【第8話】
バタバタと聞こえる足音を追いかけていくうちに、屋上へ辿り着いていた。
「逃げ場ないじゃん」
「飛び降りでもするつもりでしょうか」
「そうなったら見送ってあげようか」
「逃げ出す可能性もありますけどね」
そんな会話を交わしながら、ユーシアはマッチ売りの少女の【OD】をリヴに引き渡す。
何度殴られても力を振り絞って暴れてくるものだから呆れてしまう。リヴに引き渡されてもなお逃げ出そうともがく彼女の無意味な抵抗を眺め、ユーシアは「無駄なのにね」と小声で呟いた。
不屈の魂だとか大和魂だとか知らないが、抵抗されるのも面倒なのでそろそろ殺してもいい頃合いなんじゃないかとは思う。思うけれど実行はしない。ここが最終の逃げ場だとすれば、少年少女が集まっているこの場所を燃やせば終わる。
自動拳銃をコートの下から引き抜き、ユーシアは屋上の扉に背中をつける。試しにドアノブを握ると鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
「わお、凄いね」
「こんなのあまり見かけないですよ」
扉を開いて屋上に足を踏み入れると、屋上の扉から遠く離れた場所にバリケードが築かれていた。
机を積み重ね、有刺鉄線のように椅子を並べて、その向こう側にヘルメットを被った少年少女が掃除道具とか調理器具を片手にユーシアとリヴを睨みつけていた。こんな青春ドラマのような出来事が本当に起きるものかと素直に驚く。
ただ、彼らの抵抗など無意味なことこの上ない。机や椅子のバリケードなどユーシアとリヴがちょっと色々とやれば崩れるような代物だ。
「リヴ君、手榴弾」
「こちらに」
ユーシアが相棒の真っ黒てるてる坊主へ手を伸ばせば、伸ばした手のひらに真っ黒い邪悪なパイナップルを乗せてくる。
手榴弾のピンを引き抜き、ユーシアは渾身の力でそれを投げつける。硬質な金属音を奏でさせて机の向こう側に飛んでいき、少年少女たちは慌てた様子で悲鳴を上げた。
次の瞬間である。
――ッッッッッッッドン!!
地響きのような音を立てて、手榴弾が盛大に爆発した。
吹き飛ばされる机や椅子たち、一緒に飛んでいく少年少女。ある少年は腕や足を吹き飛ばされ、少女は全身に火傷を負い、口々に日本語で何かを叫んでいた。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。
爆発の余波から免れたらしい仲間たちは、腰を抜かして傷ついた彼らから離れる。助けることが出来ないと理解するや否や、早々に見捨てる判断をしたらしい。懸命な判断だ。
ユーシアはリヴが拘束する少女に振り返り、
「ほら、お仕事だよ。お友達を見送ってあげようね」
リヴの日本語訳でユーシアの言葉が届けられた少女は、鋭い目つきで睨んでくる。それから反抗するように顔を背けた。
「あー、うん。はいはい、そういうのいいから」
『いや、止めッ、やだ!!』
幾度となくやってきた少女の手にボロボロの水筒を押し付けて、強制的に異能力を発動させる。ボロボロの水筒に透明な液体が溢れたところで、ユーシアは水筒を投げつけさせた。
ポンと放物線を描いて飛んでいく水筒。コン、カン、と金属が硬い地面を転がるような音が耳朶に触れると同時に、紅蓮の炎がコンクリートで構成された床を舐めるように広がっていく。
当然ながら、手榴弾の爆発によって傷ついた少年少女は抗うことが出来ずに炎があっという間に包み込んでいった。爆破された上で火葬もされてしまうとは、本当に運がない。
「逃げた子はいる?」
「隅に蹲っているだけですね」
リヴが「ほら」と顎で示した先には、膝を抱えて目の前の地獄から懸命に目を逸らす仲間たちが何人か確認できた。
ああ、可哀想に。仲間が目の前で焼けていく中で生き残ってしまうのは精神的にも苦痛で仕方がないだろう。どれほど耳を塞いで目を逸らしても、眼前に広がる地獄は紛れもない事実だから現実逃避をしても仕方がないのに。
ユーシアは自動拳銃の掲げると、
「どうする? 俺がもう眠らせちゃう?」
「いえいえ、最後まで楽しみましょうよ」
リヴがそう言ってレインコートの下から取り出したものは、大きめの瓶である。なるほど、水筒を介して異能力を発動するのであれば瓶などの他の器でも対応できそうだ。
試しに少女の手へ押し付けてみると、瓶にじわじわと透明な液体が溜まっていく。底から溢れてくる様には魔法のような雰囲気もあるが、振りかければ即燃える可燃性の液体を生み出す魔法など危険極まりない。
瓶を払い落とそうとする少女が身じろぎするのだが、それよりも先にまだ生き残っている少年少女めがけて瓶を投げつけた。
『ぎゃあああああああああッ!!』
『あつッ、あついッ!!』
『助けて助けて助けてッ!!』
投げつけられた瓶は見事に割れ、中身の透明な液体を撒き散らす。燃え盛る炎へさらにガソリンを撒くように炎の勢いが増し、液体が振りかかった少年少女はあっという間に火だるまと化した。
踊るように炎の中で暴れ、少年少女は断末魔を口から迸らせる。助けを求めるように空中を掻く指先には何も掴むことはなく、やがて力尽きたようにパタリとその場に落ちる。
人質の少女の仲間たちが燃えていく様を眺めていたユーシアとリヴは、
「凄いね、火炎瓶じゃん」
「ですね。意外と使える」
「投げつけた途端に燃えるから手っ取り早く苦しめることが出来るし、建物とか人間とか構わず燃やせるのっていいよね。俺、マッチ売りの少女の【OD】がよかったなぁ」
「今のままで十分じゃないですか、メルヘンチックで」
軽い調子で言葉を交わしていると、少女の全身から力が抜けた。膝から崩れ落ちそうになったところで、リヴが無理やり引っ張り上げる。
少女の目からは大量の涙が静かに流れていた。それはそうだろう、何せ仲間たちを無理やり殺されたのだ。しかもユーシアとリヴが殺した訳ではなく、少女の異能力を使って殺害されていった訳である。絶望感は半端なものではない。
ユーシアは懐から煙草の箱を取り出し、
「リヴ君、そいつが最後の1人かな」
「ですね。殺しますか」
「そうだね、もう用済みだし」
リヴが少女を解放すると、彼女はヘナヘナとその場に座り込んだだけだった。視線は苦しみながら燃えていく仲間たちに向けられ、呼吸をするのもやっとといった精神状態だろうか。
座り込んだ少女のこめかみに、ユーシアが自動拳銃を突きつける。炎の赤色を反射して鈍く輝く自動拳銃は、さながら死神の鎌のようだった。
こめかみに自動拳銃を突きつけられてもなお、少女は動かない。軽く自動拳銃で頭を揺らすと、人形のようにカクンと頭を揺らしただけだった。茫然自失といったような状況である。
「最後に何か言い残したいことはある?」
リヴから日本語訳を受け、少女はゆっくりと顔を上げる。
ボサボサの金髪がカーテンのように顔を覆い隠し、隙間から窺う黒曜石の瞳はまるで底の見えない闇のようだ。何度も殴られた影響で顔中痣だらけで、さながら幽霊の如き不気味な気配を背負う。
ひび割れた唇を動かした少女は、確かな声音で告げた。
『殺してやる』
それは、自分が死んでもなお地獄の底まで道連れにしてやるとでも言うような。
「あはッ」
ユーシアは笑った。思わず笑ってしまった。
少女の純粋な殺意は心地よい。喉元がひりつく感覚に口元が緩んでしまう。
その言葉は幾度となく聞いたものだ。呪詛のように「殺してやる」と言われながらもユーシアはここまで生き延びてきた。言霊などに何の力もないのに、死してなお喉に食らいつこうという気概は買える。
「いいね、せいぜい地獄の底で恨みなよ。どうせ無駄な呪いだ」
そう告げて、ユーシアは自動拳銃の引き金を引いた。
銃口から放たれた弾丸が、少女のこめかみをぶっ叩く。撃たれても傷はなく、衝撃で屋上に倒れ込んだ彼女の口から寝息が聞こえる。
最後の最後で呆気ない終わり方だ。あれだけ呪いのこもった『殺してやる』が聞けたのに、喉に食らいつくことすらしなかったか。
眠る少女を見下ろしたユーシアは、すでにポリタンクを装備したリヴに視線をやる。
「燃やそっか」
「そうですね」
無事に地獄へ堕ちれるように、ユーシアとリヴは少女の身体を燃やしてやるのだった。




