第17話 いざ、バクラ洞窟へ
目の前にいる老人こそが、依頼主のライエル本人。
バクラ洞窟という場所からヴァルストラムという鉱石を採掘してくる。
この情報だけでは、心許ない。
「どうして鉱石の採掘をギルドに依頼したんですか?」
「バクラ洞窟は、かなり険しい洞窟と言われているんだよ。ましてやヴァルストラムは洞窟の最奥にしかないからね。ギルドに頼むしかなかったんだ」
雲行きが怪しくなってきた。
洞窟に行って、珍しい石を掘ってくる。
勝手にそんな「観光地の鍾乳洞巡り」くらいの感覚でいたんだが、どうやら甘かったらしい。
……正直、今すぐ「やっぱりやめときます」と言って逃げ出したい。
俺がそんなヘタレなことを考えている横で、リーゼはやる気満々だった。
「そんなに険しいのね。……で、どうしてそこまでしてその石を?」
リーゼの問いに、ライエルさんはどこか物悲しげに目を細めた。
「初めて依頼したのはもう五十年くらい前なんだ。当時は、妻に……贈るつもりだったのさ。この村にはな、婚礼の儀で宝石を贈る習わしがあってね。ヴァルストラムは磨き上げると青く、それは美しく輝くんだよ」
「そうなのね。……で、その奥様は?」
ライエルは、ただ静かに首を横に振った。
……ああ、そういうことか。
ライエルの皺の深い顔を見れば、答えは聞くまでもなかった。
「……もう私も随分と年を取ってしまった。こんな老いぼれが宝石だなんてもう遅い......。だが、わざわざここまで来てもらって、手ぶらで帰すわけにはいかないよ。しっかり報酬も渡す」
一瞬、俺の中で悪魔がささやいた。
『やった、これなら働かずに帰れる』と。
ニタニタと笑いそうになる自分の浅ましさを、どうにかこうにか理性で抑え込む。
楽をしたい。
でも、それ以上に――この老人の諦めきった顔を見て、何もしないのはどうも据わりが悪い。
俺がどう答えるか言葉を探していると、隣から勢いよく声が飛んだ。
「そんなの、許さないわよ!」
リーゼが依頼書をビシッと突きつける。
「取り下げてない時点で、この依頼は有効! 私たちはもう受けたんだからね。必ずその鉱石、取ってきてあげるわよ!」
正直、働かずに報酬を貰えるならそれに越したことはない。
……が、命の恩人相手に、それはいくらなんでも外道が過ぎる。
俺は一つ溜息を吐くと、少しだけ格好つけることにした。
「……任せてくださいよ。それに、遅すぎるなんてことはないはずです」
「え……?」
「奥様だって、あなたが諦めるのを望んでないでしょう。きっと空の上から見てますよ。」
決まった......。
そう確信して胸を張った俺だったが、ライエルさんはきょとんとした顔のまま固まっていた。
……あれ? もしかして、今のセリフ、ちょっとクサかったか?
いや、今の流れなら完璧な黄金パターンのはずだ。
おそらく、若者の勢いに圧倒されて思考停止しているだけだよね?
俺が内心で冷や汗を流していると、老人はようやく重い口を開いた。
「……じ、じゃあ。お願いしようかね」
どこか戸惑いを感じさせる返事。
……うん、やっぱり今の言い回し、少し恥ずかしかったかもしれない。
◇◇◇◇◇
正式に依頼を請け、俺たちはライエルさんの案内でバクラ洞窟を目指すことになった。
扉を開けて驚いた。そこはハイツ村ではなく、ただの深い森が広がっていた。
俺たちがボロボロになって倒れていたのも、この近くだったらしい。
ライエルさんは村を追放されてからずっと、ここで五十年間もの追放生活を送ってきたというわけか。
……なんて人生だ。
その孤独を想像するだけで、胃のあたりがキリキリと痛む。
「洞窟まではどのくらいで?」
「入口自体は遠くない。ここから一時間も歩けば着くさ」
ライエルさんの言葉通り、小一時間ほど歩くと巨大な洞窟の入り口が見えてきた。
……うん。無理だ。見ただけで分かる。
これ、絶対に観光地のそれじゃない。
ぽっかりと開いたその穴は、まるで獲物を待つ怪物の口みたいだ。薄暗い奥から、澱んだ空気が吐き出されている。
正直、今すぐUターンして帰りたいよ。
「さて、私はここまでだよ。二人とも、どうか無事に帰るんだよ」
その言葉を残し、帰路に着こうとしたライエルさんだったが、何かを思い出したかのように再びこちらへと振り返った。
「そうだ。もしかしたら、二人の役に立てるかもしれん」
「へ?」
ライエルさんがそう言うと、おもむろに呪文のような言葉を紡ぎ始めた。
……あれ。
どこかで聞いたことがあるリズムだ。
俺の脳裏に、あの『ルミナ・オーブ』を見せてくれたリーゼの姿が重なる。
まさか。
ライエルさん、魔法が使えるのか?
「境界を越えて、影となれ。我が意志を形に、顕現せよ」
その瞬間、老人の足元に蒼白い光の円が浮かび上がった。
――ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。
洞窟の湿った空気じゃない。もっとこう、肌に直接刺さるような、澱んだ魔力の気配。空気がビリビリと痺れて、呼吸が重くなる。
「……おい。リーゼ。なんだこれは」
「こ、これは召喚魔法よ!」
「召喚……!?」
リーゼの声が、驚愕に震えている。
……待て待て。召喚魔法?
この老人、もしかしてとんでもない実力者なのでは?
――ポカンッ!
その間抜けな音と、砂煙。
その中から現れたのは、一人の美女だった。
……冗談だろ?
布面積よりも肌の露出面積の方が明らかに多い、いかにも「何か」を主張するような衣装。
お世辞にも戦闘向きとは言えない。
ただ、そのボインと突き出た二つの巨大な『武器』だけは、立派に装備されているようだ。
「あら~。おじさま。今日は何様?」
「今日はだな......」
……おじさま?
しかもライエルさん、なんだその慣れた態度は。
おいおい、さては普段から呼び出してるな?
これから危険な洞窟に潜ろうっていう大事な局面だぞ。
なんでよりによって、そんな……あからさまに戦闘と縁遠そうな『癒やし枠』を召喚したんだよ。
このエロじじいめ。




