≪11≫ お渡ってしってる?2
朝はいつもディシュルの方が早い。
今朝も早く目が覚め、アシュガの背中にくっついていた。
本当はすぐにでも抱きしめたい気持ちでいたが、今の何のケアもしていない、乱れきった自分に彼の美意識がその行動を許さなかった。
アシュガの背中の温もりを感じて、昨晩の自分の狂気に戦々とした。
アシュガは全く(お渡り)に来てくれなかった。
そんなに婚約者になるのが嫌なのか?
もう自分に愛想が尽きた?
初めから求められていなかった?
自分だけが知らずに浮かれていた?
そんな疑問が次々と沸き、軽んじられ、弄ばれたようで、苦しくて気が狂いそうだった。
アシュガにだけは裏切られたくなかった。
しかし、とディシュルは顔を真っ赤にする。
昨晩の自分を求める彼女の姿を思いだし、理性を忘れた獣と重ねる。
モンテローザでも似た現象はあったけど、今回の方が欲望のまま動いているようだった。
もし普段の体力が自分にあれば、あの時どうなっていたのだろう。
狂気染みた彼女とお互いを奪い合う競争なんてと身悶えした。
弱りきった自分の昨日の負け戦を恥じた。
彼女の背中で悶々としていると、ある疑問が生じる。
そんなに箍が外れるくらいに僕が欲しくて我慢をしてたなら、(お渡り)をすればよいだけだ。
何を考えているんだ、この獣は?
ん?獣?
ディシュルは雷に撃たれた衝撃を受ける。
そうか、彼女は村育ちだ。
きっと村には「お渡り」がないんだ!
「あああ」とディシュルは項垂れた。
アシュガをそっと抱いた。
彼女の温もりが心地よい。
間違いを犯さなくて良かったと心底女神に感謝した。
「ごめん、待っていたのは君もだよね」と
安堵と嬉しさと少しのもどかしさから、ディシュルは涙をながした。
朝起きて、アシュガは項垂れた。
自分は何てことをしてしまったのか!
こんなに自分が節操のない人間なことに失望した。
昨晩、ディシュルは部屋へきた。
何か話そうとしてたのかもしれない。
なんか首をしめられた気もするが、そ、それより・・・
ディシュルの涙を思い出す。
欲情を押さえきれなくて襲いかかる自分に、許してとか死んじゃいそうとか言ってなかったか?
あの時、自分は・・・「あああ」アシュガの顔は今にも火を吹き出しそうだ。
すぐにあの窓から身投げしたいと思った。
今日はディシュルに無理にでも会いに行こうと思ったが、会わせる顔がない。
幕を開けてベッドの外を確認しても、ディシュルはいる筈もない。
きっとこんな野獣を見て、彼は失望しただろう。
今度こそ本当にディシュルに嫌われてしまったかもしれない。
そうだ、この前は朝ギリギリまでディシュルは隣にいてくれた。
自分は醜い野獣だったのだ。
「野獣、やだあああ」アシュガは泣き崩れた。
床からキラキラとしたものが目に飛び込んだ。
立派な短剣だ。
きっとディシュルのだろう。
アシュガはそれを手に取ると見た目よりも重く重量感があった。
ディシュルは騎士だから、いつも帯刀しているものかもしれない。
しかし、昨日のディシュルは儚げだった。
強いディシュルも好きだが、儚いディシュルも美しく甲乙つけがたい。
ああ自分はディシュルの魅力の前に抗えなかった。
今もすっかり参っていた。
「ディシュル」
短剣を抱き、アシュガはチクチク痛む胸を押さえた。
朝食が済み、アシュガは気の重さから、
今日は1日部屋に籠っていようかと考えていた。
従者が入ってきて、ディシュルからのお誘いだと伝えた。午後に湖を散歩しようというのだ。
アシュガは承諾したが、すぐ気が重くなった。
ディシュルからの誘いなんて、ここ数日考えられなかった。
やはり昨晩の件だろうか?
罰なら受ける覚悟はできている。
謝罪もしたい。
でも、こんな野獣は麗人の前でどんな顔をすればいいのだろう?
アシュガは途方にくれた。
柔らかな陽射しを受けて、軽やかにケープを着こなしたディシュルは、もう湖の畔にいた。
アシュガも早めに来たつもりだったので、驚いた。
アシュガは少し顔を伏せたまま、ゆっくりと麗人へ近づく。
「アシュガ」と呼ばれた声の甘さにアシュガは顔を赤くした。
ディシュルは近づいてきた彼女を優しく自分へ促し、そのまま腰に手を回して抱きしめた。
2人とも暫く無言で抱き合っていた。
穏やかな日和に風が心地よく吹いてくる。
ディシュルのケープが揺れて、薔薇の香油の良い香りがした。
耳元でディシュルが「歩こうか」と言って、アシュガの肩を抱く。
顔を寄せ合い歩きだしたが、お互いに話すきっかけを掴めずにいた。
大きな木の茂みまできて、ディシュルが口を開いた。
「ここで座って話そう。アシュがパンを食べようとした所だよね。西の草木トンネルといい、見つけにくい隠れ場所を見つけるのが得意だよね。」
麗人が微笑む。
「ディシュルが私を見つける方が上手いけどね」
アシュガは少し尖ってみせた。
「ずっと君を見てたから」
真剣な青い瞳に射抜かれて、アシュガは言葉を失った。
ディシュルはアシュガを前におき、抱きしめるように座る。
アシュガの胸に手を充てて心臓の鼓動を感じながら「ドキドキしている」と言って麗人は微笑む。
「僕はアシュの心臓の音を聞きながら眠りにつくのが一番幸せなんだ。だから、それが出来ないと思うと苦しくて気が狂いそうになる。」
そしてアシュガをきつく抱きしめ
「僕は酷い勘違いをしたようだよ、アシュガ。昨晩は本当にごめん」と謝った。
まさか謝られると思っていなかったアシュガがは
「わ、私が謝らなくちゃ。昨晩の私はどうかしていた。ま、まるで野獣だわ。もうディシュルの嫌がるようなことしないか」らまで言えずに
「そのままでいて。」とディシュルにしがみつかれた。
「昨晩、アシュガが情熱的に強く僕を求めてくれたから、僕は今生きている。君が求めてくれるなら、なぶり殺されても構わない。だって君が手に入らないと思ったから、あの時僕は君の首を絞めに行ったんだ。君を絞めて、自分は首を斬って死んでやるって本気で思っていた。」
「ディシュル!!」
アシュガは振り向こうとしたが、ディシュルはそれを許さずに、アシュガの背中に顔を沈めている。
そして「アシュガ、(お渡り)って知ってる?」と聞いてきた。
「え、夜の訪問って事でしょ」
とアシュガは答えた。
背中から安堵のような息づかいが伝わった。
「ごめん。最初に話しておくべきだった。」
との言葉とは裏腹に、ディシュルの声は望み通りの結果を確信した者の感動が滲み出ていた。そして、「お渡り」について説明する。
「要は40日相手の閨に通って、婚約者の権利を得ることなんだ。」
ビアンカローザの国には厳しい階級制度がある。貴族や要人達の階級もしっかり区別されていて、仮に同級の者達の婚約なら「お渡り」をする必要はない。しかし一つでも階級の下の者が上級の者と婚約するにはこの「お渡り」が必要となる。
上級の者は気に入れば閨の許可を出し、気に入らなければ、いつでも却下できる。
40日、閨の許可を出す事は、婚約をしても良いとの家柄を含めた許可になるのだ。
「下級とか上級とか貴族のルールにアシュガを巻き込むことはしたくないけど、僕は、その、王子であり、騎士長になるから、誰が相手でもこの「お渡り」を要求しないといけないんだ。しなくて良い相手は竜皇くらいなんだよ。」
とディシュルは言って
「愛人みたいに閨に好きなときに呼ぶことはできるし、それなら僕がアシュガを訪問したっていい、けどそんな風にはしたくない。」
ディシュルはアシュガを撫でながら
「それに王様がこの(お渡り)を認めてくださった。だから、40日成功したら問題なく婚約をすることができる」
そこまで言ってディシュルは少し落ち着かない様子で
「40日と言っても、別に毎日来る必要なんてないから。僕から却下する日を作ることはないし。アシュガの体調に合わせて気軽に来てくれたら嬉しいよ。あ、でも、できたら成人前には済ませておきたいかな?だって成人したら、きっと、王様の手伝いが本格化するだろ、騎士団にも本腰を入れてかからないといけないし、その上、外せない夜会やイベントができてくる、人の交流が強制的に増えるのに、婚約者でない君を異性になんて会わせられないしさ、そしたらいろいろ都合がわるいだろ?そうすると成人前だけど、いくら成人前でも薔薇の月にかかったら、それこそ成人の準備で暇がないよね。ギリギリだと風邪引いたりさ、思わぬ怪我とかあるかもしれないし、だから、だから」
アシュガの背後でモゾモゾしている麗人は
「今夜はこれそう?」
とアシュガに告白するかのように聞いてきた。




