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無銘の剣と灰色の制服  作者: 伊佐波瑞樹


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第四十六話 



 翌朝。


 王立グランセル魔導学園の空は、穏やかに晴れていた。


 雲は薄く、青の中に白い線を引くように流れている。


 朝日は校舎の石壁へまっすぐ落ち、昨日まで灰色に沈んでいた尖塔を、少しだけ明るく見せていた。


 中庭の芝は、光を受けて淡く揺れている。


 噴水の水音は、今日も変わらない。


 跳ねて。


 落ちて。


 また跳ねる。


 その繰り返しを聞きながら、レオン・ヴォルツは寮の部屋で手帳を閉じた。


 昨夜の言葉が、まだ胸に残っている。


 自然体でいることが、いちばん難しい日もある。


 それでも、飾らず、怯えすぎず、今の役割へ戻ることを積み上げていく。


 昨日、第五班は一次所見を読み上げられながら演習を行った。


 役割認識の不安定さ。


 外圧への反応。


 判断遅延。


 修正材料として扱う力。


 学業上の協力関係としての有効性。


 その言葉の一つ一つに揺れた。


 悪い所見で硬くなり、良い所見で安心して油断した。


 それでも戻った。


 揺れて、それでも戻るから第五班なのだと、エリシアは言った。


 その言葉は、記録より少し柔らかく、けれど記録より深く胸に残っている。


 レオンは窓の外を見た。


 今日は晴れている。


 だが、晴れているからといって、何も起きないわけではない。


 ここ数日で、それは嫌というほどわかった。


 落ち着いた日の朝ほど、新しい圧は静かに来る。


 ヴォルツ家からの返答。


 ローゼンベルク家からの確認。


 学園の一次所見。


 自然体確認演習。


 外部提出用の正式記録は、まだ完成していない。


 だが、確実に進んでいる。


 そして、正式記録に入る前に、何かがある気がしていた。


 本人確認。


 言葉にすれば、たぶんそれだ。


 教師は言っていた。


 正式な場では、怒りも善意も、手順を誤れば相手を傷つける。


 ならば、記録だけで終わるはずがない。


 レオンたち当事者が、自分の言葉で何を答えるか。


 それを確認される時が来る。


 レオンは制服の袖を整えた。


 剣を抜く準備なら、何度もしてきた。


 課題で前へ出ることも、少しずつ慣れてきた。


 だが、自分の言葉で語ること。


 それは、剣を抜くより怖い時がある。


    ◆


 寮の廊下に出ると、朝の空気は静かだった。


 昨日までに比べれば、かなり落ち着いている。


 生徒たちの声も、尖っていない。


 けれど、レオンを見る視線にはまだ“待っている”気配があった。


 次は何が出るのか。


 正式記録はどうなるのか。


 ヴォルツ家とローゼンベルク家はどう受け取るのか。


 その続きを、周囲も待っている。


「一次所見の次って、何するんだろうな」

「本人確認とかあるんじゃない?」

「第五班、それぞれ聞かれるのかな」

「アルトとか大変そう」

「エリシア様も聞かれるだろうな」

「レオンはどう答えるんだろう」


 本人確認。


 やはり、その言葉が聞こえた。


 まだ正式に知らされたわけではない。


 だが、学園の空気は先に察する。


 レオンは歩きながら、胸の奥が少し重くなるのを感じた。


 どう答えるか。


 それは、昨日の演習より難しいかもしれない。


 演習なら、動きながら戻れる。


 だが、面談では言葉が残る。


 自分の言葉が、記録に接続される。


 不用意な言葉は、自分だけでなく第五班やエリシアにも影響する。


 けれど、整えすぎた言葉は、自分たちの中身を削る。


 難しい。


 レオンは階段を下り、中庭へ向かった。


    ◆


 フィーネ・ルークは、噴水の近くにいた。


 今日は手帳を開いていない。


 両手で持ったまま、水面を見ている。


 レオンに気づくと、静かに頭を下げた。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


 声は落ち着いている。


 けれど、目元に緊張があった。


「聞いたか」


 レオンが言うと、フィーネは少しだけ頷いた。


「本人確認、ですよね」


「まだ正式ではない」


「はい。でも、たぶんあると思います」


 フィーネは手帳を胸に抱いた。


「昨日から考えていました。もし聞かれたら、私は何を答えるのか」


「答えは出たか」


「少しだけ」


 彼女はゆっくり息を吸った。


「私は、巻き込まれているだけではない、と言います」


 その言葉は、以前にも言ったものだ。


 だが今日は、少し違って聞こえた。


 噂への反論ではなく、正式な場で出す自分の言葉になりかけている。


「でも、それだけでは足りないと思いました」


「なぜ」


「私は、第五班でいることを選んでいます。でも、怖くないわけではありません」


 一拍。


「家のことも、婚約関係のことも、外部評価のことも、全部わかっているわけではありません。だから、選んでいます、だけだと強がりになる気がして」


 レオンは黙って聞いた。


 フィーネは水面を見る。


「だから、こう答えたいです」


 少し声が震えた。


「怖いです。でも、怖いから離れるのではなく、怖いことも共有しながら第五班で役割を果たしたいです」


 噴水の水音が、二人の間に落ちる。


 レオンはその言葉を受け取った。


 整いすぎていない。


 強すぎてもいない。


 だが、フィーネ自身の言葉だった。


「良い」


 レオンが言うと、フィーネは小さく息を吐いた。


「ありがとうございます」


「震えていたな」


「はい」


「それでいい」


 フィーネは少しだけ笑った。


「昨日の続きですね」


「ああ」


    ◆


 アルト・レイヴンは、今日は足取りが重かった。


 顔色は悪くない。


 しかし、何かを考えすぎている時の顔だった。


 手帳を開いたまま歩いてきて、途中で段差につまずきそうになる。


 ユーリスがまだ来ていなかったため、レオンが一歩前に出かけたが、アルトは自分で体勢を戻した。


「あ、すみません」


「謝罪より」


 フィーネが言いかける。


 アルトがはっとして、二人で同時に言った。


「調整」


 その瞬間、少しだけ笑いが生まれた。


 アルトは恥ずかしそうに手帳を閉じる。


「おはようございます」


「ああ」


「おはようございます、アルトさん」


 レオンはアルトの手帳を見る。


「考えていたのか」


「はい」


「本人確認か」


 アルトは小さく頷いた。


「俺、聞かれたら何て答えればいいのか、ずっと考えてました」


「何を聞かれると思う」


「第五班に残りたいのか。レオンさんに守られているだけではないのか。成果を出せるのか。平民特待生として、貴族の事情に関わることをどう思っているのか」


 次々と出てくる。


 彼がどれだけ考えたのかがわかる。


 フィーネが少し心配そうに見た。


「アルトさん、かなり考えましたね」


「考えすぎました」


 アルトは苦笑する。


「最初は、ちゃんとした答えを書こうとしたんです」


「ちゃんとした答え」


「はい。学業上の協力関係として、とか、支援担当として有効性を示し、とか」


「悪くはない」


 レオンが言う。


「はい。でも、それだけだと俺の言葉じゃない気がして」


 アルトは手帳を開く。


 そこには、硬い言葉が何行も書かれ、消されていた。


 その下に、少し丸い字で書かれている。


「俺は、第五班にいたいです」


 アルトはそれを読んだ。


「怖いです。迷惑をかけるかもしれないと思います。でも、支援で役に立てる場面があります。失敗もします。でも、戻る練習をしています。だから、守られるだけじゃなく、支える側にもなりたいです」


 言い終えると、アルトは顔を赤くした。


「……変ですか?」


「変ではない」


 レオンは即答した。


「お前の言葉だ」


 アルトの目が少し潤む。


「はい」


 フィーネも静かに頷く。


「すごく良いと思います」


「ありがとうございます」


 アルトは手帳を閉じた。


 その手はまだ震えていた。


 だが、握りしめすぎてはいなかった。


    ◆


 ユーリス・ベルクは、少し遅れて来た。


 いつもの軽さを残しているが、目は真面目だった。


「おはよう」


「ああ」


「おはようございます」


「おはようございます」


 ユーリスは三人の顔を見て、すぐに言った。


「本人確認の話?」


「そうだ」


「やっぱりな」


 彼は噴水の縁に軽く腰をかけそうになり、やめた。


「俺も考えてきた」


「お前は何を答える」


 レオンが聞くと、ユーリスは少しだけ空を見た。


「俺は、軽さを逃げにしないようにしている、と答える」


 フィーネが目を細める。


「ユーリスさんらしいです」


「でも、それだけじゃ足りないと思ってさ」


 ユーリスは続ける。


「俺、最初は第五班の空気を軽くする役って言えばいいかなと思った。でも、それだとなんか便利な道具みたいだろ」


「ああ」


「だから、こう言う」


 彼は少しだけ真面目な声になった。


「俺は、重い場面で軽くすることもある。でも、それは逃げるためじゃなくて、次の一歩を出すためです。失敗する時もあります。軽すぎる時もあります。でも、今はそれを自分で見ようとしています」


 沈黙。


 フィーネが小さく頷く。


「良いです」


 アルトも頷いた。


「すごく、ユーリスさんです」


「それ褒めてる?」


「はい」


「なら受け取る」


 ユーリスは笑った。


 その笑いは、自然だった。


 レオンは三人を見た。


 それぞれが、自分の言葉を持ち始めている。


 なら、自分はどうする。


 レオン・ヴォルツとして。


 第五班の中心者として。


 ヴォルツ伯爵家の子弟として。


 エリシアの婚約者として。


 何を語る。


 その問いが、胸の奥で静かに重くなった。


    ◆


 東棟へ向かう道は、穏やかだった。


 だが、穏やかな中に緊張がある。


 生徒たちは昨日より静かに第五班を見ている。


 本人確認の噂は、すでに広がり始めているようだった。


「第五班、それぞれ聞かれるのかな」

「何答えるんだろう」

「アルト、頑張れよ」

「フィーネさんも大変だな」

「ユーリスは普通に答えそう」

「レオンは……難しいだろうな」


 レオンは、その最後の声を聞き流せなかった。


 難しい。


 その通りだった。


 フィーネは、自分の怖さと選択を語る。


 アルトは、守られるだけでなく支えたいと語る。


 ユーリスは、軽さを逃げにしないと語る。


 では、レオンは。


 守るとは、相手の選ぶ声を残すこと。


 以前、教師にそう答えた。


 だが、本人確認ではそれだけで足りるのか。


 家名。


 婚約。


 第五班。


 成果。


 記録。


 すべてを背負って答える必要がある。


 レオンは少しだけ足を止めそうになった。


 その時、アルトが小さく言った。


「今ここ」


 レオンは彼を見た。


 アルトは少し恥ずかしそうにする。


「すみません。レオンさん、考え込んでたので」


「助かった」


 レオンは答えた。


 本当に助かった。


 今は、東棟へ向かう。


 本人確認はまだ来ていない。


 まずは今日の講義だ。


    ◆


 教室に入ると、ハルト・グレイナーがこちらを見た。


 その隣で、カイル・ローダンが本を閉じる。


「本人確認の話、聞いたか」


 カイルが言う。


「ああ。噂だが」


「噂ではなくなるだろう」


 やはり。


 カイルは何かを知っている顔だった。


「今日、教師から話がある可能性が高い」


 ハルトが腕を組む。


「自分で答えるやつか」


「そうだ」


 カイルは頷く。


「正式記録に入る前に、当事者の認識確認が行われる。外部提出用の記録に本人の認識が添えられる場合もある」


 フィーネが少し緊張する。


 ユーリスも真面目な顔になる。


「添えられるってことは」


 レオンが言う。


「言葉が残るということか」


「ああ」


 カイルは静かに答えた。


「だから、飾りすぎても危険だ。軽すぎても危険だ。だが、黙りすぎても周囲に解釈される」


 ハルトが顔をしかめる。


「本当に面倒だな」


「だが、必要だ」


 カイルは言う。


「自分の言葉で答えなければ、他人の言葉で決められる」


 その言葉に、レオンは黙った。


 外の記録だけが皆様を決めてしまわないように。


 エリシアの言葉と繋がる。


 自分の言葉で答えなければ、他人の言葉で決められる。


 それは、今日の核心だった。


    ◆


 一限目。


 教師は教室へ入ると、いつもより少しゆっくり教壇に立った。


 黒板へ向かう。


 チョークが走る。


 書かれた文字は。


 本人確認。


 教室の空気が一瞬で張り詰めた。


 やはり来た。


「学園側で整理している一次所見について、今後、関係生徒への本人確認を行う」


 教師の声は静かだった。


「これは尋問ではない。罰でもない」


 一拍。


「記録が本人の認識と大きく乖離していないか確認し、必要に応じて補足を加えるためのものだ」


 補足。


 その言葉が重い。


「対象は、第五班各員、第七班の一部、ならびに関連する見学・証言者となる生徒を予定している」


 関連する見学・証言者。


 エリシアも含まれるだろう。


「本人確認で重要なのは、綺麗な答えを作ることではない」


 教師は教室を見渡す。


「自分が何を見て、何を感じ、何を選んだかを、自分の言葉で説明することだ」


 レオンの胸に、その言葉が落ちた。


 自分の言葉。


「ヴォルツ」


「はい」


 レオンは立ち上がる。


「本人確認で、お前が最も気をつけるべきことは何だ」


 レオンは少しだけ沈黙した。


 答えは、いくつもある。


 家を敵にしないこと。


 エリシアを守る対象としてだけ扱わないこと。


 第五班を美化しないこと。


 成果だけで語らないこと。


 自分一人で背負わないこと。


 だが、一つ選ぶなら。


「他人の声を奪って、自分が代表しすぎないことです」


 教室が静まる。


 教師が続きを待つ。


「第五班の中心者として答える必要はあります。ですが、フィーネ、アルト、ユーリスにはそれぞれの認識があります。エリシア様にも」


 一拍。


「俺が全部を説明しようとすると、守るつもりで他の人の選ぶ声を消すかもしれません」


 教師は静かに頷いた。


「良い」


 その一言が重く響く。


「全員、覚えておけ。代表者の言葉は重要だ。だが、代表者が語りすぎると、周囲の声を潰すことがある」


 レオンは座る。


 胸の奥が、少しだけ熱かった。


 怖い。


 だが、少し見えた気がした。


    ◆


 午前の課題は、本人確認模擬演習だった。


 戦闘や移送ではない。


 机と椅子が置かれた小部屋で、一人ずつ短い質問を受ける。


 ただし、それも演習であり、質問の直後に簡単な連携課題へ移る。


 つまり、自分の言葉で答えた後、その言葉に引きずられず課題へ戻れるかを見る。


 最初はフィーネだった。


 小部屋の中。


 教師が問う。


「ルーク。第五班における自分の立場をどう認識している」


 フィーネは手を膝の上で握った。


 声は少し震えている。


「私は、巻き込まれているだけではありません」


 一拍。


「怖いです。家のことも、外部評価のことも、全部わかるわけではありません。でも、怖いから離れるのではなく、怖いことも共有しながら、第五班で状態共有の役割を果たしたいです」


 教師は頷いた。


「良い。次」


 すぐに連携課題。


 フィーネはまだ少し震えていたが、声を出した。


「前方、魔法人形一。右、障害壁未起動。移動可能です」


 震えたまま、言えた。


 次はアルト。


「レイヴン。お前は第五班で守られる側か」


 アルトは一瞬息を止めた。


 だが、答えた。


「守られます。でも、それだけではありません」


 一拍。


「俺は第五班にいたいです。支援で役に立てる場面があります。失敗もします。でも、戻る練習をしています。だから、守られるだけじゃなく、支える側にもなりたいです」


 声は途中で震えた。


 だが、最後まで言った。


 連携課題で、彼の風は少し揺れた。


 それでも、自分で言った。


「支援、硬いです。調整します」


 戻った。


 次はユーリス。


「ベルク。お前の軽さは逃げか」


 ユーリスは少し笑った。


 だが、ふざけなかった。


「逃げになる時もあります」


 教師の目が少し動く。


「続けろ」


「でも、今は逃げにしないように見ています。重い場面で軽くすることもありますが、それは次の一歩を出すためです。失敗もあります。軽すぎる時も。でも、それを自分で見ようとしています」


 教師は頷く。


「良い」


 連携課題で、ユーリスはいつも通りに近い軽さで声を出した。


「よし、次の一歩」


 その言葉で、空気が動いた。


 最後に、レオン。


 小部屋の椅子に座る。


 教師が正面にいる。


 質問は、静かだった。


「ヴォルツ。お前にとって、第五班とは何だ」


 レオンは息を止めた。


 第五班とは何か。


 戦力。


 協力関係。


 学業上有効な班。


 戻る力を育てている班。


 どれも正しい。


 だが、それだけでは足りない。


 レオンは、少しだけ沈黙した。


 そして答えた。


「俺が、一人で前へ出ればいいわけではないと知った場所です」


 教師は黙っている。


「第五班は、完成された班ではありません。動揺します。迷います。失敗しかけます」


 一拍。


「でも、フィーネの声で戻る時があります。アルトの支援で届く時があります。ユーリスの軽さで足が出る時があります」


 レオンの声は、思ったより低かった。


「俺は、中心者として判断します。ですが、全員の声を代わりに語るつもりはありません。それぞれが選び、それぞれが答えるべきだと思っています」


 教師は静かに聞いていた。


「ヴォルツ家の子弟として、家名と婚約関係への配慮は必要です」


 ここから逃げてはいけない。


「ですが、その配慮を理由に、課題で確認された有効な協力関係や、本人たちの選ぶ声を消すことは違うと考えています」


 一拍。


「第五班は、俺が守るだけの場所ではありません。俺も戻される場所です」


 言い終えた時、部屋の空気が少し重くなった。


 教師はしばらく黙っていた。


 そして、短く言った。


「良い」


 その一言だけだった。


 だが、十分だった。


    ◆


 連携課題は、全員の本人確認模擬が終わった後に行われた。


 四人とも、少し疲れていた。


 剣を振ったわけでも、重い標識を運んだわけでもない。


 ただ、言葉を出した。


 それだけで、身体が重い。


 しかし、課題は始まる。


 標識移送。


 魔法人形二体。


 難度は低い。


 だが、言葉の後の課題は重かった。


 フィーネの声は震えていた。


 アルトの支援も少し硬い。


 ユーリスは軽さを戻そうとして、一瞬だけ空回りする。


 レオンも、自分の言葉に引きずられていた。


 俺も戻される場所。


 そう言ったばかりだ。


 なら、今ここで完璧に導こうとしてはいけない。


「状態共有」


 フィーネが言う。


「私、まだ少し震えています。でも、前方は見えています」


「支援」


 アルトが続ける。


「硬いです。でも調整します」


 ユーリスが笑う。


「軽さ、少し空回り。でも戻す」


 レオンも言った。


「判断、少し重い。だが進める」


 一瞬、四人の間に沈黙が落ちた。


 それは、不思議な沈黙だった。


 弱さを出した沈黙。


 だが、崩れる沈黙ではなかった。


 そこから、動き出す。


 標識を取り、運び、台座へ置く。


 鐘が鳴る。


 評価は、上。


 教師は言った。


「本人確認後の心理的負荷がある中で、状態を共有し課題へ戻った。良い」


 四人は、深く息を吐いた。


    ◆


 昼休み。


 食堂の席で、四人はしばらく静かだった。


 いつもならユーリスが何か言うところだが、今日は彼も黙ってパンを見ていた。


 やがて、アルトが小さく言う。


「言葉を出すのって、疲れますね」


「はい」


 フィーネが頷く。


「演習より疲れたかもしれません」


 ユーリスが苦笑する。


「俺も。軽さについて真面目に話すと、すごい疲れる」


「お前は普段から少し真面目にしろ」


 レオンが言うと、ユーリスは少し笑った。


「今のツッコミ、自然だったな」


「そうか」


「うん。少し戻った」


 その言葉で、空気が少し緩んだ。


 アルトが手帳を開く。


「俺、今日の言葉、書きます」


 フィーネも頷く。


「私も」


 ユーリスも紙片を出す。


「俺も書くか」


 レオンも手帳を開いた。


 それぞれが、自分の言葉を書く。


 正式記録に残るかもしれない言葉。


 だが、その前に、自分の手帳に残す言葉。


    ◆


 放課後。


 中庭で、エリシア・フォン・ローゼンベルクが待っていた。


 今日は少し緊張した表情だった。


 レオンたちを見つけると、静かに歩み寄ってくる。


「本人確認の模擬があったと聞きました」


「はい」


 レオンが答える。


 エリシアは四人を見た。


「どうでしたか」


 フィーネが先に答えた。


「怖かったです。でも、自分の言葉で言えました」


 アルトも。


「俺も、震えました。でも、言えました」


 ユーリスが肩をすくめる。


「俺は、自分の軽さについて話すのが思ったより恥ずかしかったです」


 エリシアは一人ずつ丁寧に頷いた。


 最後にレオンを見る。


「レオン様は」


 レオンは少し沈黙した。


「第五班は、俺が守るだけの場所ではなく、俺も戻される場所だと答えました」


 エリシアの目が少し揺れた。


「……そうですか」


「はい」


「良い言葉だと思います」


 エリシアは静かに言った。


「私も、近いうちに本人確認を受けることになると思います」


 空気が少し引き締まる。


「エリシア様も」


 フィーネが言う。


「はい」


 エリシアは微笑む。


 だが、その笑みには緊張があった。


「私も、自分の言葉で答えます。不安はある。でも、見た事実を否定しない。そのままを」


 レオンは頷いた。


「はい」


 エリシアは少しだけ息を吐いた。


「自分の言葉で語るのは、怖いですね」


「はい」


 レオンは答えた。


「剣を抜くより怖い時があります」


 エリシアは少し驚き、それから静かに微笑んだ。


「レオン様がそう言うなら、私も怖がっていいのですね」


「怖がっていいと思います」


「では、怖がったまま答えます」


 その言葉に、フィーネが小さく頷いた。


 アルトも。


 ユーリスも。


 五人の間に、少し長い沈黙が落ちた。


 だが、それは悪い沈黙ではなかった。


 自分の言葉で立とうとする者同士の沈黙だった。


    ◆


 夜。


 学生寮の部屋。


 レオンは手帳を開いた。


 今日の記録を書く。


 第四十六話。


 自分の言葉で語ることは、剣を抜くより怖い。


 朝。

 本人確認の噂。

 自分の言葉が記録へ接続される怖さ。

 整えすぎれば中身が削れる。

 軽すぎれば誤解される。

 黙りすぎれば他人に解釈される。


 フィーネ。

 巻き込まれているだけではない。

 怖い。

 でも、怖いから離れるのではなく、怖いことも共有しながら第五班で状態共有の役割を果たしたい。


 アルト。

 俺は第五班にいたい。

 怖い。

 迷惑をかけるかもしれない。

 でも支援で役に立てる場面がある。

 失敗もする。

 戻る練習をしている。

 守られるだけでなく、支える側にもなりたい。


 ユーリス。

 軽さは逃げになる時もある。

 でも、今は逃げにしないように見ている。

 重い場面で軽くするのは、次の一歩を出すため。

 失敗もある。

 軽すぎる時もある。

 でも、それを自分で見ようとしている。


 カイル。

 自分の言葉で答えなければ、他人の言葉で決められる。


 講義。

 本人確認。

 尋問ではない。

 罰でもない。

 記録が本人の認識と大きく乖離していないか確認し、必要に応じて補足を加える。

 綺麗な答えを作ることではない。

 自分が何を見て、何を感じ、何を選んだかを、自分の言葉で説明すること。


 レオン。

 他人の声を奪って、自分が代表しすぎない。

 第五班とは、俺が一人で前へ出ればいいわけではないと知った場所。

 完成された班ではない。

 動揺する。迷う。失敗しかける。

 でも、フィーネの声で戻る時がある。

 アルトの支援で届く時がある。

 ユーリスの軽さで足が出る時がある。

 俺は中心者として判断する。

 だが、全員の声を代わりに語るつもりはない。

 家名と婚約関係への配慮は必要。

 だが、それを理由に、課題で確認された協力関係や本人たちの選ぶ声を消すことは違う。

 第五班は、俺が守るだけの場所ではない。

 俺も戻される場所。


 午前課題。

 本人確認模擬後の連携。

 全員、言葉の疲れで重い。

 フィーネ、震えているが前方は見えている。

 アルト、支援が硬いが調整する。

 ユーリス、軽さが空回りするが戻す。

 レオン、判断が重いが進める。

 評価、上。


 放課後。

 エリシア。

 近いうち本人確認を受けることになる。

 不安はある。

 でも見た事実を否定しない。

 怖がったまま答える。


 レオンはペンを止めた。


 今日は、剣を振っていない時間の方が疲れた。


 言葉を出すだけで、こんなに消耗するとは思わなかった。


 だが、逃げるわけにはいかない。


 自分の言葉で答えなければ、他人の言葉で決められる。


 カイルの言葉が残っている。


 フィーネは震えながら、自分の怖さを言葉にした。


 アルトは守られるだけではないと、自分の願いを言葉にした。


 ユーリスは軽さの中身を、逃げも含めて言葉にした。


 レオンも、第五班を自分が守るだけの場所ではないと言った。


 それは、たぶん本音だった。


 言った後、胸が痛くなった。


 本音は、綺麗なだけではない。


 言うと、責任が生まれる。


 だが、言わなければ、他人に決められる。


 レオンは最後に一行を書く。


 自分の言葉で語ることは、剣を抜くより怖い。


 その下に、もう一行。


 それでも、自分の言葉で立たなければ、守りたいものの声まで誰かに奪われる。


 ペンを置く。


 窓の外は夜だった。


 星は少し見える。


 静かな夜。


 だが、その静けさの中に、今日出した言葉が残っている。


 明日以降、正式な本人確認が始まるかもしれない。


 エリシアも、自分の言葉で答えると言った。


 怖がったまま答える、と。


 なら、自分も同じだ。


 怖いまま。


 震えたまま。


 飾りすぎず、怯えすぎず。


 今ここから、自分の言葉で立つ。


 レオンは手帳を閉じた。


 灯りを落とす。


 暗闇の中で、今日の自分の言葉が、もう一度胸に戻ってきた。


 第五班は、俺が守るだけの場所ではない。


 俺も戻される場所。


 その言葉に恥じないように。


 明日も、また戻る。

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