020話 ひも?
「今回、クラブ4段をクリアした者が1名いる。クラストップの成績だ。馬場野生、良くやった」
「「「おぉ〜〜〜」」」
響めきや歓声と共にパチパチとクラス全員から拍手が送られてきたので、軽く頭を下げる。
隣のカズハはちょっと大袈裟に「すごいね!」と驚きながら、大きめの拍手をしてくれた。
周囲の反応が、なんだか気恥ずかしい。
「しかし……ペースを考えると1日1ダンジョン『初攻略』をしているな」
「あ、はい」
キョウカ先生が鋭い目つきになって、俺をまじまじと見つめてくる。
いや、いつも眼光は鋭いからそんな変わらないんだが、なんか自分に向けられると背筋が勝手にピンとなってしまう圧がある。
「毎日ダンジョンへ潜る殊勝な心がけは評価できる。だが、1つのダンジョンは2~3回攻略して慣らしてから次のダンジョンへ臨むことが推奨されている」
へー、そうなのか。
そんな慎重に攻略していたら学園の3年間でメインダンジョン全攻略できない気もするんだが。
詰まったときは低層ループして、ジョブを成長させたり、装備やアイテムを整えたりして準備するのは分かるんだけどなぁ。
序盤からゆっくり進んでいたら時間が足りないんじゃ……。あ、そっか、これゲームじゃないんだから、学園から卒業してもダンジョンに潜れるのか。
ゲームの時間軸としては、3年間でどこまで攻略できるかみたいなのが主軸のストーリーとも関わっていたから、3年で全攻略しないとと思い込んでいたな。
ゲームがリアルになったこの世界で、ストーリーやら何やらはあるのだろうか。
ゲームの登場人物が全く居ないし、主人公の男子も見かけないし、何かが進行してる感覚は皆無だな。その分まったりダンジョンを楽しめているから良いのだけれど。
「初攻略時は精神的負担も大きい。気軽に馬場の真似はするな。分かったか?」
「「「はーい」」」
「馬場も、そのままお前のペースで攻略を進めるのは勝手だが、体調に異変を感じたらすぐに言え。ダンジョン付近には救護施設もある。何かあれば大人に相談しろ」
「了解です」
授業が終わって解散になったものの、周りの女子たちが心配の目や羨望の眼差しでこちらを見つめてくる。
「ノブ大丈夫? 頭とか胸とか痛くなーい?」
「大丈夫。今のところ特に問題ないよ」
真っ先に心配の声をかけてくれたのはカズハだった。
ちょっと距離感が物理的にも近いな。あんまり近づき過ぎるとキョウカ先生にまたドナドナされるぞ。ほら、講師室の方に帰りつつもちょっとこっち睨んでるぞ。
「あたしはノブ君ができる男子だって気づいてたよ~、ウンウン(後方腕組み)」
「凄い……早いですね……」
「私たちも見習わなければなりませんね」
「ノブ君さすが過ぎる! アタシなんてよーやく2段クリアだし!」
お調子者なメクルは相変わらず堂に入った腕組みだし、青梅さんとアカリは気持ち良く褒めてくれるなー。天狗になりそう。
ただスズラン、凄いと言ってくれるのは嬉しいが、早いという言葉は男にとってそんな嬉しくないような気も。何故だかは分からないな、うん。
「ね、ねぇ。アンタさ、えっと、さっきどんな料理食べたか教えてよ」
「ん? 俺?」
カズハや班のみんなに囲まれてチヤホヤされていたら、クラスメイトっぽい子に話しかけられた。
明るい茶髪のミディアムボブか。この気の強そうな感じは、以前A組を目指していそうな発言をしていた子だな。
クールな雰囲気だが、あまり男性と話し慣れていないのか、かなり緊張してしまっているのが表情に出ている。
いや、この世界じゃ話し慣れている女の子の方が稀か。
しかし、どう答えたものだろう。
彼女は自分の現状を変えたくて、勇気を持って俺に質問してくれたはず。
勘なんだが、馬鹿正直に「バフ無し料理を食べました」なんて言ったら、彼女の機嫌を損ねてしまう気がする。
うーむ。
「あ、それ、私も聞きたかったんです!」
「あたしもあたしも!」
「ついでに連絡先も!」
「ちょっと、抜け駆け禁止でしょっ!」
「私たちだって柴倉さんみたいに彼と話したいんだから!」
「同じ班の子たちも、ズルい」
「この流れなら私も話しかけられそう!」
「うおぉぉぉ、お付き合いを前提に結婚して下さい!」
「逆、逆ゥ!」
「どさくさに紛れて手とか握っちゃおうかな、ぐへへ」
「このままじゃ男子が揉みくちゃに……お姉さんが守護らないと!」
「ちょっと、アタシが質問してるんだけど!?」
あーもうメチャクチャのワチャワチャだ。
今まで牽制し合って話しかけてこれなかったクラスメイトたちが、ここぞとばかりに一斉に押し寄せてくる。
いや、もはや同じクラスだけじゃないのかもしれない。野次馬たちまで「なんだなんだ?」と集まってきて、大変なことになってきた。
カズハや班のみんなが目が血走った女子たちを俺に近づけさせないように守ろうとしてくれているが、今にも雪崩込んできそうだ。
「ん」
「ん?」
下から不意に何かを差し出され、手に握らされた。
「紐?」
犬の散歩に使うリードのような一本の紐。
その紐の先を握っているのは、何かちんまりした女の子だ。
制服を着ているからには同級生か先輩なのだろうが、学園生に見えないくらいのロリッ子が学園にそこそこ居るのは何故なんだろう。初等部とかないはずなんだが。
「握ってて」
「お、おう」
言われるままに紐の端を握ると、グイッと引っ張られる。
もう何が何だか、彼女が誰かも分からなかったが、俺はリードに引かれる犬のように着いて行き、驚くほどスルスルと人集りを抜けていく。
「男子、冒険科の男子はどこ!?」
「あれ、質問会終わっちゃった?」
「男の子お触り会はここですか!」
「これどんな伝わり方したんだ?」
「いつの間にかノブが消えてる?」
「っ、アイツどこ行ったのよ!?」
後方のガヤガヤとした女子生徒らの声が、次第に遠ざかっていく。
結局あの子の質問に答えられなかったが、有耶無耶になって逆に助かったのかもしれない。
そんなことを考えながら案内されていき、どこか見覚えのある場所の方へと連れられて行くのだった。
◇
「ん、着いた」
「多角的才能開花準備室……いや、『掃きスロ』かい!」
到着したのは「掃き溜めスロット」通称「掃きスロ」であった。
ここに来るのは二度目だが、優しい先輩方しか居なかったからか、どことなく安心感があるな。
「貴方の居場所……?」
「いやまぁ、そうかもしれないけど」
えぇ、はい、呼び出されましたとも。でも、先生は月曜日しか居ないんだったよな。
今日は華金だから、また不在であろう。
というか、結局この子は何者だったんだ?
「殿下の護衛に戻る。バイバイ」
「殿下……? 何にせよありがとな。助かったよ」
じゃあなー、と別れを告げる頃にはシュピピッと去って行った。
護衛というより忍者みたいな子だったな。女の子だからくノ一が正確か?
殿下の護衛と言うからには、どなたかの皇族の護衛だったのだろう。
そういえば現在この学園には、枢斗皇国の第二皇女、小鳥子さまが在籍なさっていると聞いたことはある。2年だったか、3年だったかで、先輩のはずだ。
小さい頃、モブ俺氏が華族だったときに、ほんの少しだけご挨拶をしたことはあったかもな。
それ以外は、接点も関わりもない雲の上の存在。
しかし、そんな方が護衛を貸し出して助けて下さったのだろうか。
男性を女性が守るのは当たり前という世界では、そういうこともあっておかしくはないか。
小鳥子さまではなく、他の皇族の方が在籍なされていて、そちらの方の護衛だった可能性もある。元華族だったのに、宮家やら何やらは詳しくないんだよなぁ。とにかく、助け船を出してくれた高貴なお方に感謝だな。
さて、せっかく来ちゃったからナナミ先輩とシオン先輩に挨拶しとくか。
依頼が見つかって無事に稼げたことだし、感謝を伝えないとな!
「失礼します。冒険科のノブです」
「わちょっ!?」
掃きスロのドアを開けると、アタフタとするナナミ先輩の姿が目に入ってきた。
淡めの水色でちゃんと上下セットの下着姿だ。
……って、よく見ると腰の横、リボンのように結んであるってことは紐じゃないか?
ボーイッシュな先輩なのに結構大胆なものを着てるんだな……イイネ!
「ノブ、すまない。女の下着姿など、見苦しいものを見せてしまったな。七海、ほら、早く服を着ろ」
普通の世界なら「キャーッ」という悲鳴と共にビンタされ、部屋から追い出されて罵詈雑言を浴びせられるか、即通報案件なのだろうが、そうはならなかったな。
ナナミ先輩はこちらをチラチラと気にしつつ、顔や肌を真っ赤にして照れながら、そそくさと動きやすい服装に着替えていた。ダンジョン用の服かな?
いやぁ、大変良いものを拝めました。眼福、眼福。
って、違うだろ、何をまじまじと眺めてるんだ俺は。こういうときはドアを閉めるか最低でも目を逸らすとかするのが紳士だろ。
シオン先輩の反応があまりにもサラッとしていたから、そのまま見続けてしまったな。
貞操観念が逆転していることを考えると、体育で男子が着替えてるところに早めに女子が戻ってきた感じに近い感覚なのだろう。
恥ずかしく感じる人はいるが、そんな気にしない人もいるよな。
「ご、ごめんね、ノブ君。ボクの、その、変なとこ見せちゃって」
「あ、いえ、こちらこそすみません」
「ここで着替えていた七海が悪い。ノブは気にしなくていいぞ」
ボーイッシュなボクっ娘の照れ顔着替えシーンという素晴らしいものは脳内メモリーにしっかり保存しつつ、俺は二人に事情を伝えて匿ってもらうことにした。
「あぁ、掲示板で話題になっていたな。うちの学園生たちがすまない。熱りが冷めるまでここでゆっくりしていくといい」
「女の子たちが暴走しちゃったんだ。ノブ君、怖かったよね? 大丈夫だった?」
途中からクラスメイトじゃない人まで集まってきてたのは、掲示板で噂が流れたからだったのか。
デバイスを開いて確認してみると、なんか冒険科男子についての個スレが立っていた。まだ入学して1週間も経ってないのに、もう2スレ目に突入してる。
冒険科の男子……俺しかいないよな。
セクハラ発言も多いが、中には有り難いことに応援の声を書き込んでくれている人もいる。素直に嬉しいなぁ。
そうして先輩たちと一緒にスレを眺めたり、依頼を見つけたことへのお礼を告げたり、まったりと雑談していると、不意にコンコンとノックの音が響く。
「あ、あの、すみません! 多角的才能開花準備室はこちらでしょうか?」
ん?
この声、どこかで聞き覚えがあるような……?
「ノブをここまで追ってきた不埒者か?」
「ノブ君、ここは先輩のボクに任せて!」
先輩たちが警戒しながらドアを開け放つ。
そこに居たのは、バフ料理の授業でお弁当を売ってくれたお姉さんっぽい雰囲気の子だった。
確か名前は……。
「迷宮栄養学科1年♡組の三度笠朱呑です」
そうそう、シュノンさん。
色々あったからって、決して忘れていたわけじゃないぞ。
「三度笠……あぁ、話は伺っている。君も『運命のいたずら』があるそうだな」
「栄養学科なのに料理がバフ無しになっちゃう子だよね。担任の先生に転科を勧められた?」
言われて気づいたが、バフの無い料理なんて狙って作れるものじゃなかったか。
この子の開発アイテムにバフが乗らないというのは、「運命のいたずら」の一つだったんだなぁ。
「はい。先生にここを勧められていました。本当は退学を考えていたので、ここには来ないつもりだったんですが…………っ! 馬場さんっ!」
「俺?」
シュノンさんは俺を見つけると、途端にパァッと目を輝かせた。
「今日は何の価値もない私の料理を買ってくださって、美味しいと言ってくださって、本当にありがとうございました!!」
改めてお礼を言ってくれるなんて、良い子だなぁ。こっちの方がお礼を言いたいくらいなのに。
「あぁ、こちらこそ助かったよ。また買わせてもらえたら嬉しい」
「本当ですか!? そ、それなら、私を専属料理人にしていただけないでしょうか?!」
「専属料理人?」
なんだそりゃ。
いや、冒険科の生徒は生産系の生徒を専属として扱えるとか、そんなのあった気がするな。
専属と言っても、その人の生産依頼を優先するみたいな機能だったはずだ。
うーん、有り難いお話だけど、俺の金欠事情を話した方がいいかもな。専属となると、指名料みたいな感じで別でお金かかりそうだし。
「専属となると契約料とかどうなるのか聞いていいかな? 恥ずかしい話、俺ちょっと金欠気味というか、あんまりお金を払えないんだよなぁ」
「あの、その、お値段とか取りません! 私の料理が馬場さんの冒険のお役に立てるなら、それだけで嬉しいんです!」
え、タダですか? タダなんですか?
いや、タダより怖いものは無いか。
「流石にいただく分はちゃんと払わせて欲しいけど、専属的な契約料はナシって認識でいい?」
「は、はい! 何でも大丈夫です!」
いや、契約はちゃんとしといた方がいいぞ、シュノンさん。
純粋そうだし、悪い男に騙されちゃわないか心配になってくる。
例えば俺とか……俺とか。
うん、騙す男が俺しかいない件。
「ふむ。話を聞く限り、三度笠は栄養学科に残りたくて、成績等のために定期的に購入してくれる冒険者と契約したい。ノブはバフが無くていいから安く食糧アイテムを手に入れたい。双方利のある専属契約になりそうだな」
「紫音ちゃん、なるほどね。ボクはてっきり、朱呑ちゃんがノブ君を好きになって尽くしたいのかと変に勘繰っちゃったよ」
図星を突かれたかのようにちょっと冷や汗が出ているシュノンさん。
下心ありきで良くしてくれていると分かった方が逆に接しやすさがあるかもな。
「俺がシュノンさんの料理を使って攻略することで、シュノンさんも助かるなら、是非お願いしたい」
なんなら私生活のご飯とかも作ってくれないかなー、なんて。流石に強欲か。
「本当ですか? す、末永くよろしくお願いします! えっと、馬場さん? ノブさん?」
「あぁ、あだ名のノブでいいよ。タメだし、シュノンでもいいかな?」
「はい! ノブ君、よろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げる動作に伴って上下に動く双丘……やはりデカいな。Hは超えていそうだ、うん。
「ノブ、専属の関係になるなら、彼女とデバイスの連絡先を交換しておくと良い」
「おぉ、確かに。シュノンいいかな?」
「はいっ!」
シオン先輩のアドバイスに従って、シュノンとフレンド登録をした。
初フレンドと思いきや、掃きスロの地図を送ってもらったときに同じ班のメクルが登録されていたみたいだ。
「ノブ、シュノン、我々も良いか?」
「勿論です」
「は、はい!」
「え、紫音ちゃん、ボクもノブ君の連絡先を!?」
そして流れでシオン先輩と、ナナミ先輩の連絡先までゲット!
前世じゃ女の子の連絡先とは無縁だったのに、一気にフレンド欄が華やかになってテンション爆上がりだぞ!
今回はお弁当を買っただけなのに、まさかこんな繋がりを生むとはなぁ。小さな行動が人との縁の紐を紡いでくれたということか。
「同じ掃きスロの仲間として、何か困り事や相談があれば気軽に連絡してくれ」
「ボク、男子の連絡先なんて初めてだ」
「私もです。ノブ君、作って欲しいメニューとか、何でも言ってくださいね!」
ん? 今何でもって?
好きなもの作ってもらえるのは、有り難いな。
「今後シュノンのように生産職の専属を増やしていくなら、早めに3種くらいは取っておいた方が良いかもな」
「もうクラブ4段をクリアしてるノブ君なら、ササッと冒険者免許も取れちゃいそうだね」
冒険者になるための資格か。
3種が一番簡単に取得できる資格で、ダイヤのダンジョン全域への入場許可だったよな。
受験の条件はクラブの踏破章が、4枚。おぉ、いつの間にか満たしている。
あとは軽い筆記と実技を受けて合格だ。第3種冒険者免許は落ちる方が難しいくらいと聞くレベル。
「いずれ取ろうと思ってましたし、受験しようかな」
「早い方が良いぞ。今の時期の新入生はクラブ2段や3段を攻略中だが、来週辺りにはクラブ4段のクリア者が続出する」
「そうなってくると試験会場がすっごく混んじゃって、なかなか予約も取れなくなるからさ」
「そうなんですね。お、日曜に予約できるみたいなんで、今しちゃいます」
冒険科の先輩方のアドバイスに従って、早めに受験することに決めた。
合格すれば、一応国家資格持ちと胸を張ることができそうだ。
資格を取る意味としては、入場制限のあるダイヤ以降のダンジョンに入れるようになったり、資格を持った人がシュノンのような生産系の子が作成したアイテムを購入・使用すると、作った人の評価も結構上がるようになる。
他にも、アイテムの買取金額が少し上がるとかもあるんだが……アイテムを取り出して売れない俺には関係ないけどな!
ちきせう。ひもじい……。
「はぁ、もっと別の金策も考えないとなぁ……」
思わず溜め息と本音が漏れ出てしまう。
すると、すかさずシュノンがバッと身を乗り出してきた。ゆ、揺れ……。
「ノ、ノブ君! お金に困ってるなら私がアルバイトとかして、稼いできますから!」
「ちょ、いやいやいや、待て待て。気持ちだけで十分だから。そんな貢ごうとしないで」
包容力がすごい反面、男をダメにしそうな子だ。
俺は決してヒモにはならないからな!
あ、なんか幼馴染の顔がチラついたけど、ちゃ、ちゃんと借金は返しますんで……はい。
「くっ、甲斐性のある専属料理人で良かったじゃないか、ノブ」
「あはは、ノブ君、もうヒモになっちゃったら?」
面白がる先輩方に、本気で心配してくれているシュノン。
可愛い女の子たちの連絡先を一気に3つも手に入れ、専属料理人までできて、順風満帆に見える学園生活。
しかしその実は、借金だらけの大貧民。
俺は『アイテム売れないバグだけでも修正してくれ!』と天を仰ぐことしかできず、そんな願いも虚しく空の彼方に霧散していくだけなのであった。




