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「春の残像」  「好きじゃなくなった」は嘘だった。二十六年後、あなたの設計した式場に、私の花を飾る日が来るとは思わなかった  作者: かーすけ
冬 ──それぞれの人生へ──

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13/13

エピローグ 春の残像

 翌年の三月、神楽坂ヴィラ・セルジュで最初の結婚式が行われた。

 誠一は招かれていなかった。


 でも、その日の午後、別件で神楽坂に来ていた誠一は、気づくと路地の入口に立っていた。

 意識していたわけではないが、足が向いた。

 そういうものなのかもしれない、と誠一は思った。

 完成させたものが初めて使われる日に、そこへ行きたい、と体が知っている。


 路地の奥から、白い花のウェディングロードが見えた。

 コロナ禍以来、少人数の結婚式が増えたと聞いていた。

 今日も、親族と親しい友人だけの小さな式のようで、人の数は多くない。

 でも、だからこそ、花の一輪一輪が際立って見えた。


 白いスカビオサ。

 あかりが選んだ、あの花だ。

 誠一は路地の入口から、動かないでいた。

 中に入るつもりはなかった。

 ただ見ていた。

 花嫁が入っていく瞬間が、遠目に見えた。

 白いドレスに、白い花がある。

 誰かの始まりが、今、ここで起きている。

 自分が作った空間の中で、誰かの物語が始まっている。


 それが、建築という仕事の报酬だ、と誠一は思った。

 設計者は物語の中には入れない。

 でも物語の入れ物を作る。

 完成した器の中に、何年分もの誰かの時間が詰まっていく。

 その入れ物として長く使われることが、この仕事の一番の完成だ。

 あかりの姿はなかった。


 もう花の搬入は済んでいるから、当然だ。

 あかりはとっくに帰って、今日は花屋にいるか、あるいは娘の麻衣と話しているか、康介の薬を確認しているか。

 それぞれの日常の中にいる。

 でも、あの花は今ここにある。

 あかりが選んで、置いていった花が、誰かの人生の最良の日を飾っている。

 誠一は路地から離れた。


 事務所に戻ると、机の上に埼玉の図書館のファイルが開いたままだった。

 椅子に座って、設計図を広げた。

 外壁の採寸データと、現地写真を並べて見た。

 この建物はどんな空気の中に立っているのか。

 どんな風が通り、どんな人が出入りしてきたのか。

 鉛筆を取り、設計図の隅に、ゆっくりと線を引いた。

 最初の一本は、いつも恐る恐るだ。

 この線が、この先の何百本の線の出発点になる。

 慎重に、でも確かに引く。

 それから余白に、何となく花を書き足した。

 小さな、スカビオサの形をした花。


 誠一は自分が書いたものを少し見てから、設計図に戻った。

 次のプロジェクトが始まる。

 窓の外では三月の光が、斜めに入ってきていた。


  春は、毎年やってくる。

  失ったものも、選んだものも、残像のように、やわらかく光っている。

  それが消えないまま、それぞれの人生の奥に沈んで、でも完全には沈みきらずに、ときどき浮かび上がる。

  それでいい、と誠一は思っていた。

  そしておそらく、あかりも。

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