↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/40

22話

 私は、昨日見つけた記録をもう一度見ていた。


 ローザ・ミラー。


 ノルデン村へ向かった記録。

 王宮へ戻った記録。


 そして、そのあと。


 王妃の私室へ入った記録。


「やっぱり、気になります」


「何がだい?」


 向かいに座るマルタさんが、台帳から顔を上げた。


「ローザが王妃様の部屋へ入ったことです」


「昨日も見ただろう」


「はい。でも、入っただけなら偶然かもしれません」


 私は記録の日付を指で追った。


「だから、もう少し調べたいんです」


 マルタさんはしばらく黙っていた。


「……分かった。王妃付きの古い記録を探してみよう」


「ありがとうございます」


 マルタさんは棚の奥から、古い帳面を取り出した。


 表紙には、十五年前の年号が書かれている。


「王妃様付きの侍女たちの予定表だ」


「予定表……」


「当時のものだから、かなり抜けてるけどね」


 ページをめくる。


 私はローザの名前を探した。


 何ページか進んだところで、見つかった。


「ありました」


「どれだい?」


「ローザです」


 名前の横には、短い記述があった。


――帰還。


 その下。


 王妃の私室。


 けれど、詳しい用件は書かれていない。


「これだけですか?」


「古い記録だからね」


 マルタさんが眉を寄せた。


「でも、おかしいね」


「何がですか?」


「王妃様の私室へ入るなら、普通は用件が残るんだよ」


「……用件がない」


「そう」


 私は記録を見つめた。


 何かを書かなかったのか。


 それとも。


 書かれたものが消されたのか。


 そのとき、マルタさんが別の帳面を取り出した。


「こっちは控えだ」


「控え?」


「侍女長が持っていたものだよ」


 ページを開く。


 私はローザの名前を探した。


 そして。


「……ありました」


 小さな文字だった。


――ローザ、王妃様へ報告。


 私は息を止めた。


「報告……」


「そう書いてあるね」


「何の報告でしょう」


「そこまでは書いてない」


 私は前後の記録を確認した。


 ローザが王宮へ戻った日。


 その日のうちに王妃の私室へ入っている。


 そして、その後。


 通常の勤務へ戻っている。


 私は頭の中で順番を並べた。


 王女が死んだ。


 その直後、ローザが王宮を出た。


 ノルデン村へ向かった。


 赤ん坊を連れていた。


 そして王宮へ戻った。


 その直後に、王妃へ報告している。


「……偶然じゃない」


 声に出ていた。


「何?」


 マルタさんが聞き返す。


「すみません」


 私は首を振った。


「ローザは、何かを王妃様に伝えたんだと思います」


「何を?」


「それは……」


 言葉が止まった。


 私はまだ、それを証明できない。


 でも。


 ノルデン村。


 赤ん坊。


 ローザ。


 王妃。


 全部が一本につながり始めている。


「リナ」


「はい」


「何を考えてる?」


「……十五年前のことです」


 私は台帳を閉じなかった。


「ローザは、王女様が亡くなったあとに王宮を出ています」


「そうだね」


「そして、赤ん坊を連れていた女性がノルデン村に来ています」


「うん」


「その女性の名前は、ローザでした」


 マルタさんの表情が変わった。


「それは、もう聞いたよ」


「はい」


 私は続けた。


「そして、ローザは王宮へ戻ったあと、王妃様へ報告しています」


「……」


「もし、ノルデン村へ連れていった赤ん坊のことを報告したのなら」


 そこで一度、言葉を切った。


「王妃様は、その赤ん坊が生きていることを知っていたことになります」


 マルタさんは何も言わなかった。


 私は、あの紙を思い出した。


――あの子は、生きている。


 誰が書いたのか。


 まだ分からない。


 でも、少なくとも。


 十五年前の王宮には、王女が死んだという記録だけを信じていなかった人間がいた。


 その一人がローザだったのかもしれない。


「……王妃様は知っていたんでしょうか」


 自分に問いかけるように呟く。


「分からないよ」


 マルタさんが言った。


「記録だけじゃ、そこまでは断定できない」


「はい」


「でも、調べる価値はある」


 私は頷いた。


 そうだ。


 まだ、分からない。


 だから確認する。


 それが私のやり方だった。


 私はもう一度、控えの記録を見た。


 そこには、ローザの名前と一緒に、短い言葉が残っている。


――王妃様へ報告。


 私はその文字を指でなぞった。


「マルタさん」


「何だい?」


「十五年前、ローザは誰から何を命じられたんでしょう」


「……さあね」


 マルタさんは帳面を閉じかけた。


 その手が止まる。


「待ちな」


「はい?」


「まだ一冊ある」


「一冊?」


「王妃付きの指示記録だ」


 マルタさんが棚の奥を見る。


「当時、王妃様から侍女へ出された指示を控えていたものがある」


 私は立ち上がった。


「ローザへの指示も?」


「残っていればね」


 胸がざわついた。


 ローザが村へ行った理由。


 赤ん坊を連れていた理由。


 王妃へ報告した理由。


 その始まりが、そこに残っているかもしれない。


「探しましょう」


 私は言った。


 マルタさんが頷く。


「ただし、慎重にね」


「はい」


 私は棚の奥へ手を伸ばした。


 十五年前。


 ローザは、誰かの指示を受けて動いた。


 なら。


 その指示を出したのは、誰だったのか。


 私はまだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。