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無銘の剣と灰色の制服  作者: 伊佐波瑞樹


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第七十七話 



 翌朝。


 王立グランセル魔導学園の空は、明るく晴れていた。


 雲は白く、遠い。


 朝日は校舎の石壁を柔らかく照らし、尖塔の先を淡い金色に染めている。


 中庭の芝には夜露が残っていた。


 光を受けた雫は、昨日よりも少し強くきらめいているように見える。


 風は穏やかで、旗はゆっくり揺れていた。


 木々の葉が擦れ合う音は小さく、噴水の水音はいつも通りだった。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 その音を胸の奥で聞きながら、レオン・ヴォルツは寮の部屋で手帳を開いていた。


 昨夜の最後の一文。


 補正を受け取る器量とは、全てを飲み込むことではなく、責任を持って選びながら、それでも他者の声を拒まないことだ。


 ローゼンベルク家の詳細返答。


 ヴォルツ家の再判断返答。


 二つの封書が届いた。


 どちらも、無条件の承認ではなかった。


 どちらも、甘いだけの言葉ではなかった。


 ローゼンベルク家は、エリシア本人の意思と学園所見を尊重した。


 通常交流継続に異議なし。


 ただし、対人距離や学業、判断、立場が適切に保たれているか、今後も確認。


 ヴォルツ家は、第五班の通常活動継続に異議なし。


 ただし、正式承認ではなく、学園内における教育的協力関係として継続観察。


 過度な依存および責任回避が生じないよう、学園側に監督を求める。


 そしてレオンには、判断責任を放棄せず、他者の補正を受け取る器量を求めた。


 条件はある。


 観察もある。


 次回定期報告もある。


 だが、第五班は続く。


 エリシアとの通常交流も続く。


 その事実が、今朝になってようやく少し現実味を持ってきた。


 昨日は、父の返答を受け取るだけで精一杯だった。


 切られなかった。


 正式承認ではない。


 問いをもらった。


 他者の補正を受け取る器量。


 その言葉をどう受け止めるか。


 それだけで胸がいっぱいだった。


 だが、今日は違う。


 今日、学園側から正式に共有されるはずだ。


 第五班の通常活動継続。


 ローゼンベルク家およびヴォルツ家の返答を踏まえた学園側の扱い。


 つまり、周囲の生徒たちにとっても、第五班が“続いていい班”として見える日になる。


 疑われた班。


 噂された班。


 公開評価で示した班。


 両家の返答を受けた班。


 そして、続いていいと学園から確認される班。


 レオンは手帳へ今日の最初の一文を書いた。


 続いていいと言われた日、普通の教室が少し眩しい。


 その下に、もう一行。


 許可の後に戻る日常は、以前と同じ形をしていても、同じ重さではない。


 ペンを置く。


 今日は、特別な戦いの日ではない。


 公開評価でもない。


 封書を読む日でもない。


 けれど、大切な日だ。


 続いていいと言われた後、どう普通へ戻るのか。


 普通の教室に入り、普通の演習を受け、普通に会話をする。


 それが、今は少し難しい。


 レオンは制服へ袖を通した。


 灰色の布が肩に乗る。


 鏡の中の自分は、昨日より少し落ち着いている。


 だが、目の奥に緊張がある。


 今日も、その緊張を持って中庭へ行く。


    ◆


 寮の廊下は、昨日より明るかった。


 生徒たちの声も、少し増えている。


 もう、ひそひそと重く囁くだけの空気ではない。


 もちろん、全員が大声で騒ぐわけではない。


 だが、第五班に関する言葉には、安堵が混ざっていた。


「第五班、続くんだな」

「学園が今日正式に説明するらしいぞ」

「ローゼンベルク家もヴォルツ家も、条件付きだけど継続異議なしだろ」

「すごいな」

「公開評価、やっぱり意味あったんだな」

「正式承認じゃないってところがヴォルツ家っぽい」

「でも、続くならよかったよ」


 続くならよかった。


 その言葉は、胸に温かく入った。


 だが同時に、少し眩しい。


 周囲が安堵している。


 よかったと言ってくれている。


 それが嬉しい。


 けれど、レオンの胸にはまだ、父の問いが残っている。


 他者の補正を受け取る器量。


 継続観察。


 責任回避ではないか。


 過度な依存ではないか。


 それらはこれからも見られる。


 続いていいと言われたから、すべて終わったわけではない。


 レオンは歩きながら、状態を確認する。


 事実。


 第五班は続く。


 正式承認ではない。


 継続観察。


 学園側の共有は今日ある見込み。


 状態。


 嬉しい。


 眩しい。


 少し怖い。


 行動。


 中庭へ行く。


    ◆


 中庭には、フィーネ・ルークがいた。


 噴水のそば。


 今日は手帳を開いている。


 だが、書いているのではなく、昨日までのページを見返しているようだった。


 レオンが近づくと、フィーネは顔を上げた。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


 フィーネの表情は柔らかかった。


 けれど、目元には少しだけ戸惑いがある。


「昨日の夜、手帳を読み返しました」


「公開評価の前からか」


「はい。ローゼンベルク家の一次返答、ヴォルツ家の正式返答、公開評価、正式報告書、詳細返答、再判断返答……」


 彼女は少し笑う。


「たくさん待ちましたね」


「ああ」


「そして、たくさん書きました」


「そうだな」


 フィーネは手帳を胸に抱えた。


「今日の共有です。続いていいと言われたのに、急に普通に戻るのが怖いです」


「普通に戻るのが?」


「はい」


 彼女は噴水を見る。


「今までずっと、何か大きなことがありました。返答を待つ、公開評価へ向ける、報告書を待つ。昨日までは目の前に大きな課題がありました」


 一拍。


「でも今日は、普通の授業に戻るんですよね。それが、少し怖いです」


 レオンは頷いた。


 わかる。


 大きな危機の中では、やるべきことが見えやすい。


 だが、普通へ戻る時、人は足場を見失う。


「良い共有だ」


 レオンは言った。


「俺も、普通の教室が少し眩しい」


 フィーネは微笑んだ。


「同じですね」


    ◆


 アルト・レイヴンは、少し早足でやって来た。


 顔には明るさがある。


 だが、どこか落ち着かない。


「おはようございます」


「ああ」


「おはようございます、アルトさん」


 アルトは二人の前で立ち止まると、深く息を吐いた。


「今日、みんなに“よかったね”って言われそうで、嬉しいけど怖いです」


「なぜ怖い」


 レオンが聞く。


「続くことになったから、もう大丈夫だと思われるのが怖いです」


 フィーネが静かに頷く。


 アルトは続ける。


「実際は、継続観察だし、次回定期報告もあります。俺たちもまだ、普通に戻る途中です」


 一拍。


「でも、周りから見たら、解決したように見えるかもしれない」


 それは確かにある。


 外から見れば、第五班は存続した。


 ローゼンベルク家もヴォルツ家も、即時解消を求めなかった。


 なら、もう終わった。


 そう見える。


 だが、当事者にとっては、ここから続ける日々がある。


「今日の共有です。周りの“よかったね”に、ちゃんと返したい。でも、もう全部終わったように振る舞うのは怖い」


「良い共有だ」


 レオンは頷いた。


「ありがとうは言っていい」


「はい」


「でも、全部終わったわけではないと、自分の中では忘れない」


「はい」


    ◆


 ユーリス・ベルクは、今日は軽い顔で来た。


 ただ、その軽さは本当に少し戻ってきたように見えた。


 彼は片手を上げる。


「おはよう」


「ああ」


「おはようございます」


「おはようございます、ユーリスさん」


 ユーリスは噴水の縁に寄りかかる。


「今日、俺、浮きそう」


 最初の一言がそれだった。


 フィーネが少し笑う。


「わかりやすいですね」


「わかりやすい方がいいだろ」


 ユーリスは肩をすくめる。


「両家の返答が一段落して、第五班続くってなった。正直、嬉しい。だから軽くなりそう」


「悪いことではない」


 レオンが言うと、ユーリスは頷く。


「うん。でも、軽くなりすぎると条件を忘れる」


 アルトも頷く。


「それ、俺もあります」


「今日の共有。嬉しくて浮きそう。軽口も増えそう。でも、条件は忘れない」


「良い共有だ」


 ユーリスは少し笑った。


「あと、普通に話す練習も継続だな」


 フィーネが微笑む。


「普通に走る、普通に話す、次は普通に続けるですね」


「難題だな」


    ◆


 少しして、エリシア・フォン・ローゼンベルクが来た。


 今日は表情が穏やかだった。


 昨日までの緊張が少し解けている。


 けれど、彼女もまた、完全に浮かれてはいない。


「おはようございます」


「おはようございます、エリシア様」


 フィーネが返す。


 レオンも頷く。


「ああ。おはよう」


 エリシアは五人の輪に入る。


 距離は自然だった。


 近すぎず、遠すぎず。


 昨日よりも、少しだけ自然にそこへ立てている。


「今日、学園から正式に共有があるそうですね」


「ああ」


 レオンは答える。


「第五班の通常活動継続」


「はい」


 エリシアは少しだけ微笑む。


「嬉しいです」


「俺もだ」


「でも」


 彼女は手帳を胸に抱えた。


「今日の共有です。嬉しいからこそ、普通の距離を雑にしないようにしたいです」


「普通の距離」


「はい。私の家も、レオン様の家も、続けることは認めました。でも、条件があります。だから、続いていいと言われたからといって、近づきすぎるのではなく……」


 一拍。


「普通に、丁寧に、続けたいです」


 その言葉は、今日の朝の空気によく合っていた。


 普通に。


 丁寧に。


 続ける。


    ◆


 五人は噴水のそばで、今日の状態を確認した。


 フィーネ。


 続いていいと言われたのに、普通に戻るのが怖い。


 アルト。


 周りから“もう全部終わった”ように見られるのが怖い。


 ユーリス。


 嬉しくて浮きそう。


 条件を忘れないようにしたい。


 エリシア。


 嬉しいからこそ、普通の距離を雑にしないようにしたい。


 レオン。


 続いていいと言われた日常が眩しい。


 だが、父の問いはまだ胸にある。


 確認し終えると、レオンは言った。


「今日は、続いていいことを受け取る」


 フィーネが頷く。


「はい」


「でも、終わったことにはしない」


 アルトも頷く。


「はい」


「浮きすぎない」


 ユーリスが手を上げる。


「はい」


「距離を雑にしない」


 エリシアも頷く。


「はい」


「普通に、丁寧に続ける」


 五人の間に、静かな確認が落ちた。


    ◆


 東棟へ向かう道では、これまでよりはっきり声をかけられた。


 もう、遠巻きの視線ではない。


 かといって、騒がしい冷やかしでもない。


 生徒たちは、少し照れたように、少し慎重に声をかけてくる。


「第五班、よかったな」

「続くんだろ」

「おめでとうでいいのかな」

「いや、まだ継続観察か」

「でも、よかったよ」

「公開評価、意味あったな」

「頑張れよ」


 頑張れ。


 よかったな。


 続くんだろ。


 その言葉のたびに、第五班は小さく頭を下げる。


 フィーネは丁寧に。


 アルトは少し照れながら。


 ユーリスは軽く返しすぎないように。


 エリシアは距離を保ちながら。


 レオンは、短く。


「ありがとう」


 その一言を、何度も言った。


 以前なら、称賛を受け取ること自体が苦手だった。


 今も得意ではない。


 だが、拒まない。


 受け取る。


 そして、条件を忘れない。


 廊下の先で、別の生徒が言った。


「第五班、なんか前より普通に見えるな」


 その言葉に、ユーリスが小さく笑った。


「褒め言葉だな」


「ああ」


 レオンは答えた。


 前より普通に見える。


 それは、きっとかなり大きな変化だった。


    ◆


 教室に入ると、空気が少しだけ変わった。


 昨日までの拍手のような熱はない。


 だが、クラス全体に柔らかな視線があった。


 カイル・ローダンは席で本を閉じている。


 ハルト・グレイナーは窓際に立ち、腕を組んでいる。


 レオンたちが入ると、カイルが静かに言った。


「今日、学園側から正式共有がある」


「ああ」


「内容は、おそらく必要範囲に限られる。家の詳細文面全てが共有されるわけではない」


「わかっている」


「第五班は、共有された後の周囲の反応を受け取りすぎないように」


 レオンは頷いた。


 ハルトが言う。


「浮くなよ」


 ユーリスが笑う。


「俺に言ってる?」


「全員だ」


「だろうな」


 ハルトはレオンを見る。


「お前は逆に固くなるな」


「わかっている」


「本当にか」


「たぶん」


「そこは言い切れ」


「言い切ると嘘になる」


 ハルトが一瞬黙る。


 そして、少しだけ口元を動かした。


「……ならいい」


 カイルが小さく頷く。


「今の方が正確だ」


 正確。


 それは、今の第五班らしい返答だった。


    ◆


 一限目。


 教師は教室へ入ると、黒板の前に立った。


 今日は、いつもより少しだけ正式な空気があった。


 教師は静かに言った。


「関係各家からの返答を受け、学園側の扱いを共有する」


 教室が静まり返る。


 レオンは背筋を伸ばした。


 フィーネも。


 アルトも。


 ユーリスも。


 エリシアも、別席で静かに座っている。


 教師は続けた。


「第五班の協力関係について、公開評価課題正式報告書および関係各家からの返答を踏まえ、学園は通常活動継続を認める」


 通常活動継続。


 その言葉が、教室に広がる。


 生徒たちは静かに聞いている。


「ただし、当該関係は継続観察対象であり、過度な依存、責任回避、対人距離の不適切な曖昧化が生じないよう、担当教師団が引き続き確認する」


 条件も、きちんと共有される。


 レオンは少しだけ息を吐いた。


 良い部分だけではない。


 条件も含めての共有。


 それがありがたかった。


 教師は黒板に書く。


 通常活動継続。

 継続観察。

 日常化。


「本日の主題は、日常化である」


 日常化。


 その言葉が黒板に置かれる。


「危機を越えた後、関係を日常へ戻すことは簡単ではない。周囲は“終わった”と見る。当人は“まだ続いている”と感じる。その差が負荷になる」


 アルトが小さく頷く。


 まさに朝の共有だった。


「ヴォルツ」


「はい」


 レオンは立ち上がる。


「通常活動継続を認められた後、第五班が注意すべきことは何だ」


 レオンは答えた。


「続いていいと言われたことを、終わったことと混同しないことです」


 教師は続きを待つ。


「第五班は続きます。エリシア様との通常交流も続きます。それは事実として受け取ります」


 一拍。


「ですが、継続観察、条件、次回定期報告は残っています。だから、喜びを否定せず、条件も忘れず、日常の中で丁寧に続けることが必要です」


 教師は頷いた。


「良い」


 そして教室全体へ言った。


「日常とは、何も考えないことではない。考えすぎず、忘れすぎず、続けることである」


    ◆


 午前の演習は、通常活動継続後の確認課題だった。


 大きな課題ではない。


 標識一つ。


 護送対象一体。


 魔法人形一体。


 障害壁一つ。


 だが、教師は演習前に言った。


「本日は、通常活動として行う。特別な証明をしようとするな。通常活動継続とは、日常の課題を日常として行うことである」


 日常の課題を、日常として。


 簡単なようで、難しい。


 鐘が鳴る。


 フィーネが報告する。


「敵、正面一。護送、左黄色。障害、中央未起動。標識、奥。状態、普通に戻ろうとして少し硬いです」


 レオンが指示する。


「護送優先。ユーリス左。アルト敵足止め。俺前衛。フィーネ障害」


「はい」

「了解」

「はい」


 動き出す。


 アルトの支援は少し慎重だった。


「周囲に見られている気がして弱めすぎました。必要量へ戻します」


 ユーリスは護送対象へ向かう。


「嬉しくて浮きそう。普通に走る」


 フィーネが報告する。


「障害、起動気配。中央閉鎖の可能性。報告をきれいにしようとしました。項目維持」


 レオンは前衛型を受ける。


 今日こそ普通にやらなければ。


 その思いが指示を硬くする。


 すぐに言う。


「普通を演じようとした。戻る。左回り」


 ユーリスが反応する。


「了解!」


 アルトが支援を入れる。


「風弱。護送補助」


 標識回収。


 護送対象安定。


 台座へ設置。


 課題終了。


 評価は、良。


 教師は言った。


「良。特別な上を狙わず、通常活動として課題を終えた。各員、普通を演じようとする傾向があったが、言語化できた」


 普通を演じようとする。


 やはり、それもあった。


 普通へ戻ることすら、演技になりかける。


 教師は続けた。


「今日の良は、日常化の良だ」


 日常化の良。


 レオンはその言葉を、手帳へ書いた。


    ◆


 昼休み。


 食堂では、昨日よりもはっきりと空気が変わっていた。


 第五班の席が、以前より少し自然に見られている。


 遠巻きではない。


 過度な注目でもない。


 ただ、そこに第五班がいる。


 その当たり前が、少しずつ戻ってきている。


 フィーネが食事を前にして言った。


「今日は、少し普通です」


「そうだな」


 レオンは頷いた。


 アルトも周囲を見る。


「でも、前の普通とは違いますね」


「違うな」


 ユーリスがパンを持ちながら言う。


「いろいろありすぎたしな」


 エリシアは少し離れた席にいる。


 だが、時折こちらへ視線を向け、微笑む。


 近づきすぎない。


 遠ざけすぎない。


 通常交流。


 ユーリスが小声で言う。


「普通の距離、今日ちょっとできてない?」


「できていると思います」


 フィーネが答える。


 アルトも。


「普通って、こんなに難しいんですね」


 レオンは静かに頷いた。


 難しい。


 けれど、悪くない。


    ◆


 放課後。


 中庭には、第五班が集まった。


 エリシアも来た。


 カイルとハルトも、少し遅れてやって来た。


 いつものように、噴水のそば。


 夕方の光が水面に反射し、柔らかく揺れている。


 ユーリスが言う。


「今日、正式共有あったな」


「ああ」


 レオンは頷く。


 フィーネが手帳を開く。


「通常活動継続」


 アルトが続ける。


「継続観察」


 エリシアも。


「日常化」


 カイルが静かに言う。


「学園側の共有としては、妥当だった」


 ハルトが腕を組む。


「騒ぎすぎなかったのもよかった」


 ユーリスが笑う。


「ハルト的には、今日の教室は合格?」


「別に俺が評価することじゃない」


「でも見てただろ」


「見てた」


「素直」


「うるさい」


 少し笑いが起きる。


 その笑いが、以前より自然だった。


 レオンはその輪を見た。


 フィーネ。


 アルト。


 ユーリス。


 エリシア。


 カイル。


 ハルト。


 彼らが、同じ中庭にいる。


 条件もある。


 観察もある。


 家の言葉も残っている。


 それでも、今ここにいる。


 その事実が、胸に静かに広がった。


 エリシアが言う。


「続いていいと言われた日、少しだけ普通に笑えましたね」


 フィーネが微笑む。


「はい」


 アルトも。


「まだ緊張しますけど」


 ユーリスも。


「俺はちょっと浮いた」


「少しだけな」


 レオンが言うと、ユーリスは笑った。


「見えてたか」


「ああ」


 カイルが言う。


「見えていた」


 ハルトも。


「見えてた」


「全員に見られてたのかよ」


 ユーリスが肩をすくめる。


 また笑いが広がった。


 そして、その笑いの後に、レオンは静かに言った。


「続くんだな」


 誰もすぐには返さなかった。


 ただ、その言葉を受け取った。


 フィーネが小さく頷く。


「はい」


 アルトも。


「続きます」


 ユーリスも。


「続ける」


 エリシアも。


「続いていきます」


 カイルが静かに言う。


「日常としてな」


 ハルトが短く付け加える。


「逃げなければいい」


 その言葉に、レオンは少し笑った。


「ああ」


    ◆


 夜。


 学生寮の部屋。


 レオンは手帳を開いた。


 第七十七話。


 続いていいと言われた日、普通の教室が少し眩しい。


 朝。

 両家の返答を受けた翌日。

 ローゼンベルク家。

 通常交流継続に異議なし。

 確認と条件あり。

 ヴォルツ家。

 通常活動継続に異議なし。

 正式承認ではなく継続観察。

 監督あり。

 次回定期報告あり。

 それでも、第五班は続く。

 エリシアとの通常交流も続く。

 続いていいと言われた日、普通の教室が少し眩しい。

 許可の後に戻る日常は、以前と同じ形をしていても、同じ重さではない。


 廊下。

 第五班、続くんだな。

 条件付きだけど継続異議なし。

 公開評価、意味あったな。

 続くならよかった。

 嬉しい。

 眩しい。

 少し怖い。


 中庭。

 フィーネ。

 続いていいと言われたのに、急に普通に戻るのが怖い。

 今まで返答待ち、公開評価、報告書など大きな課題があった。

 今日は普通の授業に戻る。

 それが少し怖い。

 アルト。

 周りのよかったねに、ちゃんと返したい。

 でも、もう全部終わったように振る舞うのは怖い。

 ユーリス。

 嬉しくて浮きそう。

 軽口も増えそう。

 でも条件は忘れない。

 エリシア。

 嬉しいからこそ、普通の距離を雑にしないようにしたい。

 普通に、丁寧に、続けたい。

 レオン。

 続いていいと言われた日常が眩しい。

 でも父の問いは残っている。

 続いていいことを受け取る。

 終わったことにはしない。

 浮きすぎない。

 距離を雑にしない。

 普通に、丁寧に続ける。


 教室。

 カイル。

 学園側から正式共有がある。

 周囲の反応を受け取りすぎないように。

 ハルト。

 浮くなよ。

 お前は逆に固くなるな。

 レオン、たぶん。

 言い切ると嘘になる。

 カイル、今の方が正確。


 講義。

 関係各家からの返答を受け、学園側の扱いを共有。

 第五班の協力関係について、学園は通常活動継続を認める。

 ただし、継続観察対象。

 過度な依存、責任回避、対人距離の不適切な曖昧化が生じないよう、担当教師団が引き続き確認する。

 日常化。

 危機を越えた後、関係を日常へ戻すことは簡単ではない。

 周囲は終わったと見る。

 当人はまだ続いていると感じる。

 その差が負荷になる。

 通常活動継続を認められた後、第五班が注意すべきこと。

 続いていいと言われたことを、終わったことと混同しないこと。

 喜びを否定せず、条件も忘れず、日常の中で丁寧に続けること。

 日常とは、何も考えないことではない。

 考えすぎず、忘れすぎず、続けることである。


 午前演習。

 通常活動継続後の確認課題。

 日常の課題を日常として行う。

 フィーネ、普通に戻ろうとして少し硬い。

 アルト、周囲に見られている気がして弱めすぎる。

 ユーリス、嬉しくて浮きそう。普通に走る。

 レオン、普通を演じようとした。戻る。

 評価、良。

 普通を演じようとする傾向を言語化。

 日常化の良。


 昼。

 食堂。

 第五班が以前より自然に見られている。

 そこに第五班がいる。

 その当たり前が少し戻ってきた。

 今日は少し普通。

 でも前の普通とは違う。

 普通の距離が少しできている。

 普通は難しい。

 でも悪くない。


 放課後。

 中庭。

 第五班、エリシア、カイル、ハルト。

 通常活動継続。

 継続観察。

 日常化。

 騒ぎすぎなかったのもよかった。

 ユーリス、少し浮いた。

 全員に見られていた。

 笑い。

 続くんだな。

 続きます。

 続ける。

 続いていきます。

 日常として。

 逃げなければいい。


 レオンはペンを止めた。


 今日は、普通の一日だった。


 普通の一日だったはずだ。


 けれど、とても眩しかった。


 学園が正式に、第五班の通常活動継続を認めた。


 条件付き。


 継続観察。


 監督あり。


 それでも、認めた。


 教室は騒ぎすぎなかった。


 廊下では、よかったなと言われた。


 食堂では、少し普通に座れた。


 中庭では、笑えた。


 そのどれもが、以前なら当たり前だったのかもしれない。


 だが、今は当たり前ではない。


 続いていいと言われた後に戻る普通は、何も知らなかった頃の普通ではない。


 ローゼンベルク家の条件を知っている。


 ヴォルツ家の問いを知っている。


 公開評価で崩れたことも、報告書に残ったことも知っている。


 それでも、普通へ戻っていく。


 いや。


 以前と同じ普通へ戻るのではない。


 新しい普通を作っていく。


 レオンは最後に一行を書く。


 続いていいと言われた日、普通の教室が少し眩しい。


 その下に、もう一行。


 条件を抱えたまま、考えすぎず、忘れすぎず、続けることが、これからの第五班の日常になる。


 ペンを置く。


 窓の外は夜だった。


 星が見える。


 静かな夜だ。


 第五班は続く。


 明日も授業がある。


 演習がある。


 中庭で話す。


 エリシアとも、普通に挨拶する。


 カイルは淡々と刺してくるだろう。


 ハルトは不器用に見ているだろう。


 フィーネは手帳に書き、アルトは支援を考え、ユーリスは普通に走る。


 その日常が、続く。


 レオンは手帳を閉じた。


 灯りを落とす。


 暗闇の中で、噴水の水音を思い出す。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 水は、特別な日だけ流れるわけではない。


 普通の日にも、同じように流れる。


 第五班も、そうだ。


 特別な評価の日だけではなく。


 封書が届く日だけではなく。


 普通の日に、どう続くか。


 そこから、また答えていく。

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