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13話

私は、銀の品を握ったまま動けなかった。


紋章。


見覚えがある。


王宮の記録で見たものと、同じだった。


「……これは」


エミリアさんが不安そうに私を見る。


「何か、分かりましたか?」


「まだ、何とも言えません」


私は銀の品を机に置いた。


「この品は、本当にこの子が来たときからあったんですね?」


「はい」


「誰から渡されたのかは?」


「その女性です」


「赤ん坊を連れてきた女性」


「ええ」


私はもう一度、銀の品を見る。


十五年前。


王宮から送られた物資。


赤ん坊を連れてきた女性。


そして、この銀製品。


偶然にしては重なりすぎている。


けれど、それだけでは足りない。


私は少女を見た。


さっきの少女。


まだ名前を聞いていない。


「お嬢さん」


「私?」


少女が振り向く。


「お名前を聞いてもいいですか?」


「セシリア」


迷いのない返事だった。


「セシリア・ベルです」


「十五歳?」


「うん」


「そうですか」


セシリアは不思議そうに私を見る。


「どうして?」


「確認したかっただけです」


「変なの」


少女は笑った。


私は手帳に名前を書いた。


**セシリア・ベル。十五歳。**


「セシリア」


エミリアさんが呼ぶ。


「お茶を持ってきてくれる?」


「分かった」


少女は立ち上がる。


そのとき、私は聞いた。


「セシリアさんは、自分が赤ん坊の頃のことを知っていますか?」


セシリアが首を傾げた。


「赤ちゃんの頃?」


「はい」


「何にも覚えてないよ」


「そうですよね」


「母さんなら知ってるんじゃない?」


セシリアは母親を見る。


エミリアさんは少し困った顔をした。


「私も、全部は知らないのよ」


「そうなの?」


「あなたが来たときのことなら覚えているけど」


セシリアは興味を持ったようだった。


「どんなだった?」


エミリアさんは笑った。


「小さかったわ」


「赤ちゃんだもん」


「泣き声も小さくてね」


「私、泣かなかったの?」


「よく泣いたわよ」


「えー」


セシリアが笑う。


その様子を見ながら、私は黙っていた。


家族。


この三人の間には、十五年分の時間がある。


それは記録には書けない。


「お母さん」


セシリアが聞く。


「私、本当の赤ちゃんのとき、どこにいたの?」


エミリアさんの手が止まった。


「……分からないわ」


「知らないの?」


「ええ」


「そっか」


セシリアは、それ以上聞かなかった。


その様子が少し気になった。


知らないことを、不思議には思っている。


けれど、それを悲しんでいるようには見えなかった。


私は銀製品に視線を戻した。


「当時、あの女性は何か言っていましたか?」


エミリアさんが考える。


「……そうね」


「覚えていることだけで構いません」


「この子を、大切に育ててください、と」


「それ以外は?」


「少ししてから、こう言ったわ」


エミリアさんは、ゆっくりと言った。


「いつか、迎えが来るかもしれない、と」


私は顔を上げた。


「迎えが?」


「はい」


「誰が迎えに来るとは?」


「言いませんでした」


「いつ頃、とも?」


「何も」


トーマスさんが口を開いた。


「だから、俺たちも待っていた」


「十五年間ですか?」


「ああ」


「でも、誰も来なかった」


「そうだ」


私は黙った。


十五年間。


迎えを待っていた家。


迎えが来なかった少女。


そして、王宮に残る死亡記録。


私は手帳を閉じた。


「この銀製品を、少しだけ調べてもいいですか?」


「構いません」


「ありがとうございます」


私は立ち上がった。


そのとき、セシリアが戻ってきた。


手には三つのカップ。


「お茶、できたよ」


「ありがとう」


私はカップを受け取る。


「王宮って、どんなところ?」


セシリアが聞いた。


「大きいですよ」


「掃除、大変そう」


「大変です」


「じゃあ、私には無理だな」


「どうして?」


「掃除、苦手だから」


「それは困りますね」


私が言うと、セシリアは声を上げて笑った。


「でも、一回くらい行ってみたい」


「王宮へ?」


「うん」


セシリアは窓の外を見る。


「王都も見たことないし」


私は返事をしなかった。


王宮。


その言葉が、妙に引っかかった。


私はこの村へ来た。


十五年前の赤ん坊を探すために。


そして、その手掛かりは今、目の前にいる。


王宮の物資。


赤ん坊を連れた女性。


ベル家。


銀の紋章。


セシリア。


まだ、断定はできない。


でも。


私は思った。


もう少し、この子について調べる必要がある。


王宮へ戻るのは、そのあとでいい。


「セシリア」


「なに?」


「王都へ行くことを、本当に考えているんですか?」


「うん」


少女は笑った。


「一度くらい、見てみたいから」


私は銀の紋章を見た。


そして、もう一度セシリアを見る。


十五年前に消えた赤ん坊。


その名前は、王宮ではもう死者として記録されている。


なのに――。


その少女は、目の前で笑っていた。

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