017話 金
「ハァハァ……こんなに早く依頼を熟してくれるとは。助手君は、中々に優秀なようだ。噂は当てにならないというやつか」
「助手じゃないですけど、ありがとうございます」
無事にワーキャットを連れ帰った俺は、依頼主であるシイラ先輩に連絡を取った。
どうやら急いで走って来たようで、息を整えるまで少し時間がかかっていたな。
体が細く不摂生な印象だし、多分研究ばかりで普段あまり運動とかはしていないのだろう。
それか、あのハァハァには別の意味があるかもしれないが……。
「フォォォォォォ!! 可愛いワーキャットちゃんでちゅねぇぇぇぇぇぇ!」
「なんにゃ、お前。にゃ!? 勝手に触るにゃ! フシャーーー!」
うん、目の前のワーキャットに興奮していたハァハァだったかもな。
本人はクールでミステリアス系な研究者キャラで通したいようだが、もはや彼女の印象は、重度の「人外スキー」な残念美少女である。
「これで依頼達成ってことで良いですかね?」
いきなりワーキャットをモフったため、反撃され引っ掻き傷だらけになったシイラ先輩に呆れながらも、俺は依頼が達成されたかの確認を取った。
「あぁ、そうだったね。今回の依頼は文句無しで完了だ。ワーキャットちゃんのお世話は、助手ちゃんと私が請け負おう」
シイラ先輩が預かり所の入り口付近に視線を向けたので、俺もそちらを見てみると、小動物みたいな幼めの生徒がこちらをチラチラと窺っていた。
ピンク系の髪の彼女が、今言っていた助手ちゃんなのだろうか。
彼女の目線は俺が連れてきたワーキャットに向いている気がする。
「あぁ、彼女もお試しで雇った助手でね。変わった体質持ちだが、モン娘のお世話には適任だろうから問題はない」
この言い方、結局俺のことも助手だと思ってるな。
もう一々否定するのが面倒なのでスルーしとくが。
「まぁ、維持費とかかからないなら、こっちとしては何でも良いです」
「その点は心配御無用さ。契約通り、費用は全てこちら持ちだ。おっと、報酬を渡さなければ。またモン娘のテイムが必要になったら頼むよ、助手君」
そう言ってシイラ先輩は8000チップをサラッと手渡してきた。
渡されるときに手が当たってちょっとドキッとしたが、そんな些細な感情は一瞬のうちに消え去った。
うおぉぉぉぉぉぉ!
ついに、ついに俺は、お金を稼ぐことに成功したんだ!
まだまだ借金返済には遠く及ばないが、これは小さくも確かな一歩であることに違いない!
ダンジョンを通してお金を稼げた。
この事実こそが、今回の最大の収穫だよな!
「はい! こっちとしても、次の依頼も望むところです!」
「フフフ、お互い良好な関係を築いていこうじゃないか」
お互いに欲望が透けるニヤリとした笑みを浮かべながら、ガッチリと固い握手を交わした。
きっと、俺の目には「金」が、彼女の目には「人外娘」が映っており、互いに濁りと輝きが混在した瞳をしていたことだろう。
「おっと、そうだ助手君。このワーキャットちゃんの名前は何かね?」
「んにゃ?」
あー、名前か。
まだ決めてなかったな。
こういう名付け系はわりとゲームのデフォルトのままにしがちなんだが……。
いや、リアル世界になっているわけだし、そうも言ってられないか。
ワーキャットだから、「ワキャ」とか「ワット」とか、これは安直すぎるかな。
マタタビ酒でテイムしたから「タビィ」とか「マシュ」なんてどうだろう。
うーん、悪くはないんだが、ピンとくる感じじゃないなぁ。
「悩んでいる様子を見るに、まだ名付けていなかったようだね。オーソドックスなのは、テイム後の変色部分の色を名前に取り入れるパターンだが、どうだろうか?」
あー、そういえば、そんな仕様があったな。
野良湧きのモン娘と区別できるように、テイムしたときに髪色とか体の一部がランダムな色に変わるんだよな。髪ならインナーカラーだったり、メッシュだったりが入る。
よくよく見ると、このワーキャットは元のカーキグリーンの髪色に、金色のメッシュが入ったようだな。
進化していくと元の髪色(全体の毛の色)は変わっていくが、この色は手を加えない限り変更されずに引き継がれていく。
つまり、この鮮やかな金のメッシュだけはこの子の不変の容姿ということだ。
「そうだな……金、か……」
「んにゃ!」
俺の呟きに反応し、何故か目を輝かせ始めたワーキャット。
「ほう、キンカちゃんか。悪くない」
いやいやちょっと待てぃ。
それは色の話で、まだ名前を考えついたわけじゃ……。
「にゃふふ、キンカだにゃ。ご主人、名前ありがとうだにゃ!」
当の本猫は自分の名前が決まったと思い込み、喜び始めてしまった。
まずい、このままだと正式にキンカちゃんになってしまう。
「金運が上がりそうな名前で素晴らしいじゃないか。金に困ってそうな助手君と相性ばっちしだ」
金運どうこうの話じゃないでしょうに。
というか、借金があって常に金欠状態な俺の初仲魔の名前が「キンカ」だと知れたら、めっちゃ金にがめつい奴だと思われてしまうじゃないか。
でも、当の本猫は気に入っちゃってるなぁ。
今のは間違いだと訂正したら、シュンと落ち込んじゃう光景が容易に目に浮かぶ。
「これからヨロシクにゃ、ご主人」
曇りなき眼で無邪気な挨拶をされ、金欲で濁っていた俺の目が浄化されていく感覚を覚える。
「……あぁ、よろしくな。キンカ」
声に出して呼んでみると案外しっくりくるし、偶然この名前になったけど結構良かったかもな。
「にゃふふふ、もっと呼んで欲しいにゃー。ついでに撫でるにゃー」
「はいはい。分かったよ、キンカ」
「名付けを終えて主従の関係が深まったこの空気感、実に尊い……ずっと吸ってたい……ハァハァ」
この変態依頼主はどうにかならないものか。
さっきちょっとでもドキッとした感情を返して欲しい。頭に残念はつくものの、紛うことなき美少女であるのがなんか納得いかない。
「シイラ先輩、キンカのこと頼みますね。あ、ダンジョン攻略するときにキンカ連れてっても良いんですかね?」
「勿論だとも。むしろ、助手君さえ良ければ、キンカちゃんを少しでも育ててあげてはくれないか?」
そんなお願いをしてきたシイラ先輩の顔は、どこか悲壮感が漂う申し訳なさそうな顔をしていた。
ジョブ経験値が仲魔に吸われてしまうという世界の仕様上、テイムしてもきちんと育てる人はごく僅か。
その現状を憂いながらも、ジョブの成長度は将来を左右するほど重要なため、積極的に育てて欲しいとは言いづらそうだ。
「ワーキャットの進化先の研究もしたいという思いも勿論あるのだが……本音を語ると、預かり所に居るだけの子らは、どうにも寂しそうに見えてしまってね」
攻略には連れていかないが、ペット感覚で仲魔にしている人が多いのだろうな。
「預かり所はダンジョンになるべく近い魔素環境にはなっているが、本来の人外娘ちゃんたちの居場所はダンジョンなんだ」
なるべく人外娘に適した環境にはなっているが、それでもな、とシイラ先輩はぼやくようにボソッと呟いた。
「確かに、預かり所に缶詰状態になるのは可哀想ですよね。キンカ、俺のダンジョン攻略、手伝ってくれるか?」
「やるにゃ!」
ピンと嬉しそうに手を挙げたキンカを眺めながら、シイラ先輩はホッと安堵の表情を浮かべた。
「実に好感の持てる助手君だ。男性は身勝手な性格の者ばかりだと聞いていたのだが……君は変わり者なのだな」
「貴女には言われたくないですけどね」
この世界の男は傲慢か弱気かの両極端ばかりだからなぁ。
周りがそうだと、俺が変わり者としてカウントされちゃうのは仕方ないか。
「お、変わり者同士で仲が良いのにゃ? お似合いってやつにゃ?」
おいおい、確かに価値観は前世の基準になりがちなことは認めるが、この変態と一緒にしないでくれ。
「ほうほう。助手君は私に気があったりしちゃうのかな?」
「ないわ!」
ちょっとしか……。
いや、ちょっとはあるのかよ、俺。
シイラ先輩もキンカもニヤニヤしやがって。
「ご主人、番はいっぱい作っといた方がいいにゃ」
「ほう、生殖行為で繁殖しないはずの人外娘からそのような発言が出るのは興味深い」
「んにゃ?」
まぁ、そういう行為はゲームのレーティングが上がっちゃうからな。
でも、リアルな世界になったことで、モン娘たちとレーティング18歳以上の触れ合いはできるのだろうか。
いや、これは純粋な知識欲というか、下心とかは一切、ほんのちょっとも、これっぽっちもないぞ。うん。
モン娘どうこうは置いといて、正直そういう欲があることは否定できない。
この世界では一夫多妻が許されるどころかかなり推奨されてるし、そういうハーレム願望がないわけじゃない。
だが、今の俺は彼女を作るのも難しい状況だからな。
抱えてる借金をきちんと返済してからじゃないと、彼女とかどうとか言ってられないし。
依頼で稼ぐ手段を見つられたが、シイラ先輩の依頼を定期的に受けるだけでは返済までたどり着けないことは容易に想定できる。
「他の稼ぐ手段も、早めに見つけないとな」
あとは、節約とかも考えないと。この前の買い食いみたいな無駄な浪費は避けるべきだよな。
あ、でも、マタタビ酒の空瓶を売りに猫耳喫茶にはお邪魔しないといけないから、そのときくらいは……と考えている自分がいて、欲に弱いことに気づかされる。
前世の後悔がそうさせるのだろうか。
あくせく働いて、無駄に貯金だけはあって、しかし使い道はなくて、彼女とかもいなくて、そのまま死んじゃって。
借金抱えて金策で奔走している今の方が、ちゃんと生きてる感覚があるというか、適当に生きていただけの人生よりもマシになっている気がするよ。
いつ死んでも後悔のないように、色んな欲望に甘くなっちゃってるんだな。
お金の使い道、本来は全部返済に回す方が効率的なのだろうけど……いや、初めて自分の力でバグをすり抜けて稼いだお金なんだ。自分へのささやかなご褒美も、少しは必要かもしれない。
よし、今度何か美味いものでも食べるか!
明日は金曜で授業とか終われば土日の休みに入る。
せっかくゲーム世界が現実になったんだ。俺でも手が届く範囲で、この世界でしか食べられないような、安くて美味しい料理を探してみるのも悪くないな!
そんなささやかな贅沢を楽しみにしながら、学生寮へと帰路につくのだった。
◇
「売れて……ないですよね」
出品した食糧アイテムが未だに売れていないことに、やるせなさがこみ上げる。
袖を通して間もない学園の制服を眺めながら、私はこのまま学園に通い続けていいものかという最大の悩みに直面していた。
私、三度笠朱呑が所属する迷宮栄養学科は、ダンジョン関係で使用する食糧アイテムを作る生産系の学科である。
食糧系の開発アイテムの需要は非常に高い。
ダンジョンに挑戦する前に食べてバフを得る料理系アイテムに、持ち込みに便利な携帯用の栄養補助食品のバーにゼリー。
どの開発アイテムも床落ちアイテムとは違い、何かしらの効能が追加される。
その付加価値こそ、ダンジョン攻略になくてはならないものだ。
しかし、私が作った料理には、一切効能が追加されることはなかった。
どんなに作り方を変えても、作る品を変えても、どれもほんの少しのバフさえ発生しなかった。
そんなことは本来あり得ないのだけれど、「運命のいたずら」というものではないかと、先生は教えてくれた。そして、入学して早々に「多角的才能開花準備室」で転科を相談することを勧められた。
料理を作ることが大好きで、それしか取り柄のない私は決心がつかないでいた。
他の道を探すことはできるけれど、私が本当にやりたいことは、自分が作った料理が誰かの冒険の役に立つこと。
アイテムが売れずにお金が稼げていないことはそれほど重要ではなかった。
ただ、冒険をする誰かに自分の料理を食べてもらうだけでも良い。それだけを求めていた。
「もう、諦めて、学園をやめちゃった方がいいのでしょうか」
近くのカレンダーに目をやり、次の日の予定を確認する。
明日は、金曜日。
最初の交流授業の日で、迷宮冒険科の生徒たちに料理を販売し、そのアイテムを使用した冒険者の当日の活躍度合いによって成績が付けられることになっている。
自分の開発した料理アイテムにどんなバフがあるのかは、必ず自分で説明して売らなければならない。
そもそも、誰にも買ってもらえなかった時点で最底の成績であることは確定だ。
気が進まないけれど、明日の授業を最後だと思って、来週には退学の手続きを進めることにしよう。
諦観に満ちた溜め息を吐きながら、私は明日の販売実習に向けて、売れる見込みのない料理の仕込みを始めるために立ち上がる。
バフなんて一切ない、ただお腹を満たすだけの私の料理。
そんな何の価値もない私の料理を買ってくれる……そんな物好きな冒険者さんが現れる奇跡を、どこか願いながら。




