その2:ネルフルールとの出会いまで
ーーそして、入学当日から。
入学式を経ずに、案内され教室に入った。
部屋全体が殆ど白と灰の石造り。
荷物入れが後ろにあるが、それ以外は何もない。
窓も二つ。おそらく換気と日差しを入れるために在るのかな。
覗き窓に布がされた扉に鍵をかけた。
まさか学園生活で…一度も自分から開けることがないとは知らずに。
**
それでは授業を始める。
**
総黒板に文字が書かれていった。
黒板の前には、人の大きさの人形が、机にもたれて立っている。
おかしい。生徒一人だけだとしてもやることあるでしょ。
時間割の説明とか、そういうの。
**
手元の魔道具を取ってくれ、
それに文字を書くとこちらにも浮かび上がる。
こちらからも黒板とその魔道具に記載して
授業をしていく。
**
机に置いてある板状の軽い魔道具を手に取り
アントワーヌはそれを棒でなぞり文字を書いていく。
小学生で言うなら2年生なのに、くっきりと文字を書いていた。
授業の内容は、確かに本格的だ。
時間割で魔法の種類が違うし、科学の授業もある。
割と防音もされているのか、学校なのに静かで過ごしやすい。
相談して科目を調整できるみたいだし、
追加課題として本もたくさん用意してあった。
読み切り、テストに合格するたびに更に詳しい本が
リフトで運ばれてくる。
アントワーヌが私に
「勉強するための理想郷」
「自宅よりずっと便利、
食事すらとりに行かなくていい。」
と肯定していたのも分からなくはなかった。
食事については、私も気に入っている。
質素なパンとミルク、豆スープ。
お腹は減らなかったから何でもいい。
一人だから気兼ねなくパンも残して、好きな時に食べれた。
そして夕方、授業中に突然扉の鍵が開く。
そして女子五人組が入ってきた。
「アントワーヌ。だっけ?」
突然の出来事に、私たちは固まった。
誰も来ないんじゃないの?
「私たちは率直にいうと、
あんたみたいな落ちこぼれに学園生活に紛れ込んでほしくないの。」
真ん中の、高飛車の青い髪が言い放つ。
奴は鼻をつまんで、手で払うようなしぐさを見せた。
「あんたは軍閥貴族の娘でしょ?
そんな特攻兵器みたいなやつは、私達の貴族生活に
入ってほしくない。」
そして周りの4人が歩み出た。
「フリストラ家、アレン」
「エディトラ家、メイラン」
「ユロン家、カロン」
「ファナンテル家、ネルロン」
「そして私、ガフー家。メリストス。」
…この国の、大貴族の名前!
伯爵以上、聞いたことのある家だ。
「ここを退学になると、殺されてしまうんです。
貴方方含め、同級生の方には一切関わりません。
一切話しません。
助けてください。」
アントワーヌは即座に平伏して、顔を下げた。
父親にされていて、慣れている事だったから。
悔しい…
「ふーん?」
女子たちが話し合う。
その言葉は悔しさで良く聞こえない。
「先生たちにも、このデク人形以外には話さないでね。
んじゃ、3年間さよなら―」
「哀れな生活楽しんでねー」
そんな声と共に、扉が閉まった。
そして、私が見てる中では…この扉が有効活用された最後だったかもしれない。
逆に心から思った。
あいつ等と生活する方がずっと哀れだったのかもしれない。
私が教師になって、寄り添って三人で学べばいい。
お母さんの人形も寝室で待ってる。
一人じゃない、アントワーヌ。
そして、夜八時。
全ての科目が終わり、背伸びした。
3時間分ぐらいは先生が他の授業や仕事をするのか
自習の時間があるとはいえ
逆にアントワーヌがこっそり寝られるし良かった。
**
それでは扉を開けて寝室に…
**
先生が止まった。
…それは…
もう…しまった!
下の階から何か話し声が聞こえる。
**
黒板側の窓を開けてくれ。
そこに手すり付きの階段があって、
一人で過ごすために部屋が用意されたらしい。
すまない。
**
なにそれ、危なすぎる。
「分かりました。おやすみなさい。」
窓からのぞくと、確かに梯子が固定されている。ご丁寧に手すりまである。
降りていくと、少し匂った。
暗いけど、腐った食べ物の匂い。
近くにゴミ捨て場があることは容易に分かった。
下は土の地面だけど、ぬかるまないか心配だ。
突き当りだったから直線に進むと匂いは薄くなって
10メートルぐらい進むと消えた。
もう一つの突き当りの隣に確かに扉があった。
二つ扉、片方はお手洗いだった。
もう一つを空けて、入る。
運んでもらっていた人形が見えて
確信した。
この小さなお手洗いと、木の板のある空間が
これから3年間の牢屋なのだと。
窓から月明かりと、近くの他の寮の窓が見える。
でも窓が全開にあかない。
これではお互い存在が分からないと思う。
声を出したら退学だ。
私が頑張って励まさないと。
そんな心の声にも関わらず、アントワーヌがお手洗いを済ませ
その近くの水場で水を汲み、
置いてあった布巾で体を拭いた。
制服や生活道具も、
寝るための木の板の横の引き出しから届くらしい。
ご丁寧なほどに隔離されている。
アントワーヌはそのまま木の板の寝床に乗る。
そして人形をひとなで、何故か胸が痛んだ。
そのまま目を閉じ、私も起きたくなかったから一緒に眠る。
――そんな形で、早一週間。
お手洗いがここしかない以外は、不満はない。
元々実家も牢獄。
ここに来るまでに良い記憶があるのは妹弟の世話とお母さんの顔だけ。
アントワーヌにとって、よく考えたら苦痛でもなんでもなかった。
窓から聞こえる、楽し気な話し声以外は。
そんな時は、私の小学生の時の話。
どんな子がいたよとか、どんな馬鹿をしてとか
この世界だったこうするのかなとか。
…それがそのまま、母への経過報告となった。
窓からの話し声と、私の経験が。
手紙は引き出しに置いておくと、翌日消えてくれる。
手紙のやり取りについて聞いたら先生が合意してくれたし、
母の手紙の内容も私たちの話を読んでくれていた。
****
「あの子、学校に馴染めているのかしら。」
ハルミショールが呟くと、父親は吐き捨てるように言った。
「教育費が無駄にならなければ、どうでもいいがな。」
「ママ、教えて。」
マリアショールがスカートを揺らすと
母は子を抱え、机に戻っていく。
「多少勉強できなくとも、こちらの方が魔力容量が多い。
優秀だ。」
その父の呟きの後、母も呟いた。
「少し、何だか手紙に違和感があったけれど…
あの子らしくない気がして」
****
そして、何も変わらない日常が続くと
時も早く感じる。
朝起きて、勉強をこなすと
もう夜だった。
時々ある運動も、隔離通路のトラックランとか
筋力トレーニングとかで、退屈だった。
1か月も経つと、アントワーヌは本の虫になった。
”読めば読むほど、沢山楽しくなる”
新しい「娯楽」を手に入れるためには、読んで課題を解かないとといけない。
それがないと、新しい経験もない。
新しい経験を積めないと、追放されるかもしれない。
そんな気持ちが痛いほど気持ちが分かる。
更に3週間後、やけににぎやかな日があった。
そして、その日の午後は雷。
雨に打たれながら梯子を下るのも嫌で
授業が終わった後、教室に待機していた時だった。
ビシャーン
雷が庭内に落ちた。
影が大きく伸びて、飛び上がる。
その後、廊下から声が聞こえた。
「うわっ、雷が近いですね!」
「今、人見えなかったか!?」
不味い!
私たちは床に伏せて、動くのをやめた。
ガタガタ、ガタガタ。
ドンドン!
扉が叩かれ、声がする。
「おーい、誰かいるの?」
「授業の時間は終わってるよ、交換学生だよね?」
ドンドン、ドンドン。
苦しい、心臓が苦しい。
「ちょっと、そこは倉庫よ。」
「いや、なんか人影が見えたんだよね、雷で。」
一瞬の沈黙の後…
「人外のバケモノがいるの、うつるわよ。」
「ひえー、幽霊か。こんな部屋もあるのか
流石エリンスト魔法学園。不思議がいっぱいだ。」
「学園規則を守らない者は、相手学園に通知しますよ!」
「ひえー!」
気付いた、あの先生の声だ。
修道服の。
…バケモノ…
咄嗟の言い訳にしても酷い。
どうなってるの。
モヤモヤを抱えながら、雨が収まってから部屋に戻る。
後日盗み聞きで聞いた言葉では
2か月に一度交換学生が来るらしい。
よりよい教育場所を求める貴族たちの希望や
学校側で多くの学園の思想を取り入れるための
国が定める制度によって。
その期間は一度に2日間。
明日も気を付ける必要があった。
ーー翌朝、暗い中
階段を一気に駆け上がる。
授業開始よりしばらく前に。
暗闇の中、横になって開始を待った。
その間も、扉を開けようと忍び寄ったり
手を掛けたりしたのが音で分かったけど
「だめだ、アカズノトビラだ。
アカズノトビラの幽霊、見たかったなぁ…」
…そんな声が聞こえて何故か床を掻いた。
3か月目になると、梯子は不要になった。
魔法で浮遊できるからだ、その方が音なくすぐ移動できる。
逃げる発想はなかった。
迷惑を掛けたら死ぬ。分かり切ったことだったから。
アントワーヌが時々、私がいると思って手を伸ばして
そして戻すのを見かけた。
…無言で、見守った。
そして4か月目、授業を受けていると
閃光が扉側から走る。
爆弾かと思って警戒した。
けれど
「幽霊よ、昇天せよ!
ホワイトクロス!」
まあいいかなと放置した。
前の学園の交換学生なのか、噂が広まったのかは知らない。
きっと私と先生の人形が動くかすかな音が、興味を引き立たせるのだろうか。
「だめだ、除霊出来ない。
"チカヨルベカラズ"と張っておこう。」
やっぱり手が握られた。
関わりたいんだ、本音では。
アントワーヌ…
時々教室を間違えて入ろうとする人がいるたびに
切なくなる。
来るな、来るな。
そう願った。
そして、部屋に帰ると不思議で、怖い知らせがあった。
変な手紙が、窓に引っかかって入っていた。
****
拝啓
エリンスト学園2年 ネルフルール
こんにちわ。
庭に出て、こっそりあなたの手紙を盗み読みしました。
申し訳ないけれど、気になってしまって。
あなたは誰ですか?
少し秘密のお話ししませんか?
部屋にいる時間だけ、教えてください。
手紙を届けます。
****
小さな紙に
「チカヨルベカラズ」
とだけ書いて、窓枠の端に置いた。
翌日の手紙はもっと具体的だった。
****
ネルフルールです。
お手紙有難う。
窓覗いてみて、今日は窓際でネルから。
****
抗えなかった、窓の隙間から思わず覗く。
帽子をかぶった黒い髪の女性…女の子が窓に張り付いて寝ていた。
一学年上だから…まだ10歳ぐらいだろうに大きい。
私たちは幽霊扱いだけど、どっちが妖怪なんだかわからない。
ネルフルール。
意識してしまった。
この世界での、まともな話し相手。
初めての…
その時彼女の目が開いた。
透き通るような黒い目、おかっぱに近いけど綺麗なショートヘア。
微笑みが、少しだけ眩しかった。こちらからは相変わらず
チカヨルベカラズ
の文字だけ掲げた。
母に送る手紙用の紙は、部屋に沢山用意してあったから。
この世界の紙はデコボコしているけど,書けないほどではなかった。
その紙はお手洗いに流して、窓も閉じた。
それから時々、この女の子と
開ききらない窓で文章を交わした。
こちらからは今のところ「カカワルベカラズ」
を送っている。
なのに話が進んでいった。
趣味の話。
中間テストの話。
…ネルはどうか知らないけど私達には関係ない。
3か月ごとに学力試験があって、
学園では学力階級移動のために順位が公表されると聞いた。
そして、アントワーヌが本気で取り組むことはなかった。
他には、
フルール家という貴族が、豊かな地域の地方貴族であるという事。
近付いているとされる災厄について。
病気がうつる教室と噂されていることについて。
少しずつ、まるで見通してるみたいに私達の話したいことに
寄っていった。
換気のために、ごくたまに窓を開けているからかもしれない。
私も自然と、目を合わせていたからかもしれない。
ある時、窓際でネルが泣いていることもあった。
何故かは分からない。
何もできないので窓を閉じた。
何の感情も湧かなかった自分に驚いた。
アントワーヌもそうだった。
何も伝えなくていいのがただただ快適だった。
半年経って、2回目のテストを終えた日。
**
逃げたくない?
**
と紙が入っていた。
「逃げたくない、逃げたら死ぬ。
知られても死ぬ。
邪魔をしないで。関わらないで。」
と書いた。
その翌日には
**
声を聞きたい。
**
と書いてあった。
「カカワルベカラズ」
と返した。
これが私の日常。
ネルと文章を交わして、
交換学生におびえる。
それが勉強以外の私達のすべて。
そしてまた深夜。
「こんばんは。」
窓際からかすかな声がした。
聞こえないふり、知らんふり。
なぜならあの5人組かもしれないから。
ネルなら見たい。
でも見なかった。
暫くして気配が消えた。
カカワルベカラズの紙も消えた。
少し、後悔した。
その後も勉強の日々は続いた。
食事は変わらず、日常も変わらない。
友達との会話もない。
ネルとの会話も数日途絶えた。
なんて快適なんだろう。
なんて、何も考えなくて済むんだろう。
生きているだけで、こんなにも大儲けだ。
アントワーヌも本を読みながら楽しんでいた。
そうして、再び来たネルの言葉は
**
寝姿が可愛い。
**
だった。
「妹たちも可愛い。」
思わずそう書いた私に驚いて、それでも捨てれなくて
窓際に置いた。
知らないうちに回収してくれるの有難い。
魔法かもしれない。
でも証拠は残さない。
少しためらいながら、お手洗いで紙を使った。
**
会いたい
**
時々、何度も来て
「カカワルベカラズ」
を返す時が一番楽しい。
意地悪だね。
…時々、自分がOLだったことも忘れそうになる。
まるで魂を、殆どそこに置いてきたみたいに。
今はアントワーヌのためにずっとここにいるから。
9か月も経つ頃には
炎の魔法も、水の魔法も、氷の魔法も上手くなった。
あの試験だってスムーズに出来そうな自信がある。
基礎を学んだら、その次は組合せを学ぶのだけれど
その時に音が立つことが一番怖い。
だから自習の時間に本を読み進めて、
魔法の知識を集めることだけに集中していた。
こんな自慢できる牢獄、ある?
知識が雨のように降ってくるんだよ。
母親とのやり取りが相変わらず作り話なのが
少しつまらなく感じる。
ネルとの話をかきたいけど、書くと死にかねないから。
****
何で死ぬの
****
この手紙が来たときは
少し緊張した。
「家にとって都合が良くなるから」
と返した。
嘘をつく理由もないと思った。
そして3回目のテストを終えた。
このころには先生からの質問も紙や魔道具経由で頻繁に届くようになった。
**
なぜ、中途半端でやめるんだ。
本の課題の時は軽々と答えられたことが
テストだと無回答になっている。
もし、悩みがあるのであれば
先生に相談してくれ。
**
それは目立たないため。
学園順位で上位に躍り出て見なさい。
あの五人組が生活を汚されたって
文句言いに来るか、面倒になるにきまってる。
特級から落ちない程度がちょうどいいのに、この人は
そんな事も分からないんだ。
それからもどんどん先生の手紙が届くようになった。
アントワーヌは何も感じていないようだったけど
私はそれを見て少しずつ分かっていた。
この人も直接触れ合えないことを、凄く苦痛に感じている。
顔の見えないオンライン授業みたいなものだろうか。
魔法や設定で人形を操ると答えだけが大量に返ってくるのだから大変だろう。
しかもこの人には他の授業もあるだろうに、12時間も…
私たちはやっぱり、恵まれている方なのかもしれない。
維持する方も大変だから、変なことをたくさん言われるんだよ。
そう自分に言い聞かせた。
そして、入学からほぼ1年がたったある日。
朝、私たちが寝ていると、ネルが窓際に来た。
「今日は学園全員参加の
平和感謝祭の日だよ。
やっと会えるかな。」
「だか…ら、今日は12時間自習なんだね。」
ここに入ってから、始めて声で会話した。
どうしても伝えないとと胸が騒めいたからだ。
思ったより声が掠れた。
心の中で会話してなきゃ、言葉を失ってたかもしれないと気が付いた。
「会いたい」
ネルがそう囁く。
「何で?話せてる。」
不思議だった、何で直接会う必要があるの。
文通でもいいと思う。
でも小さな子が頑張っていたら撫でてあげたい位は思うかも。
いや、正常なのネルの方じゃない?
私、もしかして。
ストックホルム症候群?
「会って話をして、食事を食べたい。
一緒に遊べるしもっと色々分かる。」
そうだと思う、でもそれが致命傷なんだ。
「私が…この学園…で許されているのは
生活と勉強だけ。
その為に…沢山の設備を占領してるから。」
私じゃなくて、今度はアントワーヌが語る。
アントワーヌ自身の生声を、久々に聞いた。
「"軍閥貴族"で将来の特攻兵器だから。
お父様が災厄が近付いてるって。
その時は私が平和祭を守る。」
…アントワーヌ…!
人間の姿だったら、多分泣き崩れてる。
アントワーヌ、壊れてるよ。
平和な日本で生きてきた私には違和感しかなかった。
ずっと隣にいる人が、壊れるのが心から辛かった。
それを察したかのように窓の外からさらに声が聞こえた。
「守る価値があるのは、使う人がいるからだよ。
学園の管理者たちが手紙とか布巾とか届けてくれるのも…って
そろそろその時間だね。逃げる。」
ネルが言い、窓から離れたその40分後、
昨日拭いた布巾の回収がされていった。
回収しているのは学園の人たちなのだろう。
バレないように、
ネルなりに気を使ってくれていたのが凄く分かった。
母のくれた人形も、ここ数か月触れていない中
久しぶりに温かみを感じた出来事だった。
あの人形に触れると、嘘の針が胸を突き刺すから。
「今日はOOちゃんと仲良くやれたかな?」
そんな実態を伴わない幻覚が聞こえてきそうになる。
どうしても疲れたとき以外は、もう触れない。
ーーそんな状況が大きく変わったのが2年4か月目
後8か月耐えきれば、軍隊の幼少訓練に行けるかもしれない。
そんなころだった。




