12話
ベル家は、村の外れにあった。
畑を抜けると、木造の家が一軒見えてくる。
私は門の前で足を止めた。
ここだ。
昨日までなら、ただの村の家だった。
今は違う。
十五年前、赤ん坊が預けられたかもしれない家。
私は扉を叩いた。
「はい?」
中から女性の声がする。
扉が開いた。
昨日の少女だった。
「あ」
少女が私を見る。
「昨日のお姉さん」
「こんにちは」
「どうしたの?」
「ベルさんのお宅ですか?」
「うん。そうだよ」
少女は不思議そうに私を見る。
「母さん!」
奥へ向かって声を上げた。
「お客さん!」
すぐに女性が出てきた。
「まあ……」
私と少女を交互に見る。
「どちら様ですか?」
「王宮から来ました。リナ・ベルと申します」
紹介状を見せる。
女性の表情が固まった。
「王宮……」
「少し、お話を伺いたいのですが」
奥から男性も出てきた。
「どうした?」
「王宮の方だって」
男性が私を見る。
私は頭を下げた。
「十五年前のことについて、お尋ねしたいことがあります」
二人は顔を見合わせた。
そして、女性が小さく息を吐いた。
「……あの子のことですね」
私は頷いた。
「ご存じなんですね」
「はい」
男性が椅子をすすめた。
「どうぞ」
私は腰を下ろした。
少女も向かいの椅子に座る。
「十五年前、赤ん坊を預かったという話を伺いました」
「そうです」
女性が答えた。
「この子です」
少女が目を丸くする。
「私?」
「そうよ」
「赤ちゃんのとき?」
「そう」
少女は少し笑った。
「覚えてないや」
当然だ。
十五年前なら、この子は赤ん坊だった。
「赤ん坊を連れてきた女性について、何か覚えていますか?」
男性が考える。
「若い女だった」
女性が続けた。
「身なりはきちんとしていました。でも、名前は聞いていません」
「どこから来たかは?」
「王都だと言っていたと思います」
私は手帳を開いた。
「女性は、何と言っていましたか?」
女性は少し黙った。
「……この子には事情がある、と」
「それだけですか?」
「ええ」
「誰の子なのかは?」
「聞いていません」
「なぜ預かったのですか?」
男性が答えた。
「頼まれたからだ」
「それで?」
「その女性は、しばらくこの子を見ていてほしいと言った」
「いつ戻るかは?」
「何も言わなかった」
女性が静かに続けた。
「でも、私たちはこの子を育てることにしました」
私は少女を見る。
少女は、机の上に置かれたパンを一つ取っていた。
「母さん、これ食べていい?」
「食事の前に?」
「一個だけ」
「駄目」
「えー」
「もうすぐできるから」
「はーい」
少女は素直にパンを戻した。
私は思わず笑いそうになった。
普通の親子だった。
「どうしたの?」
少女が私を見る。
「いえ」
私は首を振った。
「仲がいいなと思って」
「うん」
少女は当たり前のように答えた。
「お父さんとお母さんだから」
その言葉に、私は少し黙った。
血のつながり。
記録。
十五年前。
王宮。
私が追っているのは、そういうものだ。
でも、この子にとっては違う。
この二人が親なのだ。
「王宮の方」
男性が声をかけてきた。
「この子に何かあるんですか?」
私は答えに詰まった。
「まだ、分かりません」
それは本当だった。
「私は、十五年前に何があったのか確認しています」
「そうですか」
男性はそれ以上聞かなかった。
女性も黙っている。
その沈黙の中で、少女だけが気楽に言った。
「王宮って、大きい?」
「大きいですよ」
「行ったことある?」
「毎日います」
「すごい」
少女は目を輝かせた。
「お城で働いてるの?」
「掃除をしています」
「掃除?」
「はい」
「じゃあ、王様の部屋も掃除するの?」
「掃除することもあります」
「へえ……」
少女は楽しそうだった。
私は少しだけ肩の力が抜けた。
この子に余計なことを聞くのはやめよう。
そう思った。
私は立ち上がった。
「今日はありがとうございました」
「もう帰るんですか?」
「はい。聞きたいことは聞けました」
玄関へ向かう。
そのときだった。
「待ってください」
女性が声をかけた。
振り返る。
「これを……」
女性は部屋の隅から小さな木箱を持ってきた。
古い箱だった。
「何ですか?」
「この子が来たとき、一緒に置いていかれたものです」
私は箱を見る。
「中を見ても?」
「はい」
蓋を開ける。
古い布。
小さな赤ん坊用の服。
細い紐。
そして――。
小さな銀色のものが入っていた。
私は手を止めた。
「これは?」
「分かりません」
女性が首を振る。
「最初から入っていました」
私はそれを手に取った。
小さな銀の飾り。
表面には、細かな模様が刻まれている。
見覚えがあった。
王宮の記録で見たものと、よく似ている。
「……これを、十五年前から?」
「はい」
私は銀の品を裏返した。
そこには、小さな紋章が刻まれていた。
私は息を止めた。
王宮で見た記録。
そこに描かれていた紋章と――
同じだった。




