016話 ♣️三段
クラブの三段「困窮なる試練」は、一階層が4フロアあって全三階層、つまり12階までのダンジョンだ。
目当てのワーキャットがどの階層で出てくるモンスターだったか正直覚えていないが、そのうち会えるだろうと思いながら進んで行って、もう終盤の11階まで辿り着いてしまった。
もしかして湧き運が悪くて出現階層をスルーしちゃったかと焦りが募り始めていたが、諦めかけていたそのとき、ようやく可愛らしい猫系モン娘が姿を現した。
「やっと見つけたぞ! ワーキャット!!」
野性味溢れるカーキグリーンのボサボサショートヘアー。そこからピンと張った大きなケモミミには、白くてフワフワした毛が覗いており、思わず手を伸ばしてモフりたくなる衝動に駆られる。
盗賊のような動きやすく布面積が少なめの軽装で、肩やお腹が丸見えだ。だが、肘や膝から先がフサフサの毛で覆われているからか、いやらしい露出というよりは自然な野生の美しさを感じさせた。
俺に気づいているワーキャットは身構えている立ち姿で威嚇しているようだ。だが、こちらに向けられた掌が見えると、鋭い爪よりも、その中心のぷにぷにしてそうなピンクの肉球ばかりに目が行ってしまう。
こうして存分に観察してみると、これは俺も椎羅先輩のこと言えないかもしれない。ケモナーである自覚はなかったが、前世では動物のショート動画にばかり「いいね」を押して癒されていたので、いつの間にか動物好きになっていたのかもな。
「よし、ようやく出会えたチャンスだ。絶対仲魔になってもらうぞ」
特にレアなモンスターでもないと思っていたが、メインダンジョンの序盤に出てくる敵としてはちょっと厄介な特技を使ってくるから、もしかしたら湧きづらい仕様だったのかもしれない。
その特技は、アイテム盗み。
装備品のAスロット以外のアイテムスロットから、ランダムに1個盗んで部屋内を逃げ回るモンスターなのだ。
このダンジョンは「困窮なる試練」の名の通り、アイテムを盗んできたり、巻物や杖を燃やしてきたり、食糧アイテムの飴玉を溶かしてきたりと、プレイヤーの物資を枯渇させようとするモンスターが続々と登場する。
そういう妨害系モンスターの対応を学ぼうって感じのダンジョンだ。
具体的な対策としては、拡張スロット(壺)にアイテムを仕舞って干渉できないようにしたり、封印の杖とかでモンスターの特技を封じたりとかかな。特定の腕輪とか防具の「印」で防ぐとかもあるが、序盤はそんな装備が整ってないからなぁ。
拡張スロット使えないからアイテム保護できなくて不利じゃんって思ったが、俺はユニークジョブの内包特性で初見アイテムは強制徴収されるし、そもそもアイテム枯渇気味な感じだし、そんな影響が無いのかもしれない。
なんだか、悲愴感を覚えてしまうな。
あと、そもそも妨害系の敵は弱いので割と1撃で倒せるから、実はそこまで問題ないぞ。
メインダンジョンはクラブからスペードまで4つのスートのダンジョンが13ずつあるが、やはりクラブダンジョンはまだまだチュートリアルみたいな側面が強いからな。
つまり、脅威ではないってことだ。
「素振りして隣接っと。さぁ、テイム開始だ!」
隣接したワーキャットは攻撃準備のモーションとして、腰を落として四つん這いになり、今にもこちらに飛びかかろうとしてきている。
しかし、ここは元々ゲームの世界。いくらその姿がリアルだからといって、こちらが何も行動しなければターンを消費することは絶対にないのが、不思議のダンジョンの良いところだ。お陰でじっくりテイムのことだけを考えられる。
さて、初のテイムだからゲームでのやり方を思い出しながら頑張るか。
前世では、仲魔要素をあんまりやったことなかったので、正直上手くできるかちょっと不安である。
ステップ1、向きを調整して話しかけよう!
というか、何故か話しかけるコマンドが無いけど、どうするんだ?
「ワーキャットちゃん、こんにちは?」
「んにゃ?」
おぉ、反応があった。試してみるものだな。
話すコマンドは特にターンを消費しない仕様のままで良かった。
ワーキャットが構えた体勢で話しかけるのちょっと面白い絵面だな。
ステップ2、人外娘と仲良くなろう!
「君と仲良くなりたいんだけど、どうしたらいいかな?」
『もてダン』では敵からの好感度とかもあって、一定値を超えてないと取り付く島もないというか、まったく相手にされない感じだった。
プレゼントアイテムのマタタビ酒を渡す前にある程度好感度を上げてないと、テイムが確定ではなく成功率に左右されてしまうのだ。
今の俺の手持ちのマタタビ酒は一本だけ。運ゲーでなく、確実にテイムするためには好感度を上げておく必要がある。
まぁ、ここは適当なアイテムとかを贈っておけば大丈夫だ。モン娘たちはどんなアイテムを渡しても好感度は上がる仕様だからな。
アイテムスロットから何を取り出すか探ろうとした、その時。
「にゃー、撫でろにゃ」
撫でるっ!?
そんなコマンドとか無かったのだが、どうしろと?!
というかお前、今にも飛びかかってきそうな臨戦態勢の四つん這いポーズのままで、なんでそんな甘い声を出してくるんだ。
いや、でも本人というか、本猫の希望だし、手を伸ばせば実際に触れそうなのも事実。ゲームではアイテムを消費して好感度を稼ぐしかなかったが、現実では直接スキンシップが取れるということなのか?
それに、ゲームの設定上はモン娘たちはダンジョンが作り出したコピー体みたいな感じだし、触っても咎める人とかいないだろうし、大丈夫なはず、多分。
何で変な言い訳を考えているんだ俺は。
えーい、儘よ!
「よしよし」
俺はスッとしゃがんで、威嚇するように下がっていた頭を慎重に撫で始めた。
「うにゃぁ……♡」
すると、ワーキャットはポーズこそ崩さないものの、目を細めて随分と嬉しそうな声を上げ、ナデナデを堪能している。
フサフサ感あって触り心地良いけど、何をしてるんだ感は否めない。でも可愛いから、いっか。
「お、好感度は上がってるみたいだ。そういうとこはゲーム通りなのかい」
視界の端に浮かび上がったシステムUIに目をやると、好感度を示しているハートのアイコンが初期の4から5に上がっていた。ちなみに初期値は2~5でランダムだったはず。
5であればプレゼントアイテムを渡せば確定で仲魔になるラインである。ここまで来たら、いよいよテイムする段階に移るとしよう。
ステップ3、プレゼントアイテムを渡そう!
「またコマンドないけど、手渡せば良いのか?」
とりあえず、俺は以前拡張したダイヤの3のアイテムスロットに収納していた「マタタビ酒 (ダ)」を取り出してみる。
カードを顕現させ取り出す操作をした、その時……。
「にゃっ!」
「なっ!?」
さっきまで甘えた声でナデナデを受け入れていたワーキャットが、目にもとまらぬ速さで飛びかかってくる。
驚いて唖然としてしまった。ターンが経過する行動なんて取っていないはずなんだが……ハッ!
嫌な予感がしてアイテムスロットを急いで確認する。何故かすんなり取り出せなかったマタタビ酒が、アイテムスロットから消えてしまっていた。
「おいおいおい、まさかお前……」
盗まれた、のか!?
可愛らしい顔がひと際憎たらしく見えるくらいには、にゃふんとしたドヤ顔のように思えてしまう。
久々過ぎて忘れていたが、ワーキャットの攻撃モーションは四つん這いの体勢ではなく、立ったまま爪で攻撃してくるものだったか。
それなら、さっきまでのモーションは、特技「アイテム盗み」を使うときの予備動作ってことか。ゲームでも同じような要素があったことを、やられてから思い出してしまった。
しかも、盗まれるアイテムもランダムなはずなのに、よりにもよってピンポイントで、俺の全財産を叩いて買った貴重なマタタビ酒。これだけはダメってものを奪われるのはヤバすぎる!
「それ君に渡すやつだから、頼むから一旦返してくれ。良い子だから、なっ?」
飛びかかって盗んで来たことで、俺とワーキャットの距離は1マス空いている。1マス、1マスと、部屋の奥へ奥へ逃走するワーキャットちゃんを、ジリジリと部屋の角の壁際まで追い込んでいく。
ワーキャットの上位種になると通路から倍速で逃げていくが、序盤で出てくる下位種は、等速で部屋内を逃げ回るだけなのでまだ何とかなる。
あとは一思いに倒してしまえば盗んだアイテムをしっかり落とすので、俺は装備していた木刀を振り上げる……が、その体勢でピタリと止まって思案する。
さっき、ワーキャットはこのダンジョンだと湧きづらい設定がなされているという予想をしたよな。
もし、ここで倒してしまったら、また新たなワーキャットが出てくるまでひたすらフロアを周り続けたり、もう一度このダンジョンに潜ったりしなきゃならないかもしれない。
「どうにかして倒さずにアイテムを取り返す方法とかないか?」
一旦地面に腰を下ろし、まるで無邪気に追いかけっこを楽しんでいそうな顔のワーキャットを眺めながら、ウーンと頭を抱えて考え込む。
正直、俺は前世で『もてダン』を全クリしたことがないことから分かる通り、本当にゲームそのものは大好きではあるのだが、そこまで不思議のダンジョン系のゲームが得意というわけではなかった。
こういうときに手持ちのアイテムとかで上手く対策とかできるのが上級者なのだろうが、生憎そんな技術や機転の利いた発想とかは持ち合わせていない。
攻略サイトのようなものを見れたなら話は別なんだが……そうだ、図鑑とかに何か対策とか書かれてなかったか?
たまにフレーバーテキストとかで、『その可愛らしい姿からは想像しにくいが、彼女の怨念は死後に強まる。御供え物の準備ができていないのなら、倒さずにやり過ごすのも一つの手であろう』みたいなことが書かれてることもあるんだよな。こういうのを読んで、このモンスターは倒した後に復活するかもだから、倒したマスに何でもいいからアイテム置けば復活しないかも、とかって予想できる感じだ。
ワーキャットの場合はどうだろうか。
俺は一縷の望みを抱きながら、人外娘図鑑を開こうとデバイスを取り出して確認してみるが……。
「あれ? 図鑑機能はあるのに、グレーアウトしてる? なんじゃこりゃ?」
何故かバグってしまったかのように、人外娘図鑑をタップしても開けない。ゲームじゃない現実世界だからおかしなことになっているのか。
はたまた、《《ヤツ》》の仕業か。
訝しんだ俺は、ユニークジョブ〈大富豪〉のジョブステータス画面を開いてみる。
「これは…………図鑑の解放?」
あったよ、ありましたよ、原因っぽいヤツが。
ユニークスキル『蒐集家の魂』の【解放】という欄に、図鑑解放という項目が存在していた。
最初に解放を選べるのは[人外娘図鑑]のみのようで、また例のごとく、その項目以降はバグった表記になっていて確認できなかった。
初期から実装されている機能まで解放しないと使えないとか、この欠陥だらけのユニークジョブめ。
まぁ、クラブの二段をクリアしたときのD貨がそこそこ溜まっていたので簡単に解放できちゃうんだが、ちょっと無駄にリソースを消費した気分になってしまう。
ワーキャットのフリフリと揺れる尻尾をチラ見しながらも、ポチポチと操作していって図鑑をアクティベートしていく。
>[人外娘図鑑]を解放した
早速図鑑を開いてみると、これまで出会ったモンスターたちの情報が解放されていた。スッスッっとスクロールしていき、ワーキャット種のページを確認すると、イラスト付きでゲーム内では書かれていなかった対策とかがしっかり書き込まれていた。
今までは主な出現場所とかフレーバーテキストが書かれてるだけだったのだが、随分と便利になったものだ。
いつアプデが入ったのかは知らないが、攻略サイトを見なくても良さそうなくらいなのは非常に助かる。
「お、特技を封印したら盗んでいたアイテムを落とすのか。その仕様は知らなかったな」
そして、しっかり役立つ情報を入手できた。
ちょうど封印の杖を拾っていたので特技を封印するために杖を振ってみる。
「えい」
「にゃっ!? フシャーッ!!」
逃げ回っていたワーキャットちゃんは特技を封印されてマタタビ酒を床に落としてくれた。しかし、特技が封印されたことにより、通常攻撃しかできなくなったワーキャットは隣接している俺をさっきまでの好感度とかお構いなしに引っ搔いてきた。ダメージだけでなく、心まで地味に痛い。
「ほら、ちゃんとプレゼントするから」
「んにゃっ?」
攻撃を何度か受けながらもマタタビ酒を拾い、ようやく手渡すことに成功した。
「んぐっ……うにゃあぁぁぁん♡」
プレゼントを受け取ったワーキャットちゃんは、凄い勢いで瓶の蓋をキュポンと開けて豪快にゴクゴクと飲み干した。
すると、一瞬でトロンとした表情になり、ゴロゴロと喉を鳴らしながらこちらに撓垂れ掛かってくる。
「おっと」
それを優しく受け止めて、追撃とばかりに頭をナデナデしておく。
「ヨシヨシ、仲魔になってくれるかー?」
「ご主人最高にゃー。にゃかみゃにぃー、にゃるにゃー」
ちょっと活舌や意識が怪しいが、別に本当のお酒ってわけでもないし、モン娘だからきっと大丈夫だろう。
念のためパーティーの欄を確認すると、ワーキャットがしっかり追加されていた。
よし、これにてテイム成功だな!
いや、油断は良くないな。
ちゃんとダンジョンから連れ帰って仲魔登録しないと、この状態のまま倒されてしまったらテイム失敗になるのだ。
「よし、気合入れてダンジョン攻略するぞ!」
「にゃふぅ……にぃぇむぅいにゃぁ」
え?
眠いにゃあ?
「ってちょい待てぃ! 頼むからまだ寝ないでくれ。あと1フロアでダンジョンクリアだから!」
そんな俺の悲痛な叫びも虚しく、彼女はスヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立て始めている。
仲魔になってすぐに寝ちゃうとか勘弁してくれ。猫かよ……あ、猫だったな。
満足げな表情で眠るワーキャットの寝顔を見ていると、なんだか無理に起こすのが申し訳なくなってしまうな。
「ハァ……仕方ない、負ぶってくか」
ヨイショっと華奢な体を背中に担ぎ上げる。
このまま背負った状態で攻撃を受けたら二人ともダメージをくらうのか分からないな。一応、敵との戦闘を避けながら階段を探して即降りしよう。
と、警戒しながら進んでいたら、今まで全然出くわさなかったワーキャットたちがわらわらと湧いて出始めた。
「おいおい、さっきまでの苦労は何だったんだ」
どうやら、今まで偶々湧きが偏っていただけだったようだ。こんなに出現するなら、わざわざ背中のコイツに拘らなくても良かったじゃないか。
まぁ、これが俗に言う物欲センサーというやつなんだろうなぁ。
「ふみゅぅ、ご主人ポカポカだにゃぁ」
温もりを感じてるだけなんだろうけど、こんな状況で言われると、なんか俺がポカをしたと言われてるような気分だ。
まぁ、もう過ぎたことを気にしてもしょうがない。それに、一度撫でたことで愛着も少なからず湧いたからなぁ。なんだかんだ、この子が新たな仲魔なのだと思うと、可愛く思えてしまうものだ。
そんなこんなで、俺はゲーム時代には無かった挙動に悩まされながら、お守りだか重りだかまで背負わされながらも、迫りくるワーキャットの群れを掻い潜り、なんとか最後の階段に飛び込んだ。
こうして、やっとの思いでクラブの三段ダンジョンをクリアするのだった。
◇
【実績】『クラブの三段』クリア
【報酬】攻略証明カード[クラブ三段]
◇
「ハァッ、ハァッ……なかなか、しんど、かったぞ……」
ダンジョンでは疲れを感じなかったが、帰ってきた途端にドッと疲労感が押し寄せてきた。体が若返っているとはいえ、運動不足な面があったな。
「すーすー、にゃむにゃむ、じゅるるる」
「おいおい、お前なぁ、俺の背中で涎垂らさないでくれよ……」
乱れた息を整えていたら、背中に生温かい液体が垂れてきて顔を顰めたものの、もはや全身が汗でびっしょりだったため、あまり変わらないかと諦め気味に溜め息を吐くのだった。
今日のお風呂は、長めに浸かろう。




