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39話

「おかえり、セシリア」


玄関を開けた母さんは、いつもと同じ顔をしていた。


私は少しだけ戸惑った。


「……ただいま」


その一言を口にすると、胸が詰まった。


父さんも奥から出てきた。


「王宮はどうだった」


「……すごかった」


「そうか」


それだけだった。


いつも通り。


私は笑った。


でも、すぐに笑えなくなった。


「お父さん、お母さん」


「うん?」


「私……王女なんだって」


二人は黙った。


しばらくして、母さんが私の手を握った。


「そうなんだね」


「驚かないの?」


「驚いてるわよ」


母さんは少し笑った。


「でも、あなたがセシリアなのは変わらないでしょう?」


私は何も言えなかった。


父さんも頷く。


「俺たちの娘だ」


その言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになった。


「……私、どうしたらいいのかな」


母さんが首を傾げる。


「どうしたいの?」


「それが、分からない」


王女として生きる。


村で暮らす。


どちらかを選ばなければならないと思っていた。


でも。


「私、ここを捨てたくない」


母さんは黙って聞いている。


「でも、王女だってことも、なかったことにしたくない」


父さんが言った。


「なら、両方でいいんじゃないか」


「……両方?」


「ああ」


簡単なことのように言われた。


でも、私にはその考えがなかった。


「王女だからって、俺たちの娘じゃなくなるわけじゃない」


母さんも笑った。


「帰ってきてもいいし、王宮に行ってもいい」


「そんなこと、できるのかな」


「できるかどうかじゃないでしょう」


母さんは私の手を握った。


「あなたがどうしたいかよ」


私はしばらく考えた。


それから、頷いた。


「……うん」


私は決めた。


全部を捨てる必要なんてない。


王宮に戻った。


エレノアとレオナールが待っていた。


私は二人の前に立った。


「話があります」


エレノアが頷く。


「聞かせて」


私は息を吸った。


「私は、自分が王女だってことを受け入れます」


エレノアの目が少し揺れた。


「でも、村の生活を捨てるつもりもありません」


レオナールが静かに頷く。


「ベル夫妻は、あなたの家族だ」


「はい」


私は続けた。


「私がローゼンフェルトの血を引いていることも、王族として責任があることも、逃げたくありません」


言葉にすると、不思議と怖くなかった。


「だから、必要なことは学びたいです」


「王女として?」


「はい」


そして、もう一つ。


「でも、私の人生まで誰かに決めてほしくありません」


エレノアが頷いた。


「分かっています」


私はレオナールを見る。


「私、女王にならなきゃいけないんですか?」


レオナールは首を横に振った。


「今すぐ、そう決まるわけではない」


「どうして?」


「王位については、血筋だけで決まるものではない。正式な手続きも必要になる」


私は少し安心した。


「じゃあ、今すぐ全部決めなくてもいいんですね」


「ああ」


私は息を吐いた。


よかった。


まだ考える時間がある。


これから先のことは、これから決めればいい。


私はエレノアを見る。


「お母さん」


その呼び方に、エレノアが目を見開いた。


私も少し驚いた。


けれど、言い直さなかった。


「私、まだ全部を許せるわけじゃありません」


エレノアは静かに頷いた。


「ええ」


「でも、これからのことは、自分で決めたいです」


「分かりました」


私は笑った。


「私、王女だから村を捨てるんじゃない」


少しだけ胸を張る。


「村で育ったから、王女になれないわけでもない」


二人が黙って私を見る。


「私は私です」


それが、一番しっくりきた。


王女か。


村の娘か。


どちらか一つじゃない。


十五年間の私も。


これからの私も。


全部、私の人生だ。


その日の夕方。


廊下でリナさんに会った。


「リナさん」


「はい」


「ありがとう」


「何がですか?」


「私を見つけてくれて」


リナさんは少し困ったように笑った。


「私は、掃除をしていただけですよ」


「それでも」


私は笑った。


「ありがとう」


リナさんは、それ以上何も言わなかった。


でも、その顔を見ていると少し安心した。


私は前を向いた。


まだ分からないことはたくさんある。


王女として何をすればいいのか。


これから何が変わるのか。


全部は分からない。


でも。


自分で決めることだけは、決めた。


翌朝。


リナさんは、いつものように西棟三階へ向かっていた。


そして、いつもの部屋の前で足を止めた。


明日で。


ここを掃除するのも、最後になる。


そう思いながら、扉を開けた。

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