11話
王宮の外へ出るのは、初めてだった。
馬車の窓から、見慣れない景色が流れていく。
王都を離れるほど、建物は少なくなった。
やがて道の両側に畑が増えてくる。
私は膝の上に置いた封筒を確認した。
マルタさんからもらった紹介状。
これがあれば、村で話を聞くこともできる。
「ノルデン村……」
名前は何度も見た。
十五年前。
王宮から赤ん坊用の衣服や薬が送られた村。
そして、王宮の女が訪れた村。
記録の中では、ただそれだけだった。
だから、実際に確かめる。
それが今回の目的だ。
馬車が止まった。
「着いたぞ」
御者に礼を言い、私は荷物を持って降りた。
ノルデン村は、思っていたより小さかった。
畑が広がり、その間に家が建っている。
村の中心に、小さな建物があった。
私はそこへ向かった。
「失礼します」
中にいた男性が顔を上げた。
「何か用かい?」
「王宮から来ました」
「王宮?」
男性の目が丸くなる。
私は紹介状を差し出した。
「十五年前の記録について、少しお尋ねしたいことがあります」
男性は紹介状を読み、それから私を見る。
「十五年前……」
「はい」
「何の記録だ?」
「王宮から、この村へ送られた物資です」
私は記録の写しを見せた。
男性はしばらく考えた。
「少し待ってくれ」
奥へ入っていく。
しばらくすると、古い帳簿を抱えて戻ってきた。
「これかもしれない」
机に置かれた帳簿を開く。
ページをめくる。
あった。
王宮からの物資。
衣服。
薬。
布。
生活用品。
「これです」
「確かに王宮から届いた記録だな」
「届け先は?」
男性が指で追う。
「……書いてない」
「誰が受け取ったかも?」
「分からんな」
やっぱり。
王宮の記録と同じだった。
肝心なところが抜けている。
「赤ん坊に使うものが入っていたと思うのですが」
「赤ん坊?」
「はい」
男性は帳簿を見直した。
「そう言われれば、確かに小さい服があるな」
「この頃、この村に赤ん坊はいましたか?」
男性は困った顔をした。
「十五年前だろう?」
「はい」
「俺には分からんな。だが……」
男性が奥を振り返る。
「昔のことを覚えている年寄りなら、いるかもしれない」
ほどなくして、村の年配の女性が一人やってきた。
「王宮から来たって?」
「はい。少し教えていただきたいことがあります」
「十五年前のことかい?」
「そうです」
女性は椅子に座った。
私は同じ質問をする。
王宮から荷物が来たこと。
赤ん坊用の品が入っていたこと。
すると、女性は少し考えてから言った。
「……そういえば、赤ん坊を連れた女の人が来たね」
私は手帳を開いた。
「いつ頃ですか?」
「荷物が来た頃だったと思うよ」
「その女性の名前は?」
「知らないねえ」
「どこから来たかは?」
「王都だって言ってた気がする」
王宮の女。
十五年前。
赤ん坊。
ここまで一致している。
「赤ん坊は、その後どうなりましたか?」
女性は首を傾げた。
「そこまでは覚えてないね」
すると、別の男性が口を挟んだ。
「預けた家なら、ベル家じゃなかったか?」
「ベル家?」
「ああ」
私はその名前を書いた。
「今もありますか?」
「あるよ。村の外れだ」
「分かりますか?」
「畑を抜ければ見える」
「ありがとうございます」
私は立ち上がった。
ベル家。
新しい手掛かりだ。
王宮から送られた物資。
赤ん坊を連れた女。
そして、その赤ん坊を預かったらしい家。
まだ何も分からない。
けれど、記録の外に初めて人の記憶があった。
私は建物を出た。
ベル家へ向かおうと歩き始める。
そのときだった。
「待って!」
子どもの声がした。
振り返る。
数人の子どもが走ってくる。
その先頭に、一人の少女がいた。
少女は手に小さな籠を持っている。
「あっ!」
少女が足を止めた。
籠が傾き、中の草が道に落ちる。
「大丈夫?」
私はしゃがんで拾った。
「ありがとう!」
少女もしゃがむ。
「薬草?」
「うん。母さんに頼まれたの」
「これも?」
「そう」
少女は私の手から草を受け取った。
「助かった」
「気をつけて」
「うん!」
少女は笑った。
明るい子だった。
王宮では見ない笑顔だ。
「じゃあね!」
少女は籠を抱えて走っていく。
私はその背中を見送った。
「……元気ね」
そのとき、後ろから声がした。
「リナさん」
振り返ると、さっきの男性が立っていた。
「あの子、ベルさんのところの子だよ」
私は少女の背中を見る。
ベル家。
「……そうですか」
「ベルさんの娘さんだ」
私は手帳を開いた。
そこには、さっき書いたばかりの名前がある。
**ベル家。**
私は少女の消えていった方向を見る。
十五年前。
赤ん坊を連れた女。
その赤ん坊が預けられた家。
そして今、そこにいる少女。
偶然なのか。
それとも――。
私は手帳を閉じた。
「行ってみよう」




