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無銘の剣と灰色の制服  作者: 伊佐波瑞樹


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第七十五話 

 翌朝。


 王立グランセル魔導学園の空は、重く晴れていた。


 晴れている。


 確かに青は見える。


 雲も白い。


 朝日は校舎の石壁へ明るく落ち、中庭の芝に残った夜露を細かく光らせていた。


 けれど、その光の下にある空気は、軽くなかった。


 胸の奥を押さえるような、静かな重さがあった。


 噴水の水音は、今日も変わらない。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 その音だけは、昨日も今日も、誰の返答も待っていないように続いている。


 レオン・ヴォルツは、寮の部屋で手帳を開いていた。


 昨夜の最後の一文。


 封が見えなくても、呼び出しの足音だけで怖くなる自分を、明日も隠さず持っていく。


 昨日の放課後。


 事務職員が来た。


 封書は持っていなかった。


 だが、レオンの名を呼び、担当教師からの伝言を告げた。


 明日朝、第二面談室へ。


 第五班各員も同席。


 詳細は担当教師より説明。


 ヴォルツ家とは言われていない。


 封書も見ていない。


 だが、流れが似ている。


 前にヴォルツ家から正式返答が届いた時も、第二面談室だった。


 第五班同席だった。


 そして、父の言葉は、認めるより先に試してきた。


 公開評価課題で示せ。


 結果をもって再判断する。


 今、その結果は出た。


 公開評価課題、暫定評価、上。


 正式報告書も送付された。


 学園は、第五班の協力関係継続を妥当とする所見を添えた。


 ローゼンベルク家は、学園所見を尊重した。


 エリシア本人の判断も、判断として受け止められた。


 次は。


 ヴォルツ家。


 父。


 レオンは手帳へ今日の最初の一文を書いた。


 父の返答は、いつも答えではなく問いとして届く。


 その下に、もう一行。


 許されるかどうかだけを待つのではなく、自分が何を選ぶかを聞く。


 ペンを置く。


 手が少し震えている。


 昨夜より、震えは小さい。


 だが、確かにある。


 怖い。


 父が、どう読むのか。


 公開評価の上をどう受け止めるのか。


 崩れた記録を、戻る力として読んでくれるのか。


 それとも、ヴォルツ家の者として不安定だと読むのか。


 わからない。


 わからないまま、聞きに行く。


 レオンは制服へ袖を通した。


 灰色の布が肩に乗る。


 鏡の中の自分を見る。


 顔は硬い。


 だが、逃げてはいない。


 今日も、一人ではない。


 フィーネ。


 アルト。


 ユーリス。


 そして、きっと中庭にはエリシアもいる。


 大丈夫とは言われない。


 だが、一緒に待つと言ってくれた。


 その言葉を胸に置いて、レオンは部屋を出た。


    ◆


 寮の廊下は、静かだった。


 昨日までの安堵の空気は、少し薄くなっている。


 誰も騒がない。


 けれど、知っている者は知っているのだろう。


 第五班が、今朝、第二面談室へ呼ばれていることを。


 声は小さい。


「今日、面談室らしいぞ」

「ヴォルツ家かな」

「まだわからないだろ」

「でも流れ的には……」

「ローゼンベルク家は一段落したし」

「次はヴォルツ家だよな」


 次はヴォルツ家。


 昨日も聞いた言葉。


 今日、その言葉はさらに近い。


 レオンは足を止めない。


 ただ、心の中で確認する。


 呼び出しは事実。


 内容は未確認。


 ヴォルツ家とは未確定。


 怖い。


 でも、聞く。


    ◆


 中庭には、三人がいた。


 フィーネ・ルーク。


 アルト・レイヴン。


 ユーリス・ベルク。


 そして、少し離れた場所に、エリシア・フォン・ローゼンベルクも立っていた。


 いつもの噴水のそば。


 朝の光を受けて、水面が小さく揺れている。


 レオンが近づくと、フィーネが顔を上げた。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


 アルトも頭を下げる。


「おはようございます」


「おはよう」


 ユーリスは軽く手を上げた。


「おはよう。今日は……軽くできないな」


「わかった」


 エリシアも静かに会釈した。


「おはようございます、レオン様」


「ああ。おはよう」


 全員、緊張している。


 誰も隠していない。


 フィーネが最初に言った。


「今日の共有です。呼び出しがヴォルツ家の返答だと考えてしまっています」


「俺もだ」


 レオンは答える。


「でも、内容は未確認」


「はい」


 アルトが続ける。


「俺は、もし厳しい内容だった時、何を言えばいいのかわからなくなるのが怖いです」


「言葉が出なくてもいい」


 レオンが言う。


 アルトが目を上げる。


「その時は、その状態を言えばいい」


「……はい」


 ユーリスも言う。


「俺は、大丈夫って言いそうになるのと、逆に何も言えなくなりそうなのが両方ある」


「両方か」


「うん。変に励ますか、黙るか」


 ユーリスは肩をすくめる。


「今日の目標。一緒に聞く。勝手に軽くしない」


 エリシアが静かに言った。


「私も同じです」


 全員が彼女を見る。


「昨日、皆様に一緒に聞いていただきました。今日は、私が一緒に待つと言いました。でも……今、私も怖いです」


 レオンは頷いた。


「言ってくれて助かる」


 エリシアは手帳を胸に抱える。


「今日の私の共有です。レオン様に大丈夫と言いたくなります。でも、言いません。代わりに、ここにいます」


 その言葉は、短く、深かった。


 レオンは静かに息を吸った。


「ありがとう」


    ◆


 四人と一人は、東棟へ向かった。


 第二面談室は、もう何度も行った場所だ。


 ローゼンベルク家の一次返答。


 ヴォルツ家の正式返答。


 正式記録。


 公開評価の条件。


 そして昨日のローゼンベルク家詳細返答。


 いくつもの重い言葉が、あの部屋で読み上げられた。


 今日も、また。


 廊下を歩く間、周囲の視線が向けられる。


 だが、誰も声をかけない。


 静かな見守り。


 待たせてくれる沈黙。


 昨日、ユーリスが言った言葉を思い出す。


 フィーネが小さく言う。


「廊下が静かです」


「ああ」


 アルトも。


「でも、見捨てられている感じではないです」


 ユーリスが頷く。


「待たせてくれる沈黙だな」


 エリシアが微笑む。


「いい言葉ですね」


 ユーリスは少し照れた。


「だろ」


 わずかな笑い。


 その小さな笑いが、第二面談室の前まで続く緊張を、ほんの少しだけ緩めた。


    ◆


 第二面談室の前には、担当教師が立っていた。


 その表情は、いつも通りだった。


 だが、レオンにはわかる。


 これは軽い話ではない。


 教師は五人を見る。


「来たか」


「はい」


 レオンが答える。


 教師は短く頷いた。


「入れ」


 扉が開く。


 室内は静かだった。


 机の上には、封書が置かれていた。


 黒に近い青の封筒。


 封蝋は、深い銀。


 剣を抱く獅子。


 ヴォルツ家の紋章。


 見間違えるはずがない。


 やはり。


 ヴォルツ家。


 レオンの胸が、冷たく沈んだ。


 フィーネが小さく息を吸う。


 アルトが手帳を握る。


 ユーリスの表情が硬くなる。


 エリシアは、視線を封書へ向けたまま、唇を結んでいる。


 教師は机の前に立った。


「まず、事実確認を行う」


 その声で、レオンはかろうじて戻った。


「はい」


「この封書は、ヴォルツ家より学園へ届いた、公開評価課題正式報告書に対する再判断返答である」


 再判断。


 その言葉が、部屋に落ちた。


 ついに来た。


 父の再判断。


「内容は、学園側で確認済みである。これより関係生徒へ要点を伝達する」


 レオンは息を吸う。


 教師は続けた。


「読む前に確認する。現時点でわかっていることは何だ」


 レオンは答えた。


「ヴォルツ家から再判断返答が届いたこと」


「他には」


「内容は、まだ俺たちには未確認」


「他には」


「意味は、聞くまで確定しない」


「良い」


 教師は頷いた。


「段階を飛ばすな」


 レオンは頷いた。


 手は震えていた。


 だが、握りしめない。


 震えていることを、隠さない。


「手が震えています」


 レオンが言うと、フィーネが小さく頷いた。


「確認しました」


 アルトも。


「俺も震えています」


 ユーリスも。


「俺も」


 エリシアも。


「私もです」


 教師は何も言わなかった。


 ただ、書面を開いた。


    ◆


 紙の音がした。


 それだけで、部屋の空気が深く沈む。


 教師は書面へ目を落とし、読み上げ始めた。


「第一。学園より提出された公開評価課題正式報告書、教師所見、記録担当記録、生徒代表所見を受領した」


 当然の文。


 だが、父が読んだ事実が胸に沈む。


「第二。レオン・ヴォルツおよび第五班の公開評価課題における評価、上、を確認した」


 上。


 父が、その文字を読んだ。


 教師は続ける。


「第三。学園所見において、第五班の協力関係が、実技中の認知負荷分散、判断補正、護送安定、支援調整に寄与したとされた点について、ヴォルツ家は、記録上の事実として受領する」


 記録上の事実として受領。


 認める、ではない。


 だが、否定でもない。


 父らしい硬い言葉。


「第四。公開評価課題において、レオン・ヴォルツが複数回、家および評価者への意識に引かれたこと、また中心者として全体を一人で背負おうとした傾向について、当家は問題点として認識する」


 胸が刺された。


 問題点。


 やはり、そこを読んだ。


 家へ飛んだ。


 一人で背負おうとした。


 それは、父には問題点として映る。


 レオンは息を止めかける。


 フィーネが小さく言った。


「息を」


 レオンは吸った。


 教師は続ける。


「第五。同時に、それらの問題点が、本人または班員により即時言語化され、指揮再分配および課題条件達成へ接続された点について、当家は教育過程上の改善傾向として確認する」


 レオンの目がわずかに開く。


 問題点。


 だが、改善傾向。


 父は、崩れだけではなく、戻ったところも読んだ。


 教師はさらに読む。


「第六。第五班の協力関係について、現時点で即時解消を求めるものではない」


 フィーネが息を吸う。


 アルトが肩を震わせる。


 ユーリスが拳を握る。


 レオンは、まだ動けない。


 即時解消ではない。


 だが、まだ続きがある。


「第七。ただし、ヴォルツ家は、当該協力関係を家として正式承認するものではない。学園内における教育的協力関係として、継続観察を認める」


 正式承認ではない。


 継続観察を認める。


 父らしい。


 甘くない。


 けれど、以前より一歩進んでいる。


 前は、学園内限定の継続観察対象として扱う、だった。


 今回は、継続観察を認める。


 小さな違い。


 だが、確かな違い。


「第八。レオン・ヴォルツには、今後も家名を背負う者として、自身の判断責任を放棄せず、同時に他者の補正を受け取る器量を求める」


 判断責任を放棄せず。


 他者の補正を受け取る器量。


 その言葉に、レオンの胸が熱くなる。


 父が。


 他者の補正を受け取ることを、器量と書いた。


 教師の声が、最後の項目へ進む。


「第九。学園側には、当該協力関係について、過度な依存および責任回避が生じないよう引き続き監督を求める。次回定期報告までは、第五班の通常活動継続に異議を唱えない」


 通常活動継続に異議なし。


 ただし、次回定期報告まで。


 監督付き。


 条件付き。


 継続観察。


 正式承認ではない。


 それでも。


 切られなかった。


 止められなかった。


 父は、否定しなかった。


 教師は書面を閉じた。


「以上だ」


    ◆


 部屋は、しばらく静かだった。


 誰もすぐには言葉を出せなかった。


 レオンは、机の上を見つめていた。


 頭の中で、言葉が何度も反響する。


 問題点として認識する。


 改善傾向として確認する。


 即時解消を求めるものではない。


 正式承認するものではない。


 学園内における教育的協力関係として、継続観察を認める。


 判断責任を放棄せず。


 他者の補正を受け取る器量。


 通常活動継続に異議なし。


 父は、厳しい。


 やはり厳しい。


 だが、父は読んだ。


 崩れだけではなく、戻りまで読んだ。


 そして、他者の補正を受け取ることを、責任回避ではなく、器量として求めた。


 レオンは、胸の奥が揺れるのを感じた。


 認められた、とは言えない。


 正式承認ではない。


 だが、完全否定ではない。


 そして、以前より一歩進んだ。


 フィーネが、震える声で言った。


「即時解消では……ありません」


「ああ」


 アルトも言う。


「通常活動継続に、異議なし」


「ああ」


 ユーリスが小さく息を吐いた。


「正式承認じゃない。でも、切られなかった」


「ああ」


 エリシアが静かに言った。


「他者の補正を受け取る器量」


 その言葉で、レオンは顔を上げた。


 エリシアは目に涙を浮かべていた。


「とても、重い言葉ですね」


「ああ」


 レオンは答えた。


 声が少し震えた。


 教師が言った。


「要点確認を行う」


 レオンは姿勢を正す。


「ヴォルツ家は、第五班の協力関係を即時解消要求したか」


「していません」


「正式承認したか」


「していません」


「学園内での通常活動継続に異議を唱えたか」


「唱えていません」


「何を求めた」


「過度な依存および責任回避が生じないよう、学園の監督。俺には、判断責任を放棄しないこと。同時に、他者の補正を受け取る器量」


「良い」


 教師は頷いた。


「ここまでが事実だ」


 事実。


 厳しい。


 だが、道はある。


    ◆


 最初に涙をこぼしたのは、アルトだった。


 彼は慌てて拭おうとして、でも拭いきれなかった。


「すみません……」


「謝ることではない」


 教師が言う。


 アルトは首を振る。


「俺……俺、レオンさんの家に、俺たちの支援が迷惑だって言われると思ってました」


 声が震える。


「でも……他者の補正を受け取る器量って……」


 フィーネも目元を押さえている。


「レオンさんが、私たちの言葉を受け取ることが、弱さではないと……読めます」


 ユーリスは天井を見上げた。


「父親、厳しいな」


「ああ」


 レオンは答える。


「でも、ちゃんと読んでる」


 ユーリスはそう言って、少し笑った。


「嫌な意味じゃなく、ちゃんと読んでる」


 その言葉に、レオンは胸が詰まった。


 父は、ちゃんと読んでいた。


 問題点として。


 改善傾向として。


 継続観察として。


 器量として。


 父の言葉は、甘くない。


 だが、雑ではなかった。


 エリシアが静かに言う。


「レオン様」


「ああ」


「大丈夫とは、言いません」


 レオンは彼女を見る。


「でも……よかった、と言ってもいいですか」


 レオンは少しだけ目を閉じた。


 そして、頷いた。


「ああ」


 エリシアは涙を浮かべたまま微笑んだ。


「よかったです」


 その言葉で、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ崩れた。


 レオンは息を吐いた。


 長く。


 深く。


「……よかった」


 自分でも、そう言った。


 まだ終わりではない。


 正式承認ではない。


 だが、よかった。


 そう言っていい返答だった。


    ◆


 面談室を出た後、五人は中庭へ向かった。


 廊下の光が、朝より少し明るく見える。


 外へ出ると、風が頬を撫でた。


 噴水の水音が近づく。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 いつもの場所に着くと、誰からともなく立ち止まった。


 フィーネが手帳を開く。


「書きたいことが多すぎます」


「俺もです」


 アルトが涙を拭いながら言う。


 ユーリスは噴水の縁に腰を預けた。


「今日の評価、何だろうな」


「評価?」


 レオンが聞く。


「上とか良とかじゃなくてさ」


 ユーリスは少し考える。


「切られなかった日」


 フィーネが首を振る。


「それだけでは、少し寂しいです」


「じゃあ?」


 アルトが言う。


「補正を受け取る器量、の日」


 ユーリスが目を瞬く。


「それ、硬いけどいいな」


 エリシアも頷く。


「はい。とても大切な日です」


 レオンは噴水を見る。


 父の返答は、許可ではなかった。


 承認でもなかった。


 だが、問いだった。


 お前は、判断責任を放棄せずに、他者の補正を受け取れるのか。


 それを器量として持てるのか。


 そう問われた気がした。


 レオンは静かに言った。


「今日は、答えをもらった日じゃない」


 四人がレオンを見る。


「問いをもらった日だ」


 フィーネが手帳に書く。


 父の返答は、許可ではなく問い。


 アルトも書く。


 他者の補正を受け取る器量。


 ユーリスも。


 問いをもらった日。


 エリシアも手帳を開き、同じ言葉を書いた。


    ◆


 夜。


 学生寮の部屋。


 レオンは手帳を開いた。


 第七十五話。


 父の返答は、許可ではなく問いとして届く。


 朝。

 第二面談室への呼び出し。

 封書は見ていない。

 ヴォルツ家とは言われていない。

 だが流れが似ている。

 父の再判断が怖い。

 父の返答は、いつも答えではなく問いとして届く。

 許されるかどうかだけを待つのではなく、自分が何を選ぶかを聞く。


 中庭。

 フィーネ、呼び出しがヴォルツ家の返答だと考えている。

 アルト、厳しい内容だった時に何を言えばいいかわからなくなるのが怖い。

 ユーリス、大丈夫と言いそうになるのと、何も言えなくなりそうなのが両方ある。

 エリシア、大丈夫と言いたくなる。でも言わない。代わりに、ここにいます。


 第二面談室。

 黒に近い青の封筒。

 深い銀の封蝋。

 剣を抱く獅子。

 ヴォルツ家の紋章。

 再判断返答。

 内容は学園側で確認済み。

 現時点の事実。

 ヴォルツ家から再判断返答が届いた。

 内容は未確認。

 意味は聞くまで確定しない。

 手が震えている。

 フィーネ、確認。

 アルトも震えている。

 ユーリスも。

 エリシアも。


 ヴォルツ家再判断返答。

 学園より提出された公開評価課題正式報告書、教師所見、記録担当記録、生徒代表所見を受領。

 レオン・ヴォルツおよび第五班の公開評価課題における評価、上、を確認。

 学園所見において、第五班の協力関係が、実技中の認知負荷分散、判断補正、護送安定、支援調整に寄与したとされた点について、ヴォルツ家は記録上の事実として受領する。

 公開評価課題において、レオン・ヴォルツが複数回、家および評価者への意識に引かれたこと、また中心者として全体を一人で背負おうとした傾向について、当家は問題点として認識する。

 同時に、それらの問題点が、本人または班員により即時言語化され、指揮再分配および課題条件達成へ接続された点について、当家は教育過程上の改善傾向として確認する。

 第五班の協力関係について、現時点で即時解消を求めるものではない。

 ただし、ヴォルツ家は、当該協力関係を家として正式承認するものではない。

 学園内における教育的協力関係として、継続観察を認める。

 レオン・ヴォルツには、今後も家名を背負う者として、自身の判断責任を放棄せず、同時に他者の補正を受け取る器量を求める。

 学園側には、過度な依存および責任回避が生じないよう引き続き監督を求める。

 次回定期報告までは、第五班の通常活動継続に異議を唱えない。


 要点。

 即時解消ではない。

 正式承認ではない。

 通常活動継続に異議なし。

 過度な依存および責任回避の監督。

 判断責任を放棄しない。

 他者の補正を受け取る器量。


 アルト、泣く。

 支援が迷惑だと言われると思っていた。

 でも、他者の補正を受け取る器量。

 フィーネ、レオンさんが私たちの言葉を受け取ることが弱さではないと読める。

 ユーリス、父親、厳しい。でも、ちゃんと読んでる。

 エリシア、大丈夫とは言いません。でも、よかったと言ってもいいですか。

 レオン、よかった。


 中庭。

 切られなかった日。

 補正を受け取る器量の日。

 父の返答は、許可ではなく問い。

 お前は、判断責任を放棄せずに、他者の補正を受け取れるのか。

 それを器量として持てるのか。

 答えをもらった日ではない。

 問いをもらった日。


 レオンはペンを止めた。


 父は、許可しなかった。


 正式承認もしなかった。


 だが、否定しなかった。


 切らなかった。


 そして、読んでいた。


 家へ意識が飛んだこと。


 一人で背負おうとしたこと。


 それを問題点として。


 だが、それを言語化し、指揮再分配へ戻ったことを改善傾向として。


 読んでいた。


 父は厳しい。


 その厳しさは変わらない。


 けれど、雑ではなかった。


 他者の補正を受け取る器量。


 その言葉が、胸から離れない。


 以前の自分なら、他者の補正を受け取ることを弱さだと思ったかもしれない。


 家名を背負う者なら、一人で判断し、一人で立ち、一人で示すべきだと思っていた。


 だが、父は今回、それを責任回避と切り捨てなかった。


 判断責任を放棄するな。


 同時に、他者の補正を受け取る器量を持て。


 矛盾ではない。


 両方だ。


 責任を持ちながら、補正を受け取る。


 中心に立ちながら、分ける。


 背負いながら、支えられる。


 それを、父は問いとして置いた。


 レオンは最後に一行を書く。


 父の返答は、許可ではなく問いとして届く。


 その下に、もう一行。


 ならば俺は、判断責任を捨てず、第五班の声を受け取る器量を、これからの行動で答えていく。


 ペンを置く。


 窓の外は夜だった。


 星が見える。


 ローゼンベルク家は一段落。


 ヴォルツ家も、切られなかった。


 だが、終わりではない。


 次回定期報告まで。


 継続観察。


 監督。


 条件。


 それでも、第五班は続く。


 明日も、普通に中庭へ行ける。


 フィーネがいる。


 アルトがいる。


 ユーリスがいる。


 エリシアとも、通常交流として会える。


 その事実が、胸を静かに温める。


 レオンは手帳を閉じた。


 灯りを落とす。


 暗闇の中で、噴水の水音を思い出す。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 落ちることを弱さと呼ばず。


 跳ねることだけを強さと呼ばず。


 その両方を受け取る器量。


 父の問いは、まだ胸にある。


 答えは、明日からの自分が示す。

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