≪22≫ 初夜に
アシュガは窓から東側回廊の中央照明を見ている。
今夜お渡りに行けば40日だ。
アシュガは左手の竜の模様を大事そうに見る。
照明が消えた。
急いで愛しい人の元へ向かう。
ディシュルのベッドの天蓋を開けて、アシュガは驚いてしまった。
ベッドには美しい薔薇の花々が飾られていて、小さなガーデンのようだ。
花の良い香りがする。
そこに、ふかふかの枕を背にしてディシュルが天使のように寛いでいた。
「アシュ」と麗人は、見とれてうっとりと眺めていたアシュガを呼び寄せる。
「すごく綺麗・・」アシュガが麗人に体を寄せた。白い肌は温かくて気持ちがよい。
ディシュルは魅惑的な眼差しでアシュガを抱いて顎を少し上げてみせた。
「あ、ごめん。お待たせ、ディシュル」とアシュガは麗人にキスをする。
ディシュルはうっとりとキスに酔っているようだ。
「今夜で40日。来てくれて嬉しいよ、アシュ。これで今後お渡りをしなくても、朝を君と迎えることができるんだ」
ディシュルはアシュガのネグリジェを脱がせた。
「薔薇の良い香り、どうしたの?こんなに?」と尋ねるアシュガに
「ふふ、今夜は僕たち夫婦の初夜だからね。王室の伝統だよ」と薔薇を一本手にとりアシュガに渡した。
アシュガは初夜と聞いて顔が赤くなった。
「特注でね、急きょ拵えたものだから、まあ、この程度かな?成人して正式に結婚の義を挙げたら、その、2度目の初夜にもっと豪華なものがくるよ」とアシュガに優しくキスをしながら麗人は説明する。
「もう十分過ぎるよ」とアシュガが笑うと
、麗人は彼女の手をとり薬指の模様をうっとりと見つめて
「婚約者になる前に夫婦になった、素敵なことだと思わない?」と魅惑的に言った。
「想像以上に素敵なこと」とアシュガは答え「しかし、こんな指輪があるなんて」とディシュルの指の模様に自分の模様を重ね合わせた。
「これは僕達の愛の証しだけど、この指輪を賜った大祖父様は使えなかったらしいよ」ニヤリと笑う。
「どうして?」アシュガは興味をひかれた。
「平たく言えば失恋してしまったのさ、相手に逃げられたらしい。お相手もサークラだったみたいだよ」と麗人は肩を一瞬上げた。そしてアシュガに魅惑的に微笑んで
「僕は幸せ者だ」と彼女にキスをする。
「私も幸せ。この指輪を残してもらって感謝するわ」と笑った。
「ふふ、例え使用できなくても捨てられないさ。これは竜皇から直々に賜ったものだからね。竜皇は竜の卵があるのに、こんな指輪を魔女に造らせるなんて、よほど竜族は嫉妬深い民族なのは本当だな。」とアシュガの薬指を甘噛みしながら
「嫉妬深いのは僕も同じか」とアシュガを強く抱きしめる。
「苦しいよ、ディシュ」と笑いながらアシュガは麗人にキスを繰り返し
「竜の卵って一体なに?」と尋ねた。
「竜皇の特殊な生理現象のひとつさ。血の沿う相手に卵を産み付ける事ができる。その卵は竜の魂だと言われているよ。そして卵をもらった相手は竜皇の子を産むまで、この指輪のように不義理はできない。破ると卵が破裂して死んでしまう」ディシュルは意味ありげな目付きで
「竜皇がお渡りにきた時に僕で何回も試されたよ。卵には僕の気持ちが通じたのか、産み付けられなかったけどね」と麗人は冗談混じりに言った。
アシュガにその冗談は届かなかった。
竜皇に底知れぬ増悪の感情がわきあがる
「産み付けってどうするの?」と鋭い紫根の瞳を輝かせて尋ねる
「あ、アシュ、初夜でする話ではなかった。」とディシュルはたじろいだが、アシュガの表情から逃げられないことを悟る、もう麗人は彼女を熟知していた。
「一生懸命キスをされていたな」とサラリと、出来るだけ軽く話すように麗人は心がけた。
「キスで?」とアシュガ
「そう、キス。そもそも竜皇とはキスしかしてない。自分から彼の前で上半身でも裸にすらなってない」とキッパリ言った。
アシュガは少し意外な顔をしたのをディシュルは見逃さない。
「アシュ、他の娘達の時だってそうさ。未成人のお渡りなんて形式だけで普通はそんなものだよ。」アシュガを前に抱いたまま
「言っておくけど、僕は露出狂ではないからね」と笑う。
随分自分の時とは違うとアシュガは考える。(だってディシュルはモンテローザの馬車の中から私を・・・)
アシュガの心を読み取ったかのように
「だからアシュだけ違う。自分でも驚きだよ。君に狂ってしまった。」麗人はアシュガの胸に熱い口づけをする、そのまま顔を埋めながら
「君に触れていたい。できれば肌を直接感じたい。体中にキスをしたい。」
顔を上げて青い瞳が物欲しそうにアシュガを見た。
「アシュ、我が愛しい妻」
ディシュルはアシュガを優しく押し倒した。
熱く光る青い瞳を受けとめて、アシュガはそっと目を閉じた。
「アシュ、僕のところに来てくれてありがとう」と麗人は囁いた。
「私もディシュに会えて幸せだよ」とアシュガが言うと
「僕は君がこの王城に来てなかったら、死んでいたよ」と遠くを見つめて話す。
「どうして?」アシュガは驚いた。
「生きる気力を失っていたんだ。小さな頃から胸にあった、唯一生き残りのサークラとしての責任と理不尽な運命に対する不安が、ある時を境に自分を支配するようになった。夜が、この広いベッドが、不安を増幅させた。そして、夜に独りでいるのが耐えられなくって・・」アシュガの首筋に麗人は顔を沈める。
「誰でも良かった。気分を紛らわしてくれるなら。それでも不安は消えてくれない。藁にもすがる思いだったよ」ディシュルの苦悩に耐える顔をみた。
「それから、去年モンテローザで死にかけてからは、気を紛らわす気力も体力も失った。見える世界が全て黒く塗り潰されたかのようだ。胸の不安は体中に響きわたって、王子のプライドもサークラの尊さも、全てどうでもよくなった。今、思い出しても震えが止まらないよ。そして、どうせ死ぬなら呪いではなく、この城で死にたいと思うようになった。」
アシュガはディシュルを抱きしめる。
「ああ、アシュ。新しいサークラが見つかったと聞いた時、僕の役目は終わったと思った。君が白い祝福の薔薇を蘇らせたと聞いたらなおさら・・僕は運命にも捨てられたと直感した。」
アシュガは言葉にならなかった。
ディシュルはたった独りで14年間も呪いの運命と戦っていたんだ。
「でね、最期にアシュの顔でも拝んで、この世界とお別れしようと思ったら」
アシュガはディシュルの顔を抱きしめ
「そんなの嫌」と涙が伝う
「アシュ、僕を見て。君のおかげで生きてる。」青い瞳はキラキラと輝き
「君が天蓋の幕を全開に開けてね、濃紺の髪が風に揺れて、紫根の瞳が興味ありげに、ゆっくりと階段を登り僕へ近づいてきたんだ。」
ディシュルはアシュガに深い口づけをする。
「僕の心臓が急に跳ねたの知ってた?それから君が見せてくれたパノラマが、七色の色をもって輝きだして、黒い霧が心の不安と一緒に一気に吹き飛んだ。奇跡だよ。世界が変わったんだ。」
アシュガの目から涙が溢れていた。
「どうやら君を一目見た時から恋をしてしまったらしい。」
ディシュルは甘い口づけを何度も何度もアシュガの唇に落としていた。
「アシュは僕の命になったんだ」
アシュガはこれ以上素敵な告白を生涯知らない。
二人はまた熱く抱き合って、お互いの鼓動を感じ合う。
呪いをかけた魔女も、これは想定外だったはずだ。
若いサークラの命懸けの恋で呪いが祝福に変化するなんて。




