8話
その記号が、どうしても気になった。
私は朝から、第7話で見つけた葬儀記録を開いていた。
ページの端にある、小さな印。
別紙を示しているように見える。
「どこにあるんだろう」
私は記録室の索引を調べた。
古い記録は、内容ごとに番号が振られている。
葬儀。
埋葬。
関係者。
私は一つずつ確認した。
「……これかな」
記号と同じ番号があった。
私は棚から薄い記録を取り出した。
中には、王女が生まれたころの関係者の名前が並んでいた。
侍女。
医師。
乳母。
使用人。
その中に、一人の名前があった。
「ローザ・ミラー」
侍女。
王女の身の回りを担当していたらしい。
私は記録を読む。
王女が生まれた日。
その翌日。
数日後。
ローザの名前が何度も出てくる。
「ずっと側にいたんだ」
王女を担当する侍女なら、当然なのかもしれない。
でも、その後だった。
王女が亡くなったとされる日を境に、記録が急に少なくなる。
そして。
「……退職?」
ローザの最後の記録があった。
王宮を退職。
帰郷。
それだけだった。
「どこへ?」
私は続きの記録を探した。
帰郷先。
住所。
家族。
何もない。
「変なの」
帰る場所があるなら、普通は何か書かれている。
私は別の帳簿を開いた。
侍女の退職記録。
他の人のものを確認する。
名前。
退職日。
理由。
帰郷先。
だいたい書いてある。
ローザだけが違った。
「どうして……」
私はローザの名前をもう一度見た。
そのとき。
「何を見ているのですか?」
聞き覚えのある声がした。
私は顔を上げた。
エドガーだった。
「ローザ・ミラーという侍女の記録です」
エドガーは一瞬だけ黙った。
「ローザ……」
「ご存じなんですか?」
「当時の侍女です」
「王女様を担当していたみたいです」
「そうですね」
返事が早かった。
私は少し気になった。
「王女様が亡くなったあと、退職したんですよね?」
「記録上は、そうなっています」
「帰郷した場所が書いてありません」
「古い記録ですから」
「でも、他の人にはあります」
エドガーは記録を見る。
「そういうこともあります」
「ローザさんは、どこへ帰ったんでしょう」
「私には分かりません」
「本当に?」
口にしてから、少し強く聞きすぎたと思った。
エドガーは怒らなかった。
「リナさん」
「はい」
「昔の使用人のことを調べても、分からないことはあります」
「そうですね」
「記録が残っていないのなら、なおさらです」
「……はい」
エドガーは記録を閉じた。
「もう十分でしょう」
「どうしてですか?」
「王女殿下が亡くなったのは、十五年前です」
「分かっています」
「当時の人間の多くは、もう王宮にはいません」
そう言って、エドガーは記録を戻した。
私は黙って見ていた。
ローザ。
王女のすぐ側にいた侍女。
王女が亡くなったあと、退職。
帰郷。
でも、帰った場所は分からない。
「……気になる」
私は小さく呟いた。
その日の午後。
私はもう一度、ローザの記録を探した。
今度は別の記録だ。
給与。
勤務。
退職。
人事。
何冊も確認する。
やはり、最後は同じだった。
王女の死から、そう遠くない日。
ローザは王宮を離れた。
そして、その後の記録がない。
「帰郷したなら、どこかに続きがあるはず」
私は記録を見つめた。
でも、ない。
名前だけが途中で消えている。
私は思った。
これは、退職したというより。
「……記録から消えたみたい」
もちろん、それだけで何かがあったとは言えない。
十五年前のことだ。
記録が失われることだってある。
それでも。
私はローザの名前を紙に書き写した。
明日、もう少し調べよう。
王女様が亡くなったあと。
ローザ・ミラーに、何があったのか。
それを知りたかった。




