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樹上都市の森羅  作者: MAMIANA
第二章 消えた光
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第二章 消えた光 エピソード1

事務所を出ると、外の空気はまだ明るかった。


葉の隙間から差し込む光が、橋の上にまだらに落ちている。


「東区画の下層って言ってたな」


ランドンが歩きながら言う。


「“ランタン・ベルト”のあたりじゃない?」


レイブンが少し考えて答える。


「ランタン・ベルト?」


アシャが首を傾げる。


「知らない?」


「名前は聞いたことあるけどさ、行ったことないんだよね」


「下の方でしょ。あんまり用事ないし」


ランドンが言う。


レイブンは頷いた。


「うん。あそこ、光苔と灯りで生活してる場所だから」


「自然光が届かないんだっけ」


「そう。だから、光が止まると困るの」


エメリーは何も言わずに歩いている。


その横顔を、アシャがちらりと見る。


「……エメリー、あそこ行ったことある?」


「ある」


「へえ、いつ?」


「前」


「雑だなあ」


アシャは笑った。


「どういう場所?」


エメリーは少しだけ考える。


「静か」


それだけ言う。


ランドンが補足する。


「仕事場だな。加工とか修理とか、手作業系が多い」


「へえ」


アシャは軽く頷いた。


「じゃあ今回の依頼人もそういう人か」


レイブンが言う。


「たぶん。あの書き方だと」


「“仕事にならない”って書いてたしな」


ランドンが紙の内容を思い出す。


「光がないと終わり、って感じか」


「それ、結構深刻だよ」


レイブンが少しだけ表情を曇らせる。


「生活に直結してるから」


アシャは紙を指で叩く。


「でもさ」


少し楽しそうに言う。


「なんでエメリー指定なんだろ」


エメリーは視線を前に向けたまま答える。


「知らない」


「だよなあ」


アシャは笑う。


「名前売れてきたとか?」


「そんなことない」


ランドンが横から言う。


「この前の橋の件、噂になってたぞ」


エメリーが少しだけ眉を寄せる。


「大したことじゃない」


「いや、十分大したことだったと思うけどな」


レイブンが静かに言う。


「助かった人、いっぱいいたよ」


エメリーは何も答えなかった。



下へ降りる。


枝が太くなり、葉が密になる。


光が、少しずつ減っていく。


代わりに、人工の灯りが増えるはずだった。


「……あれ?」


ランドンが足を止める。


「暗くないか?」


目の前に広がるのは、ランタン・ベルト。


本来なら、等間隔に灯りが吊られ、柔らかい光が連なる場所。


だが——


いくつかの灯りが、落ちている。


消えている。


「……ほんとだ」


レイブンが小さく言う。


「こんなに消えてるの、見たことない」


足元の道も、少し見えにくい。


人の気配はあるが、どこか落ち着かない。


「来ていただいて……!」


声がした。


少し奥の作業場から、男性が出てくる。


煤けた作業着。腕には細かな傷。


「依頼を出した、トーマスです」


深く頭を下げる。


「ありがとうございます、本当に……」


レイブンがすぐに一歩前に出る。


「いえ、大丈夫ですよ。状況、教えてもらえますか?」


トーマスは少しだけ安心したように頷く。


「ここで、木材の加工をしてるんですけど……」


背後の作業台を指す。


削りかけの板。工具。半分仕上がった部品。


「今朝から、灯りが安定しなくなって」


「どのくらいの範囲で?」


エメリーが聞く。


「最初は、この通りだけだったんです。でも……」


視線を少し奥へ向ける。


「少しずつ広がってます」


ランドンが周囲を見る。


「他の人は?」


「皆、困ってます。仕事止まってるところも多くて……」


レイブンが小さく息を吸う。


「それは……大変だね」


トーマスは少し迷ってから言った。


「それで、その……」


エメリーを見る。


「あなたにお願いしようと思って」


「理由は?」


短く返す。


トーマスは少し驚いた顔をしたが、すぐに言葉を選ぶ。


「前に、橋の補修をされてたって聞いて」


ランドンが小さく笑う。


「やっぱそれか」


トーマスは続ける。


「流れを直したって……普通の人じゃできないって」


エメリーは一瞬だけ黙る。


「……完全には直してない」


「それでも、です」


トーマスははっきり言った。


「他のところにも頼んだんです。でも、“様子を見るしかない”って」


レイブンの表情が曇る。


「……そう言われちゃうと、困るよね」


「はい」


トーマスは強く頷く。


「仕事もそうですけど……このままだと生活も……」


少しだけ声が下がる。


エメリーは周囲を見た


「途中で切れてる」


エメリーの言葉の直後だった。


——ぱち、と。


どこかで小さな音がした。


トーマスが顔を上げる。


「……今の、何です?」


レイブンも振り返る。


「上……?」


枝の影の奥。


暗くなった灯りの間に、何かが動いた。


小さな光。


ひとつ、ふたつ。


「……あれ」


ランドンが目を細める。


「フロートモスか?」


「違う」


エメリーがすぐに言う。


動きが違う。


揺れ方が、速い。


光が、ちらつく。


「——来る」


次の瞬間。


光が弾けた。


小さな影が、いくつも飛び出してくる。


「うわっ」


トーマスが後ずさる。


それは、手のひらほどの浮遊体。


淡い光をまといながら、ばらばらに動く。


だがその軌道は——


明らかに「狙っている」。


「スパークモスだ」


ランドンが言う。


「でも、こんな動きするか?」


しない。


普通はもっと緩やかだ。


レイブンが前に出る。


「ちょっと待って」


両手を軽く開く。


彼女の周りに、柔らかな光の粒が集まる。


ふわり、と広がる。


「大丈夫だよ」


優しく声をかける。


粒たちはゆっくりとモスの方へ向かう。


通常なら——これで落ち着く。


だが。


スパークモスは、一瞬だけ止まり——


次の瞬間、突っ込んできた。


「っ!」


粒に食いつく。


ばち、と小さな火花。


レイブンの粒が、乱れる。


「だめ……!」


彼女はすぐに粒を引く。


消える。


「反応が違う」


エメリーが言う。


アシャが一歩前に出た。


「じゃあ、こっちでいくか」


指を弾く。


ぱちん、と軽い音。


粒が一気に弾けるように生まれる。


数が多い。


動きも速い。


ばらばらに飛びながら、スパークモスの周囲を囲む。


「ほらほら、こっち」


軽く笑いながら、手を振る。


粒が意図的に“逃げる”ように動く。


スパークモスが、それを追う。


「お、いいじゃん」


軌道が変わる。


群れが一方向へ流れる。


「ランドン、そっち」


「任せろ」


ランドンが一歩踏み込む。


魔法の光を手に集めながら、手近な布を引っ掴む。

布全体がふわっと光り、ランドンが一気に振りかざす。


動きが速い。


スパークモスが一瞬怯む。


「今だ」


アシャの粒が、一斉に集まる。


群れを押し出すように動く。


だが——


一体が、軌道を外れた。


真っ直ぐ、トーマスへ。


「っ!」


トーマスが動けない。


エメリーが動いた。


指先を上げる。


粒を一つ。


小さく、正確に。


直線で飛ばす。


スパークモスの前に配置。


ぶつかる。


——止まる。


一瞬だけ。


だが、その瞬間。


粒が消えた。


「……!」


スパークモスは止まらない。


エメリーの目がわずかに揺れる。


(足りない)


もう一つ。


粒を作る。


今度は二つ。


軌道を計算する。


完璧に配置する。


——だが。


また消える。


「……くそ」


小さく、初めて感情が漏れる。


レイブンが前に出る。


「エメリー、少しだけいい?」


答えを待たずに動く。


柔らかな粒が広がる。


今度は、包むように。


スパークモスを囲む。


完全ではない。


隙間がある。


だが——


動きが鈍る。


「……今」


ランドンが踏み込む。


布を振り抜く。


叩くのではなく、弾く。


スパークモスが外へ飛ばされる。


アシャの粒が追う。


「はい、外ー」


軽く手を振る。


群れがそのまま外側へ流れていく。


数秒後。


静けさが戻る。



トーマスがへたり込む。


「……助かりました……」


レイブンがすぐに駆け寄る。


「大丈夫?怪我してない?」


「はい……大丈夫です」


エメリーはその場に立ったまま、壁を見ていた。


指先が、わずかに止まっている。


アシャが横に来る。


「今のさ」


軽く言う。


「粒、消えすぎじゃない?」


エメリーは答えない。


ただ、短く言う。


「条件がある」


「だろうね」


アシャは笑う。


「でもさ」


少しだけ、声のトーンを落とす。


「いつもみたいにはいかないでしょ、これ」


エメリーは壁に手を当てた。


静かに。


「……分かってる」


光のない空間で、その言葉はやけに小さく響いた。

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