15話
一晩考えても、答えは変わらなかった。
セシリア。
王宮の記録にある王女と、同じ名前。
十五歳という年齢も同じ。
でも、それだけなら偶然かもしれない。
私は朝食を終えると、エミリアさんを訪ねた。
「一つ、確認したいことがあります」
「何でしょう?」
「セシリアがここへ来た時期を、もう少し正確に覚えていますか?」
エミリアさんは少し考えた。
「春だったと思います」
「十五年前の?」
「ええ」
「何月頃ですか?」
「……王都から荷物が届いた、少し後だったと思います」
私は手帳を開いた。
王宮の記録。
王女の出生。
その後の死亡。
そして、ノルデン村への物資。
日付を並べる。
ほとんどずれていなかった。
「どうしたんですか?」
トーマスさんが尋ねる。
「確認しているだけです」
私は手帳を閉じた。
まだだ。
もう一つ。
「セシリアは、ここへ来たときに何か持っていましたか?」
エミリアさんは頷いた。
「昨日の箱に入っていたものです」
「全部ですか?」
「はい」
私は銀製品を取り出した。
紋章を見る。
王宮の記録で見たものと同じ。
「この紋章について、何か聞いていませんか?」
「いいえ」
「女性は何も?」
「何も言いませんでした」
トーマスさんが首を振る。
「俺たちは、ただ預かっただけだからな」
私は銀製品を箱に戻した。
証拠は増えた。
けれど、まだ決定的ではない。
名前。
年齢。
時期。
物資。
女性。
銀製品。
一つ一つなら、偶然と言えるかもしれない。
でも、全部を並べると違う。
私はそう思った。
「リナさん」
エミリアさんが声をかけた。
「何でしょう?」
「この子に、何か問題があるんでしょうか?」
私はセシリアを見る。
庭で洗濯物を干している。
こちらには気づいていない。
「まだ分かりません」
「王宮から来た理由は?」
「十五年前の記録を確認するためです」
「この子のために?」
私は少し迷った。
「……関係している可能性があります」
エミリアさんの顔が強張った。
「やっぱり」
「ただし、まだ確定ではありません」
「何が起きるんですか?」
「分かりません」
私は正直に答えた。
分からない。
だからこそ、勝手に決めてはいけない。
セシリア本人に何も知らされていない以上、私から「あなたは王女かもしれない」などと言うわけにはいかなかった。
「セシリアには?」
「まだ何も言いません」
エミリアさんが頷く。
「……お願いします」
その声には、母親としての心配が滲んでいた。
私は庭へ出た。
「セシリア」
「ん?」
少女が振り返る。
「少し聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「自分が赤ん坊の頃のことを、何か知りたいと思ったことはありますか?」
セシリアは少し考えた。
「前はあんまり」
「今は?」
「ちょっと気になる」
「どうして?」
「王宮の人が来たから」
私は黙った。
「でも」
セシリアは洗濯物を干しながら言った。
「私のお父さんとお母さんが、私を育ててくれたことは分かってるから」
「そうですか」
「それでいいと思ってる」
その言葉に、私は返事をしなかった。
この子には、この子の十五年がある。
王宮の記録だけを見ていた私は、それを忘れかけていた。
「リナさんは?」
「はい?」
「王都に帰るの?」
「はい」
「じゃあ、王宮も見られる?」
「見られます」
「いいなあ」
セシリアが笑った。
「私も一度行ってみたい」
「王都へ?」
「うん」
少し考えてから、セシリアは続けた。
「お城も見てみたい」
私は答えに迷った。
この子を王宮へ連れていけば、何が起こるのか。
まだ分からない。
だから、今は約束できない。
「……まずは、私が調べます」
「うん」
セシリアはそれ以上聞かなかった。
私はその日のうちに、手帳へ整理した。
一。
十五年前、王宮からノルデン村へ物資が送られている。
二。
その時期、王都から来た女性が赤ん坊を連れて村へ来ている。
三。
赤ん坊はベル家に預けられた。
四。
その赤ん坊は、現在十五歳のセシリアとして生きている。
五。
赤ん坊と一緒に、王家の紋章が刻まれた銀製品が残されている。
六。
女性は赤ん坊を「セシリア」と呼び、名前を変えないようベル夫妻に頼んだ。
私は最後の行を書いたところで、ペンを止めた。
王宮の記録。
そこにある名前も。
**セシリア・アルヴェイン。**
ノルデン村にいる少女も。
**セシリア・ベル。**
名字は違う。
けれど、それ以外が重なりすぎている。
私は息を吐いた。
「……この子が」
十五年前に死んだことになっている王女。
そう考えるしかなかった。
けれど、まだ王宮の記録と照合する必要がある。
私は手帳を閉じた。
明日、王都へ戻る。
そして、もう一度記録を見る。
今度は、最初から。
その日の夕方。
私は荷物をまとめていた。
すると、セシリアが玄関まで来た。
「リナさん」
「はい?」
「王都に行くなら」
少女は少し笑った。
「私も、一緒に行っていい?」
私は言葉を失った。
その問いに、すぐ答えることはできなかった。
一方その頃。
王宮では、別の男が一枚の記録を見ていた。
「……ノルデン村?」
机の上には、十五年前の物資記録。
その端に、新しく付けられた小さな印がある。
男はしばらくそれを見つめた。
そして、静かに記録を閉じた。




