【第5話】
そのコミュニティというのは、魔都の広大な地下都市で生活しているらしい。
「ここが魔都最大の地下迷宮『トーキョー・ステーション』だ」
「東京駅ですね」
「リヴ君の方がまだ信用のある発音だなぁ」
「何でよ」
舞台俳優みたいに気取った口調で紹介するユーリカに酷評を下し、ユーシアは改めて案内された地下都市とやらを見やる。
低い天井には等間隔で蛍光灯が配置され、無機質な明かりをつるりとした素材で構成された床に落としている。明かりの消えた看板には日本語で店名が記載されているようだが、ユーシアには何の店なのか分からない。剥がれかけたポスターには魚の切り身を俵状に握った米の上に乗せている写真が使われていたので、あれが日本国の伝統的な食事『スシ』であると理解した。
かなり大規模な地下都市のようで、老若男女問わず様々な人が行き交う。荷物を抱えてどこかに慌ただしく駆けていく女性だったり、地下空間という迷宮を使って鬼ごっこを楽しむ子供だったり、どこからか確保してきたのか不明な携帯食料の詰められた段ボールを台車に積んで運んでいく青年など、協力してこの狭くて限られた地下都市で生活を送ってあおるようである。
まだ見たことのない地下都市を前に、ネアは「ふああああ」と瞳を輝かせていた。未知なる世界は子供にとって玩具にでも見えるのだろう。
「おみせたくさん!!」
「ネアちゃん、人が多いからリリィちゃんと手を繋いでね」
「はぁい」
ユーシアの言うことを素直に聞き入れたネアは、スノウリリィの右腕にしがみついてはしゃぐ。知らない場所が楽しくて仕方がない様子である。
『すみません、席を用意してくれるかい?』
『あ、はい!!』
ユーシアを案内していたスーツ姿の男の足取りが、地下街のある店の前で止まる。
木製の骨子が廊下に面した壁一面に嵌め込まれており、店内を覗き込むことが出来るようになっていた。小さめの机が狭い店内に並んでおり、着物のような格好をした従業員が忙しなく掃除を始めていた。遅れて『どうぞ!!』と店内へ案内する。
店内はまあまあ狭いものの、明るさに満ちている。観光客であれば絶対に好きそうな雰囲気だ。他に利用客はいないが、外の世界からやってきたユーシアたちを警戒している人々が店の外に集まって様子を見にきていた。まるで動物園の動物になったような気分である。
居心地悪く、ユーシアは案内されるままに小さな椅子へ腰を下ろした。リヴもまたガラス張りの壁から覗き込んでくる見物客に威嚇しており、ネアとスノウリリィは見たことのない店内に興味津々である。
「まずは自己紹介といこうか」
スーツ姿の男は居住いを正し、ユーシアを真っ直ぐに見据える。
「私はトキナリ・ナルセ。このコミュニティ『レジスタンス』のリーダーさ」
「随分と英語が上手いね」
「【DOF】に手を染める前は外資系の会社を経営していてね。海外に飛ぶこともしばしばあった」
お茶を運んできた従業員に、スーツ姿の男――トキナリ・ナルセは笑顔で『ありがとう』とお礼を言う。日本人だから日本語は得意だろうが、海外で仕事をしているならば自然と英語も話せるようになるか。仕事人という雰囲気である。
従業員が運んできたお茶は湯呑みに並々と注がれており、陶器製の湯呑みはほんのりと温かい。ふわりと鼻孔を掠める香りは紅茶やコーヒーといったものから感じられない優しさがあった。
飲もうとしたところで、横からリヴが手で制してくる。ちらと相棒を一瞥すると、彼は一度だけ頷くと置かれた湯呑みを手に取ってお茶に口をつけた。
「ちゃんとお茶ですね、薬物や毒物の気配はないです」
「そんなものを使う訳がないじゃないか」
「誰がアンタを信用してると言ったんですか殺しますよアア?」
「リヴ君、威嚇しないの。動物園の動物になったような気分で苛立ってるのは分かるけど」
今すぐ飛びつきたくなる衝動を耐え、リヴはユーシアの手によって椅子に引き戻される。まだ納得はしていなさそうで、歯を剥き出しにしてトキナリを睨みつけていた。
「それで、君はユーリカ君と知り合いのようだけど」
「ユーリさん、何でこんな胡散臭い男と一緒に連んでるの? 弱みでも握られた?」
「何てことを言うんだ、お前」
ネアとスノウリリィにメニューの読み方を教えていたユーリカは、ユーシアの言葉に目を剥く。
「日本に入国したらドラム缶のような機械に殺されかけたから、下水道を使って命からがら脱出したんだよ。その果てで旦那に助けてもらったから居着いてるんだ」
「ああ、ユーリさんは【DOF】を調合できるから引くて数多じゃないかな」
「ですね。余計なことを言わなければ仕事の腕前はピカイチですからね」
「何でオレはこんなに悪口を言われなきゃいけねえんだ」
ユーリカは「オレ悲しい」などと嘆きながら顔を覆う。可哀想になったらしいネアとスノウリリィが、彼の頭を撫でて慰めていた。
もちろん、信頼しているからこその態度である。彼にはアメリカにいた時から大変世話になっていた。ネアとスノウリリィの預け先に出来るぐらいにはユーシアもリヴも彼のことを信じてはいる。
トキナリは「なるほど」と頷き、
「一定の信頼関係はありそうだ」
「そうだね。お前さんよりはあるよ」
「棘のある言い方だ。警戒心が強くて何より」
湯呑みのお茶を口に含んだトキナリは、
「取引に応じるつもりはないかい、ユーシア・レゾナントール君」
「やっぱり『白い死神』としての名前が出回ってるようだね」
「最初こそ、2つのコミュニティを潰したという情報からネオ・東京が送り込んだ刺客かと思っていたさ。でもどうやら事情が違うと理解した」
ユーシアは音もなく目を眇める。
2つのコミュニティというのが、あの裸の王様の【OD】のみで構成された変態集団の『裸の心』と高校を根城にしていた少年少女の集団か。確かに人が集まっていたからコミュニティと呼ぶには、まあ適していると言っていい。
それらを潰していたという情報が、早くも出回っている様子だった。それほど派手に暴れ回ってしまったようである。あまり好き勝手に過ごすのも考えものだと自分の愚かさを少しばかり後悔する。
「君はそこにいる女の子たちが安全だったらいいのだろう? なら、鍵付き個室の特別な部屋を用意しようじゃないか」
「へえ、破格の待遇だね」
「もちろん、こちら側と交流するのは彼女たちの自由だ。住まいとして鍵付きの個室を提供するなら、君たちも納得しないかい?」
トキナリの申し出としては願ってもいないことである。
鍵付きの個室があれば信用できないコミュニティ下にあっても身を守れるセーフティーゾーンが作れる。部屋で留守番をさせるような感覚と言っていいだろう。ユーリカもいるならば彼に子守を押し付けてもよさそうである。
ただし、鍵付き個室に見合うだけの対価が怖い。狙われているのは当然、ユーシアの『白い死神』の名前通りの戦力だろう。上等な部屋をくれるのであればユーシアもそれなりの対価を示してはいいが、自由に動けなくなるのが面倒だ。
ユーシアは少し考え、
「狙いはやっぱり俺?」
「そうだね、君とそこのレインコート君には戦力として協力してもらいたい」
「協力ですか」
早々にお茶を飲み干してしまったリヴは、
「正直、アンタの為に動いてやるつもりは毛頭ないんですけどね」
「俺もだね」
「悪い話ではないと思うんだけどなぁ」
トキナリは肩を竦めると、
「ほら、近頃ネオ・東京が軍隊を引き連れて攻め込んでくるって噂があるだろう。第二次革命戦争だ何だって言われてる。このまま何もしないで、君たちの大事な女の子たちを見殺しにしてしまうなんて嫌じゃないか」
「…………」
「…………」
ユーシアとリヴは互いの顔を見合わせる。
確かにその通りだ。ネオ・東京の軍隊が魔都に攻め込んでくると噂がある以上、どうしたってネアとスノウリリィに被害が及ぶ可能性が高い。それなら集団に紛れさせて逃がした方がいいだろう。
こちらも軍隊にたった2人で挑む馬鹿ではない。出来れば肉壁になりそうな人員はほしいところだ。軍隊を指揮するネオ・東京の大統領を討つにしても、味方は多い方がいいはずだ。
仕方がないとばかりに頷いたユーシアとリヴは、
「ネアちゃん、リリィちゃん。ここで1番高いの注文しなよ。俺も何か食べたいな」
「すいません、商品片っ端から全部」
「いいの!?」
「え、あの、お話は終わったんですか?」
「あれ、急に食べ物を注文し始めちゃったけど」
急にメニュー表を見始めたユーシアとリヴに首を傾げたトキナリは、
「もしかして協力してくれるつもりになった?」
「もしかしなくてもそうだよ。鍵付き個室とここの飲食代ぐらいは持ってもらうからそのつもりで」
「僕らは食べますよ、ボス。覚悟してくださいね」
「ええー……いいけどさぁ……」
呆れた様子のトキナリなど無視して、ユーシアとリヴは普通にメニューの中で1番高い商品を注文するのだった。




