38話
朝から、落ち着かなかった。
王宮に来てから、何度も同じことを考えている。
私は、本当に王女なのだろうか。
昨日、そう告げられた。
私の本当の名前は、セシリア・アルヴェイン。
王と王妃の娘。
十五年前に死んだことになっていた王女。
頭では分かっている。
でも、気持ちは追いついていなかった。
「セシリア様」
部屋の外から声がした。
「少し、お時間をいただけますか」
私は扉を開けた。
「はい」
案内された先には、いくつかの衣服と書類が用意されていた。
私はそれを見て、首をかしげる。
「これは?」
「今後、王女として生活される場合に必要になるものです」
「……王女として?」
「はい」
説明が続く。
王宮での生活。
王族としての振る舞い。
今後、学ぶべきこと。
覚えること。
気をつけること。
私は黙って聞いていた。
聞いているうちに、胸が重くなっていく。
「待ってください」
「はい?」
「私、ここで暮らすんですか?」
相手は少し困った顔をした。
「それが……自然かと」
自然。
その言葉が、引っかかった。
「どうして?」
「セシリア様は王女ですから」
また、その言葉。
王女だから。
私は俯いた。
「……私、十五年間ずっと村で暮らしてきたんです」
「存じています」
「そこで、お父さんとお母さんと暮らしてきました」
口にすると、少しだけ落ち着いた。
ベル家の家。
朝の匂い。
畑。
母さんの料理。
父さんの無口な返事。
全部、私の知っている生活だ。
「私は、そこから来たんです」
「ですが、これからは――」
「王女だから?」
言葉を遮った。
相手は黙った。
私は自分でも驚いていた。
こんな言い方をしたのは初めてだった。
でも、言わなければいけない気がした。
「王女なら、今までのことは全部変えなきゃいけないんですか?」
「そういう意味では……」
「じゃあ、私はどうすればいいんですか?」
答えが返ってこない。
私は手を握った。
分からない。
昨日まで、自分はただの村の少女だった。
それなのに突然、王女だと言われた。
そして今度は、王女として生きる方法を教えられている。
「……私、嫌です」
小さな声だった。
「何がでしょうか」
「私のことを、私が決められないのが嫌です」
部屋が静かになった。
そのとき、扉が開いた。
「セシリア」
エレノアだった。
私は母……いや。
まだ、その呼び方には慣れない。
私はエレノアを見る。
「今の話、聞いていましたか?」
「ええ」
エレノアはゆっくりとうなずいた。
「あなたが望まないことを、無理にさせるつもりはありません」
「本当に?」
「ええ」
私は少し考えた。
「じゃあ、私が村に帰りたいって言ったら?」
エレノアはすぐには答えなかった。
その沈黙が、少し怖かった。
けれど、逃げたくはなかった。
「私は……村に帰りたいです」
「分かりました」
「でも」
私は続けた。
「王女じゃないことにする、って意味じゃありません」
エレノアが顔を上げる。
「私は自分が王女だって知りました」
昨日まで知らなかったことだ。
まだ実感はない。
それでも、嘘にはしたくなかった。
「王族として何をしなきゃいけないのかも、これから知りたいです」
一度、息を吸う。
「でも、それを決めるのは私にしてください」
エレノアは黙っていた。
やがて、静かに言った。
「……分かりました」
その声には、少しだけ寂しさがあった。
私はそれを見て、少し迷った。
でも、言葉を続ける。
「十五年前も、私の知らないところで決められたんですよね」
エレノアの表情が固まった。
「どこで暮らすかも」
「……ええ」
「誰と暮らすかも」
「ええ」
「私が何も知らないまま、全部決まってた」
エレノアは目を伏せた。
私は責めたいわけじゃない。
ただ、これだけは伝えたかった。
「もう、同じにはしたくないです」
しばらくして、エレノアが言った。
「あなたの人生を、今度はあなた自身に決めてほしい」
私はその言葉を聞いた。
昨日までなら、きっと嬉しかった。
でも今は、それだけでは足りない。
「じゃあ……」
私は顔を上げた。
「まず、お父さんとお母さんに話したいです」
村に残してきた二人。
私を育ててくれた二人。
王女になる前から、私の家族だった二人。
「私がこれからどうしたいのか、その前に」
私は言った。
「二人に、ちゃんと話したいです」
エレノアはうなずいた。
「ええ」
私は窓の外を見る。
王宮の景色は、まだ知らないものばかりだった。
でも。
ここでどう生きるかを決めるのは、私だ。
王女だからでもない。
誰かに守られるためでもない。
私の人生だから。
私は、自分で決めたい。




