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19話

「ローザ」


私は紙に、その名前を書いた。


昨日、エミリアから聞いた名前だ。


十五年前。


赤ん坊のセシリアをベル家へ連れてきた女性。


王都へ向かう街道を帰っていった女性。


そして王宮の記録に残る、王女付きの侍女。


ローザ・ミラー。


同じ名前だ。


偶然とは思えなかった。


私は別の紙を取り出した。


王宮へ送る手紙を書く。


長い説明はしない。


必要なのは一つだけ。


――十五年前のローザ・ミラーの記録を確認してほしい。


書き終えると、村の郵便を扱っている老人に頼んだ。


「王宮までお願いします」


「急ぎかい?」


「できれば」


老人は手紙を受け取った。


「分かった」


それから数日が過ぎた。


返事が来たのは、朝だった。


「リナさん。王宮からだよ」


私は封を切った。


マルタからだった。


最初の数行は簡単なものだった。


ローザ・ミラー。


王女付きの侍女。


十五年前に在職。


その後、退職。


ここまでは、今までの記録と同じだった。


けれど、その先を読んで手が止まった。


退職理由。


空欄。


帰郷先。


空欄。


住所。


空欄。


身元保証人。


空欄。


「……おかしい」


私は紙を見つめた。


退職した人間なら、何か一つくらい残る。


故郷の名前。


家族の名前。


退職を受けた人間の記録。


どれもない。


さらに下を見る。


マルタからの追記があった。


『古い人員台帳も確認した』


その台帳には、確かにローザの名前がある。


ローザ・ミラー。


王女付き侍女。


その横に、退職したという記録。


けれど――。


『別の侍女名簿では、ローザの名前があるはずの部分だけ欠けている』


私は眉を寄せた。


「欠けている?」


紙を裏返す。


もちろん、何もない。


マルタの筆跡で、さらに続きが書かれていた。


『破れているのではない。綴じ直された跡がある』


私は息を止めた。


つまり。


誰かが後から触った。


「名前を消した?」


そう呟いた。


ローザは、最初から記録にいなかったわけではない。


いた。


確かに、王宮で働いていた。


それなのに、その後の記録だけがない。


しかも、名簿には不自然な欠落がある。


私は紙を机の上に置いた。


十五年前。


王女が死んだ。


その直後、ローザが姿を消した。


そして今。


ノルデン村で聞いた話では、同じ時期にローザという女性が赤ん坊を連れてきている。


偶然だとは考えにくい。


「ローザは、何かを知っていた」


声に出してから、私は首を振った。


まだ分からない。


ローザが何を知っていたのか。


誰が記録を消したのか。


なぜ消す必要があったのか。


ただ一つ分かったことがある。


ローザは、単に故郷へ帰っただけではない。


誰かが、その後を残したくなかったのかもしれない。


もう一度、マルタからの手紙を見る。


最後に、短い追記があった。


『なお、ローザの記録が整理された時期は、王女の死亡直後と一致している』


私は椅子から立ち上がった。


王女の死。


ローザ。


セシリア。


三つの点が、また近づいた。


そのときだった。


外から、馬車の音が聞こえた。


私は窓へ近づいた。


村の入口に、一台の馬車が入ってくる。


見覚えのない馬車だった。


けれど。


車輪の泥には、長い旅をしてきたような跡がついている。


馬車は、ゆっくりと村の奥へ進んでいく。


私は窓から離れられなかった。


王都の方角から来た馬車だった。


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