5話
翌朝、私は紙片を持って記録室へ向かった。
昨日見つけた、あの文字。
明るい場所で見れば、もう少しはっきりするかもしれない。
紙片を窓際に置く。
私は角度を変えながら、何度も文字を見た。
「……ノルデン」
最初の部分は、もう間違いない。
村の名前だ。
「ノルデン村……」
紙には、それだけが書かれていた。
なぜ、この名前があの部屋に残されていたのか。
それが分からない。
でも、調べることはできる。
私は記録室の棚を見回した。
王宮の近くにある場所なら、古い村の名前くらいは記録されているはずだ。
「失礼します」
記録室の係に声をかける。
「何をお探しですか?」
「ノルデン村という場所の記録を」
「ノルデン村?」
「はい」
係の人は少し考えてから、古い記録を何冊か持ってきた。
「このあたりでしょう」
「ありがとうございます」
私は机に記録を並べた。
村の場所。
税。
農産物。
王宮への納品。
古いものになると、文字もかなり読みにくい。
私は一冊ずつ確認していった。
「……あった」
ノルデン村。
十五年前の記録だった。
私は指で行を追う。
そこには、王宮から村へ送られた物資について書かれていた。
「物資……?」
食料。
薬。
布。
それから――
「乳児用……」
私は手を止めた。
小さな文字で、そう書かれている。
乳児用の衣類。
薬。
それに、いくつかの日用品。
私は記録の日付を確認した。
十五年前。
王女が亡くなったとされている年だ。
「……偶然?」
そう思った。
けれど、すぐに打ち消した。
あの部屋に残っていた紙。
そこに書かれていた村の名前。
そして、十五年前の記録。
偶然にしては重なりすぎている。
私は別の記録を開いた。
ノルデン村へ向かった人員についての記録もあった。
ただ、名前は一人だけだった。
女性。
王宮にいた人物らしい。
名前のところを確認しようとした、そのとき。
「何を調べているのですか?」
声がした。
私は顔を上げた。
エドガーだった。
「ノルデン村の記録です」
私は隠さず答えた。
紙片のことは言わない。
「そうですか」
エドガーは机の上を見た。
「どうして、その村を?」
「記録に名前があったので」
「古い記録ですね」
「はい」
エドガーはしばらく黙っていた。
そして、記録の一行に目を落とす。
「……十五年前」
小さな声だった。
「何かご存じなんですか?」
私が聞くと、エドガーは顔を上げた。
「いえ。古い記録ですから」
「でも、ノルデン村に王宮から人が行っています」
「そういうこともあります」
「乳児用の品も送られています」
エドガーの視線が、一瞬だけ記録に戻った。
「よく見ていますね」
「仕事柄です」
私は答えた。
掃除をしていると、昨日との違いに気づく。
記録を見るときも同じだった。
何が書かれているかだけではなく、何が違うのかを見る。
エドガーは記録を閉じた。
「リナさん」
「はい」
「古い記録を調べるのは構いません」
声は穏やかだった。
「ですが、深入りはしないほうがいい」
「どうしてですか?」
「古いことには、古いことなりの事情があります」
「事情……」
「知らないほうがいいこともありますから」
それだけ言って、エドガーは立ち上がった。
「失礼します」
「はい」
扉が閉まる。
私はしばらく、その方向を見ていた。
まただ。
あの部屋のことを聞かれたときも。
十五年前の話をしたときも。
エドガーは、何かを知っているように見える。
でも、確かなことは言わない。
私は記録を開き直した。
ノルデン村。
十五年前。
乳児用の品。
王宮から向かった女性。
ここまで重なるなら、確認するしかない。
「……行ってみよう」
口に出してから、自分でも少し驚いた。
私は王宮の外へ調べに行ったことなんて、ほとんどない。
けれど、記録だけでは分からない。
村に行けば、何か分かるかもしれない。
少なくとも、紙に書かれていた名前が本当に意味を持つのかは確認できる。
私は記録を閉じた。
そのとき、さっきの人員記録が目に入った。
十五年前。
ノルデン村へ向かった女性。
私はもう一度、名前を確認した。
「……誰?」
知らない名前だった。
王宮で働いていた女性。
それだけしか分からない。
私は記録を元の場所へ戻した。
明日、マルタさんに相談しよう。
村へ行く許可をもらえるか聞いてみる。
部屋の異変を調べるためなら、きっと話を聞いてくれる。
そう思った。
けれど、その日の夕方。
私はもう一度、記録室へ戻った。
どうしても気になったからだ。
乳児用の品。
王宮から村へ向かった女性。
そして、十五年前。
私は別の帳簿を開いた。
物資の数を確認する。
衣類。
薬。
布。
そして、乳児用の品。
一人分にしては、少し多い。
私は眉を寄せた。
「……誰かが、いた?」
答えはない。
ただ、記録だけが残っている。
十五年前。
ノルデン村に、王宮から何かが運ばれている。
そして、そこには――
誰かがいた。
私は帳簿を閉じた。
「明日、マルタさんに話そう」
そう決めた。




