018話 料理と視線
清々しい金曜の朝、本日の授業はダンジョン前に集合ということで、俺のテンションはかなり高めだった。
昨日は初めてちゃんと稼ぐことができた上に、明日からは土日休みで一日中ダンジョンに潜ってたって良いんだからな。
俺にとってのダンジョンはゲームと同義のため、休みの日にゲーム三昧というわけだ。
この休みでダンジョンに泊まって連日で攻略できるのか検証しちゃうとかどうだろう?
そして、今日は授業の一環でダンジョンに潜るらしいし、毎日ダンジョン尽くしで最高の環境だよな。
「よし、揃ってるな。今日は他学科との交流授業だ。これまでバフ料理を食べた経験のあるやつはいるか?」
相変わらずキョウカ先生は凄みもあるが、キリッとしていてカッコいいな。今日も素敵ですよ、先生。
先生の端正な顔を眺めていたらバチリと目が合ってしまったが、俺はまだバフ料理を使ったことはないぞ。
玄人は料理バフなんて甘えって感じで縛りプレイする人が多かったが、ライトゲーマーの自分はかなりお世話になっていたなぁ。
そっと先生に向けて首を小さく振ったところで、隣から勢いよく手が上がってちょっと身体がビクッとする。
「はい教官! あたし昨日食べましたよ! なんか力とか上がってダンジョンで調子良い感じしました!」
教室でお隣の席のカズハか。
外での授業だから席とか関係ないのに、ナチュラルに俺の隣の位置に立って居たな。もはや定位置なのか?
カズハが食べた料理は、力が上がるのと、HPも上がっていたとかだろうか。
他にも、この世界の満腹度的なシステムである魔素飽和度という数値の上がり方がゆっくりになるとかもありそうだ。
MSは初期値0からスタートし、100までいくと毎ターンダメージを受けるようになる。
満腹度システムの「空腹状態」のイメージだな。
「柴倉が言った通り、料理アイテムは様々な効能がある。今日はそれを体験してもらう授業だ」
キョウカ先生の後ろに自信無さそうに立つ数名の生徒たちが、ピクリと反応する。
彼女たちは他の学科の生徒だろう。
初見だとキョウカ先生はただただ怖いだけに見えるよな。うんうん。
でも、本当は優しくて頼りになる先生なんですよ、と教えてあげたいところだ。怖いとこも結構あるけど。
「魔素ライフサイエンス学部・迷宮栄養学科の生徒らだ。お前たちには、今から料理アイテムを購入してもらう」
え?
購入?
それって学園側から費用出るとかじゃないやつ?
自腹というやつですかい?
「えー、授業なのにお金払わないといけないんですかー?」
俺の隣から皆んなが思っていた疑問を代弁する声が聞こえてきた。
カズハはキョウカ先生に対して《おそ》れ知らずだな。その図太さというか、度胸はちょっと尊敬するかも。
「お前たちはこれから何度も利用することになる。使用感も値段の感覚もこの授業で身につけておけ。全員、分かったな?」
鋭く睨みつけるような眼光に皆萎縮して、どこからも文句の声が上がらなくなる。
いや、隣のカズハはまだ不服そうな表情で「ブーブー」と口を尖らせていて流石と言わざるを得ない。ただ、それ以上不満を言うことまではないようだ。
それにしても、思わぬ出費だぞ。
せっかく休みの日に自分へのご褒美で美味いもの食べながらダンジョン三昧とか思ってたのに……ん、待てよ?
今から買うのは料理アイテムだよな?
あれ、なんか、ちょうどよくね?
美味しそうな料理、買っちゃえばよくね?
「じゃあノブ、あたしと一緒に買いに行こっか!」
「お、おう」
不意に隣から、サッと俺の腕を取って組んできたカズハにドキリとしてしまう。
身長が小さめだし、そんなにナイと思っていたが、そこそこアルのかもしれない。
何がとは言わないが、ちょっと腕が幸せな感じになっている。
Bか、いや、Cか。
「おい柴倉、お前はこっちに来い。説教が足らんようだからな」
「げっ、教官!? 流石に勘弁してくださいよ〜っ!」
誘ってくれたカズハだったが、ドナドナとキョウカ先生に連行されていった。なんか、既視感だな。
「あー、ノブ君。あたしたち女子は、ノブ君に不必要に近づき過ぎないよう注意されてるんだよねー」
「いきなり腕を絡めるなんて……うらやま……」
「ふふっ、でもあの積極性だけは少し見習わなければと思わせられますね。どうやら随分と有効そうですから」
「もしかしてノブ君さ、女子からのスキンシップとかイケる感じ?」
「なるほどなー。配慮してもらってるんだなー」
自己紹介のときに同じ班になったメクル、スズラン、青梅さん、アカリの4名が心配したのか集まってきた。
メクルの説明以外はスルーしておこう。沈黙は何とやらと思われても、明言しないことの方が肝要だ。のらりくらり。
ただ、か細い声でスズランが「うらやま……」と言ったことだけは覚えておこう。そういう興味はあるんだな。
「では各自、必要な料理アイテムを購入してダンジョンへ向かうように。解散!」
キョウカ先生の身が引き締まる号令とともに、交流授業がスタートした。
クラブダンジョン前のアカデミーセクターの広場には、迷宮栄養学科の生徒たちが用意した臨時販売スペースがズラリと並んでいる。
パラソルや屋台が立てられ、飲食用のスペースも設けられており、ちょっとしたお祭り気分だな。学園祭とかあるなら、こんな感じなんだろうか。
「ねぇねぇアカリンアカリン。あっちスイーツあるみたいだよー」
「えーめっちゃ気になる! メクルン一緒に食べ行こー!」
「下切さん、私たちはあちらの魚料理を見に行きませんか?」
「あ、はい。私も気になってました。ついていきます」
威勢の良い売り声が辺りに響く中、四人もそれぞれが興味を持った出店に向かって行った。
他のクラスメイトたちも、かかるバフの説明を聞きながら、値段も踏まえて吟味しているな。
少し出だしが遅れてしまったが、俺も探そうかと足を踏み出したところで、辺りの視線がバッと一斉にこちらに向いたような感覚がした。
「冒険科の男子だ。うちのお店に来てくれないかなぁ」
「胃袋掴みたい。わしわし」
「肉の焼ける香ばしい匂いを団扇で送って誘き寄せる!」
「アイスを胸に溢して色仕掛けでいくか? いや、あたしじゃ無理かぁ……」
男子とちょっとでも関わりたいという下心が凄いな。
接客中の子以外は、皆んな俺に意識が向いているんじゃないかというくらいに視線がグサグサと突き刺さる。
秋波を送ってもらえるのは嬉しい気持ちもあるんだが、ここまで注目されてしまうとちょっと萎縮してしまうな。
どうしたものかと思案しながら辺りを見渡していると、広場の端っこの方にポツンと一つだけ、誰も寄り付いていないブースが目に入った。
少し気になって近づいてみると、目の前に来た俺に気づかず、所在無さげに俯いてしまっている生徒がいた。
机の端には、手書きの看板が控えめに置かれている。
迷宮栄養学科1年♡組
三度笠朱呑
他の出店が幟旗で盛大にバフ効果をアピールしている中、そこにはただ所属と名前だけが簡素に書かれていた。
その奥に立つ彼女、シュノンさんは、柔らかそうなミルクベージュの長い髪をふんわりと三つ編みにしている子だ。
制服の上に着ているエプロン姿がよく似合っており、家庭的なお姉さんという印象を受ける。
俯いているせいで顔は良く見えないものの、エプロン越しでもハッキリ分かるほどの豊満な部分に、思わず目が吸い寄せられ……。
全体的にはどっしりとした、何というか、とても包容力がありそうな安産型の体型で……いやいや、ジロジロ見過ぎだな。
周りの女子たちの視線をどうこう言ってられないくらい、俺も彼女を見つめてしまった。反省、反省。
今一度机に目をやると、お弁当箱がいくつか並べられていた。
しかし、蓋は閉まっていて確認できず、中身の説明も特にないため、どんな料理アイテムなのか気になるところだな。
「あ…………」
ようやく目の前の俺の存在に気付いた彼女と、パチリと目が合った。
少しタレ目がちな瞳からは、自信の無さや申し訳無さがほんのり伝わってくる。
「すみません。私の料理、バフが全く無いんです。ごめんなさい……」
そして彼女は謝罪から入って、謝罪に終わって閉口してしまった。
いやはや、バフ料理の体験授業で敢えてバフ無し料理とは、なかなか尖ったものを作りなさる。
「見せてもらってもいいかな?」
雰囲気がお姉さんなので敬語で話すか迷ったが、同学年の交流授業だったことを思い出し、口調は少し崩しめにした。
「えっと、ご覧になりますか? 本当に何の効能もないですよ?」
俺が軽く頷くと、彼女はお弁当箱の蓋を開けて見せてくれた。
「おぉー、美味そう。めっちゃいいなぁ」
「……っ!」
厚焼き卵にタコさんウインナー、プチトマトにほうれん草の胡麻和えなど、ラインナップが手作り感満載の家庭的なお弁当だった。
小さい頃に母が作ってくれた思い出が蘇り、郷愁の念に駆られる。
「えっと、一応サンドイッチとかもあります」
パカっと他の箱を開けて見せてくれるシュノンさん。
小学校のときの運動会とか、我が家はサンドイッチだったため、これもまた懐かしさが込み上げてくるなぁ。
前世では、独り立ちしてからはしばらく実家に顔を見せれてなかったし、今世では、母は早逝していて父はダンジョンづくめだった。
こういう家庭的なお弁当はしばらく食べれてなかったな。ほんと、何十年ぶりだろうか。
なんだか、心が動かされる。
今の俺が求めているのは、ドンピシャでこういう料理なのかもしれない。
「これ、一つ頂きたいんだけど、いくらかな?」
「ふぇ?! えっと、30チップです」
「はっ? 安っ!?」
おいおい、大体300円くらいって、普通にお弁当買うより断然安いじゃないか。
料理アイテムって最低でも200チップくらいはするぞ。これじゃあ元どころか材料費も取れていないんじゃ?
バフが無いからって、誰も買わないのが不思議なくらいだ。
いや、他の生徒はきっとバフが無いってところだけ彼女から聞いて、値段を知らなかったに違いない。
誰かに知られでもしたら、このお買い得で美味しそうな弁当が……。
俺はバッと警戒するように周りを見渡すと、相変わらずのねっとりとした視線を感じ、ちょっと不安な気持ちになる。
いや、でも慌てるな。この値段的に、まだ味が壊滅的な可能性もあるじゃないか。
確かに少し稼いだばかりとはいえ、まだまだ借金がある身。無駄遣いしすぎず、節約はしとかないと……。
「あの、本当に買っていただけるんでしょうか?」
売れていないからか、不安げで諦めがちな表情のシュノンさん。
俺が一つでも買ったら、周りの女子も興味を抱いて続々と来るかもしれないし……。
「あるだけ全部寄越しやがれください」
「あるだけっ!?」
俺の口から出た言葉は、もはや値段の魅力に負けていた。
何か変な言葉になってたかもしれんが、そんな些細なことはどうでもいい。
戸惑いながらも俺の求めに応じて在庫を全てアイテムスロットから取り出してくれるシュノンさん。
合計で20個くらいだろうか。料理アイテムは日持ちするから問題ないが、ちょっと多かったかもな。
「これで全部になります」
「ありがとう。早速食べてみてもいいかな」
「こ、こちらでお召し上がりなら、椅子を準備しますね」
会計を済ませ、席に着いた俺は、早速最初に見せてもらったお弁当をパカっと開く。
「いただきます」
「は、はい。どうぞお召し上がりください」
では一口。
おぉ、まさに家庭の味というか、どこか懐かしさを感じる。
味付けが同じわけではないのに、心の底から喜びが込み上げてくるような、そんな満足感のある美味しさだ。
そのまま勢い止まらずパクパクと食べ続ける俺を、少し心配そうに見つめてくる彼女の視線に気づく。
「マジですっごく美味いよ。これでダンジョンも頑張れそうだ」
「っ! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
何度もペコペコと頭を下げて感謝を述べてくるシュノンさん。
俺の方こそ、ありがとう。
彼女が深々と頭を下げるたびに、エプロンに包まれた暴力的なまでの豊満さが、それはそれは素晴らしい質量を伴って上下に揺れており…………非常に、非常に、眼福でした。
◇
「ノブ、大きいのも好きなんだ……」
「彼の嗜好が掴めてきましたね……」
「ん?」
「はい?」
ボソリと呟いた二人が、顔を見合わせる。
「あー、青梅さんもノブを狙ってるの?」
「私たちのクラスの女子で彼を狙っていない子はいないでしょうね」
「あー、青梅さんってさ、ずる賢いタイプ?」
「ふふっ、貴女にそう思われてしまうなんて」
「え、あたし? あたしはバカだよ?」
「柴倉さん。貴女はクラス分け試験の際、腹痛を訴えたそうですね?」
「うん。お腹痛くなっちゃって、ちょっと試験待ってもらったんだ〜」
「ノブさんがダンジョンから帰ってきた後、あの落胆するノブさんを見てから、貴女の試験は始まっていますね?」
「あー、あのときのノブ、めっちゃショック受けてたね!」
「貴女はその様子を確認し、彼が冒険科最底辺の1年2組になるであろうと確信していた」
「確かに、そう思ったかも!」
「そして、試験で自身の成績を意図的に落とし、晴れて同じクラスになった」
「わぁ〜、なんか推理小説みたいだね!」
「礼場先生は貴女の邪な企みに気付き、最初から警戒なさっていました」
「教官怖いよね!」
「貴女がノブさんの望まない行動を取り、彼に害を与えたなら、そのときは『青梅家』として対処させていただきますね」
辺りの空気の温度が数度下がったかに思えるほどに、冷徹な視線で柴倉和把を睨め付ける青梅紺花。
しかし彼女はそんな視線など、どこ吹く風と気にする様子もなかった。
「青梅さんも怖いかも!」
「ふふっ、貴女が変な行動をしなければ、何もしませんよ。えぇ……何も」
互いに互いの狡猾さを見極めながら、性格も思想も立場も違う二人は、奇しくも同じ目標に向かっていた。
『あたしがノブとくっつく』
『ノブさんの心を射止めてみせましょう』
そんなドロドロに熱い視線を向けられていることなど全く知らない当の本人は、安価で美味しい弁当を誰かに買われないかと、その視線を別の意味で警戒していたのだった。




