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【第7話】

 校舎の2階に上がると、バタバタとした足音が遠ざかっていった。



「これ教室?」


「みたいですねぇ」



 そんな足音など気にした様子もなく、ユーシアとリヴは廊下に沿って並んだ教室を覗き込む。


 机などが綺麗に片付けられ、使用された痕跡のある寝袋が大量に転がっている。ここがあの少年少女の居住区域なのだろうが、防犯もクソもあったものではない。鍵がかからない扉は「侵入して襲いかかってもいいですよ」と言っているようなものではないか。

 今時の少年少女は防犯意識がまるでない。いや、この状況で防犯云々など言っていられる場合でもないか。荒れ果てた魔都の街並みで『防犯』なんて2文字は意味がない代物である。治安のいい法治国家はどこへ消えたのか。


 ユーシアは荷物のように引き摺っていた少女を無理やり立たせ、



「誰かいなーい? 出てこないとこの子が痛い思いをするだけだよー」


「シア先輩、そんなことをしても無駄では?」


「ああそっか、嫌われてるもんね。そりゃあ見捨てられるかぁ」



 ユーシアは哀れみを持って少女に「可哀想だね」と言う。


 少女の味方は誰もいない。助けてくれる人もいない。

 ユーシアに抵抗するようにジタバタと暴れて『うー、うーうううあああああ!!』と呻き声を発するも、その度にリヴが殴って黙らせていた。もうそろそろ少女の顔も無惨に痣だらけの状況になってきた。


 少しばかり考えてから、ユーシアは少女を連れて教室に足を踏み入れる。



「何するんですか?」


「燃やそうと思ってさ」



 ユーシアは少女にボロボロの水筒を握らせる。少女はボロボロの水筒を払い落とそうとしたが、構わず押し付けて彼女の異能力を発動させた。

 使い込まれた痕跡のある寝袋を踏みつけ、ユーシアは少女の手に握らせた水筒をひっくり返す。あっという間に炎が寝袋を包み込み、ごうごうと燃えていった。


 燃え盛る教室を尻目に少女を引き摺って脱出したユーシアは、



「寝るところなくなれば、さすがに出てくるんじゃないの? 鼠ちゃんたちもさ」


「その可能性はありますね。都合よくいますし、使いますか」



 少年少女の寝床になっている教室を燃やすことに決めたユーシアとリヴは、次の教室を燃やす為に移動する。引き摺る少女の口から甲高い悲鳴が漏れた。耳障りだ。

 いい加減に抵抗は無駄だと学んでほしい。どれほど殴られても闘志を捨てないとか、日本人はどんな教育を受けているのか。ここで悪党に屈してもつまらないが、ここまで痛めつけられて諦めずに抵抗するのは珍しいものだ。


 隣の教室を覗き込むと、



「あ」


「いましたね」



 教室の隅に、身を寄せ合って震える少女たちと目が合った。


 ユーシアたちが廊下にいることを知るや否や、少女たちはきゃーきゃーと悲鳴を上げてさらにガタガタと震え出す。『殺さないでください』とか『死にたくない』とか叫んでいる内容についてはリヴに教えてもらった。

 立ち向かってこないということは、戦闘向きの異能力を持っている訳ではないのだろう。いいや、あの命乞いが演技であるという可能性も大いに考えられる。


 荷物のように引き摺っていたマッチ売りの少女の【OD】を教室内に突き飛ばし、誰かが使っていた寝袋の上に倒れ込んだところで少女の背中を踏みつけるユーシア。砂色のコートの下から自動拳銃を引き抜き、



「リヴ君、翻訳をお願いしてもいい?」


「了解です、どうぞ」


「ありがと」



 リヴに翻訳を依頼したユーシアは、遠慮なしに少女たちへ話しかける。



「お前さんたち、俺のことを知ってる?」



 ユーシアの問いかけはリヴによって日本語訳にされ、少女たちに届けられる。



『ちょ、ちょっとだけ』


『あの、白い死神だって』


『何か、あの、八津崎《やつざき》さんが言ってた……』


『先に殺さないとウチらが殺されるって……』



 ポツポツと少女たちが答えられるものが、リヴによって英語で届けられた。



「どうやら八津崎という何某がシア先輩が『白い死神(ヴァイス・トート)』であることを知っていたようですね」


「誰、その子。もう死んだっけ?」



 リヴに日本語訳をお願いして少女たちに質問を投げかければ、少女たちは首を傾げた。



『えと、朝に見かけたっきり……』


『その子と、あと何人か連れていったよね?』


『うん、出ていったよ』


『それ以来見ていないかな……』



 少女たちの答えを総合して、リヴが理解したように頷く。



「朝に出ていった、そしてその荷物のように引き摺られている阿呆と一緒だったと。おそらくバスを吹き飛ばした時に殺した連中では?」


「ああ、あの子たちが八津崎っていうの?」



 言われて、ユーシアは思い出す。


 通学バスらしき物体を対物狙撃銃で吹っ飛ばした際に、転がり出てきた連中を撃ち殺したのだ。首を切り取ってリヴが今もなお持っている。

 互いの顔を見合わせると、リヴはおもむろにまるで淑女よろしく真っ黒なレインコートの裾を持ち上げる。その動きに合わせてゴロゴロと熟れた果実のように生首が転がり落ちてきた。


 知り合いの生首を見て、身を寄せ合って震える少女たちは果たして何を思っただろうか。きゃーきゃーと引き裂くような悲鳴を上げて寝袋の上に転がった生首から距離を取る。彼女たちの背後には壁があり、それ以上の後退は許されなかった。



「ほら見て、これ。いい感じでしょ? 切り取ってきたんだよ」



 ユーシアは少女らしい生首を引っ掴み、少女たちの目の前に突き出す。


 虚ろな眼球、半開きになった唇。彼女たちからすれば、生首は今朝まで生きていた仲間なのだ。その首を目の前に迫られれば恐怖も覚える。

 戦う意思など、とうの昔にないのだ。命乞いをしてくるぐらいだから当然である。だが、ユーシアたちが彼女たちを無差別に殺しているのは『自分の命を狙う敵がいる以上、安全に生活することが出来ないのが嫌だ』という理由の下で殺しているのだ。――マッチ売りの少女の【OD】を使って。


 ボールのように手にした生首を投げたユーシアは、踏みつけていた少女を蹴飛ばして叩き起こす。



「ほら起きなよ、お友達を焼いてあげなきゃ」



 少女は生意気にもユーシアを睨みつけると、



『絶対にやらない、やるもんか、従うもんかぁ!!』


「文句言ってるのは分かるな」


「正解ですよ、それ」


「やっぱり? 往生際が悪いね」



 ユーシアは少女の頭をまるでボールのように蹴飛ばしてから、ボロボロの水筒を握らせる。人形のように呻くしか出来なくなってしまった少女をずるりと引っ張り上げて、握らせたボロボロの水筒の中身を仲間たちに振りかけた。

 異能力によって一瞬で燃やされていく少女たち。断末魔の合唱が教室中に響き渡り、少女は絶望したように燃やされていく仲間たちを眺めている。唇は震え、表情は引き攣り、助けようと伸ばした腕はリヴが制した。


 炎の中でジタバタと暴れる少女たちを、ユーシアは嘲笑う。



「やだね、俺たちを一瞬でも寝首を掻いてやろうと思う連中を許すと思うかな。たとえ献身的に世話されたとしても信用できないよね」


『…………』



 ギュッと唇を噛んだ少女は、ユーシアの手から逃れる為にジタバタと暴れる。全くもって往生際の悪い少女だ。

 逃れられないように腕へ力を込め、それでもなお少女の勢いは止まらない。ユーシアとリヴにこれ以上は異能力を使われたくないとでも考えているのだろうが、残党が生きている限りはまだまだ使うつもりだ。


 呆れたようにため息を吐いたユーシアは、



「やだよ、本当に。何なんだろ」


「覚醒剤でも打ちますか? あうあうあーな状態にすればいいのでは?」


「そうなると【OD】としての異能力も鈍るからなぁ」



 特にマッチ売りの少女の異能力である何でも燃やすことが出来ることは使い所がある。今のように、人間を一瞬で火だるまにすることも簡単だ。

 簡単に殺してしまってはもっと楽しむことが出来ない。安全性を確保する為にも、彼女の心を折ってしまわないと。


 ふと顔を上げたユーシアは、背後で視線を感じて振り返った。



「…………」


「何かいました?」


「うん、鼠がね」



 教室を覗き込んでいた少年少女が、バタバタとした足取りでどこかに逃げていく。その後ろ姿を、ユーシアが見逃すはずがなかった。



「リヴ君、行こうか。まだ鼠はいるみたいだし」


「ですね」



 暴れる少女を無理やり引き摺り、ユーシアとリヴは残党を探して校舎内を進んでいくのだった。

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