その1:魔法学園入学まで
私の名前は、草田麻子。
「昔からそうだった。」
食事への関心が薄かったのだ。
何も食べずに過ごしたい。
食事もそれに付随する動きも、全てが無駄だと思っていた。
水を飲むたび、何か食べるたびに腸が動く。
痛く、苦しいのだ。重い…体が。
頭では分かっていた。
でも生きるために食べざるを得なかった。
それでも苦しくて、せめて意義を感じたくてどんどん激辛料理を食べて行った。
一人で働くOLとして気楽な毎日を送っていたけれど
私の食生活はどんどんと荒れていくばかりだった。
友人も出来て、憧れの先輩もいた。
でも激辛料理を食べ過ぎて、坂になった道端で意識が揺らいで…。
倒れ込んだところに、背後から自転車。
それは一瞬だった。
子供が乗った自転車に追突してしまったのだ。
当たり屋みたい。ごめ…んね…
…
次に目が覚めたときには、別の体だった。
手が小さくて、自分より小さな魂にくっ付いている事が分かった。
「これが…噂の転生なのね。」
ただ無意味に泣く赤ちゃんを眺めるだけの日々。
案外悪くなかった。
すぐにでも主導権は奪えそうな気がするけど、
そういうのは好みじゃなかったからしなかった。
ほら…子供だって人権あるじゃない?
生まれたばっかに殺されたくないし。
何か食事もとらずに眺められるから癒しっていうか。
本当にすっきりと、今までの事を見つめなおせた。
あの時、無言で見つめてくれた数秒間。
何かを言おうとためらってたよね。
そうやって大垣先輩と、残業で良い感じになった時に
告白しなかった自分に後悔した翌日にさ。
この子”アントワーヌ”の母"ハルミショール"のお腹と
辛そうな様子を見て、私がそうならなかったことに安堵したり。
ほんと、生命って苦痛に満ちてるよ。
少しずつこの子の体が大きくなって
話せる頃になるともう、この子には愛着しか湧かなかった。
アントワーヌ・ブルーテル。
それがこの子の名前。
お母さんのためにお花を探して回ったり、
子供なのに、埃が落ちていたら拾ったり…
妹をあやそうとしたり、いい子過ぎるから!!
鏡をに映った時に見えたのは、金髪で緑交じりの青目。
髪の一部は少し色が抜けてて白に近い部分もあった。
この子は辺境の有力貴族"ブルーテル"の
肩書を背負って生きる運命がある。
私が妄想する貴族社会と同じなら、
生きて行けるか不安になるほど。
そんなこの子が始めて固めのパンを食べたとき…
飲み込むまでに何度も喉に痛みを感じ
足をばたつかせるのを感じて。
私は無意識に一瞬体を乗っ取って、苦痛を肩代わりしてあげた。
久しぶりの痛み。
私は生まれつき喉が細いから、慣れていた。
歯磨き粉を使うだけで、吐き気がするぐらいだった。
アントワーヌちゃんはその後、自分の喉を何度も触ったり確かめていた。
そんな感じでずっと眺めて、彼女は6歳になった。
あの頃に大きくなっていた母のおなかからは妹"マリアショール”が生まれていた。
このころになると弟"アルト"まで生まれ嬉しかったが、
何故か関わろうとすると距離を離されていた。
「アントワーヌ」
呼び止められて振り返る。
互いの思考だけが独立しているだけで、半分一体となった感覚。
アントワーヌはどう思ってるか知らないけど。
「6歳になる前に伝えないといけないことがあります。」
ハルミショールがその青色の瞳で真剣にこちらを見つめる。
流れるような金髪が親子を感じさせた。
「はい。」
隣の"ゴウド"卿は緑色の瞳で顎を持ち
こちらを鋭い目で見つめていた。
「アントワーヌ、このブルーテルの家に生まれたからには
優秀な血族として魔法の訓練を受けねばなりません。」
「訓練ですか?」
「ええ。そうよ。9歳になったら魔法学校に行きなさい。
お勉強に運動や魔術が増えるの。」
瞳を潤ませて…
「もし使えなれけば―――」
ゴウド卿が机に手を置いて、前のめりに話す。
「出て行ってもらおう。
"マリアショール"と、生まれたばかりの"アルト"が居るからな。
災厄の時は近い。我が家にはもっと強い血が必要だ。」
…え。
「実のところ、事前の調査でお前よりいい資質が出ていてな。
大気の魔力の体へのなじみが妹と弟の方がいいのだ。
この家は"軍閥貴族"。選ばれし選別血族。
知能までダメなら家の名前を使わせることすら出来ぬのだ。」
「はい。」
――嫁がせることすら、出来ないとでも。
アントワーヌ、何で素直なの。
「もし何か欠陥が見つかれば、お前をすぐにでも追放する。
机に脚を縛ってでも、努力するのだな。
もし試験に合格したら、最上級の立場に残留し続けろ。
お前を一族と認めるまで部外者と会わせていないのもその為だ。」
ふざけんじゃないよ。
でも、母に見られて顔を背ける父が
憎み切れないのは分からなくもなかった。
「大丈夫、お手紙は書くから…
頑張って努力しよう?」
「はい…がんばります。」
そうしてこの子の試験勉強が始まった。
それから入学まで、この子は文字通り全てを勉強と運動に割いていた。
この子が我慢を重ねたうえ焦って早くお手洗いを済ませようとして、
服を汚してしまったこともあった。
幸い母が父に隠してくれたからいいものの、それだけで追放されるかもと震えていた位。
過ごしていて気が付いた。
私が勉強していても、彼女の体に知識が入っていくらしい。
だからアントワーヌが寝落ちしたら、私が代わりにページを捲って
眠ったまま本を読んだ。
寝息を立てながら勉強することになるから
誰か来ないか気が気ではなかったけれど。
屋敷の部屋は不相応に広い。
居場所は机の上だけ。
月明かりの広がるカーペット、この子はそこに寝転がることも許されない。
そんな事をすれば、不出来だと思われる。
ベッドか、机か、それとも走ってでもいるか。
母親のくれた自分を模した人形の傍が、唯一安心できた。
人形の青緑の目と、ちょっと抜けた金の髪。
見つめて、私事のように泣きたくなった。
そうして文字通り全てを使って、私たちは入学試験の日を迎える。
この時、9歳だった。
最初の試験の様子を、私は魂から眺めた。
筆記試験はほぼ完ぺきだった。
私も記憶している通りで、お茶目な引き算間違いもすぐ直した。
どの魔術にどの魔術を組み合わせれば、どんな魔法が発明されたか。
そんな問題も知識ベースなら難なく突破で来た。
問題は実技だった。
「アントワーヌ君、鉄の板を温める様に。」
メガネをかけたしわしわのお兄さんが私に声を掛けた。
「はい。」
「始め!」
私も力を貸して、両手をその鉄の板にのばす。
どんどん集中し、空気を圧縮して火の魔法を…
「おい、待て!!」
あとすごし、あと少しで…
「こら、待て!!」
強引に手を捻られ、驚いた。
目を開けると火柱。
灼熱の風が吹き付ける中、先生が即座に水の入れ物を火に被せた。
水ごと固定しているそれが、熱の力を奪いすぐに消火させる。
「鉄が溶けてるじゃないか…」
アントワーヌは膝をついて泣き出した。
やってしまった。勉強ばかりして、魔法だけが先行した。
コントロール出来ないと、無駄に体力を使う。
不優秀な魔術士の代表的な例だった。
汗を掻き怪訝な顔をされながらも、次の試験へ。
赤煉瓦の道を案内の看板に従い歩く。
その間に涙を拭いて、次の入り口に入った。
様々な緩急の付いた容器の、一部だけに水が入っている。
青い修道服のお姉さんが背中に手を当てながらこう言ってきた。
「何か不安?」
「なにもないです。」
アントワーヌ…
私は心の中で喝を入れた。
”ここで嘘ついてどうするの"って。
悪い癖が出たかもしれないけど、すぐにアントワーヌは言い直してくれた。
「不安だけど、試験がしたいです…!
炎で板、溶かしちゃって…」
この子もどうせ、試験結果が共有されることは分かってたから
だから言ったんだと思う。
伝えないより伝えたほうが、ここで失敗をしてもまだましだって私の打算。
まだ9歳だしね。
「水は炎とは違うから、やってみて?」
アントワーヌは指を指された目印に容器に手を付けた。
「その容器を持ったまま水を一周させてみて。
まんなかだけすごーーーく深くなってるから
水を引き上げ続けて途切れないようにしてね。」
前回は私が力を入れ過ぎたのかもしれない。
最初だけ力を貸して、様子を見つつ維持だけしていくと
アントワーヌは容器のデコボコも乗り越え、
いわゆるループ構造も乗り越えて、ゆっくりと、狭い通路も伸ばして
ある程度水をためた後に進め、最初の深い水たまりに戻ることができた。
「はい、そのまま維持してみて。」
っつ!!
囁くような声が聞こえた。
「わ、わわわわ」
聞いてない…!ダメ…!!
――途切れる!
と思ったとき、水がみるみると凍る。
アントワーヌ、やってしまった…
どうしても位置を保ちたかったのは分かったけど。
私から見ると、それは試験の邪魔でしかなかった。
それが伝わったのか、またアントワーヌは体を熱くして泣き始めてしまった。
”落ち着いて!”
もう少し見守ろうと思ったけど、泣いてばかりじゃ危険すぎる。
また後で泣けばいいから。
素直なアントワーヌはすぐに泣き止んだ。
まるで声が聞こえてるみたいに。
「あら…でも大丈夫。」
女性が木の槌でパンと叩くとまるで魔法のように…
いや魔法で氷が液体のように容器に戻っていき、そして水になった。
「アントワーヌちゃん、今のは追加課題で失敗しただけだからね。
誰かが遠隔で魔法を使ってないか
小さな声で確認したかっただけなんだ。」
私も、慎重に動かないといけない…?
「遠隔?」
ああ、純粋なアントワーヌ。
不正試験を知らないんだ。
私も現代に生きていなきゃ、カンニングなんて知らなかったかもしれない。
「つまり遠くで私みたいなお姉さんが魔法を使ってたら
アントワーヌちゃんの試験にならないでしょ?
だから…」
「お姉ちゃんは、隣にいるよ。」
「うん、そうだね。
次の試験に行こうか。」
私の、アントワーヌの毛が逆立っていた。
間違いなく声も聞こえてる、体も共有してる。
それが私の中で急速に事実になっていった。
「試験です。」
今度は淡々と男が告げる。
まるで人形が口だけ動いているようだ。
「はい。」
「これに火をつけてください。」
縄が付いてその先に丸いものがある。
…爆弾!
”ダメ!”
「これは、爆弾ですか?」
「火をつけてください、イエス、ノー?」
「…はい。」
アントワーヌは手を翳し、火をつけてしまった。
導火線を見ていられない…
じゅっという音がして私が視線を戻すと
アントワーヌは涙を拭いたハンカチで火を消していた。
「つけました。でも危ないので消させて頂きました。」
アントワーヌ?
「これが100万人の命を救うものだとしたら
あなたはどう責任を取りますか?」
何て悪辣な試験…ふざけないでよ。
「あなたが試験官なのですから、
他のお姉さまやお兄様方に任せるべきでした。」
思わず口に出ていた。
ひどっ…思わず自分の口をつぐんだ。
多分自分の感情が言葉に出てしまった。
アントワーヌも毛を逆立ててる…ごめん…ごめん!
「…良いでしょう。次の試験に行ってください。」
その後の試験は、私の方もアントワーヌも
言われるがまま…
課題はクリアできたけど私は殆ど消耗してしまって。
面談も姿勢だけはきっちりしたけれど
事前の練習通りにしか話せなくて、肩を落とした。
本当はアピールもしようと思ったけど、のどが…詰まって…
その日は結局…肩を落としたまま帰ることになった。
****
学園内部
本来なら個別に点数を付けて学校側に成績を提出し、
後は確認も何もしない、それがこのエリンスト魔法学園のルール。
しかし教師たちは机を囲み
一人の少女について話し合った。
「ブルーテルの子女アントワーヌ様について
皆様の試験結果をお伺いしたい。
不合格を出したものは…?」
それはあの最初の鉄を温める試験をした男の質問だった。
「不合格ですか?実力、凄いじゃないですか!
私は合格に投票しました。」
修道服の女性はそう話す。
「手を挙げてくれ、不合格にしたものは…」
10人ほどの試験官で、手を挙げているのはこの男だけだ。
「いかん、調整しよう。
これでは特級クラスになってしまう。」
「止めましょう、そんな話。」
一人の生真面目な黒服が立ち上がる。
「それは誰のためですか?
まさかあの…学園長のご令嬢の話を実行なされているのですか?
これは学園の、そして個人の信頼に関わりますよ。」
その言葉に男は首を振った。
「そういう訳ではないが…あのむ…学園長のご令嬢が
優雅なお友達ご一行で学校生活を営みたいという希望は…
ともかく炎の魔法制御が危険すぎる。隔離勉強し、監視下に置くべきではないか。」
「それはあんまりではないですか??
一人で授業を受けろと?」
「私も分かっているのだ。あの炎魔法を見たとき…」
顔を逸らしながら顔にしわのある男は言いよどむ。
「ブルーテルの重圧の話か。」
黒服の男が声を出した。
それを聞いてしわのある男が続けて話した。
「そうだ、どれだけの教育をされたのかと思ったよ。
上手すぎる。魔法の使い方自体は。
ただ経験が未熟なだけだ。」
「それについては、私も感じました。
あの子、泣いてたんですよ。
それなのにすぐ立ち直って。」
女性もそう声を震わせた。
「その涙の籠ったハンカチで、人形の炎を消したという訳か。
やはりこの学園の為にも、特級に入ってもらいたい。
良いか、ユルベルト。」
黒服の男がそう結論付けるとしわしわの顔の男…ユルベルトは
両手をついた。
「分からずやどもめ。
俺がバランスを取って不合格に入れてやったのに
全員合格にしやがって。
ヘステス、お前だけで学ばせるように学園長に言っておくからな。」
黒服の男…ヘステスはそれを聞いて微笑んだ。
「むしろ結構。今回の倫理試験担当でもありますし
初志貫徹出来て、幸いですよ。」
その会話を、ほかの教師は黙って見つめていた。
関わりたくなかったのだ。
学園長の娘には。
そして、この中の教師の大半は
後に後悔を抱くことになる。
****
ーーー後日、アントワーヌは再び面接を受けた。
懸念事項がある、という呼び出しに応じたものだった。
「アントワーヌ君、私は君の教師を担当させていただきます
ヘステスと申します。」
机越しに、真面目そうな顔をした男性が見えた。
安心できそうな見た目だ。
「よろしくおねがいします。」
不穏な空気を感じながら私は見ていた。
両親と私たちは切り離されて、なぜか子供だけでの面談となっている。
「今回一人で来てもらったのはね。
入学前に一つ伝えないといけないことがあったからだ。」
下を向いて話すヘステスに、嫌な予感は確信に変わる。
「君は最上位、特級クラス相当の実力を持っている。」
思わず、つばを飲んだ。
やった。凄いじゃない、アントワ―
「だが、その為には補修室にて一人で授業を受けてもらわねばならない。
試験結果から魔力の出力が過剰過ぎると判定が出てな…
3年間、初等部はたった一人での授業となる。」
えっ。
隔離授業?そんなの聞いたことがない。
アントワーヌ…は
最上位(特級クラス)じゃないと、追放だって、どうしよう考えろ私。
「…大丈夫です。
お父さんも歓迎してくれると思います。」
…アントワーヌ!?
「良いのかい?授業については私だけになる。
科目も他の教師を参考にするが
魔法に危険があるので、人形での授業となるが…」
ねえ、おかしくない!?絶対おかしいよ!
「構いません。授業時間は短くならないですか。」
私は絶句した。始めてアントワーヌが理解できなかった。
小学生の頃に、もし私が同じことを言われたら
何も話せなくなるはずだ。
「いいや、むしろ長くなる。
他の教師の教材から様々な分野を学べるし
運動は室内となるが、一人の分スペースは使える。
魔法のコントロールの補修も合わせると…」
ヘステスは咳払いし、続けた。
「一日12時間程となる。」
朝9時なら夜9時まで!?
…寝てていいなら、私が代わりにできるけど
学園に歓迎されてないと感じた。
それとも、この世界の学校はそうなの??
「それなら安心です。
でもやっぱり、お母さんにはいわないでください。
もしかしたら厳しすぎると感じるかもしれないので。」
アントワーヌは胸に手を当てた。
私だ、私に感謝と、謝罪をしてるんだ。
隣で居て、おかしいと教えてくれてありがとうって。
おかしいよ…
「泣いているように見えるが、大丈夫か?」
「はい、これで追放されずに済むかと思うと。
一人じゃ、ないので。」
ゴメンね、心弱くて。
私が泣いても、体は涙が出ちゃうんだ、ごめんね。
「分かった。これからはよろしく。」
そうして握手した…
次の一言が強烈な違和感を誘った。
「私とは魔法具に文字を書いて会話するんだ。
声を出さないようにね。」
それがこの世界の普通…?かもしれない…けど…
息がつまる。息苦しい。
これが転生なら、最悪の転生だ。
「食事は自動で運ばれてくる。
寝るときは他の子たちと話し合えると思うから
そこは期待しててほしい。」
アントワーヌが手を強く握った。
父親のあのことば、気にしてると。
だめだ、大人のころじゃない。
子供のころの心に戻ってしまって多感になってる、私自身が。
「あの。」
アントワーヌが顔を逸らして質問した。
「お人形は、もっていってもいいですか。」
「…構わないよ。」
そうして、3年間の孤独の授業が秘密裏に決定した。
それを知らない母は実家で大層喜んだ。
「お友達ができるか楽しみね。
嫌なことがあったら相談してくれてもいいからね。
虐められたら無視しちゃいなさい。」
「はい!お母様。」
その日から、成長しているのに。
ずっと少し人形を重く感じるようになった。
あのー短編君??
ドンドン膨張するの、やめてもらっていいですこと??
もう連載にぶち込みますわ!!!
あ、ちなみに…思いついた書き方のお試しも交じってるので、読みづらかったらご指摘お願いしますね。
元々短編の予定で書いていたので、区切りが長くてちょっと疲れますか?
良かったら感想をお聞かせください。




