第18話 洞窟の冷たさと、胸元の温もり
何召喚しちゃってんのよ……。
心の中でそうツッコミを入れつつも、俺の視線は召喚された美女に釘付けだ。
だって仕方ないだろ。あんな露出過多なグラマラスお姉さんが急に現れたら、男の本能として目がいくのは当然だ。
「……あんた、どこ見てんのよ」
「え……? 別に?」
俺がとぼけようとした、その瞬間。
――ドスッ。
脇腹に鈍い衝撃が走る。
「あぐっ……」
「しっかりしてよ。これじゃ命がいくつあっても足りないわ」
「はいはい、わかってるって……」
そんなこと言ったって。目の前にあんな爆弾みたいな姉ちゃんが現れたら、誰だって釘付けになるだろ。
男ってのは、そういう生き物なんです。
「ライエルさん、この方は……」
「私が契約している精霊のメルティだよ。何かと役に立つかもしれんから、連れて行ってやってくれ」
「うふん。よろしくねぇ~」
……精霊? この格好で?
正直、役に立つビジョンがまったく見えない。
まあ、いい。目の保養にはなるし、リーゼのピリピリした空気を中和してくれるなら、それはそれで良しとするか。
こうして俺たちは、急遽増えたメンバーを含めた三人で、バクラ洞窟に足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇
洞窟内部は、想像していたよりもずっと広く、そして不気味だった。
無骨に突き出した岩肌が、閉塞感を煽る。
「タナカ、明かりを」
「あいよ」
リーゼの指示に、俺は手慣れた手つきで『ルミナ・オーブ』を展開する。
魔力の調整はもうバッチリだ。周囲を照らし出す柔らかな光のおかげで、死角からの不意打ちは防げるはずだ。
「タナちゃんって魔導士なのね。すっごい、かっこいい~」
――ボインッ
甘ったるい声と共に、俺の右腕に『圧倒的な質量』が押し付けられた。
メルティが密着してくる。服越しでも分かる、常人離れした弾力。
……おい、勘弁してくれ。攻撃力が高すぎるだろ。
小一時間ほど歩いたが、今のところ特筆すべき異変はない。
洞窟はただ静かで、先頭を行くリーゼの足音と、俺の腕に絡みつくメルティの甘い香りだけがこの場を支配している。
……正直、リーゼの背中から放たれる殺気が高まっているのは気づいている。
命がけの依頼中だというのに、後ろでこれ見よがしにイチャついているんだ。
腹が立たないはずがない。
だが、俺にはどうしようもない欠陥があった。
俺は致命的に、色香に耐性がないのだ。
そう、いわゆる『女性耐性ゼロ』の男というやつである。
理屈では分かっている。
ここで我慢しなければ、あとで確実に倍返しを食らうと。
「タナちゃんさぁ~。意外と筋肉すごいわねぇ。ムキムキ~」
「そ、そうかなぁ……えへへ」
……ダメだ。思考が完全に弛緩している。
リーゼの殺気が背中に突き刺さっているのは分かっている。分かっているんだが……止められない。
俺は今、人生で一番と言っていいほどの危機的状況に立たされていた。
そんな空気の緩みは、唐突に断ち切られた。
前方の闇から現れたのは、悍ましい形相の魔物だった。
……見ただけで分かる。こいつは、俺たちが今まで見てきたどんな生き物とも違う。
本能が「逃げろ」と警告を発しているのが分かる。
「ニンゲン……コロス」
吐き出されるような、淀んだ言葉。
魔物は躊躇なく、一直線に俺たちへ向かって突進してきた。
「い、いいいい……っ!?」
「きゃあぁっ! いやあぁぁぁん!」
反射的に固まる俺と、耳を塞ぐメルティ。
……終わった。そう思った瞬間だった。
――キィンッ!
鋭い金属音が空気を切り裂く。
次に目にしたのは、魔物の巨体が真っ二つに裂け、霧散していく光景だった。
さらり、と。
流れるような動作で剣を収め、リーゼがこちらを振り返る。
「……あんたたちねぇ。これくらいで腰を抜かすなんて。……バカじゃないの!」
その瞳には、呆れを通り越した氷のような冷たさが宿っていた。
驚いたのはそれからだ。
あんなにべったり甘えていたメルティが、戦闘が一段落した途端、急に掌を返したように慌てだしたんだ。
「タナちゃん! じゃあ、また会いましょ!」
「は? おい、待て……」
――ポカンッ!
間抜けな音とともに、煙幕が視界を覆う。
……嘘だろ。本当に消えやがった。
さっきまで俺の腕に柔らかい感触を押し付けていたはずなのに、今はもう跡形もない。
ライエルさんよ。
一体どういうつもりで彼女を召喚したんだ。俺の緊張感を削ぐためか?
……まあ、いい。
少なくとも、彼女のおかげで「女を知る」という点においてだけは、かなり濃密な体験をさせてもらった。
◇◇◇◇◇
その後、完全にリーゼによって支配された場は恐ろしいものだった。
次々に湧き出る魔物を、彼女は流麗な剣技で一刀両断していく。
どさくさに紛れて鋭い眼光で俺を睨み、剣の持ち手で小突いてくるのはご愛嬌……いや、正直痛い。
はい、すみません。以後は気を引き締めます。
茶番はここまで。
リーゼのおかげで道は切り開けているが、彼女とて人間だ。
ふと見ると、彼女の額には大粒の汗が浮かび、呼吸もわずかに乱れている。
無尽蔵にスタミナがあるわけじゃない。このまま無理をさせれば、どこかで綻びが出るのは明白だ。
何か策はないかと思考を巡らせ、一つの良策を思いついた。
できるかわからんけど......。
俺は一歩前に出て、リーゼの肩を軽く叩いた。
「おい、リーゼ。いったん休め。いい策がある」
「……何よ。急にやる気出しちゃって......」
ルミナ・オーブができたように一度見た魔法ならできるはず。
そう思い、俺はライエルさんの召喚魔法を思い出す。
確かこんな感じの事、言ってたよな。
「境界を越えて、影となれ。我が意志を形に、顕現せよ」
俺の足元に広がったのは、先ほど見た淡い光の陣ではない。
ドロリとした黒い泥のようなものが地面から這い上がり、空間を侵食していく。
空気がビリビリと震え、鼓膜を圧迫するような不快な重圧。
……まずい。これ、精霊なんて可愛いものが出てくる空気じゃない。
これ、もし魔王とか出てきちゃったら洞窟探索どころじゃなくないか?




