24話
ローザの最後の記録を探していると。
その名前が、別の場所に出てきた。
「……エドガー?」
私は紙を持ったまま、動きを止めた。
古い記録だった。
十五年前の文書整理に関する控え。
そこに、文書官長の名前がある。
エドガー・ヴァレン。
私は日付を確認した。
ローザが王宮を出た、その少し前。
「マルタさん」
「今度は何だい?」
「これを見てください」
私は紙を差し出した。
マルタさんが目を細める。
「文書官長が、ローザを呼び出してるね」
「はい」
「何のために?」
「書いてありません」
短い記録だった。
――ローザ・ミラー。
――文書官長室へ。
それだけ。
私は別の紙をめくった。
その翌日。
ローザの退職に関する処理が始まっている。
「近すぎます」
「そうだね」
「偶然でしょうか」
「それは分からない」
マルタさんは慎重だった。
でも。
私には気になった。
ローザは村へ行った。
戻った。
王妃へ報告した。
その後。
文書官長に呼ばれている。
そして。
記録から消えた。
「……何を話したんでしょう」
私は呟いた。
マルタさんが別の棚を指した。
「文書官長室で扱った古い案件の控えがあるよ」
「見てもいいですか?」
「必要ならね」
私は棚から一冊取り出した。
十五年前の記録。
ページをめくる。
その中に、ローザの名前があった。
――記録整理対象。
その横に、エドガーの印。
「これ……」
マルタさんが覗き込む。
「ローザの記録を整理したのは、エドガーだったのかい」
「そうみたいです」
私はページをめくった。
ローザの勤務記録。
退職記録。
そのほかの関連書類。
いくつかに、同じ印がある。
エドガー。
私の手が止まった。
「全部……」
「何だい?」
「ローザが消えていく過程に、エドガーが関わっています」
マルタさんは黙った。
私は紙を見つめた。
でも。
これだけでは、殺した証拠にはならない。
エドガーが記録を整理した。
それだけなら、文書官長の仕事とも言える。
「本人に聞くしかないね」
マルタさんが言った。
「……はい」
私は記録を閉じた。
その日の午後。
私は文書室へ向かった。
扉を開ける。
「何か用ですか?」
エドガーがいた。
机の上には大量の書類。
いつもと変わらない顔だった。
「少し、お聞きしたいことがあります」
「どうぞ」
「ローザ・ミラーについてです」
一瞬だけ。
エドガーの手が止まった。
「……まだ調べているのですか」
「はい」
「なぜ?」
「記録がおかしいからです」
「十五年前の記録でしょう」
「だからです」
私は答えた。
「ローザは退職して帰郷したことになっています。でも、帰郷した証拠がありません」
エドガーは黙っている。
「それに、死亡と書かれた記録もあります」
「古い記録には、誤りもあります」
「では、なぜ文書官長がローザの記録整理をしているんですか?」
今度は、はっきりとこちらを見た。
「私は文書官長です」
「はい」
「王宮の記録を整理するのは、私の仕事です」
「ローザも?」
「もちろん」
淡々とした声だった。
「彼女の記録に問題があったから、処理した。それだけです」
「どんな問題ですか?」
「王宮の記録として残す必要のないものです」
「なぜ?」
エドガーは少し黙った。
「リナさん」
「はい」
「国というものは、すべての事実を、そのまま残せばいいわけではありません」
私は黙って聞いた。
「記録には役割があります」
「役割?」
「人を守ることです。王宮を守ることでもある。そして、国を守ることでもある」
「事実を消すことが?」
「場合によっては」
その答えに、胸がざわついた。
「ローザも、そのために消したんですか?」
エドガーの表情は変わらなかった。
「あなたは、何を知っているのですか?」
「私は質問しています」
「私もです」
視線がぶつかった。
先に目を逸らしたのは、私だった。
「……あの子は、生きている」
私は呟いた。
エドガーの目が、わずかに細くなった。
「その言葉も調べているのですね」
「知っているんですか?」
「知りません」
即答だった。
でも。
反応が早すぎる。
「ローザが何かを知っていたとしたら?」
「仮定の話ですか」
「はい」
「その秘密が公になれば、国が揺らぐこともあるでしょう」
「だから、消すんですか」
「必要なら」
静かな声だった。
「誰か一人の秘密が、多くの人間の生活を壊すこともあります」
私は答えられなかった。
エドガーは続けた。
「ローザについて調べるのは、もうやめたほうがいい」
「どうしてですか?」
「あなたが知る必要のないことだからです」
「それは理由になっていません」
「では、もう一つ」
エドガーが書類を閉じた。
「ノルデン村についても、です」
私は息を止めた。
どうして。
私はまだ、ノルデン村の名前を出していない。
「……なぜ、その村を?」
エドガーは答えなかった。
ただ。
「それ以上調べれば、あなた自身が危険になる」
そう言った。
私は文書室を出た。
廊下を歩きながら、考える。
エドガーはローザの記録を整理していた。
ローザが消えた時期にも関わっている。
そして。
私が調べているノルデン村のことまで知っている。
「……エドガーも、探している」
その考えが、頭から離れなかった。
何を探しているのか。
誰を探しているのか。
まだ分からない。
でも。
私と同じ場所を見ている。
それだけは、もう間違いなかった。




