↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/40

5話

 翌朝、私は紙片を持って記録室へ向かった。


 昨日見つけた、あの文字。


 明るい場所で見れば、もう少しはっきりするかもしれない。


 紙片を窓際に置く。


 私は角度を変えながら、何度も文字を見た。


「……ノルデン」


 最初の部分は、もう間違いない。


 村の名前だ。


「ノルデン村……」


 紙には、それだけが書かれていた。


 なぜ、この名前があの部屋に残されていたのか。


 それが分からない。


 でも、調べることはできる。


 私は記録室の棚を見回した。


 王宮の近くにある場所なら、古い村の名前くらいは記録されているはずだ。


「失礼します」


 記録室の係に声をかける。


「何をお探しですか?」


「ノルデン村という場所の記録を」


「ノルデン村?」


「はい」


 係の人は少し考えてから、古い記録を何冊か持ってきた。


「このあたりでしょう」


「ありがとうございます」


 私は机に記録を並べた。


 村の場所。


 税。


 農産物。


 王宮への納品。


 古いものになると、文字もかなり読みにくい。


 私は一冊ずつ確認していった。


「……あった」


 ノルデン村。


 十五年前の記録だった。


 私は指で行を追う。


 そこには、王宮から村へ送られた物資について書かれていた。


「物資……?」


 食料。


 薬。


 布。


 それから――


「乳児用……」


 私は手を止めた。


 小さな文字で、そう書かれている。


 乳児用の衣類。


 薬。


 それに、いくつかの日用品。


 私は記録の日付を確認した。


 十五年前。


 王女が亡くなったとされている年だ。


「……偶然?」


 そう思った。


 けれど、すぐに打ち消した。


 あの部屋に残っていた紙。


 そこに書かれていた村の名前。


 そして、十五年前の記録。


 偶然にしては重なりすぎている。


 私は別の記録を開いた。


 ノルデン村へ向かった人員についての記録もあった。


 ただ、名前は一人だけだった。


 女性。


 王宮にいた人物らしい。


 名前のところを確認しようとした、そのとき。


「何を調べているのですか?」


 声がした。


 私は顔を上げた。


 エドガーだった。


「ノルデン村の記録です」


 私は隠さず答えた。


 紙片のことは言わない。


「そうですか」


 エドガーは机の上を見た。


「どうして、その村を?」


「記録に名前があったので」


「古い記録ですね」


「はい」


 エドガーはしばらく黙っていた。


 そして、記録の一行に目を落とす。


「……十五年前」


 小さな声だった。


「何かご存じなんですか?」


 私が聞くと、エドガーは顔を上げた。


「いえ。古い記録ですから」


「でも、ノルデン村に王宮から人が行っています」


「そういうこともあります」


「乳児用の品も送られています」


 エドガーの視線が、一瞬だけ記録に戻った。


「よく見ていますね」


「仕事柄です」


 私は答えた。


 掃除をしていると、昨日との違いに気づく。


 記録を見るときも同じだった。


 何が書かれているかだけではなく、何が違うのかを見る。


 エドガーは記録を閉じた。


「リナさん」


「はい」


「古い記録を調べるのは構いません」


 声は穏やかだった。


「ですが、深入りはしないほうがいい」


「どうしてですか?」


「古いことには、古いことなりの事情があります」


「事情……」


「知らないほうがいいこともありますから」


 それだけ言って、エドガーは立ち上がった。


「失礼します」


「はい」


 扉が閉まる。


 私はしばらく、その方向を見ていた。


 まただ。


 あの部屋のことを聞かれたときも。


 十五年前の話をしたときも。


 エドガーは、何かを知っているように見える。


 でも、確かなことは言わない。


 私は記録を開き直した。


 ノルデン村。


 十五年前。


 乳児用の品。


 王宮から向かった女性。


 ここまで重なるなら、確認するしかない。


「……行ってみよう」


 口に出してから、自分でも少し驚いた。


 私は王宮の外へ調べに行ったことなんて、ほとんどない。


 けれど、記録だけでは分からない。


 村に行けば、何か分かるかもしれない。


 少なくとも、紙に書かれていた名前が本当に意味を持つのかは確認できる。


 私は記録を閉じた。


 そのとき、さっきの人員記録が目に入った。


 十五年前。


 ノルデン村へ向かった女性。


 私はもう一度、名前を確認した。


「……誰?」


 知らない名前だった。


 王宮で働いていた女性。


 それだけしか分からない。


 私は記録を元の場所へ戻した。


 明日、マルタさんに相談しよう。


 村へ行く許可をもらえるか聞いてみる。


 部屋の異変を調べるためなら、きっと話を聞いてくれる。


 そう思った。


 けれど、その日の夕方。


 私はもう一度、記録室へ戻った。


 どうしても気になったからだ。


 乳児用の品。


 王宮から村へ向かった女性。


 そして、十五年前。


 私は別の帳簿を開いた。


 物資の数を確認する。


 衣類。


 薬。


 布。


 そして、乳児用の品。


 一人分にしては、少し多い。


 私は眉を寄せた。


「……誰かが、いた?」


 答えはない。


 ただ、記録だけが残っている。


 十五年前。


 ノルデン村に、王宮から何かが運ばれている。


 そして、そこには――


 誰かがいた。


 私は帳簿を閉じた。


「明日、マルタさんに話そう」


 そう決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。