≪18≫ アシュガの反旗
ディシュルは魅惑的な薔薇だ。
美しい花を見たくて近寄ると、蔓は知らぬ間に体中に絡み付く。
綺麗な棘は嫌がられぬよう甘く甘く刺し続けて、そのうちに毒が血に混ざり、全身を痺れさせる。
気がつけば、目の前の薔薇に触れる事すらできずにもがいて終わる。
血を抜き取った薔薇は大輪の花びらを優雅にひろげ美しく咲き続けるだろう。
犠牲に枯れ、地に這う者など意に介さずに。
ディシュルは約束通りに夕方前に戻ってきた。
従者からアシュガはふて寝して、ベッドに入ったきり一度も出てこなかったと聞いたらしい。
上機嫌に会いにきた麗人をアシュガは疎ましく思ってしまう。
ひとりになって考えたい事がたくさんあった。
「アシュ、ごめんって。そんなに閉じ込められたのがショックだった?」と麗人はアシュガを揺らしてご機嫌伺いだ。
アシュガは何にも答えなかった。
「一緒にディナーにしようよ。今日は外で食べようか?それとも貴賓室にする?デザートはアシュの好きなブリランテローズのケーキにしよう。そうだタワーケーキで作ってもらってもいいね。」と言って、頬にキスをした。
アシュガは麗人に触れて貰いたくなかった。
「今日は疲れたから部屋で休むよ。夕食もいらない」と告げると
「1日寝て疲れたの?もう機嫌なおして」とディシュルは呆れ、アシュガを抱きしめた。
アシュガは今の気持ちをどう伝えたら良いのか考える。
ディシュルに触れて欲しいが触れて欲しくない。離れて欲しいが離れて欲しくない。
他の娘達と仲良くしている麗人に怒りが湧くが、それをぶつけてディシュルに嫌われるのはもっと嫌だ。
ずっと胸が苦しい。
そんな感じのアシュガは心ここにあらずで時間を過ごす。
ディシュルは根気強く彼女の機嫌をなおそうと必死だった。
実際に彼は従者頭も唸るほど、アシュガによく尽くした。
そして夕方に戻ってきてから、夕食時、終わってからもずっとアシュガを自分の前においたり、腰を添えたり、抱きしめたり、離れようとしなかった。
就寝時ギリギリまでアシュガをそのまま手元に置いていた。
うとうと眠るアシュガの顔を撫でながら
「アシュ、一度部屋に戻ってお渡りの準備をしなきゃ」と促した。
「今日はお渡りしない」とアシュガ。
「もう、そんな我が儘しないで!どうせ今日はふて寝なんだろ?寝に来るだけでいいから」と頬をグイっと引っ張られた。
「いだだ!」とアシュガは起きる。
「早く準備してきて!もしお渡りが遅れるようなら殺しに行ってやる」と嘘か本当か、麗人は不吉な脅し文句で部屋から彼女を追い出した。
アシュガは重い体を引き摺り部屋へ、またすぐに重い体で麗人の部屋へ行くはめになる。
そして従者にディシュルの寝室の扉を開けて貰うと、すぐそこに麗人が立って待っていた。
「良かった。アシュ。すぐこれたね」とそのまま抱きしめられる。
ボーっとしているアシュガに顎を動かして挨拶は?と促す。
悲しい習性か「お待たせ、ディシュル」とアシュガは素直に麗人にキスをした。
「来てくれて、嬉しいよ」とディシュルは優しくキスを返し、アシュガをベッドへエスコートした。
今日は長い1日だったと、アシュガは枕を抱きしめて眠りに付く。
と思ったら、すぐに枕を取り上げられてしまった。
「顔を隠しちゃダメだって」と麗人はもう一度アシュガにキスをする。
「寝に来るだけでいいって」とアシュガが抗議すると
「アシュガは寝てて、僕は少し楽しむから」と言うのだ。
アシュガは今日は本当に気分がのらない。
いつもは大好きなはずのディシュルに触れられると、嫌でも蝶々を思い出す。
彼女にも同じことをした口で、麗人は自分を縛り付けるのか。
自分は娘達と比較されて、どう青い目に写ったのだろう。
ー野獣
ー安心してみなさまにご紹介できるように
ー噛みちぎられた
ー豚豚豚
「い、いやあ」とアシュガは首を振り、
「嫌だって」と無理やりディシュルを押し出した。
「アシュ」と麗人が驚いている。
「どうした?ごめん。気分悪かった?」と寄り添おうとした手を跳ね返して
「帰る」とベッドを降りようとするアシュガにすかさず
「ダメだ」と麗人は抱きしめた。
「離して、ひとりで寝たい」と暴れる彼女に「ごめん、もう何もしないから、ここにいて」とディシュルはアシュガを押さえ込む。
「どうした?今日は1日変だよアシュ、教えて」と麗人が言うので
「舞踏会にいた娘達ともお渡りしたんでしょ」と思わず強く言葉が出てしまった。
青い目は光り
「前も言った筈だ。閨の場で他の閨の話はタブーだって。過去の話はしないって」
というディシュルに怒りが湧いて
「私を調教しようなんてもううんざり!王子様に飼われるなんて真っ平ごめんだわ!豚?野獣?結構よ。私は薄っぺらい笑みで自分を圧し殺すような事はしない!」と思い切り振った手がディシュルの頬に初めてヒットした。
「そんなに閨が大事なら、愛しい蝶々でも月夜の姫でも、魅惑の君、子猫でも何でも呼びなさいよ!」とぶんぶん枕を振り回してディシュルに浴びせた。
「アシュ、ちが、違う」とディシュルの声がしたが、「じゃ、帰る」とアシュガ。
「待って、だめ」とディシュルに抱きしめられた。
「全部アシュガに会う前の過去の話だよ」と振りほどこうにも麗人は驚くほど力強い。
「今朝は蝶々とキスをしてたじゃない!」と怒るアシュガに
「何故それを?」とディシュルは言って鏡のアシュガを思い出す
「全然過去の話じゃないでしょ」とアシュガに顔を押されながら
「なら、あのあとすぐに蝶々を出禁にしたのは見なかったの?」とディシュル
「そんなの知らない!知ったこっちゃない!」と暴れるアシュガ
「アシュ、誤解している。確かにいろんな娘達とお渡りしたけど、みんな添い寝程度だよ!こんなに深い交わりなんてしていない!君と以外一度もない!」とディシュルはアシュガにしがみついて離さない。
「みんな?」ピタリとアシュガは暴れるのを止めた、
「誰と?何人とお渡りをしたの?」静かに怒りだした。
「嫌だ、アシュ、言いたくない」とディシュルはアシュガの背中で困り果てる。
「今まで誰とお渡りしたのか、全員教えなさいよ。いま正直に話すなら許してあげる。だけど、これからもし今日聞いた者以外の新たなお渡り者が出てきた時には・・」アシュガは息を吸って
「ディシュルなんて速攻捨ててやる!」と強く言いきった。彼女を抱きしめながら、背中で弱り果てた麗人の息づかいを感じた。
「君との閨の場で、そんな、拷問だ」とその声は弱々しい。
「嫌なら無理しないで。帰らせてもらうわ。そして今後は二度とお渡りに参加しない!」アシュガは狂気と正気の狭間にいた。ディシュルの返答次第で自分は殺人者でも救済者でも淑女にも婬婦にもなれる、実に不思議な気がした。




