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竜皇と魔女  作者: Lirica
19/24

≪19≫ 鎖と心

夜も更け辺りは暗く、アロマランプの優しい光りが天蓋(てんがい)からもれる。

ディシュルのため息と涙からもれる息づかいだけが響いていた。

「・・ああ、嫌だ」と弱々しい声で、ディシュルは娘達の名前を口にする。

アシュガは身元や名前、年齢まで詳しく麗人に白状させるという、普通の貴族からしたら卒倒してしまう醜態を要求した。

「ラドン=ネウマ=シリウス公爵のランカ嬢、17歳・・・、ハーニュ=ディライ=アケイレス伯爵のアラグ嬢、14歳・・・」ディシュルは声を詰まらせながら、貴族の娘達の名前をなんとか絞り出している。

「ああ、本当に辛いよ、アシュ・・」と背中でディシュルの涙が流れるのを感じた。

「カーティア=ジリシュ=ダジー侯爵のリリア嬢、13歳・・・」

ディシュルは名前を出す度に、アシュガを強く抱きしめ涙をながす。

アシュガは何の反応も示さない。

ただ自分の予想より多くの名前が出たと、ぽっかり穴の空いた心で思う。

予想の倍は超える十数人の名が上がった。

やはりディシュルは男性志望なので、全てが娘の名前だった。

娘達の名前が出揃うと

「たくさんいるね」ポツリとアシュガが呟いた。

「みんな1~2回の遊び相手だよ。毎日通う事は許してない」背中で泣いていたディシュルはアシュガをそのまま押し倒した。

アシュガの体は力なく、目は虚ろで天井を眺めているようだった。

「もう全員の名前いったの?」アシュガは麗人に目を向ける事なく、またポツリと言った。

ディシュルはアシュガの手を強く握り

「あとひとり」と彼女の耳を涙で濡らして、

「僕がお渡りを唯一断れない相手・・僕からは死んでもお渡りしないと言ったら、竜に乗せるのは危険だからね、と。特別に向こうからお渡りをしてきた。こんなの絶対に認められない行為さ。でも彼は何でもできて許される。竜の卵まで僕に産み付けようとして・・・何度も、何度も平気でやってきた。僕は嫌だと何回も言ったのに。」と涙で濡れた息は声を繋げるのに必死だ。

「彼?卵?」アシュガは遠い意識でも引っ掛かる違和感。

「聖竜皇帝」そっと麗人の声が響く。

「グランドラーゴ=ズメイ=ベガ=モンドサークロ、19歳の竜皇、その人さ」ディシュルはアシュガの顔を撫で、虚ろな紫根(しこん)の瞳を見て、また泣いた。

「アシュガ、こっちを見て。ねぇ、許して。君の言う通りにした。」と彼女を強く抱きしめて泣いていた。

竜皇・・娘達の名前よりもアシュガの心に食い込み消える。

虚ろな心にできた深い嫉妬の火種。

何でもできて許される人間か・・

ディシュルさえ選らばれる側に立たされる唯一の位(くらい)。

そうか。竜皇さえいなければ、ディシュルは常に選ぶ立場なんだ。

急に麗人が遠い存在に感じる。

だからディシュルだって思いのままに素敵な娘達を呼べるのだろう。

ディシュルは美しい。

喜んで閨に入る娘達はたくさんいる。

自分もその一人だ。

そしてディシュルは好きなように娘達を選び、飽きては捨てる。

たまたま今回、少し長く麗人が自分を選んでくれただけ。

成人すれば、もっと魅力的な女神(娘)が現れるかもしれない。

ディシュルはその時、自分を捨てて女神に向かうだろう。

そもそも独り占めできる相手ではなかった。

ディシュルは綺麗な薔薇だ。

誰をも魅了する優美な薔薇。

アシュガはいつの間にか心臓を全部、優美な薔薇に渡してしまった。

だから彼がいなくなったら、アシュガはきっと生きていけない。

自分の生死を握る麗人は、そのことに何も気がついていない。

アシュガの唇が濡れた。

ディシュルの柔らかい唇と涙を飲んだ。

今日は本当に長い1日だった。

まるで夢から覚めない夢をみているような。


アシュガは眠れずに一夜を明かす。

太陽の光りがやっと窓から射し込んできた。

今日はこのまま部屋に戻ろうとして起きあがるのを、白い綺麗な手が引き戻す。

「アシュ、起きてるの?」とディシュルは彼女の髪を撫で、呟くように聞いてきた。

麗人に背を向け顔も見えないようにしてたのに。

ずっと顔を背けていたアシュガの唇に、後からそっと指をのせてなぞる。

そのまま顔を振り向かせて、優しく麗人の唇に添わせた。

それからアシュガの体にゆっくりと体重を乗せて、優しく甘いキスを何度も繰り返した。

アシュガは時間が過ぎるのをわすれて、ディシュルの甘い蜜に酔ってしまうから、結局ギリギリまで麗人に離してもらえない。

寝室の扉の前で、思い詰めたディシュルは激しくアシュガを抱きしめて、深い口づけをした。

「もう、いか、なきゃ」とディシュルの唇から逃れ、アシュガが息をきらす

「アシュ、アシュ、お願い。今夜も、待ってるから」とディシュルは口づけを止めず、彼女を激しく抱きしめた。

「お願い、来て、アシュ、来て」とアシュガの体に刻みつけるかのように深い口づけを繰り返す。

「うん」とだけアシュガは残して、ドアを出る。

ディシュルは力なく床に座り込んだ。


アシュガは部屋に戻っても、体が鉛(なまり)のように重たくて、瞳は曇ったままだ。

ディシュルのお渡りの告白を聞いて、自分もその娘達と同じ、ひとときの夢に過ぎないと確信をしてしまったからだ。

「ディシュ・・」切なくなってため息と一緒に声が出た、途端に自分に嫌気がさす。

昨夜なんて一晩中ディシュルに抱きしめられて、麗人の腕の中から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのに、今はディシュルの胸の中が恋しくて仕方ない。

絶対に離してくれない腕が、より未来を不安にさせて辛いのに、腕を離されると胸が締め付けられて、こちらの方が不安で押し潰されそうになる。

アシュガは胸の痛みに耐えながら、ソファにぐったりともたれ掛かっていた。

朝陽が入り部屋は綺麗に輝いている。

鳥の声が聞こえて穏やかな日だ。

アシュガの鉛の心は、そんな風景すら不安を感じてしまう。

その時、扉からベルが鳴り

「アシュガ、失礼するよ」とすぐにディシュルが爽やかな笑みをたたえて優雅に入ってきた。

「朝から珍しいね」とアシュガは驚いて顔を上げた。

「しばらく予定は入れないことにした。」と麗人はしなやかに腕を広げ、見惚れるくらいの笑顔だ。

そして慣れた素振りでアシュガの隣に座り腰に手を回して、彼女の顔を撫でながら

「やっぱり元気がないね。きちんと僕をみてくれない」とアシュガの顎を持ち上げて、麗人の美しい顔が覗き込む。

「昨夜は君の許しが欲しくて、恐ろしい醜態に耐えながら、君の言う通りにしたんだけどな。なのに君は一晩中僕に外方(そっぽ)を向けて、今も変わらずなんだね」麗人は笑顔を絶やさなかったが、アシュガの顎を持つ白い指に力が入る。そのまま引き寄せて頬を甘く噛みながらディシュルはだんだんと熱い吐息を交えて

「ああ、アシュ、僕は君の薔薇になりたい」とうっとり艶のある声ささやいた。

「君を魅了する熱い薔薇に。その蔓でアシュガの体中を縛りあげるんだ。身動きなんてさせやしない。そして、棘を至(いた)るところに刺し込んでやるんだ。君が僕にしか酔えなくなるように毒を送り込むためにね。君が倒れて、その命が尽きたとしても巻きついて離さないでいてあげる」とディシュルは楽しそうだ。

「僕の心臓を手にいれて血を吸い付くした代償は大きいよ」とアシュガに冗談でも言っているそぶりだ。

「だけど・・君は簡単に約束を破るからな。どうお仕置きしようか考えていたんだ」ディシュルの顔は少し上気して

「明日、素敵なプレゼントをあげる。本当は今渡したかったけど、何せ重宝室から出すのに山ほどの手続きが必要でね。」ふふふと麗人は顎を持つ手を揺らしアシュガの顔を愛でている。

「プレゼント?」とアシュガ

「そう、竜の卵のような」うっとりと話す麗人に

「竜の卵・・?」とアシュガはおうむ返しかできない。

いきなりディシュルはアシュガの顔を両手で挟み絶えず笑いながら

「君は本当に強情だね。為されるがままで、自分から僕に昨夜から触れてもくれないんだ。もう僕に愛想が尽きたのかな?でも少し時期尚早だよ」と言ってまた笑う。

アシュガの紫根の瞳を射抜く青い瞳。

「僕はまだ君の体を楽しみたい」と激しく抱きしめてきた。

「いや、やめて」とアシュガはもがく。

「僕に気に入らないところがあるからって」ディシュルは簡単にアシュガを押さえ込む、余裕な笑みを浮かべていたが、目は人を刺せるくらいに鋭い。

「僕をすぐに捨てようと思ってる?烏滸(おこ)がましい発想だな。立場は僕が圧倒的に上なんだ、いつ誰を捨てるか決めるのは僕であって、君じゃない」意地悪な笑みと上品な脅し声えでアシュガに迫る。

アシュガは麗人を睨みつけた。

「僕から逃げることなんてできないよ。」

ディシュルは不敵に笑う。

「そうだ、君を鎖で繋いでしまおうか。」アシュガの睨みなどお構い無しに、麗人の瞳は熱く輝く。

「この首にも手首にも、もちろん足にも。薔薇の蔓より、野獣を縛るのにお似合いじゃないか!ああ、愉快だ」とディシュルはその綺麗な顔をアシュガの顔に擦りつける。

「やめて、ディシュ。怒るわよ」とアシュガが言うと、

「君はまだわかっていないな。決定権は僕にあるんだ。今、僕が命令をすれば、君はたちまち吊し上げられて、僕に体を差し出すことしかできなくなる」ディシュルの体は一瞬ビクリと動いた。

金色のサラサラした髪を魅惑的にかきあげて興奮した様子で

「君の意志なんて小さな事だよ。僕は君の体をまるごと手にいれているんだから。」

と言って激しく抱きしめてきた。

「やめて、やめて」とアシュガはもがく。

「どんなに泣き叫んでも、君は僕から逃げられない。僕が君に飽きるまでね!」と麗人は冷たく笑う。

「いや、いやだ」とアシュガは泣いた。

ディシュルはアシュガの涙を親指で拭いている。

顔を赤くさせて、アシュガの泣き顔を食い入るように見つめている。

アシュガは麗人の熱い息を間近で感じた。

青い瞳が物欲しそうに見つめている。

体だけ、体だけが望みだったのかと悲しくて、更にアシュガは泣いた。

ディシュルはアシュガの顔を両手で挟んだまま、ギラギラとした瞳で

「午後にでも頑丈な鎖を用意しよう。」と言った。

アシュガは濡れた瞳でディシュルをみた。

今日のディシュルはいつもと違う。

アシュガは麗人の変貌の意味を理解できない。

するとディシュルは急に優しくアシュガにキスをした。

「ふふ、冗談だよ、アシュ」優しい声色とは裏腹に瞳は笑っていなかった。

「君はまだ大人しく僕の側にいるからね。お渡りだって毎日来てくれるし。」

ディシュルは愉快な感じで話をしていたが

「だけど」声を急に落とし、アシュガの唇を指でゆっくりなぞりながら

「だけど、今後もし僕から逃げ出すような素振りでも見せたら、どうなるかわからないな」と言って

「大事な忠告だよ、アシュ。僕から逃げようなんて考えない方がいい」

白く綺麗な指は、彼女の舌の柔らかさを楽しみながら、口の中を好きなように動く。

アシュガの口から漏れだす甘い蜜を、麗人は熱い瞳で見つめる。妄(みだ)りがましい視線を隠すことなく。


それから一日中2人はアシュガの部屋で過ごした。朝とは違いディシュルは穏やかだったがアシュガを離さなかった。

ソファで2人は静かに横たわっている。

ディシュルはアシュガの髪を撫でまわし、

「ねえ、アシュ知ってた?今夜ね、お渡りに来てくれたら、40日達成だよ」と髪にキスを落とす。

「だから絶対に今夜も来て。婚約の準備をしなきゃね」ディシュルはアシュガを抱きしめた。

婚約か・・胸がときめいた言葉だったのに、今は心が晴れない。

アシュガは婚約にも結婚にも興味がなくなった。

それではディシュルを独り占めできない事がわかったから。

彼を独り占めできる契約があれば、悪魔とだって契約するのに。

「ねえ、アシュ。アシュったら、今夜も絶対に来て。待ってるから。」ディシュルに体を揺らされた。

今夜かー

アシュガの体は鉛のように重いまま。


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