14話
朝になっても、私は銀の品のことを考えていた。
王宮の紋章と同じ。
そう見えた。
でも、それだけだ。
似た紋章など、他にもあるかもしれない。
だから、もう一度確認することにした。
「エミリアさん」
「はい?」
「昨日の銀製品を、もう一度見せてもらえますか?」
「もちろん」
エミリアさんは木箱を持ってきた。
私は中から銀の品を取り出した。
小さい。
手のひらに収まるくらいの大きさだ。
表には細かな紋様。
裏にも何か刻まれている。
私は窓際へ持っていった。
光に当てる。
「……やっぱり」
中央に、小さな紋章がある。
王宮の記録で見たものとよく似ている。
ただ、記憶だけでは証明にならない。
私は裏返した。
端の部分に、小さな傷があった。
傷というより、意図的につけられたような細い線だった。
「何か分かりますか?」
エミリアさんが尋ねる。
「まだ、分かりません」
私は正直に答えた。
「ただ、王宮に関係する品の可能性があります」
エミリアさんが目を見開く。
「王宮……?」
「断定はできません」
「でも、そういうことなら……」
エミリアさんは銀の品を見つめた。
「この子は……」
「まだ何も決まっていません」
私は言った。
「これ一つでは、何も証明できません」
トーマスさんも箱を覗き込んだ。
「俺たちは、そんなものだとは知らなかった」
「分かっています」
「ただの古い品だと思っていた」
「それが普通だと思います」
十五年前。
何も知らない夫婦の家に、赤ん坊と一緒に置かれた品。
それだけだった。
「セシリアは?」
私は尋ねた。
「庭にいます」
エミリアさんが答えた。
外へ出ると、セシリアが井戸のそばにいた。
「何してるの?」
「水を汲んでる」
「手伝います」
「いいよ。重いから」
「掃除道具ならもっと重いものも持ちます」
「そうなの?」
「仕事ですから」
セシリアが笑った。
「じゃあ、お願いしようかな」
私は桶を受け取った。
水を運びながら、私は聞いた。
「セシリア」
「なに?」
「昨日の銀の品について、何か知っていますか?」
「銀の?」
「箱に入っていたものです」
「ああ」
セシリアは少し考えた。
「知らないよ」
「一度も見たことは?」
「見たことはある。でも、ずっと箱に入ってたから」
「自分のものだと思っていましたか?」
「うん」
「どうして?」
セシリアは不思議そうに私を見る。
「赤ちゃんのときから一緒だったんでしょ?」
「そうですね」
「だったら、私のじゃない?」
私は答えなかった。
その考え方は自然だった。
自分が赤ん坊の頃から持っていたもの。
それなら自分のものだと思う。
「変なこと聞くね」
「すみません」
「いいけど」
セシリアは笑った。
「王宮の人って、みんなそんな感じ?」
「私は掃除婦なので、王宮の人としてはどうでしょう」
「掃除婦でも王宮の人でしょ?」
「そうかもしれません」
二人で水を運ぶ。
その時間は、不思議と普通だった。
私は王女かもしれない少女のそばにいる。
そんな考えが、頭をよぎる。
でも。
まだ、そう呼ぶ理由はない。
私はただの掃除婦。
セシリアは村の少女。
今は、それでいい。
家に戻ると、エミリアさんが待っていた。
「リナさん」
「はい?」
「一つ、思い出したことがあります」
「何ですか?」
「この子を連れてきた女性のことです」
私は足を止めた。
「何か言っていましたか?」
「はい」
エミリアさんは少し考えた。
「はっきりとは覚えていないんですが……」
「構いません。覚えていることだけで」
「その女性、最後にこう言ったんです」
エミリアさんがセシリアを見る。
「この子の名前だけは、変えないでください、と」
私は手帳を開いた。
「名前は?」
「セシリアです」
私の手が止まった。
「……セシリア」
「はい」
エミリアさんは頷いた。
「その女性が、そう呼んでいました」
胸の奥が冷たくなった。
セシリア。
王宮の記録に書かれていた名前。
十五年前に死んだとされる王女。
**セシリア・アルヴェイン。**
私は手帳を見つめた。
そして、目の前の少女を見る。
「どうしたの?」
セシリアが首を傾げる。
私はすぐには答えられなかった。
名前まで同じ。
銀の紋章。
王宮からの物資。
十五年前に来た女性。
そして、目の前にいる十五歳の少女。
偶然だと言うには――。
もう、重なりすぎていた。




