30話
「その証書を、どこで見つけたのですか?」
エドガーは同じ質問を繰り返した。
私は証書を胸元に抱えた。
「先に聞いてもいいですか」
「何でしょう」
「この証書が何なのか、ご存じなんですね」
エドガーは黙った。
その沈黙だけで十分だった。
「……知っているんですね」
「ええ」
短い返事だった。
私は証書を見る。
「これが表に出ると、何が起きるんですか?」
「王位継承が問題になります」
やはり。
私は黙って続きを待った。
エドガーは静かに言った。
「ローゼンフェルト家の正統性を示す証拠です。しかも、現在の王家が王位についた経緯と矛盾する」
「だから隠していた?」
「隠す必要があったのです」
「誰にとって?」
エドガーは私を見る。
「国にとってです」
その言葉に、私は眉を寄せた。
「国……」
「今さら過去を表に出しても、失われたものは戻りません」
「でも、嘘は残ります」
「嘘だけで国が滅びることもあります」
エドガーの声は穏やかだった。
だからこそ、怖かった。
私は一歩下がる。
「それで、どうするつもりなんですか」
「証書をこちらへ」
「嫌です」
即答した。
エドガーの目が細くなる。
「リナさん」
「これは王位に関わる文書です。私が勝手に持っていていいものではないのは分かっています」
「なら」
「でも、あなたに渡していい理由もありません」
エドガーはしばらく私を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「あなたは、ここまで調べてしまったのですね」
「……何のことですか」
「ノルデン村です」
心臓が跳ねた。
やはり知っている。
「あなたは、あの村にいる少女を調べていますね」
私は答えなかった。
「名前はセシリア」
その名前を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
エドガーは知っている。
セシリアのことを。
私が何も言わないでいると、エドガーが続けた。
「その少女が何者なのか、あなたも分かっているのでしょう」
「……王女ですか」
エドガーは否定しなかった。
それだけで十分だった。
私は証書を強く握った。
十五年前に死んだはずの王女。
生きていた少女。
ローザ。
そして、この証書。
全部がつながっている。
「だから、消すんですか」
私が聞くと、エドガーは少しだけ目を伏せた。
「何を、です?」
「記録を。人を。証拠を」
ローザの名前が消されていた。
退職したという記録。
死亡したという記録。
エドガーがローザを呼び出していた記録。
私は忘れていない。
「あなたは、ローザについても知っていますね」
「ええ」
「彼女はどうなったんですか」
エドガーは答えなかった。
代わりに、静かに言った。
「国というものは、すべての事実を、そのまま残せばいいわけではありません」
私は言葉を失った。
その考え方は、前にも聞いた。
「必要なら」
エドガーは続けた。
「記録を消すこともあります」
「人が死んでも?」
一瞬だけ、エドガーの表情が止まった。
けれど、すぐに元へ戻った。
「あなたは掃除婦です」
「はい」
「王宮の秘密を背負う仕事ではない」
「それでも、見つけてしまったものをなかったことにはできません」
エドガーは証書へ手を伸ばした。
「それを渡してください」
私は一歩下がった。
「嫌です」
「これはお願いではありません」
低い声だった。
文書官長としての権限。
私が逆らえる相手ではない。
それでも。
私は証書を渡さなかった。
「セシリアも、同じですか」
エドガーの動きが止まる。
「何がです?」
「彼女の存在も、なかったことにするつもりですか」
しばらく沈黙が続いた。
やがてエドガーは答えた。
「……彼女が生きていること自体が罪なのではありません」
「なら」
「問題なのは、その事実が何を引き起こすかです」
エドガーは静かに言った。
「証書と王女。その二つが同時に世に出れば、王位をめぐって争う者が出ます」
「だから隠す?」
「そうです」
「本人の人生を決めてまで?」
エドガーは答えなかった。
私は証書を抱え直した。
この人は、真実を探しているのではない。
真実を残すか、消すかを決めている。
そして今。
私の手にあるものも、その対象になった。
「もう一度だけ言います」
エドガーが私を見る。
「その証書を渡してください」
私は首を横に振った。
「渡しません」
エドガーは何も言わなかった。
ただ、最後に一つだけ告げた。
「それなら、せめてノルデン村の少女について調べるのはやめてください」
私は顔を上げた。
その瞬間、分かった。
エドガーは証書だけを追っているんじゃない。
セシリアにも、もう手が届いている。
そして。
私が次に守らなければならないのは、証書だけではなかった。




