≪17≫ 鏡の世界で
「ひぃややや」とアシュガは揺れる空間の中にいた。鏡があちらこちらに浮かんでいた。とりあえず近くの鏡に入り込む。
鏡の外は鏡に繋がっているようだ。
どこの部屋だろう?
鏡が写し出す景色が見えた。
どうやらこれは鏡と鏡を繋げる空間らしい!
「すごい!」アシュガは驚いた。
これはもしや、秘密の部屋の入り口を見つけられるのではないか!
とアシュガの胸は高鳴った。
「ははは、ははは」と別の鏡から笑い声が聞こえた。
アシュガは思わずそちらの鏡に乗り移った。
ディシュルがたくさんの紳士、淑女とテーブルを囲む景色が目に飛び込んだ。
急いで鏡から半分身を隠す。
もしかすると、自分は鏡に映っているかも知れないと思ったからだ。
これは、もしや、例の、お茶会か!
アシュガは鏡の裏で身を潜めた。
「本当に素敵な舞踏会でしたわ。」
「こんなに華やかな会もひさしぶりね。」
「ディシュル様のお力を内外に示す良い機会でした。」
「昨日は会を延期してしまい申し訳ない。お集まりいただきありがとう」と聞き慣れた声がする。
楽しそうな会話が食器の弾む音と一瞬に聞こえてきた。
「そういえばシオン殿がいませんね。参加されるみたいでしたが?」と騎士が尋ねる声がした。
「ああ、暫く彼にはご遠慮いただくつもりだよ」とディシュル。
「そうですわ、あまり愛想のない方ですもの。舞踏会も早々に帰られたようで」
「挨拶も無しに失礼よね、いくらサントゥアーリオの人間と言えど」
シオンは娘達に評判が悪いらしい。
「ところでシオンはファルコに乗ってきたのかな?」とディシュル
「ええ、夜に臆するもなく竜に乗ってきていて驚きましたよ」と騎士が受ける。
ディシュルの綺麗な顔が一瞬歪んだ。
「わたくし、アシュガさまに初めてお会いしましたわ」とディシュルの隣にいた娘が華やかに言った。愛しい蝶々だ!
「今日はゆっくりお話できるかと思いましたのに」と残念そうだ。
「豚とお呼ばれのアシュガ様があんなに美しい方だったなんて、王子の一人占めですか?お人が悪い」と立派な身形の紳士がチクリと言った。
「まさか、皆さまの前でも安心してご紹介できるようになれば、いつでもしますよ。今朝も何故機嫌がわるいのか、気に入らないと僕の腕を恐ろしいくらいの咬合力で食いちぎりましてね。」と軽く白く綺麗な腕を見せた。
確かにディシュルの腕には引っ掻き傷と青いアザがあった。
おお、と回りが引いた。
ディシュルの意味ありげな目が紳士を刺す。
「と、殿方を噛むなんて」と紳士は赤面した。
アシュガはムッとした。
こちらも爪痕とアザはディシュル以上にある。
「なんと野蛮な」
「恐ろしい」との声が続く。
「ふふふ。ディシュル様は本当に寛大なお方。田舎娘を引き取られ、立派にご調教なさっているなんて」と笑う蝶々。
一瞬にして場が華やいだ。
「昔から暴れ竜の調教も得意とされていた」と騎士。
「あんな野獣を竜と一緒にしないでほしいな。竜は神聖な生き物、だろ?」と麗人の一言で周りにどっと笑いがおきた。
「しかし、僕ばかりの力では淑女の道は遠そうです。ぜひレディースのお力添えをお願いしたい」と蝶々の手をとり淑女達を見てディシュルはお願いをした。
みんな麗人の美しさに、堪らずため息が出た。
「いつでも、喜んでご協力いたしますわ」と蝶々は慈悲深く優しい、完璧な笑みをみせた。
まわりの華やかで気持ちの高い雰囲気とは別にアシュガは小さく身を丸め、じっと辛さに耐えていた。
こんなお茶会なんか頼まれても出席はしない!
呼ばれた事はまだないが。
豚、野獣、豚、野獣、呪文のようにアシュガは唱えていた。
ディシュルの対外評価、自分はその程度の扱いだったのかと憤る。
人には逃避行だと部屋に閉じ込めておいて、自分は淑女に囲まれ熱い眼差しを受けているなんて!
アシュガはイライラが頂点に達し、鏡から何とか這い出ようとする自分を押さえている頃に会はお開きになっていた。
みんなが部屋を出て行った後、ディシュルと蝶々は2人きりになっていた。
「アシュガさまの件、お任せくださいね」と蝶々は青い瞳を熱く見つめてディシュルに寄り添い、そっと口づけをした。
その時、口づけたままのディシュルは不思議な光景をみる。
鏡の中でアシュガが|暗紅の髪を揺らして、紫根の瞳は怒りで鋭く光りこちらを見ていた。
「まさか」ともう一度、鏡を見た時には、その姿はなかった。
アシュガは知らぬまま別の鏡に入っていた。
気持ちが収まらずに顔を赤らめて走っていた。
ディシュルと蝶々の口づけは美しかった。
誰もいなくなった部屋での秘密の口づけ。
自分はよほどの殺意を向けたのか、青い瞳は口づけしたまま驚きを持ってこちらを見た気がする。
どうでもよくなった。
アシュガは居たたまれなくなり、すぐに走りだした。
いつも逃げ出す事しかできない自分だが、それさえどうでも良かった。
「痛い」とアシュガは思い切り床に倒れた。何かに足をとられたらしい。
見ると蔓が足に絡まっていた。
「な、なに?」と辺りをみると、驚いた。
夜空が浮かび上がり、今にも落ちてきそうな星が。中央にはサンタローザ像が胸いっぱいに白い薔薇を抱えている。
これは西門でみた部屋だ!秘密の部屋に入った!
アシュガはサンタローザの胸に浮かびあがるたくさんの白薔薇に見とれた。
瞬時に空間が歪んで一気に広がった。
場面は綺麗な蒼院で不思議と違和感がない。
最初からここにいた気がした。
どこからともなく讃美歌が聞こえてきた。
はっと振り向くと、たくさんの金色の髪と青い目のサークラ達が笑い合っている。
彼らはアシュガが見えていないようだ。
アシュガは仲間に入りたいと思う。
こんなにサークラ達がいるのを見たことがない。
勇気を出して話しかけてみようか。
「濃紺の髪に紫根の瞳、祝福の子か」
どこから声が響く、サークラ達の中からアシュガに近づく者がいた。
金色の髪を肩で切り揃えたボブヘアで、やはり青い瞳、ロザを持つ同い年くらいの少年だった。
「でもロシェに良く似ているんだな」と少年は優しく微笑んだ。
「父さんを知っているの?」とアシュガは驚く。
「祝福のサークラがこの城にいたのは、竜皇が呪われるさらに前だ」と質問には答えてくれない。
「みんな祝福の子というの。一体なぜ?」アシュガは独り言のように呟く。
「君は人に見えぬものが見え、聞こえぬ声が聞こえる」と少年は言ってアシュガの側に落ちていたコンパクトを拾いあげた。
コンパクトを見つめる少年の青い瞳は優しく光る。
アシュガにそれをそっと返して
「今回はその血に免じて戻してあげる。まだ誰も君に気がついていないから。そして、ここへ再び来ることができないようにもしてあげる、それはこの城へきてくれた歓迎の印にね」と少年はアシュガのロザに手をかけた。
「あ、ああ」とアシュガは体中が痺れて、
空間が歪み唐突に切り裂かれた光の中へ身を投じることになった。
ゆっくりとまわり、景色は静止した。
気がつけばディシュルのベッドの上にいた。
「アシュガさま、大丈夫ですか?」幕の外から声がする。
「だ、大丈夫です。」とアシュガは答えた。
ベッドボードの扉の鏡は消えていた。
アシュガの側でコンパクトがキラキラと光った。
窪みにそのコンパクトを填めても何も起きなかった。
あの不思議な少年は何者だったのか?
父を知っているようだったけど?
やっと秘密の部屋を見つけたのに、結局何もわからなかった。
祝福のサークラがこの城にはずっといなかった?
「祝福の子・・・」アシュガは静かに目を閉じた。
自分はディシュルから逃げ出したかっただけなのに。
たくさんの重ならない出来事が混乱させた。
「ゆ、夢?」ガバッと起き上がり、アシュガは自分に聞く。
今日1日が夢ならどんなに嬉しいだろう。
ディシュルと蝶々の口づけも悪夢であってほしい。
アシュガは嫌な事を思い出してしまった。
またまた力なく倒れ、枕に顔を沈めた。




