015話 マタタビ酒と下心
さて、まずは人外娘テイム用の開発アイテム探しだな!
猫のテイムアイテム探し……うーん、何かヒントがあればいいのだが。
俺は魔素ライフサイエンス学部の静かな学部棟を後にし、学園商店街「トレード・ターン」へと向かった。
活気あふれる大通りを早足で通り抜け、少し薄暗い路地裏へと足を踏み入れていく。
依頼主のシイラ先輩が「仲魔需要は皆無」と言っていた通り、表通りの大手ギルドの店にマニアックなアイテムなんて置いてないのは調査済みだ。もしもあるとしたら、やはり中小ギルドや個人が趣味全開で出店している、人気の少ないエリアだろう。
「そういえば、この辺りを物色したとき、変な店あったよな」
ぶらぶらと路地裏を進むうち、ふと記憶の片隅に引っかかっていた店の看板を思い出した。『薄本屋』や「モン娘コンカフェ」などが立ち並ぶその一角に、たしか「猫耳喫茶」なる店があったはずだ。
猫耳と、猫のテイムに必要なマタタビ酒。
何か情報はないだろうか。
特にこれといって、下心とか、全く、一切、ほんの少しもないが、あくまで調査のために俺は店内へのドアを押し開けた。
「おかえりなさいにゃん! ご主人!」
お、おお、これは、素晴らしい!
出迎えてくれた店員さんは、猫耳カチューシャを着けた可愛らしい女子生徒だった。
メイド服の腰の部分には尻尾も付いており、随分と本格的な猫コスプレといった装いである。
「おっと、ご主人はご新規さん、ていうか、男性なのかにゃ? 男性のご来店は初めてなのにゃ」
まぁ、流石に前世のメイド喫茶的な男性需要を狙った店舗ではないか。この世界の男性がこういうのを求めているイメージもないしな。
店内は割とまったりとした落ち着いた雰囲気が漂っていた。内装は猫じゃらしや爪とぎ、キャットタワーなどをインテリアとして不自然にならない範囲でオシャレに配置しており、猫好きな人の強い拘りを感じる。
思っていたよりもずっと、心安らげる喫茶店って感じだ。
俺はそのままカウンター席に案内され、紅茶を頼みながら他のお客さんの会話に耳を欹てることにした。
「わっ、男の子だ。ここに来るってことは、猫好きなのかな?」
「ご主人、しーーーっ、にゃ。せっかく来ていただいたし、あんまりジロジロ見ないであげて欲しいにゃ。店員の私たちを愛でて欲しいにゃ」
「あーあ、本物の猫は寮じゃ飼えないし、猫系魔物娘を仲魔にするのも、預り所の契約とかお世話とか大変みたいだしなぁ」
「いっそ猫ちゃんと戯れるだけのダンジョンとか生えてこないかな」
「海外には猫ダンあるらしいけどね。猫系モン娘ちゃんばっかりのダンジョン、行ってみたいなぁ」
「むぅ、ねむい……」
「この子、見た目だけじゃなく言動まで猫っぽい子ね。かなりの逸材じゃないの」
「さっきスカウトしてきたところにゃ。今はお試しだけど、うちのギルドに入ってもらうにゃ」
男の俺が珍しいからか少しばかり視線は感じるものの、猫耳店員さんたちに癒されている人が大半である。
お客さんもチラホラと猫耳カチューシャをつけており、語尾に「にゃ」をつけた店員さんとお喋りしながらまったりと過ごしていて、実に雰囲気が良い。
これで店内に本物の猫ちゃんがいれば更なる究極の癒し空間になりそうなものだが、流石に学園内に動物を連れ込むのはダメみたいだな。
それにしても、本物の猫はいないが猫系のグッズが多く置いてある。特に目を引くのは、様々な猫系モン娘をデフォルメしたぬいぐるみだ。
ぬいぐるみ系のアイテムはダンジョンに持ちこむことができない「開発アイテム」で、インテリアとして拠点に飾ることができ、ゲームでは収集と装飾用って感じだったな。
「アイスティーお持ちしましたにゃ」
「ありがとうございます。なんか、可愛いぬいぐるみがいっぱいあって癒されますね。あれって、開発系のアイテムですよね?」
「お、ご主人、気に入ってくれたかにゃ? そうですにゃ、魔道具開発科の子が作ってくれてて、ぬいぐるみ販売もしているにゃ」
「なるほど、欲しくなっちゃいますね。ちなみに、マタタビ酒とかはあったりしますかね?」
「流石に学園の喫茶店に『お酒』ってつくアイテム置いちゃまずいんだにゃ」
それもそうか。酒ってついてるけどアルコールとかは入ってなかったはずだが、やはり名前的に風紀上あんまりよろしくないのだろう。
「うーん、でも、確かに猫系プレゼントアイテムだし、瓶だけでも飾りで置くのはありだにゃー。ご主人、いいアイデアだにゃ」
「その場合、その魔道具開発科の人に頼む感じですかね?」
「ぬいぐるみの作者は裁縫専門にゃ。人外娘用のプレゼントアイテムなら、別の子に頼む感じになりそうにゃ。さっそくコンカフェの子に聞いてみるにゃ…………おっ」
店員さんはデバイスを操作し、すぐに返信があったのか顔を上げた。
「どうです?」
「魔道具開発科1年の小針さんって子が、プレゼントアイテム専門で作ってるみたいにゃ」
「ふぇ?」
「ん?」
俺の隣の席にいた少女がビクッと肩を揺らし、素っ頓狂な声をあげた。
大きなモン娘のぬいぐるみを抱きしめて顔を埋めていたが、顔を上げてちらりとこちらの様子を窺うように見てきたことで、その灰色っぽい瞳と目が合ってしまった。
白っぽい髪の外ハネショートボブ。頭頂部にはぴょこんとしたアホ毛が生えており、思わず守ってあげたくなるような幼げな印象の少女だ。
そのまま、彼女は不安そうな目でじーっとこちらを見つめてきている。
これは、話しかけてあげた方がいいのか?
「えっと、どうしたのかな?」
何だか小さい子に話しかけるような声色になってしまった。そのくらい、学園生には見えないのが原因だろう。
少女は特に何か答えるわけではなく、俺と店員さんとぬいぐるみに視線を順番に移しながら、困ったような表情を浮かべている。無口のようだが、感情がコロコロと顔に出るタイプらしい。
「もしかして、お客さ……ご主人が小針さんだったりするのかにゃ?」
ちょっと店員さんの素が出かけて「お客様」呼びしそうになっていたが、その言葉に、まさにその通りだと言わんばかりにコクコクと首肯した。
なるほど、この子がコバリちゃんだったのか。
「おぉ、それは素晴らしい偶然なのにゃ。ちょうどマタタビ酒という開発アイテムの依頼をしたかったところなのにゃ」
本当、すごい偶然だな。
すると、コバリちゃんは途端にパァッと明るい表情になり、自身のアイテムスロットから何かを一本スッと取り出して、カウンターの上にコトッと置いた。
「って、マタタビ酒!? もう作って持ってたのか!」
偶然は重なるもので、まさか現物を持参していたとは。一体何故、と聞きたくなるが、求めていた物が目の前にあってゴクッと喉を鳴らしてしまう。特にお酒を飲みたくなったわけではないぞ。今の俺は未成年の学園生だし、これはアルコールじゃないし、うん。
「是非うちのギルドに売って欲しいのにゃ。中身はちょっと捨てないといけないけど、インテリアとして瓶を飾りたいのにゃ」
おっと、こうしちゃいられない。このアイテムを欲しているのは俺だけじゃなかったんだった。
「ちょっと待って欲しい店員さん。俺も実はこのアイテムが欲しかったんだ。小針さん、俺に売ってくれないか?」
「ご主人、うちなら500チップ出すのにゃ。ギルド『猫耳癒夢』に是非売って欲しいのにゃ」
くっ、対抗してきたか。
コバリちゃんは俺と店員さんを交互に見て、盛大に困り顔になっている。ぎゅむっとぬいぐるみを抱きしめる力がほんのちょっと強くなっているのも可愛い。
「じゃあ俺は700チップで」
「800チップにゃ」
オークションみたいになってきやがった。負けてられないぞ。
「900!」
「1000にゃ」
くっ、本来マタタビ酒はそんなに高価なものじゃないんだが。
元のゲームなら300チップくらい、つまり三千円くらいが相場なはず。
どうする?
彼女がまたマタタビ酒を作るのに何日くらいかかる?
依頼の期限は一週間だ。ゲームでは1日待てばどんな開発アイテムでも完成していたが……いや、その前にマタタビ酒の材料集めもしないとだめだし、現実世界になっているのもあってゲーム知識がそのまま当てになるかは分からない。
この好機を逃せば、依頼期間中に手に入らないかもしれない。
隣の店員さんは、余裕のある勝利の笑みを浮かべている。
きっとギルドの資金は潤沢なんだろう。となると、小競り合いでは埒が明かないか?
よし、心を決めた。いくぞ!
「2000だッ!!」
「にゃ!?」
さっきシイラ先輩から貰った前金、つまり今の俺の「全財産」だ。これは勝ったな。
「……ご主人、私の負けにゃ」
「よしっ!」
「それじゃあ、小針さん。こちらのご主人に売ってあげて欲しいにゃ」
コバリちゃんはオロオロと困った顔をしながらも、そっと俺に瓶を手渡してくれた。そして俺はさきほど手に入れたチップ全てを手元に取り出して彼女へと手渡した。
「あ、ありがとうございます」
立ち上がった彼女は、抱えていた大きなぬいぐるみを一旦椅子に置き、ペコリと頭を下げながら小さな声でお礼を言ってくれた。その声や仕草の一つ一つまで可愛らしい子だな。
「いやいや、こちらこそありがとう。ちょうど必要だったから助かったよ」
「二人のご主人が得をして良かったのにゃ。それでご主人、使い終わった《《空の瓶》》はうちに持ってきたら買い取ってあげるにゃ」
「ん?」
ちょっと、待て。
これ、俺、競り合う必要なかったのでは?
この猫耳喫茶の人は《《空の瓶》》だけあればいいのだし、俺はワーキャットを仲魔にするために《《中身》》だけ必要だったのだ。
つまり、俺が買って中身を使い、空になった瓶を店員さんに渡せば、最初から損せずに平和的に解決したんじゃ……。
店員さんの口が、ニマニマした猫みたいな「ω」の形になっている。
これは、一本取られてしまったか。アイテムを一本手に入れたのは俺のはずなのに……。
ま、まぁいい。この依頼が終われば正式な報酬がもらえるのだし、その一部を消費して準備を整えたって思えばいいだろう。手持ちの現金はゼロになったが、必要な投資というやつだ!
さて、目当てのアイテムを手に入れたんだから、切り替えて早速ダンジョンに行くぞ!
「ご主人、お会計かにゃ? チャージ料とワンドリンクでお会計150チップにゃ」
「…………えっ」
あ。
紅茶飲んだの、完全に忘れてた。
「あの……ツケとかってできたりしないですよね……?」
「うちは明朗会計のニコニコ現金払いのみにゃ。ご主人、まさか無銭飲食はしないですにゃ?」
さっきまで「ω」だった猫口が、スッと真一文字に結ばれる。
コバリちゃんの顔も心配そうな顔になって、手元のチップと俺を交互に見ては助け舟を出したらいいのか迷っていそうだ。
結局俺はデバイスをちょちょっと操作して、幼馴染のエイラの口座から無情にも150チップをチャージすることになった。
はぁ、強力なユニークジョブを手に入れて、高額報酬の依頼主まで見つけたのに、また借金が増えてしまう、もはやそういう運命なのだろうか。
所持金ゼロ。借金残高、微増。
俺は残っていた紅茶を一気に飲み干し、すっからかんになったグラスとデバイスの所持金を見て一つ溜め息を吐く。
何だろう、この宵越しの銭は持たないみたいな感覚。
逆にまっさらな状態の方が気楽だと考えとくか。
そして、コバリちゃんから買った「マタタビ酒 (ダ)」という僅かな希望を大事に腕に抱え、ワーキャットが出現するクラブ三段のダンジョンへ、トボトボと向かって行くのだった。
……ちなみに、途中で酒瓶を持ってると勘違いされて、知らない先生が慌てて注意してきたので、なんとか弁明してアイテムスロットにちゃんとしまうことになったのはここだけの話である。
◇
―――とある学園生の個人チャット―――
ミント:ホタルちゃ~ん
ホタル:おっ、どしたー?
ミント:モン娘用のプレゼントアイテム作れる人に誰か心当たりないかな?
ホタル:開発科の子?
ミント:そそ、ちょっとマタタビ酒の瓶をお店に飾りたくなってさ
ホタル:おー、ちょうど1年生の子で入ってきてたよ
ホタル:プレゼントアイテム作る専門の子
ミント:専門ってマジか
ミント:ぜひぜひ教えて~
ホタル:確か、小針さんって子だよ
ホタル:今度紹介しようかと思ってたんだ
ミント:ナイス情報!
ミント:ありがと!
ホタル:あっ、でもその子ワケアリでさ
ホタル:人外娘用プレゼントアイテムしか作れないみたいなんだよね
ミント:え、運命のいたずらってやつ?
ホタル:そうなんよー
ホタル:だからあんまり売れないだろうし、ちょっと可哀想なんだよね
ミント:今ちょうど小針さんが店に来てた!
ホタル:おっ、何か売り込みにそっち行ったのかも
ホタル:昨日はうちに来てたから買わせてもらったんだよね
ミント:たしかに、うちかそっちくらいしか需要ないかもなぁ
ホタル:だからなるべく相場より色付けてあげて欲しいな
ホタル:彼女もモン娘好きらしいし、開発科続けて欲しいからさ
ミント:了解だよ!
ミント:ただ面白いことになりそうな予感
ホタル:おっ、何があったの?
ミント:小針さんうちにマタタビ酒売り込みに来てたっぽい
ミント:しかも他のお客さんもマタタビ酒欲しがってる
ホタル:何それめっちゃ珍しい状況じゃん
ホタル:マタタビ酒欲しいとかテイムでもするんかねー
ミント:かもね
ミント:猫ちゃんテイムするなら預り所でモフらせて欲しいなぁ
ホタル:分かりみが深い
ホタル:テイム成功してそうだったらまた連絡してよ
ミント:オッケ~
ミント:ちょっとお客さんと競ってくるわ
ホタル:もっと面白いことになってて草
ホタル:ミントちゃん頑張れー
ミント:まぁ、うちは中身じゃなくて瓶のみ欲しいだけなんだけどね
ミント:小針さんのためにも値段を吊り上げちゃうぞ
ホタル:ミントちゃん、お主も悪よの~
ホタル:あっ、いや、良い奴ではあるか……?
(数分後)
ミント:やばい
ホタル:おっ、どした?
ホタル:競り負けた?
ミント:お客さんなんか2000チップ出した
ミント:彼のデバイスチラ見したら所持金全ツッパだったっぽい
ホタル:ワロタ
ホタル:どんだけ欲しいのよ
ミント:ちょっとドヤ顔で圧掛けたらなりふり構わず対抗してきた
ミント:小針さん儲けて良かったかもだけど、可哀想なことしちゃったな
ホタル:ん、待って
ホタル:彼ってどゆこと?
ミント:いや、当店初の男子だったのよ
ホタル:は? めっちゃうらやまなんだが
ミント:ちなみにその男子、無一文になったせいでお会計で青い顔してた
ミント:まさかのツケにしようとしてたからね
ホタル:ダメ押しで草
ホタル:その男の子面白過ぎるでしょ
ミント:また来たら報告するよ
ミント:猫ちゃんテイムしてくるかもしれないし
ホタル:ホントにそっちのギルドは猫好き特化だねー
ミント:おまいうじゃない?
ホタル:たしかに
ミント:あの男子も猫好きだといいな~
ホタル:じゃあ人外スキーに一票
ミント:女好きって可能性は?
ホタル:ナイナイ、アリエナイ
ミント:だよね~
そんなチャットをしながら、私はふと彼のことを思い出す。
なんか、うちのギルドの猫耳メイド衣装を見る彼の目つきには、どこか下心があったような……。
流石に気のせいか。
男子が女子にそういう興味を持つことなんてそうそうないだろうし。
まさかこの下らない予想が当たっていることなど露知れず、私は名も知れぬ男子の猫ちゃんテイムを心の底から応援するのだった。




