007話 ♣️二段
学園商店街「トレード・ターン」は、学園内でも特に活気に満ちた通りである。
「バフが盛り盛り、選り取り見取り! モリモリ食べてよ美味しい料理!」
「一流の職人が鍛え上げた剣や盾で一年生のスタートダッシュ! しっかり装備を整えようー!」
「効率的な探索は徹底したアイテム管理から! 今なら新入生応援セットで保存と素材の拡スロがお得!」
「入学の感謝は親に伝えたかな? 初めて稼いだお金でプレゼントを贈ってあげよう!」
「迷宮探索はメンタルが大事! さぁ、モフモフなコボルト娘のぬいぐるみで存分に癒されよう!」
メインとなる大通りでは、学園の大手ギルドが多数出店しており、このような威勢のいい売り声が四方八方から飛び交っている。
ここから少し中の路地に入れば、中小規模のギルドが店を構えているのだ。
「生徒が売ってるアイテムはやっぱりちょい高めか。ゲームでも外で買うのは高かったよなぁ」
倉庫から取り出してアイテムを売るという可能性を得た俺は、学食でお昼を済ませた後、ダンジョンに入る前に商店街を見て回っていた。
学園からダンジョンのある大迷宮広場のクラブダンジョン門に行くために通ることになるので、そのついでである。
俺のお目当てのアイテムは「転送の拡張スロット」という、ダンジョンから倉庫へ直接アイテムを転送する機能があるものだ。
あのユニークジョブの制限だと、もしかしたらダンジョン外で倉庫に入れようとするだけで、換金もとい換コインしちゃうかもしれない。それなら、ダンジョン内から直接倉庫に転送しちゃえば無理矢理いけるかも、という考えである。
こういうシステム上の隙を突くというか、ちょっとした裏技っぽいことを考えるの好きなんだよなぁ。
だが、売られている転送の拡張スロットは、悲しいかな今の俺には手が出しづらい値段だった。まぁ、ピンチになって倒れそうな時に大事なアイテムを瞬時に持ち帰れる転送の拡スロは、攻略において重宝するからな。みんな保険として1つは持って置きたいって感じで、需要が高いのだろう。
「仕方ない。床落ちで運良く見つけられたら、試してみるとかでいいか」
まだ手持ちから倉庫に仕舞えないと決まったわけでもない。試せるなら試したい程度のものなので、今日はそのままダンジョンに潜るとしよう。
大手ギルドの店は品揃えが豊富で在庫数も余裕があるけど高めだったなぁ。お金に余裕のない俺にとっては、商品が安価な裏路地の小さな店の方がありがたい。
目当てのアイテムは高くて買えなかったが、市場の情報をそこそこ得られたし、それで満足しておこう。
それに、路地裏では気になる店もいくつか見つけられたしな。
「猫耳喫茶」に、「モン娘コンカフェ」、さらには『薄本屋』と言う名前のお店まで見かけた。
きっと、どれも素敵な場所に違いない。
お金をガッツリ稼げたら、偵察を兼ねて行ってみたいところだ。
学園商店街を後にした俺は、ダンジョンがあるセンター・デッキに向かうため、学園専用区画の「アカデミーセクター」を抜けていく。
アカデミーセクターは、一応学園の外ではあるが、ほぼ学園の敷地みたいな場所である。今日の案内ではここまでは来なかったが、色々な設備が整っていてとても賑わっている。
大手企業が学園生向けに出店しているショップや、未識別アイテムの鑑定所、呪われたアイテムのお祓い屋、鍛治屋や印屋、杖合成屋なんかも建ち並んでいる。
ゲーム時代とは少し場所がずれているところもあるが、お馴染みの施設がリアルな建物として目の前にある光景は、歩いているだけでテンションがドンドン上がるぞ。
そのアカデミーセクターに隣接しているのが、クラブのダンジョン門が密集しているゲートウェイ・クラブの広場だ。
ダンジョンは決して、学園生だけのものではない。
この伏木野というダンジョン都市は、ダンジョンを中心に円状に発展している地域である。そのため、広場は学園関係者以外の人々でもごった返していた。
「あちゃ~、アタイまた依頼受け忘れてたか~。素材依頼なくなってんな~」
「学園生から救難信号! 場所は六段の20階です!」
「ソニアチャンネルのソニアだよ~! 今日はクラブのダンジョンで『エウリュディケ』ちゃんを仲魔にしちゃうよ~! 今日もソニアちゃんを――『みとき~』!」
「一般向けダンジョン企画の受付はこちらになっておりまーす。装備品の貸し出しをご希望の方はあちらのカウンターで受け取ってくださーい」
クラブのダンジョンは専業の冒険者や探索者を始め、一般の大人もレジャー感覚で訪れる場所なのだ。入場に特に制限が無いため、学園生たちが最初に攻略していき、体を慣らしていくダンジョンでもある。
俺は周りの出店を片っ端から覗いてみたい欲求に駆られるも、グッと我慢し、テクテクとクラブの二段のダンジョンゲートへと入って行った。
◇
「いよいよ、不思議なダンジョン本番って感じだよな」
この世界のダンジョンはターン制に加え、ランダム生成ダンジョンという特徴がある。
落ちているアイテム位置、部屋や通路の構造、階段の位置、敵の湧き位置、罠の位置など、様々な要素がランダムで生成されるのだ。
クラブ初段のチュートリアルだけは固定ダンジョンだが、それ以外のダンジョンは、毎回新鮮に楽しめるのが大きな魅力だな。
その記念すべき初のランダムダンジョンがここ、クラブの二段「堅実なる回避」なのである。
「クラブ二段だから、4階ずつの二階層で全8階。危険はそんなにないが、第二階層からはちょっと注意が必要だな」
クラブのダンジョンは4階ごとに様相が変わる。つまり、4つのフロアが一つの層となっており、1階から4階までが第一階層、5階から8階までが第二階層といった具合である。
「今のところ、素手でも大して問題ないか」
今の俺は、武器もアイテムも何も持ち込んでいない俗に言う「素潜り」という状態。
そんな何もない状態でも、序盤は適当にやってても大丈夫なほど、難易度は高くない。
1階に出てくるモンスターはミニスライム、ピクシー、シュポア、パピヨンの4種類のようだ。
ダンジョンの序盤の敵は、ちっこくて攻撃するのも躊躇うほど可愛らしい人外娘ばかりで困っちゃうな。実体じゃないって分かってるから、ある程度割り切れるところだけどさぁ。
あと、ゲーム知識はあるものの、流石にどのモンスターが何階に出てくるのか、正確なモンスターテーブルまで覚えてるわけではないよなぁ。
モンスターを見れば、どんな攻撃してくるかとか、どのくらいの強さかとかは、何となーく覚えている。でも、それも正確に記憶してるわけでもないし、間違いもあるかもしれない。
今度から学園で情報収集し、攻略情報とかメモっといたほうがいいかもな。そうしよう。
1階から階段を降りて2階を探索してみたところ、どうやら1階と同じモンスターテーブルみたいだ。
でも3階からはちょっとだけ敵が強くなった覚えがある。
記憶を辿ってどんなモンスターが出てくるのか予想しながら、クイズの答え合わせをする感覚で3階、4階とフロアを進んでいく。
うんうん、やはり、不思議なダンジョンは楽しい。
逆に全部覚えていないからこそ、楽しめているワクワク感もある。
あぁ、可能なら一日中だって潜っていたいくらいだ。
いや、これから毎日ダンジョンに潜っても良い。そんな世界の住人になれたんだよな。
ほんと、ダンジョンに潜りまくれる冒険科に入れて良かったぜ!
◇
「彼を『掃きスロ』へ、ですか?」
「ええ。風の噂によれば、彼は戦利品を一つも持ち帰ることができず、残念ながら2組の中でも芳しくない成績であったと聞き及びました。なればこそ、新たな可能性を示すことで、彼がダンジョン以外の『別の未来』を模索できるように、と」
「しかし……老婆心ながら、失礼を承知で諫言いたしますが、やはり時期尚早にございましょう。学園側が直々に知らせを出し、特定の男子生徒を名指しした掲示をすれば、男性の尊厳を著しく損ねる結果になりかねません」
「男性がダンジョンへ身を投じるなど、本来であれば推奨すべからざること。私たち女性がその尊い命をお守りするのは、至極当然の義務でございましょう。……彼の身を案じ、どうか、お願いいたします」
す、と静かに頭を下げる気高きお姿に、私は慌てて手を振った。
「そ、そのように深々と頭をお下げにならないでくださいませ! 承知致しました。そこまで仰られるのでしたら、ご意向通りに手続きを進めさせていただきます」
「寛大なご措置、心より有難う存じます。……これで、あの方が安全な道を選んでくだされば良いのですが」
ふっと眉を顰めて少女らしい切実さを滲ませ、ほぉと吐息を漏らすご様子に、私は彼女の年相応の部分を垣間見た気がした。
「どうか不躾な質問をお許しください。この学園の責任者として、一つだけお尋ねしたいのです。それほど頑なに彼をダンジョンから遠ざけようとされるのには、何か特別な理由がおありなのですか?」
「……公に仔細お話しすることは叶いません。ですが……そうですね。二度と、失うわけにはいかないのです。そう、私の我が儘だとお受け取りください」
本来、この国の男性は学園入学の際、莫大な『男性奨学金』を申請できる権利が保障されている。
男性が極端に希少なこの社会において、学園に少しでも多くの男子生徒を誘致するための国家的な優遇制度。
しかし今年度、ダンジョン攻略学部への新規入学希望者に限って、その支給を突如認めないように、という不可解な内命が上層部から下った。その頃から、私はある種の違和感を抱いていたのだ。
男性が攻略学部を志すなど、十年に一度あるかないかの珍事である。特に実害はないと高を括っていた矢先、件の彼が入学を届け出てきた。
それも、ダンジョンの最奥を目指して命を削る、最も危険な『迷宮冒険科』を明確に希望して。
応接室の扉が閉まり、ようやく全身の緊張が解けた私は、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「……まさか、裏であのお方が関わっていらっしゃったなんて」
第二皇女、小鳥子内親王殿下。
第一皇女であらせられる美弥子様が臣籍降下された今、実質的な皇位継承権第一位。すなわち、皇太子殿下とお呼びすべき天上の存在。
それでいて、我が学園の迷宮冒険科に籍を置く現役の2年A組であり、名実ともにトップエリートに君臨する天才でもある。
そんな最高権力者の雛である彼女が、一人の男子生徒の動向をこれほどまでに追っている。
馬場野生君……彼は、一体何者なのだろうか。
単に「希少な男性」というだけなら、これほどまで目を掛けられる存在にはなり得ない。だが、彼の入学金や設備利用費は、四大財閥の一角である一色グループの令嬢、瑛薇さんがパトロンとして全額を融資しているとも聞く。
国家の最高権力たる皇女殿下に、経済を牛耳る財閥のご令嬢。
果ては、政府高官らの会合でも、彼の名前がしきりに囁かれていたとの噂すらある。だが、その内容の全ては国家機密として隠蔽されており、学園長である私の権限を以てしても、その理由の断片すら掴むことができなかった。
「……触らぬ神に祟りなし、ですね」
これ以上の詮索は、己の首を絞める行為となろう。
彼の処遇に関しては、小鳥子様のシナリオ通りに「掃きスロ」へと誘導するのが最善であろう。男性を危険から遠ざけることこそが、枢斗皇国の国益に適うのだから。
「いえ、もしかしたら、ただの個人的な強い思い入れの可能性も……」
一瞬、不敬極まる想像が脳裏をよぎったが、すぐに小さく首を横に振ってその思考を消し去った。
まさか、厳格でありながら民を平等に愛するあの小鳥子様が、一人の男に対して巨大な私情を抱こうはずがないのだから、と。




