を押したユーリカだった。台車にはおとぎ話の絵本や【DOF】の調合に必要な器具などが積まれており、何しにやってきたのか明白である。
「それと、ユーシアが来てから『連れてけ』ってしつこいから」
「え?」
首を傾げた直後のこと、部屋の扉が横から伸びてきた大きな手のひらによってこじ開けられる。
抵抗虚しく扉は全開となり、ユーシアとユーリカの間に割り込むようにして熊のような見た目をした男が現れた。短く切り揃えられた白い髪と鋭い琥珀色の双眸、野生み溢れる顔立ちに迷彩柄の野戦服へ詰め込んだ彫像の如き肉体美。肩から軽機関銃のベルトを下げており、武装をしている原因が分かった。
その男に、ユーシアは見覚えがあった。革命戦争の時にいたのではないか。
「もしかして、ヘルエスト・ラインバーツ少佐?」
「おう、死神ィ!! 会いたかったぜぇ!!」
胴間声で歓喜を叫ぶと、その男――ヘルエスト・ラインバーツは勢いよくユーシアに抱きついてきた。




