大嫌いな季節
それから、また毎日はあっという間に過ぎ去っていった。
健斗さんが、殴られたあの季節が再びやってきた。
僕は、フリーターをしていた。
帰り道、視界に桜の木が入ってきて久々に僕は、泥酔していた。
「桜の木に喧嘩うってどうすんの?」
僕は、どうやら上條さんにかけていたらしい。
「はあ?こんなのがあるからいけないんです。わかりますか?」
「そんな事、言ったら、殺されちゃうよ。浜井さんまで」
そう言って、上條さんは僕にストールをかけてくれた。
「変な人だと思われてますよね」
「ですね」
上條さんは、笑っていた。
「この季節が、大嫌いなんです。上條さん」
「仕方ないよ。」
そう言って上條さんは、僕を抱き締めてくれた。
「僕も早く死にたいです。」
「医者の前で、いう言葉かな?」
「ハハハ、忘れてました」
「死にたがっても、生かしてあげるから。俺は、出来る限り」
上條さんは、そう言いながら笑っていた。
「上條さん、僕もう一人は嫌みたいです。」
「そう」
「長すぎたのかな?健斗さんと一緒にいるの。知ってますか?愛情をもらい続けた人間は、愛情をなくすと生きていけなくなるって。僕は、健斗さんにたくさん愛情をもらっていた。だから、もう生きていけないんです。」
「それは、よくわかるよ」
「上條さん、僕にまた春を好きにさせてよ」
「そんな事、言ったら、俺を好きなんだって勘違いしちゃうよ。浜井さん」
「勘違いしていいよ」
「おっと、キスしようとした?」
「ごめんなさい、嫌だ。こんな風になるのが、嫌だ。体まで上條さんに引き寄せられるのは嫌だ。嫌だよ、嫌だよ」
「大丈夫。俺も嫌だから…泣かないでよ」
上條さんは、優しく僕を抱き締めてくれた。
桜の花びらが、ヒラヒラ舞って上條さんの肩に乗った。
「上條さん、酔っぱらったらとめてよ。僕、今みたいにコントロール出来なくなる。そんな風に記憶を塗り替えるのなんて嫌だ。」
「わかってる。大丈夫だから」
上條さんは、泥酔なんかしなかった。
「それでも、上條さんの傍にいさせて」
「うん」
「好きかどうかちゃんとわからないけど、それでも一緒にいたい」
「うん」
「もう、愛を失いたくないんだ。」
「うん」
上條さんは、酔っぱらった僕をいつまでも、いつまでも抱き締めてくれていた。
次の日、僕は、上條さんにこの話を聞かされた。
所々、うろ覚えだったから話してもらってクリアになったのを感じた。
「で、付き合ったんだよね?俺達」
「知りませんよ」
「何で?浜井さんから、言ったんだよね?」
「知りません、覚えてません」
僕は、上條さんに追いかけられていた。
「そもそも、僕の顔を見ていましたよね?朝起きたら、顔が近かったですし。そんなんだったら約束守れませんよね?」
「大丈夫だよ。寝込みは、襲わないから絶対。」
「信用できません」
「そんな事、言われたら。どうしようも出来ないな」
上條さんは、困った顔をしていた。
「じゃあ、約束は守ってくれるんですよね?」
「守るよ、俺は、人でなしじゃないから」
「上條さん、ありがとう」
「はい」
僕は、やっぱり上條さんしか駄目なんだってわかったんだ。
お酒を飲んでも、上條さんは自分をきちんとコントロールする事が出来ていた。
「ちゃんと素面の時ですからね。記憶にないまま成り行きは嫌です」
「それは、浜井さんが昨日やろうとしたわけで、俺がやろうとしたわけじゃないよ」
「わかってます。自分にも言い聞かせてるんですよ」
「そうなんだね。」
「上條さん、僕の傍にいたら不幸かも知れないですよ」
「浜井さん、もし事件に巻き込まれたらって思ってるなら。俺も冴草さんと同じことを浜井さんにするよ。」
「上條さん」
「命は、それだけ大切なものなんだよ。一人に一つしかない。だから、俺は、医者として人としてその命を全力で守る。だから、冴草さんと同じことをする。例え、その場所で死んだって浜井さんを守る事を約束するよ」
その目に、やめてって言えなかった。
僕は、上條さんがどれだけ命に向き合ってるかを知っていたから…




