【第9話】
伽藍とした学校内を物色である。
「お、結構【DOF】を溜め込んでるじゃん」
「飲料型でしょうか。汎用がありますね」
ユーシアとリヴは倉庫として使われていたらしい教室の荷物を確認しながら会話を交わす。
教室に積まれていた段ボールには、大量のペットボトルが詰め込まれていた。透明な水は全て濃度の高い【DOF】であり、どうやらこの濃度を水で薄めて使っていたようだ。学生ならばその程度ぐらいがちょうどいいのだろう。
濃度を薄めて使うことで【DOF】を長く使うことが出来る利点が見込めた。若いながらその観点に気づくとはさすがの一言に尽きるが、強力な異能力を持った【OD】であれば原液の状態での摂取が望まれるので考えなければならない。リヴのような強力な異能力を持つ【OD】がいなかったのが幸いしていたのだろう。
リヴは段ボールを次々とレインコートの下にしまい込み、
「そういえば、ネアちゃんとリリィちゃんは無事?」
「出しますか?」
ユーシアの質問へ応じるように、リヴがそっとレインコートの下から取り出した何かを埃っぽいリノリウムの床に放つ。
すると、ネアとスノウリリィが床に座り込んだ状態で出現した。今までリヴの異能力によって縮められていたので、ようやく解放されたことで「ふはぁ」「お、終わりましたか?」と周囲を見渡している。
ネットカフェの付近からいきなり日本の学校に放り込まれた2人は、変わった光景に瞳を瞬かせていた。黒板に片付けられた机の群れなど、ネアやスノウリリィにとっては馴染みのないものがあるものだから驚くのも無理はない。
ネアはユーシアのコートの裾を引っ張ると、
「おにーちゃん、ここどこ?」
「学校だよ、ネアちゃん。お勉強するところ」
「おべんきょ!!」
ネアは青い瞳を輝かせ、
「ねあ、おべんきょすきだよ!!」
「偉いね、ネアちゃん。普通はお勉強が嫌いで仕方がないのに」
「このまえね、ねあがえほんをよんでたらりりぃちゃんにほめられたよ。『おべんきょしててえらいですね』ってゆわれたの」
大好きなスノウリリィに褒められたことでお勉強好きになるとは、ネアも現金な性格である。まあ、その方がいいこともあるだろうが。
「ネアちゃんとリリィちゃんはご飯を探してきてくれる? 調理前でも何でもいいよ」
「わかった!!」
「どのようなものでもいいでしょうか?」
「うん、いいよ。日本食だったらリヴ君に聞きながら俺が料理するからね」
ユーシアは、特に「俺が」という部分を強調しておいた。
これは女の子に手間をかけさせる訳にはいかないというイタリア育ちの配慮ではない。下手すれば命に関わる代物だ。
スノウリリィの料理下手はもはや殺人レベルである。一口食べれば幻覚を見始め、二口食べれば綺麗なお花畑が見える始末である。端的に言えばとんでもなく不味いのだ。
だからこそ、ユーシアは自分で料理をすることを選ぶ。絶対にスノウリリィに料理をさせれば全員仲良く死亡すること間違いなしだ。
「何だか含みのあるような言い方ですが……」
「気のせいだよ」
「気のせいですよ」
「きのせいだよ、りりぃちゃん」
「ネアさんまで!?」
不満げにユーシアを睨みつけてくるスノウリリィだが、仲良しなネアにさえ嫌そうに言われたので少しばかり傷ついている様子である。そろそろ自分の殺人鬼的な料理の腕前を自覚してほしい。ネアにさえ怯えられているのだから。
「りりぃちゃん、いこ。ねあ、おかしたべたいな」
「ネアさん、お菓子はご飯のあとですよ。ないかもしれないので贅沢は言わないようにしましょうね」
「はぁい」
ネアとスノウリリィは、まるで姉妹のように言葉を交わしながら教室から出ていく。もう残党もいないだろうから襲われる心配もないだろう。
ユーシアとリヴは互いの顔を見合わせ、それから【DOF】の運搬作業を再開させる。こちらは別に兄弟みたいなやり取りなんてなく、何なら軍隊の先輩と後輩の間柄と言ってもいいだろう。そんな関係性が心地いいものだ。
段ボール箱に触れれば手のひらに転がるほどの小さく縮められるので、リヴが運び出しやすいようにユーシアが高い場所に積まれた段ボールを下ろしていく。一応中身も確認するのだが、やはり同じようなペットボトルに【DOF】が満タンに注ぎ込まれたものが並んでいるので、これらの段ボールの中身は全て同じと見ていいだろう。
疲れたようにため息を吐いたユーシアは、
「これ全部【DOF】か……」
「ほら早く次を寄越してくださいよ」
「悪魔かな」
ユーシアの疲労など知ったことではないとばかりのリヴは、開けっ放しになっている段ボール箱から1本のペットボトルを取り出して平然と蓋を開ける。そして中身として詰め込まれていた透明な液体に口をつける。
やはり透明な液体の正体は高濃度の【DOF】であり、口に含んだ彼は「うん、まあ、身体に入れてるものと変わらないですね」などと言う。それからユーシアにもペットボトルを差し出してきた。
試しにユーシアも高濃度の【DOF】を口に含んでみるのだが、
「ごふッ」
「うわ汚い、吐き出さないでくださいよ」
「だってこれ濃すぎなんだもん」
ユーシアは激しく咳き込みながら、リヴにペットボトルを突き返す。
何と言うか、アルコール度数の高い酒を口の中に放り込まれた気分である。高濃度の【DOF】など摂取したことはないが、これほど頭がクラクラするとは想定外だ。
リヴは注射器で身体の中に投与してしまうが、普段から高濃度の【DOF】を使っているだけあって平然と飲めてしまうのが驚いた。普通の濃さで十分過ぎるほど満たされているユーシアにはとてもではないがこれ以上飲めない。一口で限界だ。
リヴはグビグビとペットボトルを【DOF】を呷りながら、
「これでしばらく僕は【DOF】に困らなくて済みますね。やりました」
「俺は煙草吸っていい? 何だか疲れちゃった」
「窓開けてくださいよ」
「分かってるよ」
ユーシアは教室の窓を開けてから煙草の箱を取り出す。
今まで目を向けることはなかったが、外の景色に赤色が差していた。空は燃えるような赤色に染まっており、太陽が西側に沈んでいく。
それはそれは綺麗な夕日だった。ユーシアも思わず見惚れてしまうほど綺麗な夕方の光景である。物寂しさを漂わせる世界は徐々に夜へと向かっていき、冷たい風が窓から吹き込んでユーシアの頬を撫でる。
ふと背後を振り返れば、赤い日差しを受けて鈍く輝く黒板が見えた。隅には日付の書かれていないまま放置された『月日』の文字だけが刻み込まれている。ここでかつては、昼間に殺した彼らも授業を受けていたのだろう。
「ここで一体何を学ぶんだろうね」
「まあ、色々とですかね」
リヴは1本のペットボトルを空っぽにしたところで、ゴミをポイと教室の隅めがけて放り投げる。ペットボトルは大きく放物線を描き、ポリバケツの中にコンと見事に入った。
「社会の縮図みたいなものだと聞きますよ。上下関係もあって、いじめもあって、それでも学生たちは楽しく過ごすみたいですね。何が楽しいんだか」
「リヴ君、そういえば学校には行ってなかったんだっけ」
「気がついたら人を殺して生計を立ててましたね。言葉を覚えたのは周りの大人からです。組織に入ってから本格的に教育されましたが」
学校に通っていない割にはリヴの知能は高い。それだけ厳しい教育に耐えてきたのだろう。無免許ながら車も運転できるし、潜入捜査に情報収集までお手のものだ。彼の優秀さが窺える。
ただ、この学校とやらに通っていたら、少しはリヴも変わっただろうか。同年代の子供たちと戯れれば自然と笑うようになったり、怒ったり、悲しんだり、勉強を面倒臭がったり、行事を楽しんだりしたのだろうか。
ユーシアは真っ黒な煙草の形をした【DOF】を吹かしながら、
「うーわ、似合わねえ」
「何を想像したんですか不名誉ですね髭を引き千切りますよ」
「いやリヴ君が普通に学校へ通っていたらどんなだっただろうなと思ったらあまりにも似合わなすぎてさぁ」
「やっぱり不名誉でしたね髭を寄越せ」
「何で隙あらば髭を狙ってくるんだよぉ!!」
髭を狙ってくるリヴの頭を押さえつけ、ユーシアは「もー、謝るから髭を狙うのは止めてよ」と適当なことを言う。
相棒が普通の生活を似合わないと思っているのは、おそらく彼との関係性にも慣れてきたからだろう。それほどリヴと離れるのは惜しい。
世界中が敵に見えているほど殺意が強く、しかしながら幼女には割と甘い。のらりくらりと掴みどころがなく、理知的で冷静なリヴとの関係性は何者にも変え難い。
――願わくは、死ぬその時まで隣に。




