第二章 消えた光 エピソード2
しばらくして、現場は少し落ち着きを取り戻していた。
スパークモスの群れは追い払われ、作業場の人々も少しずつ持ち場に戻り始めている。だが、誰もが以前より動きが遅い。どこか「確認しながら」でしか動けない空気があった。
トーマスは立ち上がり、埃を払うように手を振った。
「本当に助かりました……でも、これで終わりじゃない気がしてて」
その言葉に、エメリーはすぐには返さなかった。
代わりに周囲を見た。
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作業場は、枝の内側を削って作られた空間だった。
壁は完全に平らではない。木の年輪のような起伏がそのまま残り、そこに棚や支柱が組み込まれている。
工具の置き方にも癖がある。
同じ種類のものが、必ず近くにまとめられているわけではない。使う人ごとに散らばっている。
「ここ、誰が管理してる?」
エメリーが聞く。
「特に決まった管理者はいません。交代で……」
トーマスは少し言い淀む。
「でも最近、みんな余裕がなくて。整理までは手が回らなくて」
棚を見上げる。
「前より少し、物が増えてるね」
「はい。光が安定しないので、代替の道具を……」
「代替?」
アシャがすぐに反応する。
「どういうの?」
トーマスは棚の一角を指した。
そこには、小さな筒状の装置がいくつか置かれている。
金属と樹皮を組み合わせた簡易灯。
「これです。光苔が弱いとき用に」
ランドンがそれを手に取る。
「これ、最近入れたやつだろ」
「はい、三日前に」
「どこから?」
エメリーが聞く。
トーマスは少しだけ目をそらした。
「東区画の流通業者から……まとめて」
その言い方に、エメリーは一度視線を止めた。
だがすぐに別の場所へ移る。
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床。
踏み跡が多い。
乱れてはいない。
むしろ、「同じ場所を何度も通った跡」が多い。
つまり、作業動線は固定ということ。
「ここ、ずっと同じ作業してる?」
ランドンが聞く。
「ええ。基本は板材の加工なので」
トーマスは工具を指でなぞる。
「でも、今日はそれどころじゃなくて……確認ばかりで」
レイブンが小さく頷く。
「不安になると、そうなるよね」
アシャは壁に軽く触れた。
「この辺さ、なんか“乾き方”変じゃない?」
誰もすぐには答えない。
ランドンが腕を組む。
「湿度管理してんじゃないのか?」
トーマスは首を振る。
「してます。ただ、ここ数日で……効きが悪くて」
エメリーは壁に手を当てた。
指先で、表面をなぞる。
少し間を置いてから言う。
「乾いてる」
「でも原因はそこじゃない」
視線を上げる。
壁の構造へ。
枝の内側に走る細い溝。
そこに何かが流れていた痕跡がある。
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「この建物、いつ建てた?」
エメリーが聞く。
トーマスは少し驚いた顔をする。
「三十年くらい前です。大規模な補修は十年前に一度」
「そのとき、流れの調整は?」
「……やったはずです。専門の人が入って」
ランドンが小さく言う。
「じゃあ構造は安定してるはずだろ」
「普通なら」
エメリーは短く返す。
アシャが棚を覗き込みながら言う。
「でもさ、安定してたらこんなこと起きないよね」
その言い方は軽いが、視線は真剣だった。
レイブンが静かに周囲を見ている。
「ここ、人の動きが多い場所だね」
「はい。三交代で動いてます」
「じゃあ、流れもたくさん通るはずだよね」
レイブンは少し考える。
「でも……さっきから、通ってない感じがする」
「感じ?」
ランドンが聞く。
レイブンは少し迷ってから言う。
「うまく言えないけど……“途中で戻ってる”みたいな」
エメリーがその言葉に一瞬だけ反応する。
「戻る?」
レイブンは頷く。
「流れてるはずなのに、途中で同じところに戻ってる気がする」
アシャが口笛を吹く。
「それ、面白いね」
ランドンは眉をひそめる。
「面白いで済ませる話か?」
「まあ、気になるって意味で」
アシャは軽く肩をすくめた。
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そのとき、トーマスが小さく言った。
「あの……」
全員が振り返る。
「この辺り、昨日から“同じ人が何度も同じ場所で止まる”んです」
「止まる?」
エメリーが聞く。
「はい。作業してるのに、気づくと同じ場所で立ち尽くしてて」
レイブンが目を細める。
「それ、疲れてるとかじゃなくて?」
「最初はそう思いました。でも複数いるとなると、そうでもないような気がして」
空気が少しだけ重くなる。
ランドンが低く言う。
「偶然じゃないな」
エメリーは視線を作業場の奥へ向ける。
そこには、同じ形の道具がいくつも並んでいる。
「……循環してない」
小さく言う。
アシャが隣で聞き返す。
「循環?」
エメリーは短く答える。
「流れが、戻ってる」
その言葉に、誰もすぐには返さない。




