001話 ♣️初段
馬場野生。
それが、この世界における俺の名前だ。
かつての俺がごくありふれた日本人だった記憶を思い出したのは、ほんの数時間前のこと。
皇立伏木野ダンジョン学園へと向かう道すがら、ザ・日本人な見た目の黒髪美少女とすれ違ったことがきっかけだった。なかなか可愛い子だったな、うん。
どうやら俺は、前世でプレイしていたローグライクRPG『最!果てのダンジョンへ!!』通称『もてダン』の世界に、モブキャラとして転生してしまったらしい。
男女比は1:52。男が絶滅危惧種の希少生物のように扱われ、強力な女性たちから保護対象とみなされる、歪なまでに女性優位なゲーム世界に。
「……次。馬場、野生さん……じゃなくて、えっと、読みはワイルド、君? でいいのかな?」
試験官の先生の戸惑った声に、俺は現実から引き戻される。
俺には、この世界で生まれ育った記憶もあり、男がダンジョン攻略を目指すことへの異常性や危険性を心得ている。周りの女性たちのどよめきは、当然の反応だな。
「はい、先生……残念ながらワイルドの方です」
うん、前世の感覚を思い出しちゃうと、俺の名前って、割とキラキラネームなんだよなぁ。
ちなみに俺の前世の名前は信弘だった。さっき漢字を読み間違われた「ノブ」って呼ばれる方がとてもしっくりくるのだが……。
「わ、私、ちゃんと男性見たの初めてかも……」
「冒険科に男の子いるんだねー。なんか、守ってあげたい!」
「是非とも一緒のクラスになってお近づきに!」
「あぁ、あの憂いに満ちた表情……素敵です」
「男の子だから初めてのダンジョン不安だよね~、ウンウン(後方腕組み)」
「ふん、非力な男にダンジョン攻略なんてムリでしょ」
などと、視界の端で同級生の女子たちが、さまざまな反応を示していた。
試験のプレッシャーとか、ダンジョンが怖いとかは全くない。むしろ楽しみなくらいだ。
ただ自分の名前に違和感を覚えているだけだったのだが、彼女たちの目にはひ弱な男性がおよび腰になっているように見えるのだろう。
このような反応こそ、この世界の正しい光景なのである。
「では、ワイルド君。準備はよろしいでしょうか? 今から実技試験ですが、危険を感じたら直ちに救難信号を送ってくださいね。えっと、その……途中で怖くなっても送って良いですからね」
最後の方は俺の耳にだけ届くように囁いて伝えてきて、少しくすぐったかった。
先生としても、男性がダンジョン攻略するのは不安なのだろう。
この世界の常識では、男性がダンジョン学園に入るなら、男性専用の普通科みたいなとこを選択する場合が多い。ダンジョンの最奥を目指す「迷宮冒険科」を男が希望していることは、かなり珍しいようだ。
まぁ、ダンジョンに挑戦する野生的な男なんて、ほとんど存在しないため、好奇の目に晒されるのは致しかたなし、だな。そんな世界でダンジョンに頻繁に潜ってた俺の父親って一体……まぁ息子にワイルドなんて名前を付けるんだから、父親もワイルドな漢だったのだろう。
周囲の様々な反応をよそに、俺は眼前に聳え立つクラブの意匠が施された巨大なダンジョンの入口に目を奪われていた。
いよいよ、幾度となくプレイしたあの不思議な世界を、現実のものとして体感できるのだ。
「よし、行くか」
俺はこの世界のチュートリアルとなる、クラブの初段「勤勉なる幸福」に足を踏み入れた。
◇
ゲートを潜ると、そこは、摩訶不思議なダンジョンの世界。
牧歌的な雰囲気の草原が広がる景色。
ほどよく固められた土の道をシューズ越しに踏みしめる感触。
そよそよと肌を撫でてくる気持ちの良いそよ風。
画面越しに眺めることしかできなかった全てが、圧倒的な現実味に彩られていく感覚がたまらなく心地良い。
思わず足踏みして数ターンを無駄に経過させてしまったが、そのターン経過でさえも、感動を一入にさせる要素であった。
このダンジョンで行われるチュートリアルは、基礎的な操作の確認程度である。
歩き方、走り方、斜め移動のやり方、道具の拾い方や使い方。
そして、ターン制のゲームであることを理解できる、モンスターとの戦闘!
「よし、初戦闘だ。モンスターは、1マス先だから素振りしてこっちに引き寄せてっと」
RPGの序盤の敵と言えば、お馴染みのスライム。もとい、ミニスライムが最初の敵だ。
まぁ、この世界はモンスターといっても「人外娘」というモンスター娘なキャラデザばかりなので、ちっこいスライム娘って感じだな。
だが敵であることに変わりなし。
しっかり戦って、この世界特有の戦闘の感覚を体で覚えよう。
早速、先制拳をお見舞いする。
そうすると、次はミニスライムのターンになって攻撃をくらうことになる。
リアルタイムの戦闘でなく、交互に自ターンと相手ターンを繰り返していく感覚が、ゲーム世界に転生したんだという気持ちをより一層高めてくれた。
こっちが動かなきゃ相手もジッとしていてくれる。
うむ、じっくり間近で見ると可愛らしいデザインだ。
ちょっと倒すのが申し訳なくなるが、モンスター相手にそんなことも言ってられないのでトドメのパンチをお見舞いする。
ミニスライムはHPが尽きると、霞のようにフッと消えていった。
確かゲームでは敵の人外娘は実体ではなく、ダンジョンの魔素によって作られたコピーみたいな扱いだった気がする。
リアルな世界になって敵の亡骸とか残ったら罪悪感がすごそうだったし、ゲーム設定そのままで助かるところだ。
「よし、これなら問題なく戦えるな。じゃあ次の階段へ移動して……2階は何のチュートリアルだったかなぁー」
階段のマスで次のフロアへ移動を選択する。
新たなフロアに降り立つと、部屋の真ん中にポツンとアイテムが落ちているのが目に入った。
あれは、投擲用の石かな。
このまま、石が落ちているマスの上に移動してみると……
>「石ころ×5」を拾った
その瞬間、ウィンドウから1枚のトランプカードが現れ、石がカードの背面に空いた謎の穴に吸い込まれていった。
「おぉっ、カードが浮かび上がって……アイテムスロットに収納されたのか。実際に見ると面白いシステムだな」
このゲームのバックパック要素は、このトランプカードに空いた「アイテムスロット」が担っている。
全部で52枠アイテムを持ち歩けるって感じだな。石ころは複数所持できる重なるアイテムなので、埋まるのは1枠分のスロットだ。
「でもこれ、使うときはどうしたら……って、おぉ!? 収納したカードから取り出そうと思っただけで手元に来るのか」
これを投げれば、固定10ダメージの投擲アイテムとして使える。
カードから取り出しても使用しなければターンは経過しないので、そのまま仕舞えば問題なさそうだ。
空中にウィンドウを表示させると、全ての所持アイテムも確認することも可能、と。
ゲームが現実になったことで不便なところがあるかもと覚悟していたんだが、杞憂だったようだ。非常にやりやすい仕様で助かるよ。
そのまま次の部屋に向かって行くと、どうぞ遠くから石を投げてくださいと言わんばかりの眠っているモンスターがいた。
今回も序盤でお馴染みのゴブリン。正確にはゴブリナというゴブリン娘なのだが。
ただ、先程のミニスライムよりかはちょっと強いので、石を投げて先制ダメージを与え、弱らせて倒すのがセオリーとなる。
だが……
「……別にアイテム使わず、ガチっても勝てるよなぁ」
俺は寝ているゴブリナにそっと隣接し、頭の上から拳を振り下ろす。
バシッというダメージ音があたりに響き、衝撃で目覚めたゴブリナが、寝起きながらもお返しとばかりに攻撃を繰り出してきた。
寝起きなのに良いパンチしてくるじゃないか。こういうところもちゃんとゲームシステムに則ってるって感じだな。
「一撃で3割くらい削られたか。けど、先制した1発が効いてるし、何とかダメージレースで勝てそうだ」
そのままボコボコと殴り合うと、体力を1割残して勝利することができた。
チュートリアルだからと油断していたが、1発でもこっちの攻撃が空振りしていたら、倒されていたかもしれない。
反省しつつ、報酬とばかりに次の階段部屋に落ちていた2つのアイテムを拾い上げる。
>「こん棒」を拾った
>「木の盾」を拾った
ウィンドウにはチュートリアルメッセージが表示され、武器や防具の装備のやり方が書かれていた。
このゲームのカードスロットは、それぞれトランプの記号や英数字が書かれており、Aの枠は装備スロット専用の枠になっている。
こん棒をスペードAのスロットに、木の盾をハートAのスロットに移してみると……
>「こん棒」を装備した
>「木の盾」を装備した
……よしよし、しっかり両手に装備されたな。
それにしても、持っているのに持っている感があんまりないというか、何とも不思議な感覚だ。
重さとかも特に感じない。便利ではあるけど、装備してる実感が薄いなぁ。
そんなことを考えながら階段を降り、次のフロアへ。
そうそう、クラブの初段は全4階のダンジョンである。
ゲームの時の記憶をかなり鮮明に思い出してきたことで、3階が罠と巻物アイテムのチュートリアルだと思い出した。
まずは部屋のど真ん中に見え見えの矢の罠。
スルーしても良し、踏んでどうなるか確認しても良し。そして……
「……矢を稼いでも良しってね」
罠から2マス離れて石を投げると、カチッと小気味良い音と共に矢が飛来して壁にぶつかって落ちる。
実はこれ、男キャラが非力だからできるちょっとした裏技みたいなものだ。女キャラだと力の初期値が高すぎて石を投げたらめっちゃ飛んでくから罠を絶対に発動させられない配置になってるんだよな。
ヒョイッ、カチッ、ビュンッ、ストン。
ヒョイッ、カチッ、ビュンッ、ストン。
うん、地味だ。
地味だけど、序盤の矢稼ぎは楽しい。
これを罠が壊れるまで続けて……と。
>「木の矢×20」を拾った
>「乱れ斬りの巻物」を拾った
あとは落ちてた巻物も拾った。部屋全体にダメージを与える消費アイテムで、次のフロアで3体同時に敵が出てくるので、それを一掃できちゃう代物である。
「ただ、通路まで誘導して一体ずつ倒せば、ケチれるよなぁ」
出てきたモンスターはスライムとゴブリナとピクシー。武器と防具も装備したことだし、囲まれないようにさえすれば特に脅威ではないため、アイテムを温存することにした。
レベルも2に上がり、このダンジョン最後の4階へ。
確か部屋が7つあるフロアで、手前3部屋、中央3部屋、奥に1部屋って構造だ。
奥にダンジョンのボスがおり、ちゃんと各部屋を探索してアイテムを集めることが大切になる。
ボス部屋以外には各部屋1つずつアイテムが落ちており、敵も1体ずつ湧いている。
落ちているアイテムのうち、半分がボスの対策アイテムである。そう、ボスはこのフロアの敵を全て倒してレベル上げをしても、普通に戦うだけでは勝てない仕様になっている。
ちゃんとアイテムを活用してボスをどうにかしてね、という最後のチュートリアルだ。
>「明かりの巻物」を拾った
>「場所替えの杖[5]」を拾った
>「吹き飛ばしの矢×3」を拾った
>「力の腕輪」を拾った
>「回復の花」を拾った
>「257チップ」を拾った
サクサクモンスターを倒してレベルは4になり、アイテムも6つ全て回収完了。ちなみに「チップ」というのはこの世界のお金である。
これらのアイテムの中で、3つがボスに対抗できるアイテムになっている。
そして、最後に重要なのはこのダンジョンの評価基準であろう。
その基準というのは、クリア時にどれだけこのダンジョン固定の床落ちアイテムを持ち帰ることができたか、というものである。
さて、このダンジョンのボスを確認してみよう。
ボスモンスターは「ヤドリギ」という名前で、階段の上に陣取っており、プレイヤーが部屋に入っても動かないモンスターである。
動かないし、モンスターの下に階段があるなら「倒す」か「どかす」しかない。
しかし、ヤドリギは自然回復力が高く、また、キャラクターが隣接しているとドレイン攻撃をしてくるという、回復耐久系の厄介なモンスターなのだ。
であれば、吹き飛ばしたり場所替えしたりという手段でどかすのが正攻法となる。一応、倒すなら「チップ砲」というお金を投げて固定大ダメージを与える手段もあるのだが、せっかくのお金が勿体無いので、その方法はやめておく。
とまぁ、本来の正解は「場所替えの杖」「吹き飛ばしの矢」 「257チップ」の3つであるが、今回に限っては別解が存在する。
そう、3階で稼いだ「木の矢」を使えば良いのだ。
俺はダイヤAのアイテムスロットに「力の腕輪」を装備し、力が+3されたことを確認すると、木の矢が収納されたアイテムスロットのカードを顕現させる。
そして、カードをヤドリギに向けると、「っ撃ぇぇぇ!」と声を上げ、20本ある木の矢を撃ち込みまくった。
力の腕輪のおかげで与えるダメージが増し、ヤドリギの自然回復量よりも、少しだけダメージが上回っている。
ドレインもできず、徐々に体力が削られていったヤドリギは、最後の20本目の木の矢の命中と同時に倒れ、下にあった階段が露わになった。
こうして、俺は元々「床に落ちていた全てのアイテム」を温存することに成功し、悠々と最後の階段を降りていくのだった。
用語
ガチる→アイテム等を使わずに通常攻撃のみで戦う




