019話 ♣️四段
「買い占めたの、悪いことしちゃったなぁ……」
「にゃ?」
授業の一環としてダンジョンに潜ることになった俺は、クラブの4段「不実なる警醒」を選んで入ダンしていた。
他の生徒らは、一度クリアしたことがあるところにもう一度潜って、バフ料理の効き目を確かめる人が多いようだ。
でも、俺が買ったのはバフ無し料理だからな。
なら、いつもと変わらない状況なので、どんどん先に進んじゃおうという心算だ。
シュノンさんの料理を買い占めちゃったことに良心が咎めている理由は、この授業、栄養学科側の成績はバフ料理を買った人の活躍度合いに左右されるらしい。
複数の人に売れたら、その分評価が上がっていくようなのだ。
俺が買うときまで売れていなかったとはいえ、あの値段なら後に買う人もいただろうし、勢いに任せて大人気無い大人買いをしてしまったのはシュノンさんに悪いことしちゃったなぁ、と反省中なのである。
そういうわけで少しでも貢献してあげたいという思いもあるし、頑張ってクリアしてみせよう!
「ご主人、盗んできたにゃ」
「おー、ありがとなー」
フサフサ毛並みの頭をナデナデ。
ワーキャットのキンカと仲魔になってから初めてのダンジョンというのも相俟って気合いが入るというものだ。
今回、こうして一緒に冒険するうちに、キンカの特技のアイテム盗みが、かなり優秀なことが分かってきた。
まだまだ成功率は高くないものの、ユニークジョブのデメリットでアイテムが不足気味な俺にとって、この特技は地味に助かっている。
床落ちアイテムは湧きに限りがあるが、敵モンスターはどんどん湧く。そいつらからアイテムを盗めるのだから、物資補充ウマウマだ。
最初に盗みが成功したときは、思わず盛大に褒めながら撫でくりまわしてしまったよ。
『なんか盗めたにゃ』
『おー! そうか、特技か! キンカめちゃくちゃ偉いぞぉー! ヨーシヨシヨシヨシ、ワシャワシャワシャワシャ』
『んにゃ〜ん、ご主人最高だにゃ〜』
そして、それからは成功時に毎回ナデナデを要求されるようになった。
心なしか、本来変動しない成功率が少しずつ上がっているような。気のせいだろうか?
あまり猫可愛がりするのもどうなのかと思わないでもないが、ダンジョン内で誰に出会うわけでもなし、猫だから猫可愛がりしても問題ないだろう。うん。
ただ、アイテム盗みのために1フロアで結構な時間粘ってしまうんだよな。そのせいか、現在8Fでもう魔素飽和度が100に届きそうである。MSは『もてダン』の食糧ゲージみたいなもので、100になったら毎ターンダメージを受けてしまう。
それを回復できるのが食糧系アイテムである。
「ご主人何食べてるのにゃ?」
「あぁ、お弁当だよ。これはのり弁だな」
俺が休憩しながら黙々とお弁当を食べていたら、気になったのかキンカが顔を寄せて覗いてきた。
キンカも食えるのだろうか?
のり弁に入ってる鮭でもあげてみるか?
箸で掴んでスッとキンカの口の前に持っていてやると、迷わずパクリといった。
「はむ、むぐむぐ」
「どうだ? ダメそうならペッてしな」
「うみゃいにゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「おぉ、そりゃよかった」
どうやらお気に召したようだ。
目を輝かせて喜んでいる姿がなんとも可愛らしい。
「これ、シェアした分の回復量どうなるんだろうな?」
「むぐむぐ、知らんにゃ」
キンカに食べさせた分の回復量がどうなるのかというゲーマーっぽい疑問を浮かべていたら、俺が楽しみにとっておいたちくわの磯辺揚げをまるまる掠めとられた。
おのれ、このイタズラ猫め。まぁ、アイテムいっぱい持ってきてくれてるから、許すか。まだまだお弁当は沢山あるしな。
というか、なんで本来ダンジョンに持ちこめない「料理アイテム」をダンジョンに持ってこれてるかの方が不思議だ。ゲーム世界が現実世界になってるからいけるのか、バフ無しだからなのか。
うん、あんまり深く考えないでいいか。美味しい料理をダンジョンで食べられるってだけでハッピーってことで。
「にゃ? にゃにゃにゃ?」
「ん? どうしたキンカ?」
キンカの方を見ると、キンカの隣にキンカがいた。
ちょっと何が起きてるか分からない。
「ご主人、キンカがいるにゃ」
「ご主人、キンカの偽物にゃ」
興味を持ったのか偽キンカに近づいていくキンカ。
「おいちょっと待てキンカ。どっちがどっちだか分からなくなる!」
「んにゃ?」
「んにゃ?」
お互いがお互いにクルクルと興味深げに回るものだから、どっちがどっちか分からなくなってしまったじゃないか。
いや、野生のワーキャットならキンカの特徴であるメッシュがないから……いや、両方あるなぁ……。
どっちも同じ見た目してんのかい……。
そもそもこのダンジョンにワーキャットは湧かなかった気がするし、他のモンスターの線が濃厚か。
モン娘の偽物ってことは、ドッペル種だろうな。
本来は敵のモン娘に変身して倒したときに偽物だったことが分かるくらいで、さほど脅威を感じるモンスターではない。だが、仲魔を連れていたら同じモンスターに変身されてしまうのは厄介だな。
「ご主人、キンカが本物にゃ」
「違うにゃ、こいつ偽物にゃ」
「ダメだ、分からん」
付き合いが長いなら細かい仕草とかで判別できるのかもしれないが、正直、昨日仲魔になったばかりでそこまでキンカのこと詳しくないからなぁ。
何か質問とかすればいけるか?
そうだ、ドッペル種はモン娘固有の特技までは使えない。
ワーキャットのアイテム盗みまではできないはずだ。
「よし、お互いにアイテムを盗んでみてくれ」
「えい、にゃ」
「盗る、にゃ」
よし、これで失敗した方が偽物だ!
「ダメだったにゃ」
「失敗したのにゃ」
そうだった……まだまだ成功率高くないんだった……。
一回失敗した相手には何度やっても成功しないため、この方法では無理か。
「ご主人、キンカが本物にゃ。信じて欲しいにゃ」
「偽物は黙ってろにゃ。キンカのご主人にゃ」
ん?
何か分かりそうな気がするぞ。
「二人とも、名前は何だったっけ?」
「キンカの名前はキンカにゃ」
「キンカの名前はキンカにゃ」
片方は「名前」の「な」が「にゃ」に、「ま」が「みゃ」になってしまっている。
「なるほど。じゃあこっちが偽物だな!」
俺は発音がちゃんとしていた方のワーキャットに攻撃したところ、変身が解けて真っ黒で形が定まっていないモン娘になった。
「やーらーれーたーにゃー。ガクッ」
「キンカは語尾に『にゃ』だけじゃにゃいんだよ!」
「ご主人、キンカにつられてるにゃ」
うん、頭の中に「にゃ」を思い浮かべていたせいか、俺まで「な」を「にゃ」と言ってしまった。ちょっと恥ずい。
でも見極められたことはなんか嬉しい。
「無事本物が分かって、少し絆が深まった感じがするな!」
「ご主人、キンカを送還すれば良かったのにゃ」
え?
送還?
あ、そうじゃん。
仲魔は待機状態から召喚と、ダンジョンから待機所に送還ができる。
見分ける必要とかなく、一旦送還すれば本物がいなくなるから分かったじゃないか。
い、いや、また召喚するときにはSPを消費するからな。
それの節約のためにしっかり見極めたんだよ、うん。
俺、普通のジョブじゃないから、SP使うジョブ固有のスキルとか一切ないので、本当は有り余ってるんだが、念のため、念のためってことにしとこう。
「ご主人、ポカポカだにゃ」
「ぐっ、今言われるとマジで効く!」
俺が胸を押さえてショックを受けている横で、キンカの表情がニマニマとした笑いからどこか温かい微笑みに変わっていた。
「本当にポカポカだにゃ。ほらご主人、しょぼくれてないで次行くにゃ~」
「お、おう」
なんか最初は悪戯好きな子猫って感じの印象だったのに、ちょっとお姉さんな猫に見えたのは気のせいだろうか。
「あ、ポカしたご主人は罰として、またキンカにお弁当を献上するにゃ」
「くっ、それが狙いだったか」
ニマニマとした「ω」の口に戻ったキンカを見て、少しほっこりした気持ちになる。
一緒に食べた方が美味しく感じるし、むしろウェルカムだ。
「ダンジョン内で食べてもお腹いっぱいにはならないから、パクパク食べちゃうよなぁ」
「むぐむぐ。うみゃいにゃぁ」
お弁当のMSの回復は50固定だった。床落ちの飴アイテムを食べたときと同じだな。キンカに分けても数値は変わらなかった。
ダンジョン内では身体機能が変化するのか、お腹が空く感覚や満腹になる感覚が無くなる。
その分、長く潜っているとちょっとずつ疲れが出てくる感覚になる。その精神的な疲労感に、魔素飽和度のMSが関わっているのだろう。
食糧系アイテムを食べると、その疲れが一気に取れる。
お弁当を持ち込めたことで、ダンジョン内で活動できる時間が増えたのが本当に有り難いな。
加えて味の楽しみもあるし、定期的に注文したいところだ。
「ラストはとっておいた唐揚げを……」
「隙ありにゃ!」
「あっ!?」
俺が箸で掴もうとした瞬間、横から素早く伸びてきた手によって、唐揚げ弁当の主役が掠め取られた。
「むぐむぐ。んみゃんみゃ」
「おのれ……何でモンスター相手にはまだまだ失敗も多い盗みが、俺のおかずだと百発百中なんだよ!」
「知らんにゃ」
ペロリと口の周りを舐めるキンカ。
まぁ、美味しそうに食べてたし、あんまり強くは言わないでおこう。
でも、今度から好きな物は早めに食べようと、心に堅く誓うのだった。
◇
「七海、どうした? 今日は浮かない顔をしているな」
「アハハ、紫音ちゃんは分かっちゃうかー。ちょっと焦って失敗しちゃったんだよね」
「失敗? まさか、ハートダンジョンで、か?」
「うん、ボク、全ロスしちゃった」
ダンジョンにはそれぞれ失敗時のペナルティがある。
特にハートのダンジョンは、装備品を含むアイテムが全て無くなるといった重いペナルティ。
「これで2回目、か。もうハートダンジョンの攻略は諦めた方が良い」
「そうだよね。分かってるんだけど、ね」
「後輩ができて感化された、か?」
「紫音ちゃんにはお見通しかー。もうちょっとだけ、頑張ろうと思っちゃったんだよね」
七海の瞳には、今までに無かった確かなやる気が宿っていた。
それが「掃きスロ」にやってきた後輩の男子に影響されて齎されているものだということは、誰の目から見ても明らかである。
「七海、次の失敗は許されないんだぞ。それに、お前の『運命のいたずら』は……」
「あ、紫音ちゃん。このこと、ノブ君には教えないでね。ドジっちゃったの知られると、恥ずかしいからさ」
「……あぁ。ただ、今日は説教だからな」
「うん。怒ってくれてありがとう。紫音ちゃん」
一切反論することなくお礼を言ってきた七海が、しゅんと肩を落とす。
そんな姿を見せられては、徐々に説教する気も薄れてきてしまう。
ふぅ、と一つ息を吐いてから、七海の気持ちを探ってみることにした。
「全く、親友がそんなに後輩男子にお熱になるとはな」
「ちょ、ちょっと、ボクそんなんじゃないって!」
「ほら、焦っているのが図星の証拠だ」
「そういう紫音ちゃんこそ、結構ノブ君のこと見てたでしょー」
「…………否定はしない。ノブは良い鎖骨だった」
「紫音ちゃん、ムッツリさんだよー」
「そういう七海はどこが好きなんだ? 顔か? 筋肉質なところか?」
「まだそういうのは分からないからっ!」
「好きなことは否定しなかったか」
「ハッ!?」
「フフフッ」
「鼻で笑われた!?」
顔を真っ赤にしてポカポカ抗議してくる七海を軽く遇らいながら、何かできることはないかと思案する。
このままでは、七海はまた無茶をするかもしれない。
後輩への見栄と、芽生え始めた淡い恋心。
それが七海を危うくさせているならば、親友として放置はできないだろう。
鍵となる存在は、当然ながら件の男子。
ノブならば、いずれは彼女の運命のいたずらを解決できる唯一の存在になるやもしれない。
七海の恋路を応援するためにも、そして、万が一の事態に備えるためにも、しておくべきことは……。
「……デバイスのフレンド登録か」
顔を赤らめながら「もー」と、まだ少し頬を膨らませている七海には、私の小さな呟きが幸いにも届いてはいないのだった。




