10話
朝、私は一枚の紙を前にしていた。
ノルデン村へ行く理由。
私は何度も書き直した。
「……十五年前の記録を確認するため」
それだけなら簡単だ。
でも、実際にはもっとある。
王女様の死亡記録。
簡素な葬儀。
消えた侍女。
ローザ・ミラーの私用外出。
そして、ノルデン村へ送られた乳児用の品。
私はそれを一枚ずつ並べた。
「これでいい」
紙をまとめる。
マルタさんのところへ向かった。
「マルタさん」
「来たかい」
「昨日の件です」
私は資料を机に置いた。
「ノルデン村へ行く理由をまとめました」
マルタさんは紙を受け取る。
黙って読む。
「……随分調べたね」
「はい」
「王女様の死亡記録から、ローザという侍女を見つけた」
「はい」
「その侍女に、王女様が亡くなった直後の私用外出がある」
「はい」
「その頃、ノルデン村へ乳児用の品が送られている」
「そうです」
マルタさんは紙を机に置いた。
「リナ」
「はい」
「これだけで、王女様とノルデン村が関係しているとは言えないよ」
「分かっています」
「ただ時期が近いだけかもしれない」
「それも分かっています」
「それでも行くのかい?」
「はい」
私は答えた。
「確認したいんです」
マルタさんは私を見た。
「何を?」
「ローザさんがどこへ行ったのか」
「……」
「ノルデン村に、何があったのか」
マルタさんはしばらく黙っていた。
それから椅子に座り直した。
「そこまで気になるかい」
「はい」
「どうして?」
私は少し考えた。
「最初は、掃除をしていただけです」
「そうだね」
「でも、昨日と違うものがあった」
血の跡。
足跡。
紙。
そこから始まった。
「違うものがあったら、理由を知りたくなります」
マルタさんが小さく息を吐いた。
「本当に、あんたらしいね」
引き出しを開ける。
一枚の紙を取り出した。
「これを持っていきな」
「これは?」
「紹介状だよ」
「……いいんですか?」
「行ってきな」
私は紙を受け取った。
「ありがとうございます」
「ただし」
「はい」
「無理はするんじゃないよ」
「はい」
「何かおかしいと思ったら、すぐ戻ること」
「分かりました」
「一人で全部解決しようとしないこと」
「……はい」
私は紹介状を大事にしまった。
マルタさんはもう一度、私を見る。
「帰ってきたら、分かったことを全部話しな」
「もちろんです」
「約束だよ」
「はい」
私は頭を下げた。
部屋を出る。
廊下を歩いていると、後ろから声がした。
「リナさん」
振り返る。
エドガーだった。
「エドガーさん」
「ノルデン村へ行くのですか?」
「はい」
「許可が出たのですね」
「マルタさんに許可してもらいました」
「そうですか」
エドガーは穏やかに答えた。
「気をつけてください」
「ありがとうございます」
「古い記録を追っても、何も見つからないかもしれません」
「そうかもしれません」
「なら、行く意味はないのでは?」
「あります」
私は答えた。
「何もないと分かるかもしれませんから」
エドガーが黙った。
ほんの一瞬。
表情が変わった気がした。
でも、すぐに元に戻った。
「……そうですね」
それだけだった。
私はその場を離れた。
何だったんだろう。
少し気になった。
でも、今は別のことを考えよう。
私は仕事を終えたあと、西棟へ向かった。
三階。
いつもの部屋。
扉を開ける。
古い机。
椅子。
棚。
窓。
十年間、毎朝見てきたもの。
私は部屋の中を見回した。
あの日。
ここに血の跡があった。
足跡があった。
紙があった。
そして、そこから全部が始まった。
「……明日」
私は窓を見た。
「ノルデン村へ行ってきます」
誰に言ったわけでもない。
部屋には、誰もいない。
私は扉を閉めた。
明日の朝。
私は王宮を出る。
十五年前に何があったのか。
自分の目で確かめるために。




