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36話

王宮へ戻る馬車の中で、セシリアは何度も窓の外を見ていた。


「本当に、王都って大きいんだね」


「そうですね」


「リナさんは、ここで働いてるんだよね?」


「はい」


セシリアは少し笑った。


「なんだか不思議」


「何がですか?」


「私、ずっと一度でいいから王宮を見てみたいと思ってたの」


私は黙った。


まさか、こんな形で来ることになるとは思っていなかった。


やがて馬車が止まる。


扉が開いた。


セシリアが降りる。


目の前に王宮があった。


「……大きい」


小さく呟いて、セシリアは建物を見上げた。


けれど、その顔に浮かんでいたのは喜びだけではなかった。


「ここに……私の話を知ってる人がいるんだよね?」


「はい」


「リナさんも?」


「私も知っています」


セシリアは少し黙った。


「そっか」


それ以上は聞かなかった。


私は彼女を王宮の中へ案内した。


廊下を歩く。


すれ違う人たちが、セシリアを見る。


いつもなら気にしないような視線だった。


けれど今日は違った。


セシリアも気づいている。


「……なんか、見られてるね」


「王宮ですから」


「私、変な格好してる?」


「していません」


「じゃあ、なんで?」


私は答えなかった。


その先に、国王と王妃が待っている。


扉の前で、セシリアが立ち止まった。


「リナさん」


「はい」


「私、帰ってもいい?」


私はセシリアを見る。


「もちろんです」


「……まだ帰らないけど」


少しだけ笑った。


「ちゃんと聞く」


扉が開いた。


部屋の中には、レオナールとエレノアがいた。


エレノアは立ち上がった。


セシリアを見た瞬間、表情が変わった。


母親が娘を見る顔。


それが、私には分かった。


けれどセシリアには、まだ分からない。


「セシリア」


エレノアが名前を呼ぶ。


「はい」


「来てくれて、ありがとう」


「こちらこそ……?」


セシリアが困ったように笑う。


レオナールが椅子から立った。


「座ってくれ」


セシリアが椅子に座る。


私は少し離れたところに立った。


エレノアも向かいに座る。


しばらく、誰も話さなかった。


やがてレオナールが言った。


「君には、伝えなければならないことがある」


セシリアの顔から笑みが消えた。


「はい」


エレノアが続ける。


「あなたは、十五年前にこの王宮で生まれました」


セシリアが瞬きをする。


「……それが?」


「あなたは、この国の王女でした」


時間が止まったように感じた。


セシリアは何も言わない。


そして、ゆっくり首を振った。


「違います」


エレノアが黙っている。


「私の父と母は、ベル夫妻です」


「はい」


「私はセシリア・ベルです」


「はい」


否定されなかった。


それが、かえってセシリアを戸惑わせた。


「じゃあ……どういうこと?」


エレノアは静かに答えた。


「あなたを育てた二人は、あなたの家族です」


セシリアの目が揺れた。


「でも、私は王女なんですか?」


「……はい」


「本当に?」


「本当です」


セシリアは俯いた。


両手を膝の上で握る。


「じゃあ……私は、何なの?」


誰もすぐには答えなかった。


私は、その言葉を聞いていた。


王女だと分かれば終わる話ではない。


むしろ、ここから始まる。


セシリアが顔を上げた。


「私の名前は?」


エレノアが答える。


「セシリア・アルヴェイン」


その名前を聞いた瞬間。


セシリアは、知らない自分の名前を聞いたような顔をした。


そして、何も言わなくなった。

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