第1章 木漏れ日の街 エピソード2
北区画へ向かう橋は、幹の外側に沿うように架けられている。
足元の板は、樹皮を削り出して整えたものだ。完全に平らではなく、わずかにうねりが残っている。その不規則さが、かえって滑りにくさを生んでいた。
柵は低い。腰の高さほどしかない。
その向こうは、空だ。
遥か下に、別の枝が見える。さらにその下には、霧のようにぼやけた層が重なっている。どこまで続いているのかは、ここからでは分からない。
「最初に来たとき、落ちるかと思った」
ランドンが何気なく言う。
「落ちる人もいるよ」
「怖いこと言うな」
「事実」
エメリーは足元から視線を外さずに答えた。
この高さにも、もう慣れている。
怖さが消えたわけではない。ただ、計算できるようになっただけだ。
風の強さ。板の状態。人の流れ。
落ちるかどうかは、ほとんどの場合「予測できる」。
だから——落ちない。
橋の内側、幹の方には建物が連なっている。
直接削り出されたものもあれば、後から組み足されたものもある。窓は小さく、光を取り込むために葉の隙間の向きに合わせて作られていた。
その間を、細い通路が縫うように走る。
上下にも道がある。
縄のような梯子や、簡易的な昇降装置が、枝と枝をつないでいる。小さな魔法陣が刻まれた板が、ゆっくりと上下するのが見えた。
「あれ、楽でいいよな」
ランドンが指さす。
「乗れば勝手に上まで行くやつ」
「昇降板ね」
「そう、それ」
「ちゃんと名前あるから」
「覚える気がない」
「知ってる」
エメリーは短く言った。
ああいう設備は便利だ。
ただし、安定して動いている前提で、だが。
ちらりと視線を向ける。
昇降板は規則正しく上下している。
問題はなさそうだった。
(……今は)
考えかけて、やめる。
⸻
橋の途中、小さな露店が並んでいた。
樹皮を編んだ棚の上に、日用品が整然と並んでいる。乾燥果実、保存用の菌類、簡易灯、修繕用の樹脂。
どれも、この街で生きるために必要なものだ。
「寄る?」
ランドンが言う。
「仕事中」
「まだ始まってないだろ」
「始まる前に終わらせたいの」
「何を」
「寄り道」
「それは分かるけど」
軽く言い合いながら通り過ぎる。
そのとき。
「ちょっと見ていくかい?」
店主が声をかけてきた。
「新しい光粉、入ったんだ」
小さなガラス瓶を持ち上げる。
中には淡く光る粉が入っている。
夜道用の簡易灯だ。
エメリーは一瞬だけ足を止めた。
「前のと違う?」
「分かるかい。少し質が良くなってね——」
言いながら、店主は瓶を軽く振る。
光が、ふわりと広がる。
——はずだった。
ほんの一瞬、光が途切れた。
すぐに戻る。
「……あれ?」
店主が首をかしげる。
「いや、今のは……」
「安定してない」
エメリーが言った。
店主は苦笑した。
「最近、たまにあるんだよ。すぐ戻るんだが」
「原因は?」
「分からん。まあ使えないほどじゃない」
ランドンが肩をすくめる。
「ならいいんじゃないか」
「そうもいかんのだがね」
店主は曖昧に笑った。
エメリーはそれ以上聞かなかった。
「行くよ」
「はいはい」
二人は再び歩き出す。
背後で、光粉の瓶が小さく揺れた。
今度は、問題なく光った。
⸻
北区画に入ると、空気が少し変わる。
風が穏やかで、音が柔らかい。
枝の密度が高く、光が細かく分散されているせいだ。
足元の道も、少し幅が広い。
生活のための場所だと、一目で分かる。
「いいとこだよな」
ランドンが言う。
「うん」
エメリーも頷いた。
こういう場所は、落ち着く。
変化が少なく、読みやすい。
問題が起きても、小さい。
——だから、解決できる。
その前提が、崩れない限り。




