≪14≫ 竜に乗って
「ぎょ、きょえええ」アシュガは竦み上がった。
「ファルコ、待て!」と上から声がする。ヌッと人影がアシュガの正面に伸びたと思ったら、目の前に髪を短く揃えた二十歳そこそこの青年が立っていた。
「紅光竜を呼び寄せるなんて、一体何者かと思ったら、驚いたよ。また君か」と青年は腰の抜けたアシュガを優しく立たせてくれた。
「魔堂で会った、シオン!」とアシュガは思い出した。ディシュルに不吉な予言をした彼だ!
「見違えたよ。まさか一番最初にディシュル王子と踊っていたのは君だったなんて!」と言ってアシュガを上から下まで喰い入る様に見ると
「あの恋多き暴君のハートを射止めたわけか」とシオンはニヤリと笑った。
恋多き・・の件りにアシュガはまたショックを受ける。
「舞踏会を全然楽しめなくてね。早々に引き上げようと思ったけど」と落ち込む様子のアシュガに
「君にファルコが呼び寄せられたんだ。ちょっと乗ってみない?紅光竜なんて、なかなか乗れないよ」と無邪気に誘う。
見るとファルコと呼ばれてる紅光竜と目があった。するとファルコは上下に飛行しながら、アシュガに向かって頭を下げた。
「すごいな、ファルコ。大サービスじゃないか」とシオンが驚いて笑う。
「竜はね神聖な生き物だから、きちんと自分と血の相性の良い乗り手を選ぶのさ。じゃないと命に関わることもあるからね」とシオンは説明してくれる。
「この頭を下げる行為は君を乗り手として認め服従の意を表す行為なんだ。どうぞ頭を踏んで背にお乗りくださいという意味さ、普通ならしないよ。」とアシュガの背中を押して促す
「あ、でも可哀想だから足で本当に踏まないであげて、身体を丸ごと預けてみて」とシオン。
アシュガは恐る恐る自分を見つめる大きな瞳を見ながら、竜の頭に身体を預けてみた。竜の体温は想像以上に温かい。
ファルコは喜んだかの様に頭を小さく上下してアシュガを揺らす。
アシュガは自然とあははと笑い声がでた。
と思った次の瞬間に空高くポーンと投げられた。
「ぎゅ、ぎゅぎょえええ!!」アシュガの悲鳴が夜空に響いた。
「あはは、あはは」さっきからシオンは笑いっぱなしだ。
「アシュガ、大分ファルコに気に入られたんだ。紅光竜に好かれるなんて竜の騎士なら泣いて喜ぶ誉れなんだよ」と本当に恐くて泣いていたアシュガをみて、また
「あははは、あははは」と大笑いする。物静かな口調の青年からは想像できないくらいの陽気さだ。
しかし、アシュガはすぐに竜と飛ぶのは楽しい事だと知る。
初めに身体を空へ放り投げられた時は正直死ぬかと思ったが、空を飛び風をきるのはむしゃくしゃしていたアシュガにとって気が晴れるくらいの心地好さだった。
ファルコは大きく旋回し、夜空を突き上げる様に一気に上へ飛びたった。
城が街が一瞬にして小さくなった。
体中の血がどんどん駆け回るのがわかる、それに沿うかのようにスピードが上がる、気分がいい。
「こんなに生き生きと竜を飛ばせるなんて、これが祝福の血か。」とシオンは独り言を言う、サラサラと髪を揺らしながら
「アシュガが王様になったら、この国は大いに栄えるだろうね」と笑った。
「え?」とアシュガは聞き返す。
「そんなに以外かな?祝福の白薔薇1本取れたからって魔女の呪いは消えたわけではないのに?」と然も当然と言わんばかりだ。
「そんな顔しないでよ、アシュガ。モンテローザであの暴君を助けたのもきっと君だろ?君は怯えきっていたと噂されているけど、優しい君の事だ、きっと身代わりに彼の呪いを吸い上げでもしたんだろうね。」とアシュガの目を見る。何かを探る眼差しだ。
しかし、とシオンは前置きして
「どうやって彼の呪いを己に吸い上げることができた?そして、どうしたら魔女の呪いから無傷で暴君の身体を守ることができたんだ?」と鋭く瞳を切り裂いてきた。
アシュガは何も答えてはいけないと思った。
「あはは」とシオンは笑う。
「まさか君もあの暴君にご執心なのかい?」と陽気に微笑み
「お勧めはしないよ。あの薄情な王子の素顔を知らないんだ。尽くしても不幸になるだけ」とアシュガの肩をぽんぽんと叩く。
「君は王の側室よりも、竜騎士の妻にむいているよ。竜騎士も一緒に同じ竜に乗れる妻を持つのはすごく名誉なことなんだ。しかも竜騎士は王族と違って、柵が少ないのに名誉職だよ、頭の良い淑女はみんな竜騎士の妻の方に成りたがるよ!」とシオンは意味ありげな視線をおくる。
「一生影で暴君の呪いの身代わりになるのかい?僕なら王妃にしてくれるって言われても願いげだよ」と笑うシオンに
「やめて」と上気した顔のアシュガ。
「わかったよ、呪いの真相は明日のお茶会でディシュル王子に直接聞くかな」と冗談を言った後のようにシオンは肩を竦めてみせた。
「明日の、お茶会?」とアシュガはショックを受けた。やはり娘達の話は本当なのか?
「ああ、よく招待を受ける。面倒だからたまにしか行かないけどね。そういえばアシュガはいつも欠席なんだね。祝福のサークラなのに。」
アシュガの顔に暗い影ができた。
シオンはそれを見逃さない。
アシュガの肩に手を伸ばし
「さっきバルコニーでなんで項垂れていたの?暴君の浮気に今さら気がついたのかい?無理に自分を圧し殺しても、辛くなるだけだよ」とシオンは言って、アシュガの体を軽々と持ち上げた。
「な、なにを!」アシュガはジタバタと抵抗したが
「荒療治とお試しさ」と無邪気に笑うシオンに眼下の山々に向かって落とされた。
「や、やめてえええ」とアシュガはシオンに手を伸ばして必死に叫んだ。
シオンはにこにこ無邪気に笑っている。
風が体中に絡み息ができない。
地上に向かって真っ逆さまだと思ったら
竜の雄叫びを聞く。
ファルコがすぐに旋回し、アシュガをその背に受け止めてくれた。
「おお」と今度はシオンの顔が上気しているのがわかる。
涙ながらにシオンに抗議をしようとしたら
「アシュガ、やはり君はすごい」と両手を握りしめられた。
またファルコが叫ぶ。
「ごめん、ファルコ。彼にも叱れたよ、君を試すなとね」とシオンはあははと笑った。
「この荒療治は騎士の訓練でも使用されるよ。ディシュル王子も受けているだろうね」とアシュガに言い
「もうそろそろ、お城にお送りしよう。楽しい舞踏会になったよ。」とシオンはアシュガの手を握りしめた。
シオンはアシュガを持ち上げて、バルコニーへ軽々と飛んだ。
「ファルコも挨拶がしたいって」とアシュガをファルコに寄り添わせる。
ファルコはフゴフゴと優しく鳴いた。
舞踏会場から「アシュガさまー」と従者達が探す声がする。
「いい時間そうだね。また会おう、アシュガ」とシオンはアシュガの腕をぐいっと引き寄せて頬に挨拶のキスをした。
「いくぞ、ファルコ」と竜の背中に飛び乗り、竜はアシュガの頭上で何度も旋回を繰り返し、一気に夜空へ消えていった。
アシュガは竜を見上げながら、力なく震える体に、まるで先ほど娘達から逃げてきた時みたいに、どうしようもなく床へ座り込んでしまった。




