012話 先輩と先輩
「マップだと、このもっと先か」
メクルにもらった地図によると、「掃き溜めスロット」のある場所は、ダンジョン学園の敷地の端の方に位置する総合教養学部・職業系統学科棟にピンが刺されていた。
学科棟でさえ頻繁に人が往来するような場所でなく、ひと気の少ない閑散とした環境だ。さらにその地下にあるとのことで、これは一般の生徒たちなら誰も寄り付かないだろうな、と思いながら重い足取りで歩みを進める。
しかしまぁ、ゲームでもこんな学園の端っこ、細部までは描かれていなかったよな。施設案内の授業では聖地巡礼気分でテンションが上がった俺だが、ゲーム時代では行けなかった未知の場所というのも、また興奮できる要素なのかもしれない。
そんなことを考えながら無事学科棟に到着した。地下への階段を降りると、所々で電気がチカチカと消えかけており、おどろおどろしい雰囲気が漂う廊下に出た。その薄暗さと俺の中で変に上がったテンションが作用して、まるで肝試しでもしているかのような感覚になっていく。
そのまましばらく進むと目的の場所、「多角的才能開花準備室」と書かれた札の掛かった部屋まで辿り着いた。扉の隙間から明かりが漏れており、人のいる気配が確かに感じられる。
誰もいなさそうならさっさと帰ろうと思っていたが、仕方ない。俺はドキドキ感からノックをすることなど忘れ、そのまま意を決して扉を開け放った。
「失礼します! 案内見て来た馬場野生で……す?」
「ほぇ!? 男子!? なんで男子が!?」
「おい七海、騒がしいぞ」
部屋の中にいたのは、2人の女子生徒だった。
七海と呼ばれた、柔らかそうな藍色のショートヘアのボーイッシュな女性は、ローファーを脱いでソファーに寝転がりながら、何か小説のような本を読んでおり、彼女の横にはお菓子の袋が置かれていて……随分とゆるいというか、完全に寛ぎきっている。
もう一人の、紫の長髪を地味めな髪留めでまとめた容姿端麗な女性は、デスクの椅子に背筋をピンと張った美しい姿勢で座っていた。少し吊り目の端正な顔立ちからは真面目なオーラが漂っている。
「いやぁ、ごめんごめん。今日は誰も来ないかもと思ってたからさ、ゆったりしちゃってたよ」
「七海、学園からの案内を見ていなかったのか? 冒険科1年の男子が呼び出しをくらっていただろう」
「えぇ!? 紫音ちゃん、教えといてよぉ。ボクだらしない先輩って思われちゃったじゃん」
「はぁ、私が長めにここにいることから不思議に思ってくれ。七海だけで対応できるか分からないから、今日は残っていたんだ」
えっと、何やら想像していた「不良生徒の溜まり場」とは全く違う、放課後のゆるゆる空気が流れているな。
「あれ、お二方とも先輩方ってことですよね? 先生はどちらに?」
そんな俺の質問に七海先輩はキョトンとした顔になり、紫音先輩は「やはりそうか」と言いたげに得心したような表情になった。
「え? 今日はいないよ。先生に相談したいなら毎週月曜日に来るからね」
「七海、案内の文面を読んでみろ。『本通知を確認次第、速やかに指定の準備室までお越しください』って書いてある。だから、この男子は素直にやって来たんだ」
「えっ? このお知らせ出した人、掃きスロのこと知らないのかな」
「恐らくそうなんだろう。とりあえず落ちこぼれ男子を掃きスロに送っておこうというだけの雑な対応に見える。だから私が説明しようと思ってな」
「紫音ちゃんは相変わらず真面目さんだね。攻略で忙しいのに来てくれてたんだ」
「なるほど、そうだったんですか。七海先輩と紫音先輩、教えてくださりありがとうございます」
俺はとりあえず、親切に教えてくれた二人にお礼を言った。
というか、学園よ、どうなっているんだ。大々的に呼び出しておいて「先生はいませんでした」って。せめてちゃんと「月曜日にお越しください」って書いといてくれよ、まったく。
「おっと、ボクたち自己紹介まだだったね。ボクは冒険科2年2組の渡七海だよ」
「同じく迷宮冒険科2年2組の後鳥羽紫音だ。2年の落ちこぼれではあるが、先輩として何か困ったことがあれば相談に乗ろう」
「ボクもお姉さんだから、気軽に何でも相談してね。なんか、後輩がここに来るのって初めてだから可愛く見えるよ~」
「そうだな。ふむ……なかなか……」
ナナミ先輩は異性としてというより純粋に後輩を可愛がる視線を向けてくるのだが、なんかシオン先輩の視線が、俺の鎖骨あたりに向いている気がする。堅物そうな印象だったが、もしかして、むっつりスケベな先輩なのかもしれない。
おっと、俺もとりあえず自己紹介はしておこう。
「俺は1年2組の馬場野生です。よかったらあだ名がノブなんで、ノブって呼んでください。七海先輩、紫音先輩、よろしくお願いします」
「うん、わかった。ノブ君よろしくね」
「あぁ、了解した。ノブ、よろしくな」
さて、先生がいないとなると帰ってさっさとダンジョン攻略したいところだが、一応ここがどんなことをする場所なのかは知っておきたいな。
「先輩、この『掃きスロ』って場所ではどんなことするんでしょうか? 先生がいたら何か相談するんですかね?」
俺は率直にそんな疑問を投げかけてみた。
「えっとね、ここでは適性診断というか、色んな可能性を探ってその人にあった道を見つけたり、今所属してる科にいられるようにするためにお悩み相談したりするところって感じかな」
「指導員の先生がお二方いてな。色んな可能性を一緒に考えてくれる優しい先生と、努力の方向性を示してくれる少し厳しめの先生だ。その先生方に相談しつつ、掃きスロに来ているメンバーもお互いに協力しながら最善の道を探していこう、という場所だ。といっても、普段は落ちこぼれの溜まり場ではあるがな」
なるほどな。すぐに転科先を探すってわけじゃなくて、冒険科にいられるように、どう頑張ったらいいかの相談もできるのか。これは良いことを聞いたな。
ちょっと厳しい先生らしいが、俺の場合、その人メインで相談していけば冒険科をキープできるかもしれない。希望が見えてきたぞ。
「なるほど、大体理解できました」
「差し支えなければ、これから一緒に活動するかもしれない我々に、君の悩みを教えてもらってもいいかな? 勉強方面であれば私が教えられるが……冒険科というからには、別の悩みの線が濃厚か」
「冒険科は別に勉強できなくても大丈夫だもんね。ボクたちはダンジョンの攻略の進み具合がダメダメでさ、ギリギリ進級できたけどまだまだ危ない感じなんだ」
ナナミ先輩はダメダメそうなのがなんとなく分かるが、シオン先輩もそうなのが意外だ。あー、勉強はできても実技が苦手なタイプってことなのかもしれない。
「俺の悩みは、アイテムや素材を売れないって感じですね。クラス分け試験のときも、アイテムを持ち帰ったのにスロットから取り出せなくて。それで『何も持ち帰れなかった』判定で、最低の成績つけられちゃったんですよ」
「あらら、それは災難だったね。それじゃあ、ノブ君も『運命のいたずら』持ちってことなのかもね」
「ふむ。アイテムが取り出せず、売れないのか。現状の一番の悩みは何だ? せっかくここに来たのだし、同じ掃きスロの仲間として、私たちも一緒に考えよう」
おぉ、優しい先輩方だな。掃き溜めという言葉にビビッて嫌な想像していた少し前の自分に、「めちゃくちゃ良い先輩たちがいるとこだぞ」って教えてあげたい。
「一番の悩みとしては、やっぱり金欠なんですよね。稼ぐ方法が全然思いつかなくって……」
「あー、そうだよねー。金欠かー。何か力になってあげたいけど、ボクも一緒でお金に余裕がないからなー」
「掃きスロメンバーは金銭面の悩みが多いからな。金策、稼ぐ手段か……。すまない、偉そうに言っておいて我々では力になれそうもないな」
「お金以外の悩みはどうなのかな? 攻略がうまくいかないとか」
「ダンジョンの情報共有とかなら、何かサポートできることはあるかもしれない」
今日会ったばかりの後輩の悩みを聞いて、真剣になって考えてくれている。ありがたいことだな。
ただ、シオン先輩の視線が、今度は俺の手の甲あたりにロックオンされている。男性の角張った部位がフェチなのだろうか。やはりムッツリさんだ。
「あ、攻略そのものは問題ない感じです」
「あれ? 攻略に行き詰ってない冒険科なのに、ここに送られてきたんだ。えーっと、それって変だね」
「七海、あの案内からして変だったろう。時期的にもおかしいことは明白だ」
「となると、ノブ君の悩みは本当に『お金が稼げない』ってことだけになりそうかー」
「しかし、冒険科の収入源はアイテムや素材の売却くらいしかないぞ。……男であることを利用して、パトロンでも見つけるか?」
ちらちらと、俺の鎖骨や手の甲を見つめながらのシオン先輩の発言で、背筋に何か寒いものが走る。
「いや、ちょっとそれは……」
もうパトロンというか、元婚約者の幼馴染から大量に借金してる状態です。
この世界ではパパ活ならぬママ活とかあるのだろうか。いや、流石に危険だよな。いくら男性が希少な世界だからって、そういう方向で資金調達を考えるのはよそう。
「他に収入としては、依頼の報酬とかが考えられるけど、それも特定のアイテムや素材集めばっかりだからなー」
「……七海、それだ」
「え? でもアイテム取り出せないんじゃ、依頼を受けても意味ないよ?」
「違う、『収集以外』の依頼だ。確かにほとんどが収集依頼だが、探せば他にも何かあるかもしれないだろう」
「おぉ、確かにそうだね! ノブ君、依頼掲示板を見てみるのはどうかな?」
「学園の中心に『シャッフルホール』という、各学部の生徒が大勢集まる場所がある。あそこの掲示板なら、何か変わった依頼が見つかるかもしれない」
依頼、つまりはクエストか。確かに収集した素材やアイテムの納品クエストばかりが思い浮かぶが、ゲームがリアル世界になったことで、受けられる依頼の種類が増えている可能性は十分に考えられる。
これは、光明が見えてきたのではないだろうか。
「先輩方、本当にありがとうございます!」
問題を解決する糸口を見つけてくれた素敵な先輩方に、勢い良く深々と頭を下げて礼を告げる。二人は謙遜しながらも、別れ際に応援の言葉をかけてくれた。
そして俺は軽い足取りで掃きスロを後にして、依頼を探すために最も人が入り乱れる学園の交流スペース「シャッフルホール」へと向かって行くのだった。
◇
「ノブ君、素直で良い子だったね」
「あぁ。我々と同じく、転科ではなく冒険者への道を歩み続けたいという《《諦めない意志》》を感じたな」
「うん。……彼も、運命に翻弄された存在なんだよね」
「アイテムを取り出せない、だったか。本当に、人によって様々な試練が与えられているものだな」
愁いを帯びた表情の紫音ちゃんを眺めていると、ボクも少し感傷的な気分になってしまう。
彼女、後鳥羽紫音の抱える「運命のいたずら」は非常に重いものだ。
その制限は「武器や防具を一切装備できない」という、ダンジョンでモンスターとまともに戦うことすら許されない理不尽なもの。
それでも、彼女は徹底した準備と、低難易度のダンジョンで死に物狂いの周回を重ね、何とかダンジョンの攻略を進めてきている。ボクはそんな紫音ちゃんを、友人として本当に尊敬している。
――ボクは、どうだろうか。
ボクにも運命のいたずらはあるけれど、ダンジョンを攻略できない一番の理由は、ボクに才能が全くないからだ。紫音ちゃんとは違って、ボクは運命のいたずらがあるからと、言い訳にさえしてずっと足踏みしているだけだった。
けれど……先ほどのノブ君の顔が脳裏に浮かんでくる。
あんなに理不尽なハンデを背負っているのに、彼はわずかな可能性を一つ見つけただけで、パァッと目を輝かせて前を向いたのだ。
後輩が入学してきて、実際に「先輩」と呼ばれて、ボクの心は強く突き動かされていた。
このままではいけない。才能がないことを、運命のいたずらがあることを、理由にして立ち止まってばかりじゃいけないんだ。
可愛い後輩に、これ以上カッコ悪い先輩の姿を見せ続けるわけにはいかないよね。
そうだね。ボクももっと、頑張らないとな……。




