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無銘の剣と灰色の制服  作者: 伊佐波瑞樹


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第六十一話 


 翌朝。


 王立グランセル魔導学園の空は、静かに曇っていた。


 雨は降っていない。


 けれど、空の色は薄い灰色で、朝日は雲の向こうに沈んでいる。


 校舎の石壁は、いつもより少し冷たく見えた。


 尖塔の影は薄く、中庭の芝も光を失っている。


 夜露だけが葉先に残り、空気の重さを受け止めるように静かに揺れていた。


 風はほとんどない。


 噴水の水音だけが、今日も変わらず響いている。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 その音を胸の奥で聞きながら、レオン・ヴォルツは寮の部屋で手帳を開いていた。


 昨夜の最後の言葉。


 呼び出しは事実。内容は不明。


 怖さで中身を先に決めず、明日、聞くまで段階を守る。


 昨日の放課後、事務職員から呼び出しを受けた。


 明日朝、第一時限前。


 東棟第二面談室。


 第五班各員も同席。


 内容は担当教師から直接説明。


 封書はなかった。


 職員は何も持っていなかった。


 ただ、口頭で伝えられた。


 それだけなのに、胸は冷えた。


 ヴォルツ家からの反応か。


 父の言葉か。


 正式記録への返答か。


 それとも別件か。


 まだわからない。


 昨日、何度もそう確認した。


 呼び出しは事実。


 内容は不明。


 それ以上は推測。


 それでも、夜は長かった。


 眠れたのか、眠れていないのかもよくわからない。


 夢の中で、父の執務室が何度も出てきた。


 大きな机。


 整いすぎた書類。


 光の少ない窓。


 父は椅子に座り、正式記録を読んでいた。


 顔は動かない。


 紙をめくる音だけが、冷たく響く。


 そして、父は言う。


 認めたわけではない。


 夢の中の言葉なのに、胸に残った。


 レオンは手帳に今日の最初の一文を書く。


 認められることを期待しすぎない。


 拒絶されることを決めつけない。


 聞く。


 ただ、聞く。


 書いて、ペンを置く。


 手が少し冷たい。


 今日、第二面談室へ行く。


 一人ではない。


 フィーネがいる。


 アルトがいる。


 ユーリスがいる。


 それは心強い。


 だが同時に、重い。


 父の言葉を、自分だけでなく第五班全員が聞くことになる。


 レオンは制服へ袖を通した。


 襟を整える。


 鏡の中の自分を見る。


 顔色は悪くない。


 だが、目の奥に緊張がある。


 隠せない。


 なら、隠さなくていい。


 レオンは手帳を鞄へ入れた。


 そして、部屋を出た。


    ◆


 寮の廊下は、いつもより静かだった。


 昨日の呼び出しは、すでに一部に広がっている。


 大声ではない。


 だが、生徒たちは知っている。


 第五班が、第一時限前に第二面談室へ呼ばれていることを。


「今日、面談室だろ」

「第五班全員って聞いた」

「ヴォルツ家かな」

「まだわからないだろ」

「でもタイミング的に……」

「また噂にするなって」


 また噂にするな。


 その言葉があるだけで、昨日より少しは学園も慎重になっている。


 だが、関心は消えない。


 当然だ。


 レオン自身も、関心の中心にいる。


 歩くたび、背中に視線を感じる。


 それは見張る視線か。


 見守る視線か。


 両方が混ざっているのだろう。


 レオンは歩きながら、自分の状態を確認した。


 事実。


 第二面談室へ呼び出し。


 第五班同席。


 内容不明。


 状態。


 緊張している。


 父の言葉を想像している。


 行動。


 段階を飛ばさず、聞く。


    ◆


 中庭には、三人がすでにいた。


 フィーネ・ルーク。


 アルト・レイヴン。


 ユーリス・ベルク。


 いつもの噴水のそば。


 けれど、今日はいつもより近い距離で立っていた。


 まるで、互いの呼吸を確かめているようだった。


 レオンが近づくと、フィーネが顔を上げる。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


 アルトも、少し緊張した顔で頭を下げる。


「おはようございます」


「おはよう」


 ユーリスは軽く手を上げた。


「おはよう。今日は、あんまり軽くできないかもしれない」


「わかった」


 レオンは三人を見る。


 全員、緊張している。


 それを隠していない。


 フィーネが最初に言った。


「今日の私の共有は、聞く前から怖い、です」


「俺もだ」


 レオンは答える。


 フィーネは少しだけ目を揺らし、それから頷いた。


「でも、内容はまだ不明」


「ああ」


 アルトが続ける。


「俺は、ヴォルツ家からだった場合、自分のことをどう書かれているか、どう見られているかが怖いです」


「言っていい」


 レオンが答えると、アルトは少しだけ息を吐いた。


「はい。怖いです。でも、聞きます」


 ユーリスも言う。


「俺は、レオンの顔を見すぎるかもしれない。あと、怖くて黙りすぎるかもしれない」


「わかった」


 フィーネが静かに言う。


「今日は、全員で段階確認ですね」


「ああ」


 レオンは頷いた。


「呼び出しは事実。内容は不明。聞くまで判断しない」


 四人は、同じ言葉を胸に置いた。


    ◆


 東棟へ向かう道は、いつもより長く感じた。


 第一時限前のため、廊下にはまだ生徒が少ない。


 それでも、すれ違う者は第五班を見た。


 声はない。


 ただ、視線がある。


 フィーネの歩幅が少し小さくなる。


 アルトは手帳を握る。


 ユーリスはいつもより口数が少ない。


 レオンは歩幅を一定に保とうとした。


 だが、足の裏に床の冷たさが強く伝わる。


 第二面談室。


 昨日、正式記録草案を確認した場所。


 ローゼンベルク家の一次返答を受け取った場所。


 そして今度は、おそらくヴォルツ家。


 家の言葉は、静かに刃を持って届く。


 昨夜書いた題が、胸に浮かぶ。


 だが、刃かどうかもまだわからない。


 レオンは心の中で繰り返す。


 内容不明。


 内容不明。


 内容不明。


    ◆


 第二面談室の前には、担当教師が立っていた。


 いつもより少し早く来ていたのだろう。


 表情は普段と変わらない。


 だが、その静けさが、逆に重い。


「来たか」


「はい」


 レオンが答える。


 教師は四人を見た。


「入れ」


 扉が開く。


 室内は静かだった。


 机の上には、一通の封書が置かれている。


 深い黒に近い青の封蝋。


 ヴォルツ家の紋章。


 見間違えるはずがなかった。


 剣を抱く獅子。


 ヴォルツ家の封。


 レオンの胸が、一瞬で冷たくなる。


 フィーネが息を呑む気配。


 アルトの手帳を握る音。


 ユーリスの呼吸が止まりかける。


 教師は、机の前に立った。


「まず、事実確認をする」


 その声で、レオンはかろうじて戻った。


「はい」


「この封書は、ヴォルツ家より学園へ届いた正式返答である」


 ついに。


 来た。


 教師は続ける。


「ただし、内容はこれから確認する。すでに封は学園側で開封され、担当教員確認済みである」


 ローゼンベルク家の一次返答とは違う。


 今回は教師がすでに内容を確認している。


 そのこともまた、重い。


「読む前に確認する。現時点でわかっていることは何だ」


 教師がレオンを見る。


 レオンは息を吸った。


「ヴォルツ家から正式返答が届いたこと」


「他には」


「内容は、まだ俺たちには未確認」


「他には」


「返答の意味は、聞くまで確定しない」


「良い」


 教師は頷いた。


「段階を飛ばすな」


 レオンは頷いた。


 だが、手が少し震えていた。


    ◆


 四人は椅子に座った。


 レオンが中央。


 右にフィーネ。


 左にユーリス。


 少し後ろにアルト。


 教師は封書から取り出した書面を手にした。


 読み上げる前に、静かに言う。


「これは、ヴォルツ家当主からの返答である」


 父。


 その一語だけで、空気が重くなる。


「全文ではなく、関係生徒に伝えるべき要点を読み上げる」


 教師は書面へ目を落とした。


 沈黙。


 紙がわずかに鳴る。


 そして、教師の声が部屋に落ちた。


「第一。学園より提出された正式記録、本人確認要約、一次所見、演習記録を受領した」


 当然の内容。


 だが、父がそれを読んだという事実が胸に沈む。


「第二。第五班における協力関係について、現時点で即時禁止を求めるものではない」


 フィーネの肩が小さく動いた。


 アルトが息を吸う。


 ユーリスの目がわずかに開く。


 レオンも、胸の奥で何かが緩みかけた。


 即時禁止ではない。


 だが、まだ続きがある。


 教師は読み進める。


「第三。ただし、ヴォルツ家は当該協力関係を正式に承認したものではなく、学園内限定の継続観察対象として扱う」


 承認ではない。


 継続観察。


 その言葉が、刃のように落ちる。


 予想していた。


 それでも、痛い。


「第四。レオン・ヴォルツには、今後も家名を背負う者としての判断責任を求める。班内相互支援を理由に、中心者としての責務を放棄することは認められない」


 レオンは無意識に手を握った。


 中心者としての責務。


 放棄。


 父らしい言葉だった。


「第五。同時に、学園側記録において確認された“班内相互補正”については、一定の教育的効果を持つものとして記録上は認める」


 レオンの息が止まりかけた。


 班内相互補正。


 一定の教育的効果。


 記録上は認める。


 認める。


 ただし、記録上。


 硬い。


 冷たい。


 けれど、完全な否定ではない。


「第六。今後、第五班は学園指定の公開評価課題において、協力関係が個人的感情や依存ではなく、実技上の成果と判断能力向上に資するものであることを示すこと」


 公開評価課題。


 その言葉に、四人の空気が変わった。


 新しい条件。


 新しい試練。


 教師は最後に言った。


「第七。公開評価課題の結果をもって、ヴォルツ家は今後の扱いを再判断する」


 読み上げが終わった。


 部屋は静かだった。


 誰もすぐには言葉を出せなかった。


    ◆


 レオンは、机の上を見ていた。


 言葉が頭の中で反響している。


 即時禁止ではない。


 正式承認ではない。


 学園内限定の継続観察。


 中心者としての責務。


 班内相互補正は、教育的効果を持つものとして記録上は認める。


 公開評価課題。


 成果と判断能力向上に資することを示す。


 結果をもって再判断。


 これは、否定ではない。


 だが、承認でもない。


 父らしい。


 決して甘くはない。


 だが、完全に切ることもしない。


 条件を置く。


 試す。


 示せと言う。


 レオンの胸には、安堵と痛みが同時にあった。


 止められなかった。


 でも、認められたわけではない。


 そして、新しい課題が置かれた。


 フィーネが静かに息を吐いた。


 アルトは手帳を握りしめている。


 ユーリスは口を閉じたまま、レオンを見ていない。


 見すぎないようにしているのだろう。


 教師が言う。


「ここまでが要点だ。現時点での事実確認を行う」


 レオンは顔を上げた。


「はい」


「ヴォルツ家は、第五班の協力関係を即時禁止したか」


「していません」


「正式承認したか」


「していません」


「今後の扱いは確定したか」


「していません」


「では、何が求められた」


「学園指定の公開評価課題で、協力関係が実技上の成果と判断能力向上に資することを示すこと」


「良い」


 教師は頷いた。


「ここまでが事実だ」


 段階を飛ばすな。


 認められたと浮かれすぎるな。


 否定されたと崩れすぎるな。


 父の返答は、その間にあった。


    ◆


 最初に口を開いたのは、フィーネだった。


「質問してもよろしいでしょうか」


 教師が頷く。


「許可する」


 フィーネは少し震えながらも、言葉を選んだ。


「公開評価課題は、いつ行われるのでしょうか」


「詳細は本日中に調整される。実施は数日内の予定だ」


 数日内。


 近い。


 アルトの手がさらに強くなる。


 次に、ユーリスが聞いた。


「公開、というのは」


「学園内の指定された教師および一部生徒代表が観覧する形式になる可能性が高い」


「生徒代表……」


 ユーリスが小さく呟く。


 群衆の前。


 見られる。


 見張られるかもしれない。


 見守られるかもしれない。


 その中で成果を示す。


 アルトが少し震える声で聞いた。


「失敗したら、どうなりますか」


 その問いに、部屋の空気が重くなる。


 教師は静かに答えた。


「失敗の内容による」


 曖昧だが、正直な答え。


「公開評価課題は、完璧を求めるものではない。だが、協力関係の有効性を示せなければ、外部判断に影響する」


 アルトは唇を噛む。


 レオンはその声を聞いて、胸が締めつけられた。


 また、成果。


 また、示せ。


 だが、前とは違う。


 今度は、第五班の言葉を守るために示す。


 成果だけを見失うのではない。


 積み上げたものを、成果として見せる。


 レオンは口を開いた。


「俺からも質問があります」


「許可する」


「公開評価課題で求められるのは、勝敗ですか。それとも過程も評価対象ですか」


 教師はわずかに目を細めた。


「良い問いだ」


 一拍。


「勝敗のみではない。むしろ、今回重視されるのは過程だ。判断、修正、状態共有、相互補正。それらが成果へ結びついているかを見る」


 レオンは息を吐いた。


「わかりました」


 父は成果を求めた。


 だが、学園は過程も評価する。


 そこに、まだ道がある。


    ◆


 面談室を出ると、廊下の空気が冷たく感じた。


 第一時限前の時間は、まだ終わっていない。


 けれど、レオンには一日分の疲れがもう身体に乗っていた。


 四人は中庭へ向かった。


 誰もすぐには話さない。


 噴水の音が近づく。


 中庭に着くと、フィーネが最初に言った。


「即時禁止ではありませんでした」


「ああ」


 レオンは頷く。


 アルトが震えながら続ける。


「でも、正式承認でもありません」


「そうだ」


 ユーリスが空を見上げる。


「継続観察。公開評価課題。再判断」


「事実だ」


 レオンは言う。


 フィーネは手帳を開いた。


「安堵していい部分と、怖い部分を分けたいです」


「分けよう」


 レオンは答えた。


 フィーネが書く。


 安堵。

 即時禁止ではない。

 班内相互補正が教育的効果として記録上認められた。


 怖い。

 正式承認ではない。

 学園内限定の継続観察。

 公開評価課題。

 結果で再判断。


 アルトがその文字を見て、小さく言う。


「怖い方、多いですね」


「でも、安堵もある」


 ユーリスが言った。


 今日は、軽くない声だった。


「即時禁止じゃない。そこは大きい」


「はい」


 アルトは頷いた。


 レオンも言う。


「記録上とはいえ、班内相互補正は認められた」


 自分で言って、少し不思議な気持ちになった。


 父の言葉の中に、認めるという語があった。


 限定付き。


 硬い形。


 冷たい表現。


 それでも、完全否定ではない。


 ユーリスがレオンを見た。


「レオン」


「ああ」


「今、どう?」


 見張る声ではない。


 見守る声だった。


 レオンは少しだけ考えて答えた。


「痛い」


 三人が静かに聞く。


「でも、止められなかったことには安堵している」


 一拍。


「それと、次を示せと言われて、腹の奥が少し熱い」


 ユーリスが少し目を丸くする。


「熱い?」


「ああ」


 レオンは拳を握る。


「試されている。なら、示す」


 その言葉に、フィーネの目が少し強くなった。


 アルトも、震えながら頷いた。


 ユーリスはゆっくり笑った。


「いいな」


 その笑みには、久しぶりに少しだけ熱があった。


    ◆


 第一時限。


 教師は教室で、今回の件を必要最小限だけ説明した。


「第五班について、外部確認元より追加条件が示された」


 教室が静まる。


「詳細は関係生徒へ伝達済みである。公開評価課題を数日内に実施する可能性がある」


 ざわめきが起きる。


 公開評価課題。


 生徒たちの間に緊張が広がる。


「なお、これは処罰ではない。協力関係の実技的有効性を確認するための評価である」


 レオンは前を見ていた。


 周囲の視線を感じる。


 だが、昨日の視線配分を思い出す。


 見られている。


 でも、今日の課題を見る。


 教師は黒板へ文字を書いた。


 示す。


「今日から数日、第五班は公開評価課題に向けた準備に入る」


 一拍。


「ただし、成果を示そうとして、これまで積み上げたものを崩してはならない」


 レオンの胸に刺さる。


 まさに、それが危ない。


 示せ。


 成果。


 家名。


 公開。


 それらに引っ張られれば、また以前のレオンに戻る。


 教師は続ける。


「ヴォルツ」


「はい」


 レオンは立ち上がる。


「公開評価課題へ向け、第五班が最も警戒すべきことは何だ」


 レオンは答えた。


「良く見せようとして、自然体を失うことです」


 教室が静かになる。


「成果は必要です。ですが、成果を見せるために、状態共有や相互補正を削れば、第五班の意味がなくなります」


 一拍。


「示すべきなのは、完璧な班ではなく、失敗しても戻れる班です」


 教師は頷いた。


「良い」


 短い評価。


「全員、覚えておけ。評価の場でこそ、普段の積み上げが問われる」


    ◆


 午前の演習は、公開評価準備の初回だった。


 区画はいつもより広い。


 見学席の位置が仮設で示されている。


 誰も座っていないのに、その空席だけで圧がある。


 レオンは見学席を見た瞬間、胸が重くなった。


 数日後、ここに教師や生徒代表がいる。


 あるいは、記録担当者もいる。


 父は来ないだろう。


 だが、結果は父に渡る。


 なら、ここは父の目にも繋がる。


 フィーネが小さく言う。


「見学席、空なのに圧があります」


「ある」


 アルトも。


「俺、もう支援が硬いです」


 ユーリスが息を吐く。


「俺も、軽口が出ない」


 レオンは頷いた。


「共有できている。なら始められる」


 課題内容は、標識移送と護送の複合。


 魔法人形三体。


 障害壁二つ。


 護送対象一体。


 難度は高い。


 だが、無理ではない。


 教師が言う。


「これは本番ではない。準備演習だ。良く見せるためではなく、現状態を確認するために行え」


 鐘が鳴った。


    ◆


 フィーネの初期報告は少し硬かった。


「正面前衛、右軽量、奥魔法型。障害壁二つ。護送対象左、状態黄色。標識中央奥」


 情報は出ている。


 レオンが指示。


「護送対象優先。ユーリス左、護送。アルト右軽量足止め。フィーネ、魔法型詠唱。俺は前衛」


「はい」

「了解」

「はい」


 動く。


 しかし、アルトの土が硬すぎる。


 右軽量を止めるには十分だが、地面が盛り上がりすぎ、ユーリスの戻り道に少し干渉する。


「支援、良く見せようとして強すぎました!」


 アルトが自分で叫ぶ。


 フィーネが即座に言う。


「右通路、土盛り上がり。ユーリスさん、左寄り推奨!」


 ユーリスが返す。


「了解。アルト、戻せるか」


「戻します!」


 土が少し下がる。


 レオンは前衛型を流しながら、胸の中で焦りを感じる。


 見せなければ。


 示さなければ。


 そう思った瞬間、指示が強くなりそうになる。


 フィーネが気づいた。


「レオンさん、声が硬いです」


 レオンは戻る。


「戻る。指示を短くする」


 奥魔法型が詠唱。


 フィーネが叫ぶ。


「魔法型、詠唱開始!」


「アルト、水」


「はい!」


 水が走る。


 詠唱が乱れる。


 ユーリスが護送対象を支えながら標識へ向かう。


 だが、軽口がないせいで動きが少し硬い。


 自分で言う。


「俺、黙りすぎて硬い。短く言う。護送黄色、揺れあり、でも進める」


「良い」


 レオンが返す。


 標識確保。


 障害壁が起動。


 フィーネが声を出す。


「中央閉鎖。右は土が残っています。左戻り!」


 レオンが前衛を流し、道を空ける。


 アルトが風を弱く入れる。


「風、弱支援。強めすぎません」


 ユーリスが返す。


「受ける。ちょうどいい」


 護送対象と標識を台座へ。


 鐘が鳴った。


    ◆


 教師が近づく。


「第五班、評価、良」


 上ではない。


 四人の空気が少し落ちる。


 だが、教師は続けた。


「準備演習としては、良い“良”である」


 その言葉に、四人が顔を上げる。


 良い良。


 以前にも聞いた言葉。


「公開評価を意識した硬さが全員に出た。レイヴンは支援過剰。ヴォルツは指示硬化。ベルクは沈黙過多。ルークは状態共有に硬さがあった」


 全員、指摘される。


「しかし、各員が自分の硬さを言語化し、課題内で補正した」


 一拍。


「本番前に硬さを確認できたことは価値がある」


 レオンは息を吐いた。


 上ではない。


 だが、良い良。


 このタイミングで、またその評価が来た。


「公開評価課題に向け、必要なのは完璧に見せることではない。硬くなった時に戻る手順を持つことだ」


    ◆


 昼休み。


 第五班は、少し疲れた顔で食堂にいた。


 周囲の視線は多い。


 公開評価課題の話が広がっているからだ。


「第五班、公開評価やるって」

「ヴォルツ家の条件らしい」

「即時禁止じゃないけど、試されるのか」

「きついな」

「でも、チャンスでもあるんじゃないか」

「失敗したらどうなるんだろ」


 失敗したら。


 その言葉に、アルトの手が止まる。


 レオンはすぐに言った。


「事実」


 アルトが顔を上げる。


「公開評価課題がある」


 フィーネが続ける。


「日時詳細は未確定」


 ユーリスも。


「失敗したらどうなるかは、内容による。まだ確定してない」


 アルトは深呼吸した。


「状態。怖い」


「共有できた」


 レオンは言った。


 アルトは頷く。


「はい」


 フィーネが手帳を開く。


「今日の良い良、書いておきます」


 ユーリスが少し笑う。


「また良い良に救われるとはな」


「そうだな」


 レオンは頷いた。


 上ではない。


 だが、今日必要な評価だった。


    ◆


 放課後。


 中庭には、エリシア・フォン・ローゼンベルクがいた。


 すでに、話を聞いているようだった。


 レオンたちが近づくと、彼女は静かに会釈する。


「皆様」


「エリシア様」


 フィーネが返す。


 エリシアはレオンを見る。


「ヴォルツ家からの返答が届いたと聞きました」


「ああ」


 レオンは頷く。


「即時禁止ではない。だが、正式承認でもない」


 エリシアは静かに聞いている。


「学園内限定の継続観察。公開評価課題で示すよう求められた」


「……そうですか」


 彼女の声は少し硬い。


「レオン様は、どう受け止めていますか」


 昨日までなら、この問いは重かったかもしれない。


 だが、今は少し違う。


 レオンは答えた。


「痛い」


 エリシアの目が揺れる。


「でも、止められなかったことには安堵している」


 一拍。


「そして、示せと言われたことには、少し腹が熱い」


 エリシアは黙って聞いた。


 フィーネも、アルトも、ユーリスも。


「認められたわけではない。だが、完全に否定されたわけでもない。なら、積み上げたものを示す」


 エリシアはゆっくり頷いた。


「はい」


 そして、少しだけ微笑んだ。


「それは、レオン様らしいと思います」


 ユーリスが小さく言う。


「前のレオンなら、一人で示そうとしたかもな」


 レオンは彼を見る。


 ユーリスは続ける。


「でも、今は第五班で示すんだろ」


「ああ」


 レオンは答えた。


「第五班で示す」


 アルトが震えながらも言う。


「俺も、支えます」


 フィーネも。


「私も、状態を共有します」


 ユーリスも。


「俺も、軽さと沈黙を間違えないようにする」


 エリシアはその四人を見て、手帳を開いた。


 そして書いた。


 公開評価課題。

 試される。

 でも、一人ではない。

 第五班で示す。


 その文字を見て、レオンは胸の奥が少しだけ温かくなった。


    ◆


 夜。


 学生寮の部屋。


 レオンは手帳を開いた。


 第六十一話。


 父の言葉は、認めるより先に試してくる。


 朝。

 第二面談室への呼び出し。

 内容不明。

 認められることを期待しすぎない。

 拒絶されることを決めつけない。

 聞く。

 ただ、聞く。


 中庭。

 フィーネ、聞く前から怖い。

 アルト、ヴォルツ家からだった場合、自分がどう見られているか怖い。

 ユーリス、レオンの顔を見すぎるかもしれない。怖くて黙りすぎるかもしれない。

 呼び出しは事実。

 内容は不明。

 聞くまで判断しない。


 第二面談室。

 ヴォルツ家の封書。

 剣を抱く獅子。

 正式返答。

 内容は教師確認済み。

 現時点の事実。

 ヴォルツ家から正式返答が届いた。

 内容はまだ自分たちには未確認。

 返答の意味は聞くまで確定しない。


 父の返答。

 正式記録、本人確認要約、一次所見、演習記録を受領。

 第五班における協力関係について、現時点で即時禁止を求めるものではない。

 ただし、正式承認ではない。

 学園内限定の継続観察対象。

 レオン・ヴォルツには家名を背負う者としての判断責任を求める。

 班内相互支援を理由に、中心者としての責務を放棄することは認められない。

 学園側記録において確認された班内相互補正については、一定の教育的効果を持つものとして記録上は認める。

 公開評価課題において、協力関係が個人的感情や依存ではなく、実技上の成果と判断能力向上に資するものであることを示すこと。

 公開評価課題の結果をもって、今後の扱いを再判断する。


 事実確認。

 即時禁止ではない。

 正式承認ではない。

 今後の扱いは未確定。

 公開評価課題で示すことが求められた。


 質問。

 公開評価課題は数日内。

 学園内の指定教師および一部生徒代表が観覧する可能性。

 勝敗だけでなく、過程も評価対象。

 判断、修正、状態共有、相互補正が成果へ結びついているかを見る。


 中庭。

 安堵。

 即時禁止ではない。

 班内相互補正が教育的効果として記録上認められた。

 怖い。

 正式承認ではない。

 学園内限定の継続観察。

 公開評価課題。

 結果で再判断。

 レオンの状態。

 痛い。

 止められなかったことには安堵。

 次を示せと言われて、腹の奥が少し熱い。


 講義。

 示す。

 公開評価課題へ向け準備。

 成果を示そうとして、積み上げたものを崩してはならない。

 警戒すべきこと。

 良く見せようとして自然体を失うこと。

 示すべきなのは、完璧な班ではなく、失敗しても戻れる班。


 午前演習。

 公開評価準備初回。

 見学席の空席に圧。

 標識移送と護送の複合。

 アルト、支援過剰。

 フィーネ、状態共有に硬さ。

 ユーリス、沈黙過多。

 レオン、指示硬化。

 各員が言語化し補正。

 評価、良。

 良い良。

 本番前に硬さを確認できたことに価値。


 放課後。

 エリシア。

 ヴォルツ家返答を聞く。

 痛い。でも安堵もある。腹が熱い。

 今は第五班で示す。

 エリシア、手帳に書く。

 公開評価課題。

 試される。

 でも、一人ではない。

 第五班で示す。


 レオンはペンを止めた。


 父の言葉は、予想通り冷たかった。


 だが、予想よりも少しだけ道があった。


 即時禁止ではない。


 正式承認ではない。


 学園内限定の継続観察。


 公開評価課題で示せ。


 父は、認めるより先に試してくる。


 昔からそうだった。


 できるなら示せ。


 言葉ではなく結果で出せ。


 そこに甘さはない。


 だが、今回は少し違う。


 班内相互補正。


 一定の教育的効果。


 記録上は認める。


 硬い言葉だ。


 冷たい言葉だ。


 それでも、完全否定ではない。


 レオンはその一文を何度も思い返した。


 父が、自分の変化を認めたわけではない。


 第五班を認めたわけでもない。


 ただ、記録上の教育的効果として扱っただけだ。


 それでも、その隙間に道がある。


 公開評価課題。


 次は、見られる。


 学園に。


 教師に。


 生徒代表に。


 記録に。


 そして、その先にいる父に。


 示さなければならない。


 だが、今日の教師の言葉を忘れてはいけない。


 示すべきなのは、完璧な班ではない。


 失敗しても戻れる班だ。


 レオンは最後に一行を書く。


 父の言葉は、認めるより先に試してくる。


 その下に、もう一行。


 ならば、俺一人の強さではなく、第五班で戻る力を示す。


 ペンを置く。


 窓の外は夜だった。


 星は少しだけ見える。


 明日から、公開評価課題へ向けた準備が本格的に始まる。


 怖い。


 痛い。


 けれど、腹の奥には熱がある。


 止められなかった。


 完全に否定されなかった。


 なら、進む。


 レオンは手帳を閉じた。


 灯りを落とす。


 暗闇の中で、三人の声が残る。


 私も、状態を共有します。


 俺も、支えます。


 俺も、軽さと沈黙を間違えないようにする。


 そして、エリシアの手帳の文字。


 第五班で示す。


 レオンは静かに目を閉じた。


 噴水の水音を思い出す。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 父の言葉が刃なら。


 自分たちは、その刃の前で崩れるのではなく。


 傷を確認し、支え合い、もう一度立つ。


 それを、示す。

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